57回目 2019/5/11
寝起きで頭がぼーっとしているときに書いていますが、体調不良になったらコレ書けないな、と思います。
私のキャラクター造形は、基本的に登場人物が幼少期にした体験をベースにおくことが多い。
私は以前、小説で登場させたキャラの薄さを気にした結果、心理学を勉強するために大学へ行ったうつけ者だ。
それまでは世界観やストーリー重視だった書き方が、キャラ重視に意識が大きく傾いたきっかけだったように思う。
で、専攻に分かれる前の履修科目において、発達心理学というジャンルを学んだことがある。ゼミは別ジャンルだったので、さほど詳しくはないが。
それの中で学んだ知識だと思うが、人間の性格形成において昔の人は二パターンの意見を主張していたらしい。
簡単に言えば『遺伝優位』か『環境優位』かだ。
『遺伝優位』は文字通り、両親から受け継いだ気質に大きく影響され、周囲の働きかけ(学習)などによって大きく変えられない、みたいな主張だ。
一方の『環境優位』は真逆で、ベースとなる性格傾向は確かにあるものの、幼少期に大人がどのように働きかけるかによって、性格はいくらでも方向付けることが可能、とする主張である。
現代での立場としては、どちらかの主張に寄らずその中間(遺伝が強い部分もあると認めながら、教育によって変えられる部分もある)の立場にあったはずだ。
細かいニュアンスは違うかもしれないが、私はこのように覚えている。
他にも人間の心理について、自分が興味深いと思った内容を学んできた結果、幼少期の『原体験』をキャラ造形での基礎に置くようになったのだ。
もちろん、最初に『こういう性格のキャラでいく』と、登場時をイメージしてからキャラ設定する場合も『原体験』は用意するに越したことはない。
わかりやすいのが『トラウマ』である。
たとえば、私の連載作品でヒロインの一人が父親からゆがんだ愛情を、母親から鬱屈した嫉妬をぶつけられた結果、『悪意や嫌悪』にはとても敏感だが『好意や愛情』にとても鈍感なキャラとなっていた。
まともな『愛情』を家族からもらえなかった子供の人格形成パターンはいくつか思いつくが、このキャラの場合行き着く先を『ツンデレ』に近い形にしたかったので、より攻撃的な性格へと変化した形になる。
どんなものにも原因と結果があるのだから、人の性格にも『原体験』があるからこそ『属性』がある、と私は思っている。
設定優先で『属性』ありきのキャラを出してしまえば、拭えない違和感が残って現実味が薄れてしまうと考えるからだ。
それに『原体験』を一つでも用意することで、『属性』の周りに細かいニュアンスを見せることもできる。
自キャラの『ツンデレ』で言えば、いつの間にか毒舌が癖になってしまった、内心ではきつく言い過ぎたとすぐ気づいて後悔する、でも顔や態度に出ないため『デレ』が相手に気づかれない、といった特徴がある。
同パターンとしてよく見る、『好意を示す言葉を小声でつぶやく』とか、『素直じゃない様子で怒る/甘える』とかの部分はあまり強調されない。『照れ隠しや気にくわないと暴力』は入れているが。
この『大属性』の中にある『小属性』がキャラの個性をより際立てる、と私は思うのだ。
すでに確立されたキャラクター性である『大属性』の中にあって、『○○のキャラに似ている』という印象事故を避けることができるのではないか?
実際はどうだか知らないが、私はそう信じてキャラを描いている。
あまり頻繁に風邪を引く方でもなかったと自分では思っていますので、とにかく不調時はなにもできなくなりますから。
熱か何かあれば考えがまとまらず、そもそもキーボードに向かうだけの体力もないんだろうなと、体調管理に気をつけようと改めて思う今日この頃。




