502回目 2020/7/29
今回は一勝一敗。なかなか二連勝ができなくなってきました。
最初のお題は『人妻の暴走』という、飲み込み方がよくわからない組み合わせだった。あらぶる『人妻』、ということでいいのだろうか? どんな状況?
すでに無茶ぶり臭のするお題を食らっていながら、さらに追い打ちをかける必須要素(無茶ぶり)が『純文学』。何ともまあ、コメントに困るものが押しつけられたものだ。
ひとまず、『人妻』に『純文学』を読ませてみて話を膨らませようと思い、文章を書きながらどうなるかを考えていた。
しかし『暴走』をどう表現するか? が非常にネックになった。『人妻』をどう『暴走』させるか? がどうにも思い浮かばず、もうほとんどノリで書くしかなくなった。
最後は『純文学の批評』という、かなり無理やりな路線で『暴走』を演出して『923文字』を書ききり、久しぶりに完結させられた。
とはいえ、やはり『暴走』がかなり微妙だったと自分でも思う。そもそも『純文学』を詳しく知らないため、『暴走』させられるほどむちゃくちゃな論理展開ができなかったのだ。
私が知っている知識は、せいぜい『文章表現に芸術的な要素を含める』とか『日本独自の区分で明確な条件は正直ない』ってくらい。
現状、著者が『この小説は純文学だ』といえば『純文学』であり、違うといえば『純文学』でない、みたいな話を聞いたことがある。
それくらいジャンルとしては曖昧な区分が『純文学』という認識だ。もちろん、ある程度の作法や傾向はあるのだろうけど、まだ調べてないのでよくわからない。
とまあ、そんなうっすい知識しか持たない私では『純文学』をお題に含めるには少々荷が勝ちすぎている。本当、何とか完結させられただけでも大したものだ。
う~ん、とはいえ、今後も『純文学』によった小説を書く予定はないし、本格的に勉強する日はまだこなさそう。勉強する機会があれば、真剣にやろうと思うけど。
人間なんてそんなものだ。特に私のような怠け者など、問題を先送りにしてしまいがちである。反省はするが、矯正はすぐにできない。
やれたらやろう。その程度でちょうどいい。
次に挑戦した時のお題がかなりきつかった。
『やば、妻』って何? 地味に『妻』の出現率が高いことは今はおいておこう。『やば』って何が? 広く曖昧な意味を持つ現代語のうち、どの意味の『やば』なのか?
『やばい』みたいな、使い勝手がいい代わりに文脈で意味が変わってややこしい言葉、私はキャラの口語以外で使う場面が見あたらないため苦手である。
……ってか、見れば見るほど『やば、妻』って何? 書き始めたときには『やば』と思わず口にしてしまいそうなシチュエーションに『妻』を配置したが、なんか納得できない。
しかも、そのときの必須要素(無茶ぶり)が『群像劇』だった。私の記憶が正しければ二度目の無茶ぶりになるのだが、これ短時間での短編を書くと考えれば鬼のような難題である。
『即興小説』を書き終わった後、改めて『群像劇』ってどういうものか軽く調べてみたところ、『大きな事件を主人公にするタイプ』と『個々のエピソードをパズル形式のように一つの大きな事件にするタイプ』の二通りがあるらしい。
あくまで検索結果から私が見られたページでの説明だったが、それだけでも『15分』で書くには鬼畜過ぎる無茶ぶりだと思わざるを得ない。せめて一時間は欲しい。それでもたぶん無理だけど。
私にできたことは、悪あがきとして登場人物をやや多めに設定することだけだった。しかも、事件なんて起こせるはずもなく、メインにしたのもかなりしょぼいテーマだったし。
うーん、まあ『とある夫婦の友人たちが夫婦宅で合コンする』って流れからして、そのときの参加者が付き合ったり不倫したりと、どろっどろの愛憎劇を描けたのであれば『群像劇』にはなったのかもしれない。
それはそれで時間が足りねぇ、って根本問題は何も解決しちゃいないのだが
私なりの悪あがきをした結果、『909文字』まで書いてから強制終了を食らって未完設定になった。今回の場合、もう最初からあきらめていたためか悔しさがほとんどない。
とはいえ、『群像劇』を『15分』で収める方法もなくはないのだろう。それっぽくするなら、三人称神視点で複数の人間の言動をつまみ食いしていく、とか?
自分で言っててそれが本当に面白くなるのか? という問題はさておき、機会があれば挑戦してみてもいいだろう。試しうちが『即興小説』の役割でもあるのだし。
今さらですが、必須要素を設定する項目に『なし(推奨)』って書いてある意味が分かってきました。『あり(無茶ぶり要素)』と書かれている意味も。
最初は単に面白がって必須要素を毎回入れていましたが、これまでの結果を振り返ると足の引っ張られ具合のえぐさがよくわかります。




