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5回目 2019/3/20

 大丈夫、こんなの誰も見ていない。


 頭の中で声が聞こえる。


 最果てのハマチに乗って下る終わりの滝は地獄さえ飲み込む虚無へと続く。


 視界が奪われた。


 音が消え、臭いが感じなくなる。


 口の中がいやに乾いたと思えば、皮膚から感じられる風さえ消えた。


 五感の無。


 生きているはずなのに死んでいるような世界。


 知覚が機能しない観測世界は、本当に生きていると言えるのだろうか。


 何かに乗っているような姿勢のつもりだが、何かがあるのか自然とそうなったのかすらわからない。


 落ちているようで浮かんでいるようで上っているようで。


 ただひたすらにあるがままを受け入れようとして、何も呼びかけてくれない漆黒に絶望しかない。


 ここに落ちて、上って? 入って? どれだけ経っただろうか?


 一日? 一分? 一時間? 一年? 一生?


 疑問に感じている自分がいるという観測は果たして、本当に自分の存在を定義し得るのだろうか?


 自己が見つめる自己は錯覚に過ぎない。


 他者から観測されて初めて存在すると言えるのではないか。


 自己の輪郭(りんかく)が、虚無の漆黒に塗りつぶされて消えていく。


 実戦が点線に、点線が点に、点が無に。


 じわじわと、ジワジワと、綿菓子が水に溶けるように消えていく。


 自分がどれだけ残っているのか、何もわからない自分には把握することもできない。


 腕は無事か? 足は健在か? 胴体は? 頭は? 臓器は? 血液は?


 自分という存在を、どんどん小さな単位で確認しないといけないほど、自分の存在が不可思議で曖昧(あいまい)で霧散していくのが理解できる。


 指を動かしたつもりで、まぶたがパチパチと上下するのは神経が狂ったか?


 膝が曲がった感覚を覚えながら腰をひねるこれはどういう理屈だ?


 肩を回そうとして足首が動き、歩こうとしている自分がなにも信じられない。


 溶けていく。沈んでいく。失っていく。


 大切なものが大切だったと思えないほどに、自分のかけらを取りこぼしていく。


 歩いて、()って、転がって。


 痛みや飢餓(きが)や重力すら感じられない腐食の闇にとらわれて、とうとう自発的な行動を止めた。


 不快で心地よく、苦しくて気持ちいい。


 骨も神経も脳も溶けたこの感覚は、どうしようもない違和感と悦楽(えつらく)に満ちていて形容しがたい。


 やがて思考も食われるのかと思うと恐怖も芽生えるが、それでいいかと諦める自分もなお愛おしい。


 ああ、静寂の鐘の音が聞こえる。


 漆黒の光が目を焼いた。


 そう思って小説を書いた方が楽。


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