478回目 2020/7/5
あるゲーム実況を見てました。
『電映の子』、というフリーゲームが動画で実況されていた。選択肢のないシミュレーション系のゲームで、内容は『ゲーム実況者の裏側のリアル』を描写したものだ。
作り方とかそういうものではなく、動画投稿者として活動していくに当たり、どのような人間関係的な問題があるかを中心に描写されていた。
その内容は小説と動画の違いはあれ、私もSNSを通じて創作物を公開している一人として、とても理解できる言葉や場面があって、妙に感情移入してしまった。
登場人物は女子高校生で、リアル=学校内の人間関係と動画投稿を通じたSNSでの交流によって広がった人間関係の苦悩が特に目がついた。
たとえば、主人公と同じ時期に動画投稿を始めた友人の投稿者(動画の種類は全く別物)を比べ、どちらが再生数を稼ぐかの競争をしている、と周囲の人間が言い出して騒ぐといったこと。
私はリアルの友人などにあえて『小説を投稿してる』なんて吹聴しなかったものの、もしリアルのコミュニティで宣言していたら面倒くさそうだなぁ、と感じるには十分なシミュレーションだった。
他にも『最初は自分が楽しむためにしていたことが、いつの間にか義務のようになっていた』みたいな台詞。
これなんかは数年前からよく思うようになっていた。義務だと思ったことはないにせよ、『自分が楽しむ』ことがどういうことか、よくわからなくなったまま休み続けている。
今もまた、小説らしい小説は書けていない。でも、ここで何度もこぼしているように、『もう書くのをやめたい』と思ったことはないので、時間をおけば開き直れる可能性は残っているかもしれない。
それから『SNSでの人間関係がダルい』という台詞やシチュエーションが何度も出てきた。記憶に強烈なのはやはりアンチの存在だろうか。
あとは『元から関係があった「いい人」はやめていき、後から交流ができたいろいろな人とは縁が切れなくて時にキツく感じる』、というのも考えさせられる。
残念ながら自称ネット見知りでもある私にとって、SNSの交流とはだいぶ一方的な関係に近い。感想やコメントがあれば返答するものの、自発的に誰かへ対してメッセージなどを送ったりはしない。
だから自分的にはSNS的人間関係はだいぶ希薄だと思っている。個人的にはつきあいが長い人が一人二人いれば十分だし。
それでも、もっと多くの人に読んで欲しいなどと思えば、宣伝のためにもSNSを活用しようと考えて、にたような状況になることもありうる。
そんなもしもを考えたとき、やっぱりSNS関連は面倒くさいし精神的によくないな、と思ってしまった。
こういうところが、創作者のエゴというかジレンマというか。私の場合、多くの人に読まれる『だけ』ならなんの問題もないが、かといって何人もの人と交流を持つのはすぐに気疲れしそうで嫌なのだ。
特に私自身が気を使う人間(ただし気を許した相手だとかなりずぼらになりがち)なので、広く浅くの人間関係は相性が悪いためなるべく遠慮したい。
そんな、昔からの考えを再確認する機会にもなった。何かSNSを始めようかな、と思ったタイミングでこう言うものと出会うため、今後もオープン型のSNSに手を着けるのは先になりそうだ。
とまあ、ほとんどSNSとの付き合い方や心構えなどを教えてくれたゲームであったと思う。大きな意味でクリエイターとしてのしんどさを可視化できたのもよかった。
これからどうやって立ち直っていくかは、自分なりに考えていくしかないけど、本格的に執筆意欲が復活してくれるのを今は願っておこう。
個人としてはこのゲームの主人公と考え方に共通点が多く、とても共感してしまいました。
なので、自分の状態を少し客観的に見れた気分にもなれて、ゲーム実況動画でも知れてよかったな、と思っています。どうも私が見ていた実況者との相性は悪かったようですが……。




