46回目 2019/4/30
新元号が『令和』に変わると決まったときから、ぼんやり考えていた何かです。
『せっかく元号が変わるんだし、何か盛り上がることがしたくない?』
新元号が発表されてから数日後、SNS上で誰ともなしにそんな発言が流れてきた。
常に刺激を求める活発な若年層か、いつも時事ネタや炎上の起爆剤などを探してさまようネット民か、あるいは単なる好奇心からか。
自然発生的に流れてきた文章は、現天皇の生前退位という『改元を盛り上がれる空気』が漂う日本中へ一気に広まった。
本来、元号とは新天皇の即位と前天皇の崩御で移り変わる。
新天皇の誕生はともかく、改元は一時代を見守ってきた国の象徴を失って起こる変化であるため、完全な祝賀ムードを持ち出すことが敬遠されるものだ。
しかし、今回は現天皇(もう少しで前天皇――上皇になるのだろうか)の願いにより、生前退位が実現した。
歴史上でも珍しく、憲政史上だと初めて、時代の転換を素直に喜べる空気が整った新元号の発布といえよう。
すでにメディアでは、各業種で新元号にちなんだアピールを行いはじめ、あるいは現元号を惜しむキャンペーンなどを銘打った商戦の展開が報じられている。
そんな、国全体がどこか浮き足立った空気に包まれた中で投じられた、一石と波紋。
匿名かつ不特定多数へ自分の意見を公表できる場をネットに得た人々は、今ホットな話題でもあるその呼びかけに食いついた。
『盛り上がることって、具体的にどんなこと?』
『いいね~。どこかに集まってパーティーでもやる?』
『ただのオフ会じゃねーかw』
『バカオメー、日付が変わる前の渋谷スクランブル交差点で集会テロやるような規模だよ!』
『わ、それ面白そう!』
『新元号の文字もそれっぽいよな、そういえば』
『日本の古典から取ったんだっけ?』
『万葉集らしいな。言葉の意味はネットに聞け』
『いいんじゃね? 一億総動画配信者みたいなノリで』
『いや、よく考えなくてもすっげぇ迷惑だからやめろよ』
『なんで? ハロウィンとかホコ天みたいになってんじゃん』
『ありゃ警察が事前に道路封鎖したり誘導したりしてくれっからできんの。思いつきでゲリラ的にやるもんじゃねぇって。っつか、それくらい自分で気づけ』
『マジレス乙』
『新元号=ハロウィンかよw』
『完全に娯楽イベント扱いじゃねーか草』
最初は、他愛のない雑談の延長だった。
きたる新しい時代へのほのかな期待や、お祭りに近いふわふわした高揚感に浮かれ、悪ふざけや茶化しなどを含めいろんな意見が泡のように次々とはじけて消える。
その中で、ふと、黒い泡が一つ、さざめくネットの海の水面に浮かんだ。
『新元号で最初の○○みたいなのは? たとえば、新元号最初の『逮捕者』とか』
『は?』
『なに? 犯罪教唆?』
『いや、たとえばって話だろ? 日付変わった瞬間が直後に、ニュースとかで話題になりそうなことしようぜ! っていう』
『それにしたって『逮捕者』はねーよ……そりゃ、お手軽な話題づくりにはなるだろうけど』
『誰もしないでしょ、そんなの。一発芸に人生賭けるバカいないって』
最初は、否定的な意見が大多数を占めていた。
それは一般的な感性の持ち主であれば当然の流れであったが、一部の人間は違った。
スマホ世代から指示され、急速に職業として認知度が高まった『動画配信者』である。
『なるほど、いいかもしれない』
『配信初めてから再生数伸び悩んでたし、ネタにはなりそうだよな』
『いざ乗らん、流行のビックウェーブに!!』
『う~ん、今までのスタイルを踏襲するか、はたまた思い切って別のことをやってみるか……』
『いっそのこと、マジでやっちゃう? 軽犯罪的なこと』
『一時期広まったバカッターみたいなやつでも、『新元号最初の』とかつけて生配信なら話題になるかも』
『甘いな。もっと派手にやるべきだ』
『確かに。ちょっと前に『有名になりたかった』ってだけで偽装殺人をネットに上げるバカもいたからな。おでんつんつん程度じゃインパクトが足りない』
『じゃあ、なんちゃって万引きとか、仕込み異物混入とかもダメ? うっわ、ハードル高っ』
『そんなことはないぞ。『新元号最初の』って枕詞があれば注目は集められる』
『世間は新元号でわいたし、登録者の獲得になるなら何でもやる』
『よっしゃ! じゃあお前、ドローンで新宿御苑に殴り込みな! 決定!!』
『勝手に決めんなw ドローンは持ってるけどw』
『その手があったか。禁止区域で飛ばしてリポートするだけでも、画的には面白いかも』
『ツーリング動画撮ってるから、仲間集めて首都高レースでもやろっかな』
『おいおい、RPGのRTA実況くらいでいいじゃねーか』
『むしろこの流れの中で、そんなショボいのやってられっか』
企業広告や視聴数で収入が増減する彼らにとって、内容のモラルよりも『注目度』を優先しようとする者はいる。
もちろん全員がそうではないが、有名配信者の都合がいい部分に目がいって始めただけの無名層では、話題のために何でもやろうとする輩は一定数存在する。
中には知名度の高い者でも、樹海に入って自殺者を面白半分で撮影し投稿するほどだ。
このようにネット隆盛の時代となり、自分の利益や承認欲求のためならモラルの欠如もいとわない人間が増えてきたのは事実だろう。
ただ『面白ければ何でもあり』という仕事における性質の一面や、『視聴者を喜ばせるため』という責任転嫁を免罪符にして、彼らは容易く暴走する。
そうした犯罪行為に準ずる内容を楽しむ者が、世間の良識とは乖離した少数派だと気づかないまま、自分たちの世界に浸って『面白さ』を強要するのだ。
『……続いて、元号が新たに変わった本日の未明から、全国各地で逮捕者が相次いでいる事件について。
警察関係者の情報によると、110番の通報件数は現在も普段の数倍にあたるスピードで伸び続けており、一日あたりの犯罪発生件数が過去最大となる見通しも……』
人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ。
日本人が梅の花のように、明日への希望を咲かせる国でありますように。
そうした意味が込められた元号を迎えるこの国が、果たして今もすべての国民が『美しい心』を育める地であるのか否か?
それは……今後の我々が示す言動次第であろう。
願わくば、コレが『ブラックジョーク』として聞き流せる時代になればとは思います。
なぜなら……コレを読まれて『不謹慎だ!』と騒ぐ声が大きいほど、『このフィクションは実際にあり得る!』と叫ばれているような気になりますので。
なお、私はネットスラングほとんど知らないので、何となくで書いてます。




