439回目 2020/5/27
あまりにもネタがなかったのですが、ちょっとした事件を書きます。
(※グロ注意です! おぞましい見た目の動物に耐性がない方は今すぐ逃げ出しましょう!)
これを書き始めようとした、つい先ほどのことだ。
近年まれにみるでかさと長さをしたムカデと遭遇した。
黒々とした甲虫類に似た背中の艶めいたボディをうねんうねん揺らし、体の節につき二本一対を常備している足はわっさわっさ動いていた。
ふと顔を上げ、ネタを考えていたときに壁をみた瞬間のできごとだ。リアルで数秒、私の思考が真っ白になった。かまれたら痛そう、なんてくだらないことさえ考えつかなかった。
そんな私の焦りなどつゆ知らず、ムカデの君は壁を元気に這ってぐねんぐねん動いている。しばらくぼーっと見ていたが、だんだんと現実感と生理的嫌悪が私の中で生まれてくる。
頭が働き出したことで、ようやく『撃退』という選択肢が浮上した。それには武器が必要だ。しかし、私の手元にはスマホの携帯充電器くらいしかない。人間相手なら鈍器として使えるが、ムカデ相手には分が悪い(つぶしたら体液つくし……)。
周囲を見渡す私。目に入ったのは割り箸だった。
使い捨てのこれでつかんで、袋に詰めてポイが妥当か……最終的な処理方法は決まった。あとは殺傷方法である。さすがに箸でつまみつぶせるほどの握力は備わっていない。
再び周囲を見渡す。発見したのは『ゴキジェット』だった。躊躇はあった。これは『ゴキ』専用の特効武器であって、『ムカデ』には効果が薄い。
しかも、問題はもう一つあった。ムカデ大王のうねうねポイントだ。なんと奴は四角いインターホンのスピーカーの上にぶら下がっていた。薬剤をぶっかけたら、機械が故障しかねない。
私は優柔不断のため、決断がなかなかできない。どうする? 殺るか? それともビビって逃げるか?
葛藤は深く、焦燥は身を焼いていく。そんなひよった私をあざ笑うかのように、彼奴は悠々と移動を開始した。
インターホンのスピーカーから、扉の周囲にもうけられた格子のような部分に体を渡して歩き出す。気分はとなりのトトロの主題歌は『さんぽ』のような軽快さ。我が物顔に一匹の行進を続けていた。
そこで私の心臓は縮みあがる。逃げられたら洒落にならない。あいつは人を噛む。おぼろげな知識だが、微量の毒も持ってなかったか?
――やはり、今ここで、私がしとめなければ。
ようやく覚悟が決まる。作戦なんてないに等しい。ノミの心臓でふるった勇気と、あと処理用の割り箸を片手に、そっと出入り口である扉の上を陣取る節足の悪魔へ近寄る。
私の先制攻撃!
箸でちょんちょん!!
――落ちた!!?! 奴がこぼれ落ちた!!!!
自分でやっといて固まる私! なにが起きたかわからん、といったように床でぐるんぐるん暴れるムカデ!
次の、次の攻撃を仕掛けなければ!! ……なんて、頭で考えながら動けない私をしり目に、ムカデは生存本能に突き動かされて逃走を選ぶ。
――しまった!! 奴の移動した先にはボックスタイプの棚。壁と棚の間にはわずかな隙間。人間の指も通さなさそうな空間でも、奴のほっそりスリムボディにはなんの障害にもならない!
一瞬の戸惑いが敗因となり、第一ラウンドはムカデに軍配が上がった。まんまと隙間に逃げられてしまい、おぞましい姿が私の視界から消える。
ひとまずはクールタイムだ。落ち着け。ここで終わりじゃない。私には武器が――隙間に対応した長細いノズル付き『ゴキジェット』がある!
呼吸を落ち着け、沸騰する頭を無理やり冷やし、奴が逃げ込んだ袋小路へ再び立つ。右手には殺傷力を与えられた薬剤が詰まった相棒。今なら、チキンな私でも――殺れる!
意味もなく息を潜めた。ムカデが体を滑り込ませた隙間の入り口、ではなく反対側からノズルを差し込み、唾を飲み込む。
そして――引き金を引いた!
噴射される生命を脅かす霧。もったいない精神が多量の使用をしぶり、数秒で止まった。すぐさま奴が出てくるのを待つ――きた!!
頭に埃をひっかけ、薬剤でさらにテカリを増した黒いボディが這いだした! 苦しそうにもがいているが、やはり特効武器でなかったためかまだまだ元気だ! しとめきれていない!!
第二ラウンドは引き分け……再度、私のメンタルは混乱と恐怖がうずまく。
そのまま、最終ラウンドのゴングが鳴った。
致命傷にはならないと知りながら、それでももう一度薬剤をふりかけた! 激しく抵抗しながらぐねんぐねんと暴れる! それでも、殺すには至らない!!
どうする?! いや、もはやどうしようもない!!
――自ら手を下すしか、方法などないのだ!!
足元を見る。暑いからと裸足でスリッパにつっこんだ自分の足が見える。……靴下をはく時間なんてない。はいたとしても、何の慰めにもならない。
最後に頼れるのは、やはり自分の肉体のみ。こんなところで知りたくなかった、窮地に陥ったときの真理にいらだちさえ覚えた。
利き足である右足を持ち上げる。眼下にはうぉねんうぉねん動く宿敵。やれ、やるんだ。私の健全な精神衛生と平穏な日常を取り戻すために!!
スタンプ!! ……やっちまった罪悪感が生まれるも、持ち上げたスリッパの下にはダメージを受けつつもまだまだ健在な憎いあんちくしょう。さすがに見た目通りタフなようだ。
すかさず二撃目、三撃目を加える!! なかなかくたばらない。っつうかこいつ、本当に死ぬのか? それくらいのしぶとさが直に伝わってきて、私の恐怖がさらに膨れ上がった。
それに、ムカデとはいえ生物が苦しむ様子を見て楽しいと思える精神をもっておらず、見ていられなくなった私はティッシュを一枚ひっつかんで半死半生のムカデへ覆いかぶせた。
「成仏しろよ」
自己満足の弔いを声にして、私はティッシュごと奴を圧殺せんとスリッパへ体重を乗せ踏み込んだ!!
おそるおそる、足を上げてみる。ティッシュには飛び出た体液がこびりつき、シミになっていた。
なのに、それでもまだ奴は生きていた。虫の息ではあるが、ゆっくりと足も頭も動いている。モンハンだったら足を引きずってる状態だろうか。しびれ罠や落とし穴があれば捕獲できるだろう。(!?)
とどめを刺すべきところだったが、私の精神はすっかりすり減り限界を迎えていた。これ以上、ムカデを踏みつける気力はない。スリッパ越しでも、SAN値はごっそり減っていたのだ。
私は割り箸に手を伸ばし、ぱちんと二股に割った。そして小さなビニール袋を用意し、ティッシュごとつまんだ死に体を放り込んで口を縛る。
奴は……まだ動いていた。息の根を止めないままじわじわと死ぬまで放置するなんて、とても残酷なことをしている自覚はある。
でも、心が弱い私は潰しきることができなかった。介錯するだけの度胸がなかった。半端に殺された命に、ただただ謝罪の念を持つことしかできなかった。
これを書いている私の横にあるゴミ箱の中で、彼あるいは彼女はまだ生きている。食物連鎖という生存競争とは関係のないところで命を散らした果てに浮かぶのは怨嗟か慟哭か。
ムカデならぬ身ではわからないが、ただ一つだけわかっていることがある。
――ムカデは一匹見つければ、高い確率で番もすぐ近くにいるのだ。
願わくば、一夜に夫婦とご対面なんてことにはならないよう、信じてもいない神に祈ろう。
ゴキとかは一匹見つければ三十匹はいると思え、なんて言われて育ってきました。それの延長で、ムカデは夫婦ペアがデフォとたたき込まれています。
梅雨が近づき湿気も増してきたのもあって、活発になってきたのでしょう。みなさまのお宅でも、注意をされた方がよろしいのではないでしょうか?(いやな脅し)




