348回目 2020/2/26
創作関連の解説的なものをネットで見つけて読んだ感想です。
以前からそうでしたが、私は『タイトル』や『あらすじ』がすっごい適当になってしまう悪癖がある。正直、中身に気力・体力の十割をつっこんでいる節があるためだ。
だが、『あらすじの書き方』と銘打たれたエッセイ(『なろう』とはまた別)を読み、今さらながらに『あらすじも表現の一種なんだなぁ』と思うようになる。
ずっと『タイトル』や『あらすじ』への力を抜いてきた背景には、たぶん私に『不必要なプライド』があっったからだろう。『作家風を吹かせて気取っていた』と書いてもいい。
普段から意識していないものの、私の根っこには『職人気質』が居座っていて、『中身さえよければ楽しんでもらえる』と思いこんでいた。
実際の職人さんだと、『物がよければ売れるんだよ』っていう理屈かもしれない。
要は、『いいものを作るのが自分の役割』だから『ものを売るのは専門外』と思っていたのだろう。
そこらへんの諦めや言い訳じみた意識が、『タイトル』や『あらすじ』への『手抜き』につながっていた、ということだろう。
何度か『文楽』でも自覚を持って書いてきたが、『タイトル=看板』だし『あらすじ=宣伝文句』だ。
『小説の中身=商品』とすれば、両方とも『客に売るためのアピール材料』である。
ぶっちゃけ、『商品』の質を高めたい欲求はあるが、『商品』を『アピールしたい』とか『売り出したい』なんて欲求はほとんどない。
そもそも、自分の履歴書関連でも『自己アピール』やら『長所』やらを書くのが苦手だったのに、自作の『アピール』や『セールスポイント』が得意になってたまるか。(キレ方が唐突)
自分を大きく見せる……はやりすぎにせよ、『アピール』って自画自賛やナルシストみたいでイヤなのだ。やってて気持ち悪いし、『アピール』してる自分に嘲笑すら浮かぶ。
それくらい、なんだろう、『自分をよく見せる(あるいは悪く見せない)こと』に嫌悪感を抱いているほど『自分への過小評価が大好き』な精神に問題のある作家にとって、『タイトル』も『あらすじ』もハードルが異様に高く見えてしまう。
……まあ、『書き方』みたいなノウハウの例をエッセイ形式で読んだので、これからは多少マシにできるかもしれない、とは思う。
『あらすじ』は『下駄を履かせる』わけじゃない、と認識しただけでも、私の精神的には大きな一歩を進めた気がする。
もっとも必要な要素だけを引っ張ってきて、『うちの商品はこういう話だ!』って説明できりゃいいんだ。『アピール』じゃない、『取扱説明書』だ。私にとっては大事な自己暗示……。
なお、『タイトル』の決め方はいまだわからない。なるべく長文は避けたいけど、だからといって短くまとめられるだけのセンスなんてないし。
だれか知らないかな、いい感じの『タイトルの付け方』……知ってたら苦労しないか。
これを書き続けて知った、私の『グチの才能』は……どこか役に立てばいいですね。




