27回目 2019/4/11
投稿時間はまちまちですが、基本的に日付が変わった直後の深夜帯で書いてます。
半分ほど日記になっているが、毎日投稿だけが目的なのでいいだろう。
この日は久しぶりに気分がいい。
買い物で半額になっていたエナドリを購入して飲んだ影響かもしれない。
普段はぼーっとふさぎ込むような感覚がついて回るのだが、ちょっと爽快な気分でキーボードをたたけている。
生活が荒れている自覚はあったが、露骨な疲労を抱えていた覚えはなかったので、ちょっとびっくり。
今後はエナドリの定期購入を考えてみようか。ドツボにはまるか?
それはさておき、今までの内容を読み返してもわかるように、どうも感情や気分のコントロールが下手な私。
油断するとすぐにネガティブの沼に足をつっこんで、戻ってこれなくなる。
私は経験したことないが、テレビなどでムツゴロウを捕獲するため泥だらけの沼?(なんだろうか?)に入るタレントの姿を思い出す。
板のようなもので接地面を広げて移動している光景が印象的だ。
ふつうに足でいくと一気に膝上まで沈んでしまうため、それを防ぐためなのだろうが。
私は基本的に、そんな泥沼初心者状態で毎日を歩いている気分である。
一歩踏み出せば太ももまで泥に埋まり、沈んだ足を持ち上げようともがけばもがくほど沈んでいく。
何とかして引き抜いても、また次の一歩で深く沈み四苦八苦するのだ。
周りから見たら滑稽でバカらしいかもしれないが、私にとっては真剣そのもの。
確かに見据えているものを捕まえるため、なんとしてでも前に進もうとしている。
それが、精神的な不調という『泥沼』に足を引っ張られて、それをうまくかわすことも出来ないで、がむしゃらに不器用に非効率に歩いている。
そんな姿を客観視できるのも、エナドリ補正などで気分が晴れた時しかできない。私の目はいつも、私の足を止めようとする『泥沼』しか見えていないのだから。
ふと我に返る客観視の時間、私は何をしているのだろうか? と冷静になる。
見据えた目標を目指すことではなく、不格好にあがいている姿に落胆するのだ。
もっとやり方があるだろう。
自分の体(持っている物)だけでやろうとするな。
道具を使え、人を頼れ、誰かに助けを求めろ。
今はそう言える気分になっている――だが、また数日過ぎればそんな気持ちも霧散するのだろう。
私は愚かな人間だ。
人が出来ることもまともに出来ない、絞りかすのような存在。
でも、絞りかすでも、何かには使い道があるはずだ。
もったいない精神を有する国民性を今こそ思い出すべきだろう。
カスはカスなりに、利用価値は必ずあるはずなのだ。
そう信じて、今日もまた『泥沼』を進もう。
だからでしょうか、奇文・乱文が多いのは。




