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229回目 2019/10/30

 無茶ブリってありますよね。


 私は身内に小説を書いていることを知らせてから、割とよく受けます。


 先日、何の脈絡もなく以下のようなお題をブン投げられた。


『算数や数学の文章問題で(まれ)によく出てくる、『線上を移動する点P』で小説書いてよ!』


 ……さあ、あなたならどうするだろうか?


 ある程度の教育を施された人ならなじみ深いだろうが一応説明しておくと、『線上を移動する点P』とは直線や図形やグラフなどあらゆるところに出没し、敷かれたレールに沿って愚直に突き進む習性を持つ『謎の物体』だ。


 補足を入れると、『線上を移動する点P』は断りがない限りは『等速』――つまり一定の速度を維持したまま、昼夜を問わず常に動き続けるという苦行・拷問を『当たり前』のように()せられている。


 ここで疑問に思った人もいるだろう。


 なぜ『線上を移動する点P』を『生物』のようにあつかったのか? と。


 確かに、『線上を移動する点P』は一見すると無機質で機械的な存在のように思えるが、少し考察をしていくと必ずしも『無機物である』という断定が難しい問題だということが見えてくる。


 まず、『線上を移動する点P』は私たちにとってただの『点』であるが、観測される動きに着目するとどこか『生物らしさ』を感じられる。


『線上を移動する点P』は平面世界――いわゆる二次元世界に存在する事象・物体であり、私たちが知覚して行動することができる三次元世界よりも低次元に位置する世界に所属している。


 平面世界において存在を許され、支配する権利や可能性を与えられた存在は言うまでもなく『点』だ。『線』や『面』なども存在し得るが、それらは膨大な『点』が規則的かつ密接に集合した状態を指す概念であり、独立した概念とは言い(がた)い。平面世界の最小単位であり唯一の立証存在こそが『点』なのである。


 ただ、平面世界に生まれる『点』はほとんどが自力での移動ができないよう運命づけられている。現に、私たちが今まで紙面を通して遭遇してきた『点』は、平面に刻まれた瞬間から『その場所』を逃れる術を失った。


 存在を許され誕生した瞬間から、世界の法則という絶対規律によって不自由を強制される――それが、二次元平面世界にとっての『現実』であり、最初で最後の与えられた『自由』といえよう。


 平らな大地に打ち込まれた(くさび)としてしか己の存在を規定できない無数の『点』たちは、時に己の運命を受け入れ、時に宿命にあらがおうともがき、時に反抗を無駄と悟って、世界の一構成要素としてその身を犠牲にし続けてきた。


 しかし、その中で突如として現れたイレギュラーこそが『線上を移動する点P』だ。平面世界からはっきりと存在を『点』と定義されながら、『線上を移動する権利』を与えられた異常個体である。


『線上を移動する権利』を私たちにあてはめれば、それは『民衆を従える王』にも等しい強権だろう。生きているか死んでいるか、そんなことなどお構いなしに『点』が形成する(しかばね)の軌跡――『線』を悠々と踏みならして進む許可を得たのだから。


 躊躇(ちゅうちょ)呵責(かしゃく)もなく、ただ淡々と『線』を歩み続ける姿は傲岸不遜(ごうがんふそん)な支配者に見えながら、その背は己に与えられた使命を盲目的にまっとうする殉教者のようでもある。


『線上を移動する点P』は、平面世界において特別であるが故に孤独だ。本来は横に並ぶはずだった『点』たちのわずか上に位置したがために、誰とも価値観を共有することなく覇道(はどう)を歩むしかない。


 確かに『線上を移動する点P』に与えられた権利は『ただの点』よりは大きく、よっぽど自由に見えることだろう。


 しかし、いくら特別な条件を有しているとは言えしょせんは『点』である。平面世界が定義した(ことわり)から逃れることはできず、誕生とともに与えられたレールからはずれることなど許されない。


『線上を移動する点P』は『線上』にいるからこその王者なのだ。そこから一歩でも外れた『空白領域』へ足を向ければ最後、下手をすると彼は『点P』ですらなくなり真っ白な虚空の奈落へ落ちて消えるしかない。


 だからこそ、『線上を移動する点P』は忠実に『線上を移動する』という制約を守って存在し続けるのだ。『動ける』という『自由権』を与えられたがために、他の『点』よりも明確に規定された『死』の条件におびえながら。


『ただの点P』か、『線上を移動する点P』か……どちらが彼にとって幸せな道だったのかは、誰にもわからない。いくら考えたところで、しょせん『if(もしも)』の話でしかないのだ。


『線上を移動する点P』は生まれると決まったときから、『線上を移動する点P』として生きる以外に選択肢がなかった。それを拒否していたらもはや『点P』ですらない、虚無の海へ溶けた『消失概念(アノニマス)』として消えるだけなのだから。


 ここまでの考察から、『線上を移動する点P』における峻烈(しゅんれつ)な生き様を理解していただけたと思うが、彼ら『点P』の全員が孤独に生きているのかと言えばそうではない。


 非常に(まれ)な例外中の例外として、『線上を移動する点P』が存在する『世界線』の領域内に別の上位個体が同時に存在する事例がよくある。


 それらは『点P』と区別するため『線上を移動する点Q』という呼称規定(ナンバリング)を施され、『点P』と同一種族でありながら独立した存在として認められることになる。


 さらには『線上を移動する点Q』を超えるレア個体として、『線上を移動する点R』の出現も確認されている。『点R』にもなると発生条件はもはや天文学的数字の確率以下であり、平面世界においてはもはや伝説上の存在として実在を疑問視されつつあるほどだ。


 また、『線上を移動する点P』と『線上を移動する点Q』と『線上を移動する点R』が同時に出現した時の記録を確認すると、ある興味深い現象が観測されている。


 それは、『線上を移動する点P』も『線上を移動する点Q』も『線上を移動する点R』も、それぞれが『違う速度を維持したまま等速で動き続ける』ということだ。


 たとえば『線上を移動する点P』が『秒速五センチメートル』だったとすると、『線上を移動する点Q』は『秒速六センチメートル』、『線上を移動する点R』は『秒速四センチメートル』のように、細かい条件が変更されている。


 この『存在条件の変化』が『点P』、『点Q』、『点R』にとってどのような意義を有するのか、現代の科学ではいまだ解明されていない。


 一つの仮説として、『線上を移動する複数の点』は互いに『重なろうとする性質・欲求』を持っているのではないか? と考えられている。


 上記したように、『線上』に存在を許された『複数の移動する点』における違いは、名前の他だと『速度』や『進む向き』が確認されている。そして『速度』や『向き』が異なるということは、いつか他の『点』を追いつき・追いつかれるという厳然(げんぜん)たる事実が確定されるのだ。


『線上を移動する複数の点』が重なった瞬間、それぞれの『点』にどのような変化があったのかはいまだ確認されていない。観測と実験を繰り返しても、重なり合った前後で『点』の性質が変化するわけではなかったからだ。


 果たして、『線上を移動する複数の点の合流』が平面世界にどのような影響をもたらしているのか、そしてそれは私たちの存在する三次元世界にまで影響を波及させるほどの深刻な現象足り得るのか……研究者による解明が急がれている。


 前述した『重なろうとする性質・欲求』の根拠としても、『適者生存法則(アポトーシス)仮説』と『対消滅安定化(ネクローシス)仮説』が有名だが、重なった『点』の観測による欠損・崩壊などが見られないため、あくまでも仮説段階であり立証は困難とされている。


 いずれにせよ、『線上を移動する点P』を中心として展開される様々な謎が解明することにより、現代における生命科学分野が二世紀ほども進展するとされている。


 うまくすれば、生命の起源や宇宙の誕生にも通じる真理の一端に触れるとも言われており、私が『線上を移動する点P』を『生物』として見なした理由である。


 あくまで私見だが、『線上を移動する点P』は一部の霊長類と同程度の『知能』を有すると考えている。今後、何かしらの突然変異によっては私たち人類と同じ『知的生命体』として進化を果たし、二次元世界を超越して三次元世界へ到達する可能性も考慮する必要があるだろう。


 この太陽系……いや、この銀河にとって『線上を移動する点P』が益となるか害となるかは、まだわからない。


 少なくとも、『線上を移動する点P』の今後によっては私たちの常識が(くつがえ)るほどの大きな変化をもたらすことは間違いないだろう。


 取るに足らない低次元世界の一概念と(あなど)ってはいけない。


『線上を移動する点P』は常に移動し、常に思考し、常に私たちを見上げているのだから――。


 算数・数学界における興味深い事象は、『線上を移動する点Pインフィニット・ライフ』の他にも存在します。


 円環(えんかん)(つかさど)る起源にして、あらゆる真理が混在する深淵(しんえん)へと続く(うろ)――『原点O(ポイント・ゼロ)』。


 はるか遠い過去に史実から記録を抹消された、あまたある環状世界から延びるとされている唯一の王道にして最短の邪道――『半径r(アビス・ルート)』。


 世界のどこかに存在すると噂されている、真理を探求した果てに姿を現すという深淵(しんえん)への入り口を開く唯一無二の概念物質――『円周率π(ソウル・キー)』。


 かつては魂に刻まれていたはずの存在する意味を奪われ、今にも消え入りそうな体を引きずりながら懸命に己を取り戻そうと世界を放浪する迷い子――『未知数x(アンノウン)』。


 他にも、学生の頃に接していたときには気づかなかった、『数学界』が内包する魅力的な構成要素がたくさんあるはずです。そこに生じる物語もまた、三千世界がごとく広がっていることでしょう。


 さぁ! みなさんも多くの謎とロマンあふれる『算数・数学界』に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか? そして、キラキラと散らばる物語を(すく)ってあげましょう!(無茶ブリ)


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