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154回目 2019/8/16

 趣味というか、好きな物に対する意識についてです。


 とあるまとめ記事で『四十代でアニメ見ているのはダメ?』みたいな話題のものを読んだ。


 視聴者層があがってきたことは事実だが、世間としてはいまだ『アニメ=子どものコンテンツ』というイメージが強く、問題があったり恥ずかしかったりするのか? といった話だったと思う。


 まず、少し前までの『ゲーム』に対する認識と同じように思った。日本では『ゲーム』というと家庭用ゲーム機のイメージが先行しており、『子どもが楽しむもの』と思っている人も多いだろう。


 とはいえ、世界的な価値観でいえばどうだろうか? 『ゲーム』は『eスポーツ』として多くの競技者がいるし(反射神経や一瞬の判断能力など、十~二十代が主要選手層だとは思うが)、『アニメ』だって海外にとったら『クールジャパン』を代表する一大コンテンツで、一応は輸出産業の一種として見ていい。


 すべてが正しいとか間違いだとか言うつもりは毛頭ないが、それでも『アニメ』だからという自分の中で形成された固定観念だけで物を語るのは、気をつけた方が良さそうだ。


 さて、そんな中で『好きなもの』に対する嗜好についての分類に近い話もあった。


 なぜそのコンテンツが好きなのか? ――といっても、そこで主要に論じられていたのは『能動的参加者』だった。『趣味』ということから広がって、大人が主に(たしな)むだろうゴルフや将棋などについての言及で出た意見である。


 例で出された『趣味』に『競技性』があったからだとは思うが、『好き』の理由として『上達したいから』とか『勝ちたいから』、『楽しみたいから』という三つが挙げられていた。


 そして、『好き』の理由は『取り組み方』にも影響がある、という意見を見かけた。まあ、私がかみ砕いた結果、そう感じただけかもしれないが。


 たとえば『楽しみたいから』が一番だと、文字通り純粋に『楽しめる』ことを一番重視する。一人でやろうが大人数でやろうが、能動的に参加し取り組んで『楽しかった』と思えたら十分なのだ。


 これはある種、もっとも『自分本位』な楽しみ方といえよう。一人で行うものはもとより、多人数で行うようなものでも『自分』が楽しければいいのだから、見方によってはとてもわがままな人になってしまう。


 反面、『自分』が『楽しめる』ならばほかの要因はさほど気にならない――つまり、他人の介入によって『楽しさ』が大きく左右されることのない精神性ともいえる。楽観的な自己中心主義、といえるか? 違うか。


 次に『上達したいから』が一番にくるならば、傾向的にはオタクや職人気質といえるかもしれない。先ほどよりも内に閉じこもりがちで、自分の出した『結果』における巧拙(こうせつ)を重視するタイプだ。


 こちらもまた『自分本位』ではあるのだが、『他者に影響されない』と思われる『楽しみたいタイプ』と比べて、『他者は関係ない』としている節があるため若干タイプは違うように考える。


 とにかく真面目に頑固に自分の理想への挑戦へどん欲となりがちなイメージから、積極的な自己中心主義といえるかもしれない。重要なのは『成長』における『達成感』であり、遠く果てしない『目標(りそう)』に向かって進む冒険者なのかもしれない。違うか。


 最後に『勝ちたいから』が一番にくると、これは自分と言うより他者との勝敗に重点を置く人である。負けたくないとか、人より優れているとか、そうした部分をとても気にして満足感を得るタイプだろう。


 私がもっとも苦手なタイプであり、だいたいのスポーツマンはこのタイプだろうとは思う。でないと、勝負事にそこまで熱くはなれない。悪い見方をすれば、『相手より上位でありたい』とか『常に誰よりも上にいたい』という、どこか支配的欲求が強いイメージがあって苦手なのだ。(たぶん、偏見である)


『上達したいから』が『絶対評価』を重要視するのとは反対に、『勝ちたいから』は『相対評価』がとても重要だ。正しい表現かはさておき、排他的な自己中心主義に思えるこのタイプは、『他人』というわかりやすい評価軸を設定できることから、競争心や闘争心(モチベーション)に火がつけばとことんまで食らいつくタイプのように思える。違うか。


 で、『なろう』におけるランキング上位経験者は、たぶん『勝ちたいから』という理由にシフトしていく傾向にあるのではないか? と思ってしまう。


 いろんな評価基準(PV・ユニーク・ブクマ・感想・レビュー)があり、ランキングという目に見えて『他人との優劣』が決まるものとして自作を可視化されると、おそらく『勝負』の意識が強くなるのだろう。


 私のようにエタるくらいののんびりペースで更新するダメ作者とは違い、『ほかの作者よりも上に』と意識していくようになって、どこか上から目線というか、そういう態度をとってしまうのではないだろうか?


 私は『上達したいから』で続けているが、こだわりすぎて人様の目に出せないと自らハードルを上げて、スピードを犠牲に質を上げたくなる病気を発症してしまうタイプでもある。


 逆に『勝ちたいから』の人は、ほかの作者より抜きんでることにより意識をとらわれるため、質を多少犠牲にしてでもスピードを重視する傾向にあると思う。毎日更新とか、書きだめしないと絶対に無理だ。


 動機は人それぞれで、タイプによっては一長一短あるのは理解しているつもりだが、それを補うか突き詰めるかは自分で決めなければならない。


 私はとりあえず、執筆速度をもっと上げないと話にならない。『上達』の仕方も『一筆入魂』で一作に時間をかけるより、『多作完結』で執筆経験をどんどん積み重ねるのもまた、『成長』になるのだ。


 だから……古いプロットを未練がましく眺めているより、新しいプロットをガンガン作って新しい価値観を生み出していくのがいいのかもしれない。


 まだどうすべきか、自分のやり方は定まっていないが、とりあえず書きたいと思ってはいる。体力はないが、がんばっていこう。


 頭も働いて指も動くなら、話はいつだって書けるはずだ。


 私はメンタルの持久力もないため、途中でつぶれやすいという欠点があるので気をつけないといけないですね。


 若い頃と違って、向こう見ずで一つのことを集中できるような年齢でもなくなってきました。確かな老いを感じるアラサーです。


 まあ、いろいろと理屈とか理想とかを書き連ねていた感じですが、自分のペースで程々にやっていきたいと思います。


 やれることを少しずつ増やして、成果を少しずつ増やして、自分の『面白さ』を追求していきたいですね。


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