151回目 2019/8/13
悪癖だとわかっていても、やめられないことってありますよね。
今ではあまり新しいプロットを作ることはなくなってしまったが、若い頃はいろんな題材に興味を持って自分なりの物語を思い描いたものだ。
そこまではよくある話だろうが、その後で少し問題と思うことがある。
プロットの内容を確認すると、バッドエンドの比率がやや高いように思えるのだ。
ほかの作者がどんなプロットを組んで、どんな最後を想定して書き始めているのかはわからないが、少なくとも私は三~四作品に一作はバッドエンドになっている気がする。
だいぶ前にもここで話題に挙げたとは思うが、バッドエンドはとにかく書くのが難しい。というか、読者側に納得させられるだけの内容に調整するのが難しい終わり方だ。
個人的には、ランキングの上位に上った作品のタグに『バッドエンド』がついている場合、作者の力量が相当高いと思っている。(不正などは除く)
ともあれ、そんな取扱い注意である作品属性『バッドエンド』を書きたくなる性分は、私もどう扱えばいいか持て余している状況である。
そもそも、私は読者側に回ると進んで『バッドエンド』と書かれた作品を読むタイプではない。矛盾しているようだが、そのタグがあると避けることすらある。
おそらくは私自身が陰の気質が強く、ほかの作品からも陰の空気を取り入れるのを拒んでいると思われる。元から陰気なのだから、よけいに暗くなる必要はない、ということだ。
ただ、『バッドエンド』とわかっていない上で陰湿な空気をまとう作品は嫌いでなかったりする。こう、人間関係でホラーを彷彿とさせる『何となく息苦しい』感じの作品は、むしろ好物だ。
もう総じて『ダーク系』が好き、ということですませられそうだと今さらながらに気づくが、先に進もう。
読者側と作者側、立場が変われば好みも若干変わってくるややこしい私だが、いまだ手を着けるのにためらっている『バッドエンド』をどうするかは時々悩む。
書く勇気がないのも一つだが、書いていると気分が落ち込む可能性があるのが大きい。プロットづくりでは喜々として書き留めているのに、自分のことがよくわからない。
これも私のさじ加減ではあるのだろうが、どうも思いつく『バッドエンド』は救いがない傾向が強くなるのだ。別に小説やゲームなどの鬱作品にハマった記憶もないのだが。(DODは好きだったけども……)
新しく書き始めてはいないが、今でもふと、昔書いたプロットの内容を思い出して頭の中でこねくり回したりするのだが、やっぱり絶望しかない最後をリピートしてしまい落ち込むこともある。
作品は作者の内面を映す鏡、などと言われることもある通り、私の浄化しきれない何かが『バッドエンド』のプロットに表れているのかもしれない。
少しでも心が陽気なときでないと、『バッドエンド』の作品なんて書けませんよね。
間違っても鬱な時に書かないようにはします。結構、引っ張られやすい性質なので。




