128回目 2019/7/21
そろそろキャラ分析ネタも終わりそうです。
キャラクターの役割を考えることをここ数日行ってきて、おそらく最後になるだろう役割は『トラブルメイカー』だ。
簡単に言えば、物語における問題が発生する時の原因(もしくは原因だと思われがち)なキャラクター、と言えばいいだろうか?
たいていの場合、起承転結の『起』で問題の種を発生させる困ったちゃんを『トラブルメイカー』とみていいだろう。
彼らの特長として、作家としては物語における『事件』が起きるとっかかりとなるためとてもありがたがられるが、基本的に関係がある主要キャラクターたちからは煙たがれる存在になりやすい。
実生活で考えればわかるだろう。後に劇的な展開が待っていると知っていたとしても、いきなり致命的な失敗を常日頃からやらかすような人間を、どうして歓迎できようか?
会社であれば、新規の大手取引先を獲得するきっかけとして、長いつきあいのある古参の大企業に見限られるほどの大失敗をやらかす社員、ということだろうか?
結果オーライ、と笑えるのは損失を補填してあまりある利益を得られる結果があってこそだ。大きな損失を抱えたまま、打開策もなく時間が過ぎればただの疫病神にしかならない。
こうした、『物語を進めるために重要な役割』と『登場人物たちに貼られたレッテル』の板挟みにあった、トリッキーな役割といえよう。
バトル要素があると、『トラブルメイカー』は基本的に『敵役』に回されることが多い。問題を発生させるのも、倒して解決すべき相手も同じであるため、対立構造がとてもわかりやすい。
陰謀をたくらんだ悪役を倒せば、『トラブルメイカー』が起こした問題は終わりだ。その後の展開に必要だったり、複線を仕込むとかをしなければ、使い捨てで新たな事件・問題を乱発できるというメリットもある。
他にも、身近なキャラクターで『ドジ』という属性をつけられた『トラブルメイカー』も見られる。よけいなことをして味方(主人公サイド)を窮地に陥れる、文字通りの『トラブルメイカー』だ。
その場合、当の本人は周囲のキャラクターには好かれてはいなくとも、嫌われてはいないという中間的立場にあることが多い印象がある。
人間的には好ましく、よけいなことさえしなければ……という個別要素の人物評価を相対的に比較した上で全体評価が『中間』によりやすいのかもしれない。
そんな、キャラクターとしては人間的に評価される一方、物語の役割としては時に作為的な(わざとらしい)行動をとっているようにも見られやすい。
作者の描き方により巧拙(=上手いか下手か)はある物の、あまりやりすぎるとある種の『機会仕掛けの神』に思われてしまい、読者にうんざりされる危険性もある。
なので、味方側から『トラブルメイカー』を明確に設定する場合、人間的な魅力を上手く表現して前面に押し出し、『わざとらしさ』を薄めるよう注意すべきだろう。
一方、恋愛要素がメインになるとちょっと事情が変わりそうだ。というのも、明確な『トラブルメイカー』という存在が作られることが少ないジャンルだからである。
なぜなら、恋愛主軸の物語において、『トラブルメイカー』は『登場人物の誰もがなりうる属性』といえるからだ。主人公・ヒロイン・ライバル・モブ……等しく全員が『トラブル』を持ち込める余地がある。
恋愛ジャンルは『日常における色恋沙汰の刺激』を取り上げ、強調した物語だ。恋愛要素における基礎はもちろん、人と人との人間関係である。
とすると、キャラクター同士の関わりやさりげない会話、日常の延長にあるイベントなどのすべてが事件の起爆剤足りうる要素である。
たった一言、何気なく口にした言葉によって心理は動き、人間関係は勢力図を変える。
リアルタイムの流動的情報戦が恋愛の一要素であるため、(規模の大小はともかく)『潜在的な事件』の数を考えると主人公は地雷原を歩くような場所で日常を謳歌していることになる。
それが『恋愛』という高度な男女心理の戦記ものだ。(※一部、個人的見解による誇張表現がある可能性が)
最後に、物語の導入を演出するために役立つ『トラブルメイカー』は、前回注目した『三枚目キャラ』との親和性が高い。
おふざけが過ぎる言動の延長上で、主要キャラクター全体を巻き込む『事件』へ発展していく、という流れは比較的自然に演出可能だからだ。
さらに、『トラブルメイカー』という役割について回る『厄介者』というイメージの緩和にも、『三枚目キャラ』の有する『愛嬌』が上手い具合に相殺してくれる可能性が高い。
このように、キャラクター属性はメリットとデメリットを考慮し、総合的にプラスの印象を与えられるよう設定を考えられれば、『魅力あるキャラクター』を作ることができるのではと思われる。
それは一人のキャラクター設定にとどまらず、全登場キャラクターの属性的強弱関係にまで目を向けられれば、物語としてのバランスは整いそうな気はしている。
ぶっ飛んだキャラばかりでは話が進みにくいし、常識的なキャラばかりだと起伏が足りなくなる――どちらかだけが必要となることはなく、どんなキャラがどれだけの割合で存在するかが違和感をなくすのだろう。
創作の中とはいえ、小説の世界もまた人間活動の一つだ。変に特定の属性を強調してしまえば現実感は薄くなってしまい、面白味が失われてしまう。
大衆受けを狙うなら特に、キャラと属性のバランスは計算して組み込んでおいた方が失敗は少ない……私はそう思う。
何様の目線だ、というご意見は勘弁してください。かなり偉そうなことを言った自覚はあります。
というか、本当に『客観的に分析』するだけなら簡単ですよね。『主観的に実行』すると気づかないところに穴や不備が生まれてしまって、思ったような作品ができなくなるのが普通ですし。
どこかで聞いたことがあるのですが、作家活動よりも小説作法や小説講座的な話をし始めると作家としては落ち目、という見方があるそうです。
不特定多数の読者に受ける物を作るより、特定の物事に関心がある人たちに受ける物を作る方が楽ですものね。
私は自分の分析で自分の腕を磨けるような作家でありたいです。(希望的観測)




