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「この!役立たずが!!」
「ぐっ!がはっ!」
サイルス子爵邸のとある一室、本日町で見えぬ壁に遮られ散々恥をかかされた小太りの男、ホルガー・サイルスは共に町に赴いたエクシャを力任せに殴りつけその鬱憤を晴らしていた。
「なぜ小娘一人殺せぬ!」
「うぅ…も、うしわけ…ございません……」
「黙れ!口を利くな!!」
殆ど力なく横たわるエクシャの腹にがすっ!とホルガーの足がめり込んだ。
「フン、魔物の血を引く化け物め。私が養ってやらなければどこにも行くところがないくせに!」
更に容赦なく足蹴にし、それはエクシャが気を失うまで続いた。
窓には鉄格子が嵌められ、扉には何重にも鍵が施された重々しい扉が開いた。
気を失ったエクシャは邸の使用人二人に引きずられるようにして部屋の中に放り込まれ、直ぐ様扉は閉められた。
「エクシャ!!」
部屋の住人の男がその姿をとらえて駆け寄る。
無惨な姿となったエクシャの頬にそっと手を当てれば、薄っすらと目が開き、男の姿を捉えた。
「…マー…ル…」
「くそっ!ホルガーめ!!」
「…ダメ…よ…ばく、は、つしちゃ…う…」
「っ!」
エクシャとマールと呼ばれた男の首には魔法がかけられた首輪が着けられている。
それはホルガーが指示すれば直ぐに魔法使いにより爆発させられ、頭が吹き飛ぶ仕組みになっているのだ。
「エクシャ…妹一人守れなくて、すまない…」
「だい、じょうぶ…だから…に、ぃ…さ…ん…」
「エクシャっ!」
エクシャの瞼は再び落ち、静かに寝息を立て始めた。
マールはエクシャに出来るだけ負担が掛からぬよう、そっと抱き上げベッドへと運ぶ。
腫れた頬を避け、マールはそっとエクシャの瞼を指でなぞった。
「…何が竜の血だっ!こんな呪われたもの無ければよかったんだっ!!」
エクシャを守るようにそっと抱きしめると、自分もベッドへと体を横たえた…。
「ねぇねぇ、何で居場所が分かったの?」
翌日、レイルとシンも手伝って、ギルドへ売るために身代わりくんを作成している時だった。
前日、ふと疑問に思った事をシュンは口にした。
「あぁ、アレは試験的にやったんだが、中々上手くいったな」
「だから何なの?」
お手の物と言うように、ポンポン人形を作るシュンは、初めてなのにスムーズに進めていくレイルとシンへと視線を送った。
「魔力を探知する魔法だ」
「!?」
そんな便利な魔法が!?と目を煌めかせるシュンに男二人は「やはり興味を持ったか」と苦笑いだ。
魔力感知は目の前に対象が居れば魔力があるか気配で感じることができるが、魔力探知はレーダーの様に遠くにいても不特定多数の魔力を感じることができる。
シュンが中々帰って来ないので、初めての土地で迷子になっているのでは、と、シンが覚えたばかりの魔力探知を試すために、シュンの後を追ったのだそうだ。
「やってみるか?」
「やるやる!!」
食い気味に身を乗り出すと人形の山がポロポロとテーブルから落ちる。
「そうと決まれば、さっさと終わらせよう!」
ポポポンポン!と次から次へと人形を作り、いそいそと鞄へ詰めた。
じゃぁ、行こう!と癖でレイルとシンの腕を掴めば、二人はどこか嬉しそうに顔を見合わせた。
しっかりとシンの顔の痣を消し、町外れまで瞬間移動した三人は徒歩でそう遠くない町へと向かった。
前日にサリアに場所を聞いていたギルドへ向かうと、早速鑑定士へ面会を求める。
「へぇーオタクらがこの人形作ってんのか?評判いいぜ、これ」
マルコと名乗った鑑定士の男は既に身代わりくんの事を知っており、ギルドでは大人気の商品だと言う。
「何でまたウチに?ロザリール国のギルドで卸せばいいだろ?」
流石に貴族といざこざを起こしたなどとは言えず、他の国も見てみたくて引っ越してきたのだと告げた。
それでマルコは納得したのかそれ以上は追求してこなかった。
「提案なんだけどさぁ、柄物とかも作ってくれたりしない?」
「柄物?」
「そうそう。花柄とか水玉とか。最近はハンターだけじゃ無くて、お守り代わりに女性が買ったり、男性がプレゼントにしたりって需要が増えてるんだよ」
「そうなんですね。なら、今度は可愛いものも作ってきます」
「宜しくね」
ならばまた今日も反物屋に寄って材料を物色しよう、と決めギルドを後にした。
午後からは先程言ったように魔力を探知する魔法の勉強会となった。
シンも覚えたてなので、復習も兼ねてシュンの様子を見る。
こうして三人での勉強会は初めてで、シュンはいつも以上に楽しそうにレイルの説明を聞いていた。
魔力が探知できるよう様になると、レイルがシュンやシンにやった様に、内に秘めた魔力を感じ取る事ができる。
集中力が高ければ広範囲にわたり、複数の魔力を感じる事が出来、索敵にもおおいに役立つ。
まぁ、魔力の無いものは引っかからないのだが…。
魔法陣に描かれた公式の一つ一つを理解するのは時間のかかる作業だが、シンはそれを数分でやってのけた。
シュンはどれ程時間を要するのだろうと、レイルはどこか楽しそうにしている。
魔法陣を指でなぞりながら、これはこうであれはこうだから、といつものやり方で魔法陣を頭に叩き込む。
シンより僅かに時間はかかったが、この歳では十分すぎる。
試しに城の中でシンに隠れて貰い、それを探す事にした。
覚えたてで勝手がわからないので、目を瞑り魔力を研ぎ澄ます。
すると城の一角、キッチンでぼんやりとした、しかし温かな光があるのが分かった。
レイルと共にそこに向かえばシンが、今日のおやつ用に作ったチョコレートを頬張っていた。
「早かったな」
「って!それ今日のおやつ!!」
「このアップルソースとナッツのやつ、美味い」
「!でしょ!でしょ!!って誤魔化されないからね!?」
「二人とも落ち着け。ついでだ、一服しよう…」
「さすがレイルだ」
「もぉー!…仕方ないなぁ…。お茶淹れるから食べるのやめなさい!」
隙あらばつまみ食いするこの少年が果たして本当に、最強と呼ばれる闇の魔法使いになるのだろうか、とシュンは最近本気でそう思う事が多々ある。
自分の勘違いで、闇の魔法使いシンは今も何処かで着々と力を付けているのではと考えてしまう。
でも、このまま普通の生活をしていけるならそれに越したことはない。
親を殺して、弟に恨まれ殺される未来なんて起こらない方が、断然いいに決まっているのだから…。
翌日、魔力探知の訓練と称し町までやってきた。
町で魔力のある者を見つけて、その性能を向上する為である。
ついでに前日、ギルドから頼まれた、可愛い感じの身代わりくんも量産して納品する。
スカートやズボンをはいたもの、リボンやお花のブローチ(ワッペン)を付けたものなども用意してみたら思いのほかギルドに勤める女性達には評判だった。
これなら通常より100コイン高く買い取ろうと、鑑定士のマルコが値上げしてくれた。
おかげで財布はほっこり温かい。
「お城買ったから、貯蓄がもう微妙だったけどこれならまたあっと言う間に貯金ができるねー」
「…普通、城を買おうとは思わんからな…」
呆れた視線を向けるレイルに、シュンはレベルがあるならマックスになっているであろうスルースキルを遺憾無く発揮し、「訓練を始めよう!」と町の広場へと向かった。
レイルはやれやれと言ったように首を振り、後を追いかけた。
まずはレイルが周囲に魔力のある者がいないか、自身の探知で調べ、それをシンとシュンに誰がそうなのか当てさせるゲーム感覚の訓練だ。
「半径5メートル以内に一人居るな」
レイルがそう言えば、シュンとシンが魔力探知を使い半径5メートル以内を探索する。
「居た」
先に見つけたのはシンだった。
そのあと直ぐ、シュンも「右側のベンチの男の人だ」と解答する。
では、と今度は範囲を広げ半径10メートルを探索するが、先程のベンチの男以外引っかからず、15メートル、20メートル、25メートルと徐々に範囲を広げて漸く魔力を持つ他の者を見つけたが、距離があり答え合わせのため追いかけなければならないと言うデメリットが発生してしまった。
しかし、それでも楽しいのか、シュンは止めるとは言い出さず次を要求してくる。
ここで止めたら正確さに開きが出るかもしれない、とシンも対抗心を燃やして止める気配がまるでない。
若干面倒くさいと感じていたレイルではあるが、やる気のある二人に止めると言っても聞かないことは目に見えている。
それにメキメキと成長する姿は見ていて楽しいものだ。
(あと二、三年もすれば二人の方が強くなるな…)
嬉しいような寂しいような、自分を超えた二人はその後どうするのだろうか?と考えはたと思い至った。
(…やばくね?教える事があればこそ今の生活を享受する事を許されているが、二人の方が強くなったらタダ飯ぐらいじゃね!?)
ドッと冷や汗が背中を流れた。
今でさえ稼ぎ頭は最年少のシュンなのだ。
一番の年長者がそれではなんと言われるか!と顔面蒼白だ。
「レイル?大丈夫か?」
「顔色悪いよ!?」
二人に心配されて、ハッと現実に戻り「いや、大丈夫だ」と平静を装い訓練の続きを始めた。
(…この問題はいつか片づけなければならない!)
レイルは内心で拳を握り、二人が成長するまでに金を稼ぐ方法を探す!と固く心に誓ったのであった。
「んんー?なんか変?」
「どうした?」
夕方近くになり、訓練もひと段落つき、食料を調達し帰宅しようとした時だった。
シュンはまだ魔力探知を続けており、無尽蔵の魔力にレイルとシンにドン引きされていたが止めること無く、町外れまで行っていた。
町から数十メートル先の丘を下った向こう側に魔力のある者達の気配がするのだ。
一人や二人ではなく十数体。
それらは動くことなく、その場にジッと留まっている。
どれどれ、とレイルとシンも魔法を使うと確かに魔力を感じた。
「…確かに居るな…」
不気味に思い、丘を登ると少しばかり坂になっているその先には十数匹の魔物が静かに鎮座してた。
「…なんだ?この魔物たちは…」
群れをなす魔物も多々いるが、異様なのは種類が様々である事。
狼の様なものや、岩で出来たゴーレム、以前シュンが石にしたサイの様なものまで居り、更には肉食と草食が隣り合っているのに、お互いまるで当たり前かの様に静かに時を待っている。
シュンが真っ先に思い浮かべたのは、魔物を操れるエクシャだ。
あの貴族の男、ホルガーに言われて何かしようとしているのではないかと考えたのだ。
土地を欲しがっているとサリアに聞いたが、町を襲わせて滅茶苦茶にしても意味がない。
ならば何を狙うのか。
サリアか両親だ。
そこまで思い至り、ふと漫画の内容を思い出した。
漫画に出てきたサリアはただのお嬢様では無く、女でありながら爵位を継いでいた。
それは両親が既に居らず、婚約者も決まっていなかったからだ。
しかし、今現在サリアの両親は生存しており、貴族同士の夜会に呼ばれておりここには居ない。
(夜会…?…思いだせー何か引っかかるぞー)
両親が死んだ理由だ。
町の人が何か言っていた。
(夜会…夜会…そうだ!“二年前に夜会の帰りに魔物に襲われ命を落とした”だ!もしかしてそれが今日!?)
レイルとシンは関わらない方がいいと、既にその場を離れようとしているが、もしシュンの記憶が正しければ死人が出る。
しかも自分に親切にしてくれた人の両親だ。
自分だけでもこの場に留まろうとするが、魔物に襲われたらどうするんだ、と聞く耳持たない。
飛んで逃げると答えたところで、魔物の中には羽のあるものも居るので、効果はない。
「シュンは昨日初めて魔物を見たから知らないだろうが、アレは危険だ」
「だって!気になるんだもん!種族が違う魔物があんなに大人しく留まってるなんて絶対何かあるよ!」
「俺たちには関係ない」
「う〜」
それを言われてしまうと、反撃できない。
サリアの両親がここを通るなんて言っても、なぜそんな事を知っているんだ?と突っ込まれたら説明できない。
「おい、誰か来たぞ」
「!?」
何か言い訳を、と考えているとシンが異変に気がついた。
顎を僅かにしゃくり魔物の方を指すと、そこには覚えのある顔が並んでいた。
「小太り貴族!それから一緒に居た女の人と、…知らない男の人…」
ホルガーとエクシャ、そしてエクシャの兄、マールが魔物の群れの前で何やら話を進めていた。
(!エクシャの顔、怪我してる?)
遠くてはっきりとは分からないが、エクシャの顔に痣があるのが微かに見えた。
(まさかあの豚!エクシャを殴ったのか!?)
先日の様子からそうあってもおかしくない態度であった。
「どうやらあの女が魔物を操ってるみたいだな」
「そんな事が出来る人間がいるのか?」
「魔物の血が混ざっていればな。男の方も中々強い魔力を帯びている」
憤慨しているシュンを他所に男二人は別な事に気を取られていた。
魔力感知で見てみると、エクシャの魔力が魔物たちへと伸びているのが分かる。
これは中々面白い、と観察していると事態は動いた。
一台の馬車が、街道沿いに町に向かってやって来るのが見えた。
それを確認したホルガーもまた動いた。
「あの馬車を襲うつもりだよ!」
「そうかもな」
「そうだな」
「興味なさすぎぃ!!もういいよ!」
シュンは荷物をレイルに押し付けると、ばさりと背から黒い羽を生やし、レイルとシンの制止を無視し馬車へと向かった。
空には誰も注意を向けていない。
馬車と魔物の群れが最も近くなった瞬間、それまでじっと留まっていた魔物たちは一斉に駆け出した。
それに気付いた馬車もスピードを上げる。
しかし馬の足より魔物のスピードの方が断然速かった。
窓からチラリと見えた馬車の中には、中年の男とサリアによく似た女、それに10歳程の少年が焦りと怯えで肩を寄せ合っていた。
「あ、」
少年と目が合った。
シュンはすぐ様視線を逸らし、魔物へと向きなおった。
「させねぇよ!?」
ぱちん!と指を鳴らすと轟音と共に土が盛り上がり、魔物の行く手を阻んだ。
「なんだ!?」
突如現れた土の壁に、ホルガー等は混乱していた。
「上です」
シュンの存在にいち早く気付いたのはマールだった。
瞬時にターゲットはシュンへ変わり、羽を持つ魔物たちは牙を剥き一斉に向かってきた。
しかし、それらをヒラヒラと簡単に躱して、痺れ魔法で地へと落としていく。
「ちっ!あのガキか!」
町で会ったのを思い出したホルガーは、あの時突如自分に起きた訳の分からない現象を思い出し、それがあの少女の仕業では無いのか、と今更になって気付いた。
「マール!あのガキを殺せ!」
「っ!」
あんな子供をか、と反論しようとするがこの作戦が失敗した後、自分だけではなくエクシャまでもがまた八つ当たりと言う名の暴力を受ける事になる。
エクシャの顔の痣を見て、マールは渋々「…了解です」と言葉を振り絞った。
日も殆ど沈み、薄暗くなってきた周辺を突如眩ゆい光が包み込んだ。
「!!…この光!?まさかマール!?」
シュンの目の前に巨大な赤い竜が姿を現し、そして、その牙はシュンに向けられた。
「まじか!?」
片手を振っただけでブォンと突風が吹き、その羽に風をもろに受けバランスを崩したが、直ぐ様体勢を立て直す。
その間にも魔物たちの攻撃も繰り返され、煩わしいことこの上ない。
マールはシュンを捕まえようと、その巨体でバタバタと動き回り眼下では土煙りがもうもうと立ち込めている。
(…マールは何やってんだ?)
竜になったマールの力は余裕で町一つを壊滅出来る程の強さを持つ。
竜という生き物はスピードも破壊力も魔物の中ではダントツであるが、飛び回る小さい人間との一対一など面倒な事この上ない。
人間がブンブン飛び回る蝿を捕まえるようなものだ。
口から火の玉を連打してみたり、尻尾をブンブン振り回してみたりと動きが大きければモーションも大きいので避けやすくはある。
レイルとシンが居る所まで被害が及んでいるが、彼らは難なく避けている。
「君達はあのおっさんに雇われてるの?」
否、奴隷として扱われているのは勿論分かっている。
しかし、彼らの口から聞きたかったのだが無言だ。
(うーん…確か竜の姿で、テレパシーみたいな、頭に直接話しかけるやつができたはずなんだけど…)
ひょいひょい、と空を飛ぶ系の魔物全てに痺れ魔法をかけ、漸く周囲は静かになった。
「その首輪、爆発する系の魔法がかかってるね」
〈!〉
見抜かれたのが意外だったのか、僅かに表情が変わったのが分かる。
驚きは探るような視線へと変わり、動きも鈍くなったように思う。
「さっさとやれ!マール!!」
〈!?〉
眼下ではホルガーがエクシャに剣を向けていた。
殺しはしない、しかし痛めつけてやる、と言う明らかな脅しである。
次の瞬間一際大きな咆哮と共に右のストレートが炸裂した。
「あらよっと」
全身に強化魔法を施し、マール渾身の右ストレートを涼しい顔で蹴り逸らした。
〈!!?〉
「!?」
「なんだとぉー!!!」
面々が驚くなか、まぁ、当然だなとレイルとシンだけがマールやシュンよりも上空で事の成り行きを見ていた。
「そぉい!」
〈!〉
右ストレートを逸らしたその体勢のまま、勢い余って突っ込んできたマールの顎をドゴッ!と蹴り上げた。
巨大なせいで、よろける事はあったが、倒す事は出来ず「ちぇっ」と小さく舌打ちをこぼす。
〈…っ…強いな…〉
「お、喋った…これ喋ったっていうのかな?」
頭の中に直接響いたのはマールの声だ。
〈お前はいい奴みたいだな。魔物を殺さず痺れさせている〉
「どうだろ?自分じゃ良い奴かどうかなんて分からないよ。そもそも良い奴なら君を蹴ったりしない」
ある人にとっては正義でも、ある人にとっては悪かもしれないしね。と笑うとマールは目を細めた。
体をくるりと回転させ、尻尾で土煙をたてると眼下から上空が見えていないか確認する。
〈今のうちに逃げろ〉
「!」
土煙でホルガーの視界を遮り、シュンを逃すつもりらしい。
〈お前は強い。ホルガーに目を付けられたら俺たちと同じように奴隷にされるぞ〉
さっきの答えが出た。雇われているのではなく、奴隷なのだと。
「だめだ。そんなことしたら君だけじゃなくて、またあのお姉さんも殴られるんじゃない?」
〈!?〉
「その首輪、私が取り払ってあげるよ」
仲間になるまであと二年なんて待つ必要はない。
あと二年もあのおっさんのとこで働かせるなど、考えたくもなかった。
「二人で自由になれば良い」
そう言うと、一瞬動きが止まったマールの首へと飛び、その首輪をひと撫でした。
バチンと僅かに電気が走るような感覚の後、首輪は消滅し、首からその重みが消えた。
〈!!?〉
「次はあのお姉さん」
目の前に居たシュンが一瞬で姿を消した事に驚くが、晴れてきた眼下にその姿を確認した。
エクシャの首輪が消滅し、エクシャもホルガーも驚きに固まっている。
「な、なんなんだ!貴様は!!?」
剣先をエクシャからその隣に立つシュンに向けるホルガーに
「通りすがりの魔女っ子です!」
と、右手は腰に当て、左手はピースを作り左目へと添え、最後はバチコーンとウィンクをして見せた。
完全ポーズに遠くのレイルとシンがドン引きしたのを感じたがスルースキル発動だ。
「おじさんが私の友達と友達のご両親を殺そうとするから〜正義の鉄槌を下しに来ました!」
「友達…?サリアのことか!?」
「そうそう。だめだよ、もうこんな事したら。まぁ、このお姉さんもあの竜の人もこれ以上貴方の命令は聞かないと思うけどね」
「!?くそ!!」
竜の姿を解き呆然とこちらを見るマールに、信じられないようなものを見る眼差しでシュンを見るエクシャ。
その二人の表情がそっくりすぎて、シュンは思わず笑ってしまった。
「あはは、そっくりな顔」
「くそ!させるか!」
ホルガーはこのままでは自分が危ないと悟り、シュンに向けたままの剣先を振りかぶった。
振り下ろされた刃はホルガーの手からすっぽ抜け、シュンの頬を掠った後地面へと突き刺さった。
「…ひっ…あ……」
情けなく言葉にならない声を漏らしたのはホルガー。
僅かに宙に浮き、苦しそうに首を掻き毟り、踠いている。
「…美味しいとこだけ持っていくって…」
シュンがジト目で視線を向けた先には、レイルとシンが背を向け、ホルガーとの間に庇うように立っている。
「お前が油断してるからだろ」
「こんな豚に傷なんか付けられやがって」
「はいはい、ごめんなさい。相手が豚さんだから油断してました」
そう言いながらシュンは傷口をさっと指でなぞり、その傷を瞬く間に消し去った。
ホルガーはあり得ないものを見るかの様な目で、辛うじてきける口で「バケモノ」と呟いた。
「失礼だな!只の回復魔法だからね!!って!レイル!魔法を解いて!死んじゃうよ!」
「別にいいだろ?」
「ダメだからね!?サリアの両親に突き出すんだから!そのあとは多分没落しちゃうと思うから、死んだ方がマシな生活を送ってもらうんだから!」
「お前の考えの方が余程ひでぇな…」
「町で会った時から気に入らなかった。あと生理的に無理」
理由は他にも多々あるが、漫画の事を説明できないので町でのやり取りがひどかった事を全面に押した。
仕方なくレイルは魔法を解いて、代わりに身動き取れない様に拘束する。
「あ、そうだ!お姉さん」
「?」
シュン達のやり取りを一歩引いた所から見ていたエクシャとマールは、口を挟むタイミングも無くただその光景を眺めていた。
突如シュンに呼ばれて首を傾げるエクシャに、シュンは魔法をかけた。
「!?」
キラキラとした輝きはエクシャの全身を巡り、その体にあった怪我や痣を瞬時に消し去った。
「あ、ありがとうございます…」
「どういたしまして。竜のお兄さんも」
「は…いや、俺はどこも…」
「さっき私が蹴り上げた顎!赤くなってるのが私から丸見えだよ!」
「!」
本気ではなかったとはいえ、子供に一撃食らったのが不服だったのか、できれば何でも無いフリを通したかったが、そうはさせてもらえない様だ。
容赦なく回復魔法をかけられ、赤みはなくなった。
「…感謝する」
「ふふ、どういたしまして」
ぶっきらぼうな感謝の言葉に、漫画のマールを思い出し思わず笑みがこぼれた。
これまで一番大事なのは妹であるエクシャであったが、シンに助けられ、エクシャの思い人がシンになってからは二人を支え大事に思うようになる。
竜の血のおかげで五感が鋭く隠密行動に長けた、クールだが短気な性格だ。
辺りはすっかり日が暮れ、魔法の明かりで辺りを照らす。
魔物達の痺れも解いて住処に帰ってもらい、ひとまずホルガーをサリアの両親に引き渡そうとした時だ。
無数の松明や魔法の光が街道から此方へと迫って来ていた。
ガラガラと馬車の車輪の音や馬の蹄の音が段々と近くなってくる。
「ローコイド子爵の馬車だ」
マールにそう言われて、ローコイド?と首を傾げるがサリアのファミリーネームだと言う事を思い出し、先ほどの馬車が戻ってきたのだと分かった。
「魔物はどうした!?」
明かりを目指して真っ先にやってきたのは、馬に跨り鎧に身を包んだ兵士。
ローコイド夫妻の案内で魔物討伐にやってきたという。
「魔物達は皆住処へ帰しました」
「お前は魔物使い!それにホルガー・サイルス子爵!どうなっている!?」
兵士が困惑していると、他の兵士や馬車が到着。
事態が把握できず、困惑しているのが見てわかる。
馬車から中年の男が一人降りてきたのを確認すると、兵士達はシュン達の方へと道を開けた。
「君が息子の言っていた少女か?」
「?息子さん…?」
はて?と首を傾げると男は、自分の息子が先程馬車の外を飛ぶ少女を見たと言う。
その少女が魔物の前に立ちふさがったのだと。
それで急ぎ討伐隊を編成し、慌てて戻ってきた次第なのだ。
「あぁ!ちょっとだけ目が合いました!」
自分を見て驚きと困惑の眼差しを向けてきた男の子だ。
「しかし、一体何があったというのだ?」
辺りの地は削れ、小規模なクレーターすら所々できている。
しかし、魔物の死体は一体もない。
「ローコイド子爵、これまでの無礼をお詫びします」
「罰は何なりとお受けいたします」
ローコイドの前にマールとエクシャが跪いた。
「二人はこのおっさんに!!」
「シュン」
庇おうと間に入ろうとしたシュンを、これが二人のけじめのつけ方なのだ、とレイルが止めた。
確かにこれまでの事は無罪放免とはいかないだろう。
何かしらの罰を受ける事になる。
「そうか、その首、解放されたのだな」
ローコイドの視線は二人の首へと注がれる。
「はい、あの少女のおかげで」
マールとエクシャが事の詳細を説明しシュンへと向き直ると、ローコイドや兵士たちの視線も自然とシュンへ向けられた。
一斉に向けられた視線にびくりと肩を揺らし、なんとか笑ってみせた。
「君のような少女が…」
「えっと、まぁ…はい」
ローコイドの視線が鋭くなったのをシンは見逃さなかった。
町では盟主と呼ばれているが、野心がないわけではない。
シュンの力を利用できないか、と瞬時に何事か算段したのだろう。
(好きなだけすれば良い。お前には荷が重すぎる)
「では、ホルガー・サイルスとこの二人の身柄は私が預かろう」
「…二人は言われたことをやっただけだからね」
そこに本人たちの意思は無かったのだ、と暗に含めば、上手く伝わったのかローコイドは深く頷いた。
「二人とも、行くとこないならウチにおいでね」
マールとエクシャに向けた言葉をローコイドの目を見て言ったシュン。
「悪いようにはしない」
ローコイドはシュンの含みを読み、安心させる様に笑うと、兵士にホルガーとマール、エクシャを連行させた。
「改めて、私の名はハルドフォン・ローコイドと申す。助けて貰った礼がしたい。明日、私の屋敷に来て欲しい」
「わかりました」
マールとエクシャの処遇をどうするのか聞きたいし、シュンはすんなりと頷く。
「良かった。では待っている」
ハルドフォン・ローコイドは踵を返し、馬車へと乗り込み、兵士達に囲まれ来た道を戻っていった。
「末恐ろしい少女だ…」
闇の向こうに見える町の明かりを眺めながら、ハルドフォンは先程別れたシュンを思い出していた。
シュンの後ろに居た男と少年は何も口出ししなかった。
しかし、その目は全くの隙もなく何かあれば直ぐに襲いかかって来そうな、鋭いものだ。
それ以上に、少女からは恐ろしい何かを感じた。
“二人とも、行くとこないならウチにおいでね”
ハルドフォンの目を見ながら言ってのけた一言は、二人に何かあれば次はお前だぞ、のメッセージ。
一体あの二人の何が、少女を惹き付けたのだろうか。
魔物を操る力か。竜に変身する力か。
何にせよあの三人を敵に回すのは得策ではない。
(…あの二人は少女にくれてやろう。ついでに制御してくれるならこちらとしても有難い。代わりに君の力を貸してくれよ?)
馬車内に静かにハルドフォンの笑みが落ちた。