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幸せにしたいのは主人公じゃない!  作者: いたちのしっぽ
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4

「出来た…ついに私が求めていたものが…ふ!ふふふ、ふはははは!!」

「シュンうるせぇ」

「だってだって!見てよこれ!ぷるんとした豊満なボディ!琥珀色を彩るカラメルのソース!私が食べたかったものが今!目の前にある!」

「なんだそれ?」

「プリンだよ!!」

聞きなれない名前に首を傾げるレイルとシン。

二人の目の前に問答無用でプリンが配膳され、シュンの目が“さぁ食え!”と言っている。

「いただきます」

「いただきます」

シュンが作る食べ物に関してこれまで失敗はない。

初めの頃こそ見た事も無い料理がしょっちゅう食卓に上がっていたが、今ではそれも珍しくなく二人は何の疑いもなくスプーンを手に取り琥珀を掬い口にした。

「うんまーい!」

思い通りの味に仕上がっていたため、シュンは嬉々として皿を空にしていくが二人の動きは止まっている。

二人の口には合わなかったのだろうか?と様子を窺っているとガタッ!と腰掛けていた椅子が倒れる程の勢いで立ち上がるシン。

俯いていてその表情は分からない。

プリンを口にし、呆然としていたレイルも驚きシンを見た。

「…どうしたの?」

「シュン」

「…は、はい」

「美味い!」

「………良かった…です…」

シンは座り直し余程気に入ったのか、ゆっくりと味わう様にプリンを完食したのだった。

(シンのキャラ崩壊が激しい…)

漫画でのクールで冷酷なキャラはどこへ行った、と思うシュンだがその殆どの原因が自分だとの自覚はない。

「本当に美味いな。何で出来てるんだ?」

「牛乳と卵と砂糖だよ。卵がなかなか手に入らないから滅多に作れないのが残念だよ。生き物の命は仮令魔法でもどうにもならないからねー」

そう、どんなに凄い魔法使いだろうと限界はある。

生き物の命を奪う事はできても、新しく生み出したり成長を促す事はできない。

できたらとっくに庭に鶏小屋ができている。

町の外れに養鶏場はあるが規模は小さく、卵など王族や貴族くらいしか口に出来ないのが現状だ。

「今回はたまたま養鶏場の壊れてる部分を魔法で直してあげたら貰えたんだ。貴重な一品だからね」

その一言にシンの表情は絶望色に染まる。

もう完食してしまった、と。

「…そんなに気に入ったの?」

「チョコレートを初めて超えた」

「まじか」

シンの中の好きな食べ物一位がチョコレートだったのに、それをあっさりと抜いてプリンが一位になってしまった。

恐るべしプリン…。

(あ、チョコレートプリンにすればよかったかな?)

この組み合わせはシンには刺激が強すぎるか?と思ったが反応も見てみたいと考え、どうにか卵を入手する算段を思考するシュンであった。


暑い夏の日差しが照りつける中、帽子を被り台車を引いてチョコレートを相変わらず売り歩く孤児院の少年少女たち。

熱中症にならないようにと、魔法で作った、中身の温度が変わらない水筒を一人一つ渡し水分補給をする様にと言付けている。

その際シュンは「これが本当の魔法瓶…ブフッ」と一人呟き笑っていたが周囲には伝わらなかった。

台車にも工夫が凝らされ、チョコレートが溶けない様に底の方に溶けない氷の魔法が掛けられている。

その魔法も魔力がない者でも使えるように“関連付け”魔法が使われている。

小さな扉を取り付け、その内側に魔法陣を焼き付け、それを開閉すると魔法が発動。

再び開閉すると魔法は解除される。

底の方には僅かに穴が開けられ、その穴から冷気が漏れる様にし涼しさも演出、子供達も働きながら涼めて一石二鳥である。

その“関連付け”で新たな試みも行っている。

孤児院の子どたちだけでチョコレートを作るというものだ。

材料となるカカオやテンサイなども孤児院の庭で一部栽培を開始している。

今のところ上手く機能しているが、様子見が必要である。

これが上手く行けばチョコレート産業は孤児院に完全譲渡するつもりである。

余談だが、アルマの工場でも同じ様に暑さ対策や寒さ対策が施されており、家にいるより居心地がいい、と一人身の者は寝泊まりする始末だ。

チョコレートが冷えているという事もあり、相変わらず人気が保たれている。

そこへやってきたのはいつかの老紳士だった。

すっかり常連となった老紳士は和かにチョコレートをいくつか買っていく。

「いつか居た別のお嬢さんはもう来ないのかな?」

老紳士の問いに子供達は顔を見合わせる。

「シュンちゃんの事かな?」

「もう一人男の子も居たのだが…」

「シンくんだね!」

子供達は素直に、自分たちがリンクソン伯爵に怪我をさせられ、それをどうにかする間だけ交代してもらっていたと話した。

「君達はチョコレートの作り方を知っているのかな?」

「知ってるけどぎきょー…?なんだっけ?」

「企業秘密だよ。教えちゃったら僕たちの仕事が無くなっちゃうからね」

「だから教えられないんだ」

「ホッホッホッしっかりしているね。いやいや、知りたいわけではないんだよ。そのシュンちゃんと言うお嬢さんのお陰で悪者を裁く事が出来たからお礼を言いたいんだ。もうここには来ないのかい?」

好々爺然とした表情や物腰の柔らかさで、子供達はすっかり気を許したのかシュンは別の仕事があるからここには来ない事を話した。

次に涼しい冷気を放つ台車にも興味を持った老紳士は、そちらへと話を振った。

それもまた、子供達は素直に話してしまった。

シュンが魔法を施した事を。

内心では驚きに満ちながらも、老紳士は表面上では穏やかに「そうか、凄い子なんだね」と笑ってみせた。

しかし、その笑みの奥でギラつく瞳は全く笑っていなかった…。

最後に老紳士は子供達に問う。

「そのシュンちゃんのお家は知っているのかな?」

と。



「ふむふむ、貯金も中々貯まってきたなー」

シュン以外完全開封不可能の魔法をかけた金庫にはコインがざっくざっくと詰まっていた。

ぶっちゃけ邪魔だ。

紙幣をいい加減作れよ政府、とごちても誰も聞いていない。

「これなら買えるかな?」

そう、シュンが頻繁に商売をしているのはどうしても欲しいものがあったからだ。

「シンのお城!」

漫画でシン達が住んでいた廃城を買うための資金である。

廃城であるため誰も住んではいないが、名目上勿論管理をしている者はいる。

漫画では力づくで奪ったが、今のシンは人を傷つけることはしないので、お金で買い取る事にしたのだ。

そして、玉座に座らせるという目的があった。

全身黒い服を身に纏い、高級であるが古びた玉座に気だるそうに座るシンにはただならぬ色気があった。

それをどうしても実現させるのだ!

そうなるとこの家は引き払わなければならないし、アルマや孤児院との仕事も中々手伝えなくなるので完全に譲渡しなければならない。

そのための実験を行っており、なんとか軌道に乗ってはいる。

「あ、でもいきなりお城に引っ越してって言っても、そんな理由じゃ二人は納得しないかなー」

そりゃそうだ、と頷き取り敢えず廃城だけは確保しようと腰をあげるのであった。

パチンと指を鳴らすとシュンの姿はその場から消えた。

シュンは移動魔法を会得していた。

更には行ったことがない場所でも、漫画で見たことのある場所ならばその景色をイメージすれば行くことができるのだ。

それは勿論、漫画でシンが脅していた城の管理人の家にも行くことができる。

「あの廃城はいくらですか?」

「…いやあの、お嬢ちゃんじゃ買うのは難しいかな?」

「お値段を聞くだけ!」

「あぁ、そうか」

子供の言うことだ、それもそうだと管理人は金額を提示した。

「一千万コインだよ」

「え!?思ったより安い!!」

「え!?安い!?」

「もっとすると思ってた!」

素直に驚いた。

億単位でもおかしくないと思っていたからだ。

これはもう即決するしかない、とシュンはジャラジャラとコインの袋を管理人へ渡して「買います!」と瞳を輝かせた。

「えぇ!?買うの!?大丈夫!?」

「大丈夫!コイン、ちゃんと数えてね」

「お、おお…」

膨大な量のコインを数え終わった管理人は、遠い目をしながら譲渡証明書をシュンに手渡した。

日は傾き始めていた。

「あ、これ宜しければチップです。数えるのお疲れ様でした」

と手渡したのはチョコレートと二十枚程のコインだった。

「ま、毎度あり…」

まさか売れると思っていなかった廃城が一括で売れてしまい、ハッと現実に戻った管理人は一気に金持ちになった気分でルンルンと家族に話し、一家でもっといい家に引っ越していってしまうのは数日後の話だ。


「たーだいっ!?」

魔法で自室に戻ったシュンは室内の異変を感じ取った。

魔法が発動し、涼しいはずの室内が温く空気もおかしい。

息を潜め、廊下へと続く扉に耳を付けて様子を窺うが物音一つしない。

それが更に不気味さを醸し出している。

「なに?」

そっと無音魔法をかけながら扉を開き、そっと廊下を見渡すが誰も居ない。しかし存分に荒らされている。

刹那、ドン!と一階が爆発しシンの怒号が響いた。

「そいつを離せぇ!!」

と。

間違いなく何かあったのだと、シュンは駆け出した。

家は所々破損し焦げており、一部では屋根が吹き飛んでいる。

一階ではシンがこちらに背中を向けている状態で、その向こうには国の役人が数人といつか見た老紳士が対峙していた。

老紳士の足元にはぐったりとして動かないレイルの姿があり、役人の一人がいつでもレイルに手を下せるように手をかざしている。

「レイル!!」

「!?シュン!逃げろ!全員魔法使いだ!!」

「おや、漸く登場ですね、お嬢さん」

好々爺然とした老紳士は和かにシュンに手を振った。

「あの時の…。一体なんなんですか?」

レイルが人質に取られている今、下手に動くわけにはいかないと判断したシュンは、シンの横にゆっくりと移動した。

「お嬢さんを探していたんですよ」

「私?なぜ?」

「ぜひ、あなたの力を国の役に立てていただきたい」

「私の力なんて役に立つとは思えない。だって子供ですよ?」

そう言えば老紳士はにこりと笑みを深くした。

「スラム街の住人達に聞きましたよ。あなたの魔法は素晴らしい、と。それにこのチョコレートのレシピ、解読するのに半年もかかりました。国の優秀な魔法使い達が束になって、ですよ?」

「それは私が優秀なのではなく、オタクの魔法使いが無能なだけです。子供のイタズラにも気づかないなんて」

そう皮肉れば、その魔法陣の解読に参加したのだろう、老紳士の周囲の魔法使いたちが、不愉快そうに顔を顰め、レイルに手をかざしていた者も僅かに離れたのが見えた。

「おやおや、お嬢さん?この状況でそのような口を利けるとは。ホッホッホッ」

暗にレイルは人質なんだぞと示すがシュンはニンマリと笑い返した。

「私に人質は通用しない」

その発言に驚いたのはシンだった。

「まさか見殺しにするのか?」

とシュンを見ると

「そんな事しないよ!?」

と慌てて返した。

「酷いなぁ。シンもレイルも家族なんだからそんな事しないよー」

といつもの調子に戻ったシュンは、さて、と老紳士達に向き直り

「そろそろお引き取りください」

と楽しそうにパチン、と指を鳴らした。

「は?」

老紳士が何か言う前に、老紳士と魔法使い達は一瞬で姿を消した。

「今頃港のマーケット側の砂浜辺りかな?満ち潮でなければねー」

フフフ、と嬉しそうに笑うシュンをシンは唖然と見ていた。

移動魔法、それも対象に触れもせずに行うことはもはや国宝級の存在だ。

いつの間にそんな事が出来るようになったのかと見ているが、シュンは気にせずレイルにかけられた魔法を解いた。

家にかけられた結界も解かれており、爆発した家を心配してスラム街の住人が窓から覗いている姿が見えた。

シュンが大丈夫だ、と手を振れば突然扉が荒々しく開け放たれた。

「シュンちゃん!」

「ごめんなさい!!」

「!?え!?どうしたの!?」

いつも貴族エリアにチョコレートを売りに行っている三人が駆け込み、シュンへと抱きついてきた。

「ごめん!俺たちのせいなんだ!」

「どう言う事?」

三人は今日あった事をシュンに話した。

自分たちがシュンの事を話したのだと。

「あのおじいちゃん、お礼を言うだけだからって…だからお家を教えたの」

「まさかこんな事になるなんて…ごめんなさい!」

成る程、子供達を利用したのか、とふつふつと老紳士に対し怒りがこみ上げる。

「大丈夫!怒ってないよ!」

しかし、もうこの家には住めない。

なんというか、タイミングがいいのか悪いのか苦笑いで三人を見送った。

ほかの住人達にも「大丈夫だから」と帰ってもらった。

「ふー…ややこしい事になったなぁ」

「シュン…」

「シン、ごめんね。ここはもう住めなくなっちゃった」

回復魔法をかけ、レイルの様子を見ながら溜息交じりにそう言えば

「はぁー…お前やレイルが無事なら問題ない」

と首を振った。

「…なにそのカッコいい発言」

「なっ!か!?」

「おう照れたのか?」

「照れてないっ!」

闇の魔法使いとは程遠い反応で、シュンは少し嬉しく思った。

「っ!」

「あ、レイル?!大丈夫?」

「シュン?」

「うん」

「っ!そうだあいつらは!?」

「今頃海水浴かな?」

「は?」

移動魔法で戻ってこないところを見ると、国の魔法使いも大した事無いのだろう。


「はてさて、してやられましたね」

「申し訳ございません!宰相閣下!」

「いや、私の目測誤りだよ」

パシャリと引いては寄せる波が老紳士の足元を濡らした。

「まさかあの年で対象に触れず移動魔法が使えるとは…。君たちは移動魔法は使えるのかな?」

「は、いいえ…使えるのは最上級魔法神官達だけです…」

気まずそうに俯く魔法使い達ではあるが、老紳士は特に気にした様子もなく、「そうか」とだけ返した。

「今から城へ帰ると日が暮れてしまうね。誰か宿を取ってきてくれないかい?それから着替えもね」

「はい!承知しました!!」

少女に遅れをとった魔法使い達を責めるでもなく、淡々と指示を出した老紳士は海から上がると、静かに水平線を眺めた。

(…レイル…思い出した。レイリアス・カードリッシュ…天才と言われたコルンドリア国の魔法使い。国王暗殺を企てたとして指名手配となっている男だ。なるほど、彼が師であれば納得もする)

それから、と老紳士はシンの顔を思い出していた。

あの顔の痣、二、三年前にどこかで見た事がある、と記憶を辿っていると

「宰相閣下、お待たせしました」

と宿の手配を頼んだ魔法使いが戻ってきた。

そこで一旦思考を止め、「ご苦労様」と返し魔法使いの案内に従う。

老紳士は帰ってからじっくり調べさせてもらおう、と宿へと消えていった。


数時間前、呼び鈴がなりレイルが出た。

老紳士にシュンを尋ねられたが、留守だと伝えれば待ちたいと言ってきたそうだ。

役人を家に上げたくはない一心で断った瞬間、魔力を封印する魔法と身動きができなくなる魔法をかけられたという。

隙をつかれたとは言え情けない、とレイルはうなだれてしまった。

レイルはこういうところが甘いのだ。

だから神官に追い出されてしまった。

本当はあんな雑魚に負けるわけがないのに。

その後はシンが異変に気付き対処しようとするが、人質と多勢に無勢でまごついている間にシュンが帰宅したと言うわけだ。

「私のせいでごめんなさい」

「シュン?」

「私が無闇矢鱈に魔法を使ったせいでこうなったんだ」

ここにいればまた彼らは来るだろう。

しかもシュンは逆らったのだ。

「晴れて私もお尋ね者だなぁ」

と今後の事を憂いた。


翌日、スラム街からシン、レイル、シュンの姿は消えた。

家は綺麗に修繕されており、自由にお使い下さいとの貼り紙があった。

その事に一番の衝撃を受けたのは、やはりスラム街の者たちだ。

受け継いだ仕事も軌道にのり、漸く幼い少女に恩返しが出来るところまでたどり着いたのに、だ。

住人達は集まった。

昨日の役人達のせいだと言うことは百も承知だ。

国は自分たちを見捨てたくせに、自分たちを拾ってくれた少女を追い出した。

最早暴徒と化してもおかしくなかったが、それを留めていたのはアルマの工場に置かれていた一通の書き置きだった。

“私がいなくてもやっていけるようにしたつもり。落ち着いたら様子を見に行くからねー”

と言うものだった。

暴動を起こしたら全てが水の泡になると、全員が理解していた。

シュンが戻った時にまた以前のスラム街に戻っていたら、きっと悲しむだろう、落胆させるだろう、と歯を食いしばり耐えた。

「みんな、シュンちゃんのためにこの街を“街”にしよう。スラムじゃなくて、ちゃんとした街に。あんな小さな女の子にここまでお膳立てされて一瞬で壊すなんて大人として恥ずかしいと思わない?」

アルマが優しく微笑み、手紙を握りしめた。

すると、誰かが言った。

「そうだな。ここを無くしたら今度こそ生きていけない」

それに賛同するように

「ここは俺たちの街だ。俺たちで守って、あのチビが戻ってきたら胸を張って言ってやるんだ。もうお前の力は必要ないって!」

と力強く拳を握る男。

「ふふ、長生きする理由が増えたわね」

老婆が嬉しそうに笑った。

「僕たちも自分たちで新しいチョコレート作れるようにならないと!」

少年が声を上げた。

スラム街は大丈夫だ、と物陰に隠れて確認したシュンはそっと姿を消すのだった。



「おい、新居が城ってなんだ!?」

「安かったんだよ!!」

「意味分からんわ!!」

前日にお買い上げした廃城へと早速やってきた三人。

シュンはウキウキワクワクと言った風だが、男二人は久々にやらかしたシュンに頭を抱えたのであった。

「外観は廃城だけど、中は豪華だよ!昨日のうちに魔法で綺麗にしておいたんだ!」

確かに中は綺麗だった。

元々あった調度品を魔法で綺麗にしただけなのだが、王城そのものである。

「シン!来て来て!」

「なんだよ!?」

シンの手を掴み駆け出したシュンがやって来たのは玉座の間であった。

広く長い室内の床には、扉から玉座まで赤い絨毯がすらりと敷かれていた。

「座って!」

「?」

意味がわからず玉座に座らされたシンの頭は疑問符だらけだ。

シュンやレイルには自分が元王族だと言うことはもちろん言っていない。

なぜ?という疑問だけが残る。

「おお!やっぱり似合う!」

「は?」

「シンに似合うと思ったんだよ!そんで私とレイルが双璧になるから!」

ときらりと目を輝かせるシュン。

自分にこの椅子が似合うから、と言うだけの理由なのだと理解した。

しかし、シンは席を立つと、今度はそこにシュンを座らせた。

「え?」

「お前の方が似合う」

「まぁ、実質俺たちを養ってるのはお前だからな」

黙って見ていたレイルからの予想外の発言にシュンは目を瞬かせた。

「俺たちが、双璧だ」

「ーーーー!やだ!私が双璧やりたい!」

そっちの方がかっこいいと始まった、訳の分からない持論にシンは

「ニ対一で却下」

と一蹴するのだった。

「えぇー……」

未来の闇の魔法使いシンのために手に入れた玉座は、なぜかシュンの席へとなってしまったのだった。


城は広く部屋も無数にある。

シュンは庭が見渡せる日当たりのいい部屋を自室にチョイス。

男二人がなぜか、日当たりの悪い暗い部屋を選択するので、「もう用意したのでここを使ってね」と、強制的に自分の部屋と近いところに用意した。

二人にジト目で見られたが、スルースキルを発動し気にしない。

こんな広いお城でバラバラの部屋なんて寂しいではないか、という理由は決して口にしない。


綺麗な広い部屋。

そしてベッドには女の子なら誰しも一度は夢見るリボンのついたレースの天蓋。

「きゃー可愛いーー!」

キャラじゃないが自分とて幼い頃は夢見たのだ。精神年齢がアラサーと言えど許してほしい。

きゃっきゃとはしゃぐシュンだが、ふと不安がよぎった。

(シンがこのお城に住むのって15歳になってからだった筈だけど、大丈夫だよね?)

そう、原作よりも二年早い入城となったのだ。

(シンのキャラが崩壊してる時点でどうしようもないけどね…)

それでもまだ、シンは復讐を諦めていない様子だ。

闇の魔道書にはいくつもの付箋が貼られており、他の魔道書より遥かに使い古されている。

シュンもいざと言う時のために、レイルに教わった魔法を独自で改良したりして進化はしているつもりだ。

シンはシュンの方が凄いと言うが、闇の魔法使いと呼ばれる二十歳の時には誰も敵わない程の力を身につけている。

その時はどうなっているのか分からない。

切り札とするために、今はまだ自分の覚えたバトル系の魔法は使わないでおこうと胸に誓った。

そう誓った翌日。

「ちょっと周囲を探検してくる!」

そう言ってシュンはベランダから飛び降りた。

「はーー!?」

「!!!?」

慌てる男共をあざ笑うかのように、シュンは羽根を広げてふわりと飛んだ。

それはいつかレイルが教えた変身魔法であるが、相変わらず自分で改良しているようで、カラスの様な黒い羽根がシュンの背中から生えている。

変身魔法は本来、生き物そのものに変身するのだが、このような部分的な変身は魔力のバランスを取るのが難しく、殆どの者はやらない。

「レイル、シュンがまた人外に近付いたぞ…」

「元からだと思うことにすればどうと言うことはない…」

凄まじいスピードで城から離れていくシュンを見送った後、シンはレイルに向き直った。

「シュンが移動魔法を覚えていた」

「あぁ、何度か実験に付き合ったよ」

「知ってたのか?」

「対象に触れないように飛ばす方法、って言うのを編み出したとかで嬉々として教えてくれたよ。お陰で俺も使える」ドヤッ

「…チッ…知らなかったのは俺だけか」

「お前はまだ移動魔法を覚えて無いだろ」

「……あぁ。どんどんシュンに置いていかれる…」

「そうでもない。お前が使えてシュンが使えない魔法も沢山ある。特に闇の魔法ではな」

シュンは生活に役立つとあらば率先して取り組むが、それ以外のことはさっぱりだ、とレイルは零すが実際には基礎だけを教わり、あとはオリジナルで進化している事を知らない。

「…気づいてると思うが、俺は復讐したい相手が居る」

「…あぁ」

「でも最近、それをしてしまったらあいつが…シュンが悲しむんじゃないかって、不安になる」

「どうだろうな。時々あいつの考えてる事が分からなくなる時がある。意外と笑って返すかもしれないぞ」

「だと良いけどな」

それは、単なる希望にしか過ぎない。二人は分かっている。

自分たちが道を踏み外した時に、自分たちよりも苦痛に満ちた顔をするのはシュンだ。

突き放す事は決してしない。

だが、もう今までのように笑ってはくれないと、そんな予感はしている。

「家族って」

「ん?」

「昨日、あいつ、当たり前のように俺たちを家族って言ったんだ」

「…そうか」

その時初めて、失いたくないと思った。

とシンは零した。



「おぉ!町発見!」

城を囲う森を抜けるとそこそこ大きな町があった。

人々に怪しまれないように町外れに降り立ち羽根をしまう。

そこからのんびり散歩がてら町まで歩くと、女性のつんざくような悲鳴が響いた。

「きゃーー!」

「!!?なに!?」

急いで悲鳴の響いた方へと行けば、女性がこちらに駆けてきているのが見える。

女性はシュンの姿を視界に捉えると

「逃げなさい!!」

と叫んだ。

女性の後ろからは所謂魔物が迫ってきている。

サイ程の巨体に天を貫かんばかりの角、口は裂け凶暴な牙が4本で、肉食獣である事を主張している。

「初魔物!」

シュンには恐怖より先に感動が訪れたようだ。

しかし放置するわけにもいかず、魔物に向かって右手を差し出した。

パチン!と指を鳴らすと魔物はボフン!と煙に包まれ動きを止めた。

「え?」

煙が晴れるとそこには石と化した魔物の姿があった。

「お姉さん大丈夫?」

呆然としている女性に声をかけるとハッとシュンに向き直った。

「貴女、魔法が使えるの?」

と言われ、シュンはまたやってしまったと内心ゴチた。

スラムで魔法を使い過ぎて引っ越しする羽目になったというのに、学習しなければと反省した。

「えっと…少しだけ」

使ってしまったからには、使えないとは言えない。

「そう。ありがとう。助かったわ」

安堵に満ちた微笑みで女性は胸をなで下ろす。

「貴女見たことない子ね。どこの子かしら?親御さんにもお礼を」

「あ、いやぁ…町には住んでなくて…。引っ越して来て探検してたんです」

「この辺に町以外で家があったかしら?」

「あ、あったんです!家族は今引っ越し作業で忙しくて!私は邪魔だから追い出されたんです!」

こんな子供がスラスラと嘘をつくとは思っていないんだろう、やけに辛い理由ではあるが、女性は「そうなのね」と納得してくれた。

「町を見るならお礼に案内するわ」

「本当!?ありがとうございます!あ、ギルドの場所を聞いても良いですか?ついでに見つけておけって言われてて」

我が家の収入源である、身代わりくんやポーションを買い取ってくれるギルドの場所は一番はじめに把握しておくべきなのだ。

「えぇ、分かったわ」

シュンは女性の案内に従い町へと向かった。

「そうだわ。自己紹介がまだだったわね。私サリアって言うの。貴女は?」

「…私はシュンって言うの」

「そう、宜しくねシュンちゃん」

「うん、宜しく…」

まずった。それがサリアの名前を聞いた瞬間の感想だ。

サリアは漫画でも出てくる。

登場が一話だけで、存在も忘れていた。

漫画では今から二年後、シンが廃城に引っ越して来たその日に周囲を探索していると、今回のように魔物に襲われているサリアを助け、近隣に町があると言う情報を手にする。

更にサリアを追いかけていた魔物は、後に仲間となるエクシャが操っていたのだ。

サリアはエクシャに狙われている。

その理由はサリアがこの町一番のお金持ちのお嬢様で、所有する土地を巡り隣町の貴族と対立。

その貴族がエクシャを使い襲わせ、脅しているのだ。

(でも、シンが漫画で助けた時はあんなサイみたいな魔物じゃなくて、もふもふの狼みたいなやつだった…。似たような展開なだけで今回は関係ないのかも?)

と、思っていたがそうでもないようだ。

賑やかな町を案内されながら寄り道していると、前方から四頭立ての馬車がやってきた。

人混みの中で大きな馬車を走らせるとか、邪魔でしかないな、馬鹿なのか?とシュンが眉を顰めていると自分達の直ぐ横で停車した。

御者が扉を開けると、中からは小太りの如何にもきな臭い貴族といった風貌の男と、首輪を着けた暗い表情の女性が降りてきた。

(エクシャ!!まさかのエンカウント!?)

女性は後に仲間になるエクシャであった。

漫画のシナリオには沿ってないが、数年前よりいざこざが始まっていたと言う会話があった。

そのいざこざが目の前で現在進行形で起きているのだ。

「おや、生きていたのか?運の良い…」

ニヤニヤと気持ちの悪い笑みにシュンは背筋がゾッとした。

生理的に無理、と言うやつだ。

しかも、その言い回しから自分が魔物を使ってサリアを襲わせていると言っているようなものだ。

サリアもそれが分かっているのか、キッ!と目を釣り上げ男を睨みつけた。

「ご自分で手も下せないような腑抜けた殿方にそう易々とやられたり致しませんわ!」

シュンに対する砕けた話し方とはまるで違い、本物のお嬢様のような振る舞いに感心していると、その気丈な態度が気に障ったのか、男は「自分で手を出せないか試してみるか!?」と右手を振り上げた。

「!?」

サリアは衝撃に備え、ギュッと目を瞑るが痛みはいつまでたっても来ない。

「…?」

恐る恐る目を開けると目の前には、何かに阻まれた男の拳があった。

男は驚きと予想外の痛みに表情を歪め、一拍置いて苦痛に叫んだ。

「いでぇーーー!!!」

「!?!?」

皆一様に何が起きたか分からないと言った風だ。

御者は慌てて男の手の様子を見て、エクシャも心配そうに声をかける。が、目は冷ややかだ。

「ええ!?おじさんどうしたの!?」

何も知らないふりをして驚く演技をするシュンの事は、誰も疑っていないようである。

男は拳から痛みを取り除こうと、フーフーと息を吹きかけるがそんな事ではまるで効果がない。

「な、何をした!」

「わ、私は何も!」

サリアが何かしたのだと決めつけた男は、更に手を出そうとするが、またもや見えない壁に阻まれた。

顔面から突撃したその姿は無様にしか見えない。流石に哀れに思ったシュンは恐る恐る尋ねた。

「お、おじさん?大丈夫?」

「おのれ…こうなればただではおかんぞ!」

今度は杖を持ち出し力任せに振るった。

再び防御壁を作ろうとした瞬間、男の手は宙で動きを止める。

「!?」

「おい、うちの妹に何してる」

「帰りが遅いと思えば何してんだお前は…」

「レイル!シン!」

男より頭一つ分以上背の高いレイルに、ギリリと腕を捻られ、男は悲鳴をあげた。

「一応言っとくけど、何かされてたのはこのお姉さんで私じゃないからね」

事の次第を説明すると、どっちでもいい、とレイルは男を突き飛ばす様にして腕を離した。

シンはシュンが教えた痣を一時的に消す魔法をしっかりと施していて、誰がどう見ても美形の少年だ。

(ほら見て!サリアさんがめっちゃ見てる!)

残念ながらエクシャは興味ない様である。

レイルもボサボサの頭と無精髭をどうにかすればイケメンなのに!と思考を別へと移している間に、レイルに突き飛ばされた男が持ち直していた。

「令嬢ともあろう者が男をはべらすとはな」

「いや、どう見ても初対面じゃん。おじさん大丈夫?頭」

「な!?」

男の発言に眉を寄せたシュンは、猫をかぶる事を忘れついついいつもの調子で言い放ってしまった。

やべ、と思ってももう遅い。

攻撃対象はサリアからシュンへと変わったが、シュンの前にはレイルが立ちふさがる。

「あまりこいつに関わるな。破滅するぞ」

長身の威圧と真剣な声色に男はブルリと身震いし、今日はもう帰ると急ぎ馬車へ乗り込んだ。

馬車を見送った後、シュンは口を尖らせレイルに抗議する。

「酷いなー。破滅なんてしないよー」

「孤児院の子供達を怪我させたと言う理由で、どこぞの伯爵を没落させたのはどこのどいつだ?」

ジト目のシンにそうつっこまれると、驚いた様にサリアはシュンを見る。

その視線が居心地悪く、シュンは無駄な抵抗を試みる。

「…私じゃないもん。周りの人たちが勝手に動いたんだもん」

「その種を蒔いたのはお前だろうが」

「……私よく分かんない」

テヘッと笑って誤魔化すと、もういいとレイルが帰るように促す。

「待って待って!その前に晩御飯の材料と反物買いたい!サリアさん、良いお店知ってますか?」

物騒な話をしていた少女は器用に猫を被り呆然とやり取りを見ていたサリアを振り返った。

「え、えぇ、勿論」

最初のリクエストのギルドと反物屋、最後に食料品を扱う店が並ぶエリアへと案内してもらい、漸く帰路についた。

サリアは町の上に建っている屋敷を指差して、困った事があれば遠慮なく訪ねてね、と人好きのする笑みを向けた。

町の出入り口まで送ってもらい、三人は町を出た。

「あ、あの魔物」

魔法を使うにも町から離れてからと、暫く歩くとシュンが石にしたサイのような魔物が未だそこに鎮座していた。

「なんの置物かと思ったら、犯人はお前か」

「サリアさんがアレに襲われてるのを助けたんだ」

石になった魔物をよくよく観察するシュン。

このままここにあったのでは邪魔でしかないな、と魔法を解くことにする。

「魔法を解いてあげるから、まっすぐお家に帰るんだよ」

と暗示の魔法をかけ、直ぐに石化を解いた。

魔物は先ほどの狂暴性はなく、円らな瞳を瞬かせた後町とは違う方向へと走り去っていった。

「…末恐ろしいな…」

「?何か言った?」

レイルが何かポツリと言った気がして振り返るが、あいも変わらぬ表情で「なにも」と返した。

「そう?まぁいっか。さぁ!帰ろう我が家に!」

と両手の親指と中指を擦り合わせ、パチンと鳴らせば次の瞬間そこは今日から住むことになった廃城であった。




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