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「...!!......!!?」
「...シュン?」
「...何やってんだ?」
「打ちひしがれてるの!」
シンがレイルに魔法を習い始めて一週間。
本人の才能もあり、メキメキと上達していく様は清々しくもあった。
そんなシンは今、レイルの監視のもと床を磨いている。
まだお掃除魔法を覚えていないので、タワシでゴシゴシと磨いているのだ。
そのまだ磨かれていない箇所には、闇の魔法陣や公式が薄っすらと残っている。
それは漫画でもあった光景だった。
無数の魔法陣と公式が所狭しと二ページに渡って描かれており、圧巻の一言であったのだ。
それを実際に見れるチャンスであったのに、シュンが買い物に行っている間にイベントは無情にも終了していた...。
「見たかった!魔法陣とか!公式とか!!見たかったの!!」
「...」
「...」
両手両膝をつき、だんだんと床を殴るシュンにレイルとシンはドン引きだった...。
「か、買い物に行ったんだろ?何買ったんだ?」
見かねたレイルが話題を変えようとシュンに問えば大量の紙が鞄から取り出された。
「...は?」
その紙を見たレイルの思考は「盗んだのか?」であった。
それもそのはず。
この家にそんな金は無いのだ。
てっきり安い種や苗でも買って、また庭に魔法で成長させるのだろうくらいに思っていたため、予想外の物に一瞬混乱した。
そんなレイルの思考を読んでかシュンは
「盗んで無いからね?」
とちゃんと説明をする。
「たらららったらー!身代わりくーん!」
リビングへと移動した三人。訳の分からない効果音を口にしながら、鞄から大人の指2本分の大きさの一体の人形を取り出すシュンに二人は冷たい視線を投げかけた。
某青い猫型ロボットの効果音などが二人に通用するとは思ってなかったので、シュンは気にせず人形の説明を始めた。
「えー、こちらにこうして、こうしてっ....と」
人形の背中についたチャックを開け、そこに自身の髪の毛を一本抜いて入れる。
チャックを閉めて、徐にダンッ!!とナイフを人形の首に突き立てた。
「おお...?なんだ?」
いきなりの暴挙にレイルもシンもシュンの顔色を窺う。
「はい!人形はなんともなっておりません!」
「!?」
確かに刺さっていたはずのナイフの痕は全くなく、ナイフを調べてもおもちゃである様子はない。
二人が首を傾げていると再びダンッ!!とシュンは自身の手の甲にナイフを突き立てたのだった。
「!!?」
「はぁ!?ちょっと何やってんだ!!」
その光景にレイルは顔面蒼白となり、普段顔色を変えないシンも驚きに表情を変えている。
「はい!手はなんともありません!」
「!!!?」
確かに擦り傷一つ無かった。
が、次の瞬間、シュンの髪の毛を入れた人形がボゥッと一瞬の間に燃えて消えてしまった。
「は?どう言うことだ?」
「レイルの部屋にあった闇の魔法の本に載ってた、呪いの人形を改良したバージョンだよ。軽い怪我でも大怪我でも、即死でなければ一回だけ身代わりになってくれるの。病気には適合されないんだけどね」
これを大量に作ってギルドの前で、今のようなデモンストレーション付きで販売したら中々の数が売れたのだ。
まぁ、こんな小さな子供が売るような品物ではないので、大体の人が手品か何かだと思い「お手伝い頑張って偉いね」と言う同情的な意味でのお買い上げであった。
「おかげで今夜はお肉だよ!」
ヒャッホーと踊り出しそうなテンションだが、レイルは黙り込んでしまった。
シンも薄々その意味を理解していた。
“お前、その材料どこから出てきた”
である。
先程燃えた人形の布は見たことがあった。
嘘だと言って欲しい一心で、レイルは口を開いた。
「材料どうした?」
「ん?私の服切り刻んだ!」
「だよな!見たことがあると思ったんだよ!」
4歳の子供に服を切り刻ませて何やってんだ俺...と打ちひしがれるレイルに疑問の眼差しを向けるシュンと、同情の視線を向けるシン。
年長者のプライドとか甲斐性の無さとか様々なモノが粉々に砕けた気がした。
当のシュンはと言うと
(闇の魔法のとは違う効果と言えど、その応用だったし、怒られるかと思ったけどその心配は無さそうだな。また量産して売ろう)
などと呑気に次の販売を計画していたのであった。
「ところで、シュン」
「うん?」
「お前...」
夕食も済み、シンは自室へと戻りシュンはレイルと後片付けをしている時だった。
いつもと少し違う雰囲気でレイルが口を開いた。
「お前、闇の魔法に興味があるのか?」
「特に無いよ」
「あ、そう...」
できればあのような残酷なモノにシュンは近づけたくないと思っていたため、理想の回答だったが、しかしレイルは納得できないでいた。
「シンの描いた闇の魔法陣や公式にも興味があったようだったし、さっきの人形も闇の魔法の応用だろ?興味があるのかと思ったんだが」
あぁ、そう言うことか、と納得したシュンはなんでもない様に笑ってみせる。
「ただ、売り物になるヒントがあればなぁくらいの感じだったから」
実際、レイルの本を開いた理由はそうであった。
シンとシュン、育ち盛りが二人して肉無しの食事とか辛すぎる!と言うのが理由なのだ。
「本当は市場やマーケットでポーションの材料が買えればそっちにしたんだけど、なかなか高くって。だから手持ちの物でできる人形にしたんだ」
「お前ポーション作れるのか?」
いつの間に覚えたのか、と見やれば
「さぁ」
と本人は首を傾げた。
「さぁ、って...」
「光の魔法の本で作り方は読んだの。材料無いから作ったことはない」
危険な闇の魔法に近づけるよりは良いかもしれない、とレイルは一つ提案をする。
「ポーションの材料が採れる森がある。そこで調達して作ってみるか?」
「本当!?やるやる!!」(今後みんなの役に立つだろうし!)
かちゃかちゃと皿をシンクに溜めた水につければレイルの指パッチン一つで綺麗に洗われる。
その皿を乾燥させ棚へ戻せば皿洗い完了だ。
魔法マジスゲェ、と毎回感動するシュンをよそにレイルは何事もやる気に満ちた4歳児を横目に眺めるのであった。
「何で俺まで...」
翌日の朝、早速レイルの移動魔法でポーションの材料が採れる森へとやってきたのだが、魔法の勉強がしたかったシンまで無理矢理連れて来られたため、ご機嫌は斜めだ。
「そもそも回復魔法を覚えればポーションなんぞ必要ないだろうが」
「売るために使うんだよ。私の服も無限じゃないし」
と何となしに言ったシュンのセリフに男二人はビクリと肩を震わせる。
どれだけ人形を作ったかは分からないが、シュンのただでさえ少ない衣服が更に少なくなった事は事実であり、その理由が家計やシンの勉強に使う紙のためだと言うことに口を閉じざるを得ない。
ポーションを沢山作り、沢山売れればシュンに新しい服を買ってやれ、そしてこの罪悪感は払拭されるのだと思い、シンはもう何も言わず黙って材料探しに集中する事にした。
「おおぉぉ!舞茸発見!大量!!おおおぉぉぉぉ!こっちにはしめじ!!」
「お前ちゃんとやれよ!」
「あ...ごめん、つい...」
えへへ、と反省しているのかどうか分からないリアクションで今度は黙って材料探しに徹するのであった。
結果から言えば十分な量のポーションが出来た。
それをギルドへと持っていけば、買い取ってくれるため、レイルとシュンは早速ギルドへと向かった。因みにシンは勉強をすると家に残った。
シュンの作った身代わり人形の様に、効果が曖昧な初めて見るものは引き取ってはもらえないので自力で売りさばくしかなかったが、ポーションはギルド専属の鑑定師が効果を確認し、一括で買い取ってもらえるのだ。
「ほほー、これはなかなか。一つ500コインといったところか」
「それで頼む」
200個のポーションが高額で売れたのに、シュンは驚きだった。
材料の採集は勿論大変であったが、作るのは一瞬だ。
ポーションの魔法陣に材料を載せ、魔力を注ぎ込むだけなのだ。
あとは適当に拾ってきた瓶をこれまた魔法で加工して、更にまたまた魔法で一瞬にしてポーションを瓶詰めにすれば終了だ。
半日で10万コイン...美味しい商売だ...とシュンの瞳は円マークと化していた。
「そうだ。嬢ちゃん」
「ん?わたし?」
「そうそう」
レイルと商談が終わった好々爺然とした鑑定師の老人が、シュンへと顔を向けた。
何だ?と首を傾げていると鑑定師の老人は一体の人形を差し出した。
「あ」
「昨日お前さんが売っていた物だよ」
間違いなく身代わりくんであったが、それがどうかしたのかと更に首を傾げた。
「昨日これを買ったハンターがお守り代わりに髪の毛を入れていたらしい。なんでもお嬢ちゃんと同じくらいの娘さんが居るとかでなぁ。ついつい娘さんとお嬢ちゃんが被ってしまって買ったんだと言っていたよ」
要領を得ない話にレイルの方が眉間にシワを寄せていく。
「昨日、その男、仕事でモンスターに腕を噛みちぎられそうになったらしいが、無傷だったそうな。代わりに人形が燃えて無くなってしまったとか」
「何が言いたい?」
シュンはデモンストレーションで確かにそういった効果があると伝えている。
今更確認するようなことではない筈だがと、鑑定師の物言いにレイルが警戒する。
「コレは闇の魔法と光の魔法を使っているね?」
「!!?」
なにを隠そう、驚いたのはレイルだった。
バッとシュンを見れば、本人はあっけらかんと
「うん。そうだよ」
と言ってのけた。
本来闇の魔法と光の魔法は相容れない属性のため、掛け合わせるなどできないし、考えたところで相性が最悪のため失敗は目に見えている。
いつしか誰もやろうとはしなくなっていたのだ。
「ほっほっほっ、実に優秀であるなぁ。初めはお前さん(レイル)が作ったのかと思ったが、反応からしてそうではないと分かった。まさかこんなお嬢さんが作っているとはなぁ」
「えへへ。先生が優秀な方だから!」
そう言ってシュンはレイルの腕を取った。
「なるほどなるほど。ふむふむ...お嬢さん、もし宜しければこの人形、今度作ったらギルドで買い取らせてくれまいか?」
「本当!?買ってくれるの!?」
思わぬ申し出にシュンの目は輝き、事実今後の食い扶持は安定する事が確定したのだ。
そして、幼女に養ってもらうことが決定したレイルは肩を落とすのであった。
次回から人形一体400コインで買い取ってくれると言う契約を結び、その帰り道、やれ肉だ、それ肉だと肉屋へと一目散に駆け込もうとしたシュンの首根っこを掴み服屋へと入るレイル。
さぁ、選べ!と言われてもシュンはキラキラしたものや動きにくいスカートはごめんだと首を横に振るばかりだ。
かと言って男の子用の服を選ぼうものなら、戻してこいと怒られるで、話が全く進まないでいた。
シュンはハッとある事に気付いた。
そしてレイルを引っ張り連れてきたところは反物屋である。
服を買うより安価な値段で布が手に入るのだ。
「つまり魔法で自分で作る!」
「魔法は家事のためにあるんじゃないぞ」
と言っても、皿洗いを魔法でやっている人に言われてもまるで説得力がないし、今更なのでレイルが速攻で折れる事になる。
「余った端切れで人形も作れるし一石二鳥だよ!」
購入した布はどちらかと言えば人形前提の無地が殆どであった。
無地の方が柄物より老若男女問わず購入されやすいからだ。
レイルは未だに納得していなかったが、これ以上とやかく言うとまた言い負かされそうであったため、自分のプライドのためにその口を閉じたのだった。
女の子イコールスカートと言う公式ができていたシン、レイルと、スカートは動きづらいと言うシュン両方の意見を取り入れた結果、ガウチョを1着作ることにした。
大きめに作り、ウエストの部分は紐で絞れるようにして2、3年は着れるように設計した。
今は10分丈であるが2、3年後には5分丈くらいになる計算だ。
あとは普通にシャツやTシャツ、上着、動き易くポケットがいっぱいのカーゴパンツなどを作成し、クローゼット代わりの木箱はいっぱいになってしまった。
「どう?」
「変わったデザインだが良いんじゃないか」
「えへへー」
そうやって褒められ嬉しそうに笑う姿は幼児そのもので、普段のしっかりした様子は見当たらない。
「あと、これはレイルので、こっちはシンのだよ」
自分たちの分もあったのかと驚き、広げるとレイルのものはこれから寒くなる事を想定してか、黒い膝下までのコートを。
シンも同じく冬もののコートであったがフード付きの物だ。
「サイズは多分大丈夫だと思うんだけど」
暗に着てみろと言うと、2人は顔を見合わせて試着する。
サイズ感はぴったりのようで、着心地も悪くないと言う2人に、シュンは自分も冬物のジャケットを着て見せた。
「お揃い!」
形は違うが素材も色も同じことに気づいた2人は、一瞬脱ぎ捨てようかと考えたが、シュンの嬉しそうな表情に思いとどまるのだった。
雪がチラつく季節となり、シュンがレイルに拾われて半年が経った。
降り始めた雪に「明日には積もるかな!?雪だるまとかつくれるかな!?」と窓の外を眺めるシュンの姿は子供そのもので、普段大人びた言動をする幼女を子供だと再認識させられる姿を眺めては罪悪感を募らせる男二人。
未だに4歳児が稼ぎ頭であった。
半年前には考えられないほどに生活環境が改善された我が家。
このスラム街では、間違いなく一番まともな暮らしをしているだろう。
ぶっちゃけスラム街から出ても家を建てられるくらいには貯蓄もあり、一品から二品だった食事が毎食、主食、メイン、副菜、汁物、デザートまでつく様になり、痩せ細っていたシンに至っては10歳児らしい健康的な本来の姿であろう体格へと戻っていた。
しかし、なぜスラム街から出ないかというと、まずシンとレイルがお尋ね者だからという事が大きい。
しかも国から狙われているのだ。
特にシンの顔の痣は特徴的すぎて直ぐにバレてしまう恐れがあった。
次に、幼女の稼いだ金で家を建てると言うことに抵抗感が半端なかったのだ。
それをやってしまったら絶対に自分の中の何かを失う!とレイルが断固反対をして見せた。
まぁ別にそこまで新しい家にこだわってるわけじゃないからいいけど、とあっさりシュンは引き下がり、代わりにこのボロい家と生活環境を、魔法も含めて、持てる全ての力を振り絞り快適な環境へと変えていったのだった。
まずはボロボロだった家具や家全体を修復魔法で改築し、服も布を買ってきて三人分全てシュンが作り、庭も寒さや暑さに左右されない様に保護魔法で安定して野菜が採れる様にした。
しかし、ボロ屋が急にそんな事になれば周囲が黙っていないわけで、急速に強盗が増えてしまった。
ここはスラム街であり、衣食住に困った人間しか居ない訳で、更には男と子供が二人ならば簡単に殺して奪えると考えてしまう輩が多いのだ。
そこでシュンがレイルに頼み施した魔法が、転移魔法だ。
全ての窓や扉にその魔法を施し、許可のない者は全て別の空き家へと勝手に転移してしまうと言う魔法。それは普段レイルが、マーケットやポーションの材料を調達するため森に行く時に使う瞬間移動の魔法を応用したものだった。
移動魔法は陣が複雑すぎて、シュンは未習得である。
コレで家に関する強盗対策は万全であるが、外出時はそうもいかない。
追いかけられたり、誘拐されそうになったり。特に一番小さく、更には女の子であるシュンはターゲットになりやすく、外出時はレイルと一緒でなければ許可が出ないほどである。
レイルの気分が乗らない時は外出ができないシュンがついに
「見せしめに襲ってきた奴をヤっちゃえばいいと思うの!」
と物騒な発言をし始めた為、早急に何か対策を取らねば、とレイルは頭を抱えるのだった。
そんなレイルと共に頭を抱えるのが他でもないシュンである。
漫画でシンは11歳で初めて盗みを行い、その初めての盗みから僅か数日後に初めて人を殺すのだ。
そのターゲットになるのが貴族などの金持ちで、その引き金となるのがこの冬に起きる自然災害である。
五日間に渡る大寒波がくるのだ。
スラム街で家や寒さに耐える衣服を持つ者はそう多くはない。
その結果、雪が解けた後に残るのは凍死した死体だけだ。
大量の死体を放っておくと、スラム街だけでなく町全体に病気が蔓延するため、国がスラム街の死体を一掃するわけだが、まるでゴミの様に死体を扱う国にシンの心は憎しみと闇に蝕まれていくのだ。
そして貴族をターゲットに悪事を働く様になる。
そうなる前になんとか対策を練ろうと、雪にはしゃぐ無邪気な子供のフリをして、スラム街に繰り出し空き家を魔法でせっせと改築し、避難所にしようとしていたのだが、まさかの外出禁止に焦りが募っている。
事の成り行きをレイルとシンに説明するにも、なぜそんな事を知っているのかと問われれば説明できない。
否、説明できるがそれは自分の記憶喪失設定が覆る上に、この世界は漫画の世界です、などと言わなければならないのだ。
そんな話信じられるわけがないし、自分がレイルやシンの立場なら絶対に信じない。
寧ろ頭大丈夫か?となる。
そんなわけで一人で何とかするしか無いのだが、レイルの魔法がかけられた家から出れば、直ぐに気づかれてしまう。
そうこうしているうちに、これまで夜に降っては昼に解けていた雪が解けなくなってきた。
大寒波が近い。
最近レイルとシュンの様子がおかしい事にシンは勿論気付いていた。
レイルの悩みは大体予想がつくが、シュンの方はさっぱりだった。
ただ、日に日にソワソワと落ち着かなくなっている。
ただ一言「どうした?」と言う言葉をかける事が出来ない。
気にはなるが、心のどこかで自分はシュンとあまり深く関わらない方が良いのではと言う思いもあった。
自分は復讐のために動いているため、何も知らないシュンをあまり自分に近づけない方がいいと思ってはいるが、シュンは遠慮なくズカズカとシンの領域へと踏み込んでくる。
自分には関係の無い事だと割り切ろうとしても、いつもと様子の違うシュンをつい目で追ってしまう。
ふとシュンと視線が合った。
いつもならヘラリと気の抜ける笑みを向けるシュンが、カッ!と目を見開きドカドカと荒々しい足音とともにシンへと突進してきた。
そのただ事では無い勢いに、後ろに下がってしまうがシュンに両手をがっしりと掴まれ、それ以上の後退は許されなかった。
「シンにお願いがあるの!」
「...な、なんだよ...」
条件反射で手をふりはらおうとしたが、「どうした?」が聞けなかったシンには話を聞くチャンスだと、何とかそれを思い止める事が出来た。
「私とお出かけして!」
「...レイルと行けよ」
「だって、レイルってば寒いから嫌だって全然一緒に行ってくれないんだもん」
シンなら家事魔法ばかりが上達するシュンと違い、バリバリの攻撃魔法もマスターしているためボディーガードになり得ると判断したのだ。
「なんだって外に行きたいんだ?食料も暫くは問題無いだろ?」
勿論空き家を避難所に改築するためである。
事の成り行きを説明する訳にはいかないシュンは、勿論言い訳も用意していた。
「寒さが増してきたから、お家の無い人が凍えない様に空き家を避難所に改築しようと思って!」
肝心の大寒波の話は丸っと省き、それ以外の真実を口にする事にしたのだが、
「...他人のことなんかどうでもいいだろう」
とスッパリと言い切られてしまった。
「ダメだよ!雪の降る中外に居たら凍死するんだよ!?春になったら外は死体の山だよ!?」
そんなの絶対に嫌!怖いし気持ち悪い!とついつい本音を漏らしてしまう。
「うるさいぞ」
言い合う...と言うよりシュンが一方的に叫ぶ声にレイルも顔を出した。
むくれてしまったシュンに代わりシンが説明をするが
「他人なんぞほっとけ」
とシンと同じ反応が返ってきたのだった。
確かに話などした事はない他人だが、しかし、見知った顔の人達が雪が解けたあと物言わぬ骸となって横たわっているのを見たくない。
シンのためだとか言って、その実、自分が後味の悪い思いをしたくなかったのだ。罪悪感など感じたく無かっただけなのだ。
「...分かった」
漸く納得したかと安堵するレイルだったが、シュンは諦めていなかった。
天下の宝刀、これだけは言いたく無かった最後の手段。
それは男二人に容赦なく降り注がれた。
「二人は私に養われてる癖に、お願い事の一つも聞いてくれないって事がよく分かりました」
それはそれは良い笑顔でレイルとシンの心臓を抉ったという。
「もう良いです。私は私で生きていくのであとは二人で仲良くしたら良いです。さようなら」
突き放した様な物言いと初めて聞く丁寧な言葉遣いに、男二人は盛大に焦った。
こいつならやる!という確信があったのだ。
有言実行、出来ない事は言わないそんな人間であると確かに知っていた。
シュンの作る料理は美味いし、細かな所も気を配り常に部屋は清潔に保たれている。
生地から作るオリジナルの服は動きやすく着心地もいい。
そして何より何の憂いもなく、やりたい事をやれるのは他ならぬ稼ぎ頭が居るからである。
現代の日本なら間違いなく児童相談所に通報されている事だろう。
もはや一家の大黒柱と言っても過言ではないシュンに去られた未来は、悲惨な末路しか思い浮かばない。
「待て待て、分かった!分かったから!」
「少しくらいなら付き合ってやるから...」
寒空の下、幼女を放り出すと言うより、自分たちが見捨てられると言う方がしっくりきた男たちには最早折れると言う選択肢しか無かったのだった。
「本当!二人ならそう言ってくれると思ってた!」
この変わり様である。
昔父親が「女は産まれながらに女優である」と言っていた意味が痛い程によく分かったレイルであった。
お揃いの防寒着に身を包み、早速空き家を避難所に改築して回る三人。
改築だけでなく、保存食や毛布なども用意していたシュンに二人は驚きが隠せない。
その間、やはりと言うか隙あらば三人を襲おうと荒くれ者達に取り囲まれるが、シンとレイルの魔法で呆気なく撃沈。
そのまま避難所へと放り込まれた。
「ふははは!冬の間はそこで大人しく冬眠していればいい!」
と訳の分からないシュンの捨て台詞と共に次々と改築を施していく。
「あ、あの!」
「?」
あと数軒と言うところで一行を呼び止めたのはシュンより少し年上の男の子。
薄着でカチカチと噛み合わない口で必死に言葉を紡ごうとしている。
「家はボロくて!まだ一歳の妹も居るんだ!...です!このままじゃ凍えちまう...家にも魔法をかけてくれないか!...ですか!」
丁寧に言い換えたセリフを微笑ましく思いながらシュンはうなずいた。
派手に動いたせいでスラム街ではちょっとした騒ぎになっている。
少年の頼みを聞いたとあり、次から次へと「家も頼む!」「うちも!」「うちも!」と引っ切り無しに声がかかり、「よかろう、よかろう」と引き受けるうちにシュン一人ではどうにもならない数へと膨らみ仕方なしにシンとレイルも手伝う事となった。
「うちのシュンが拐われたり怪我をしたりしたら...」
「お前らの家全部潰すからな。連帯責任だぞ」
三手に分かれるにあたり異様な雰囲気を撒き散らしながらレイルとシンからそう脅された住人たちは、冷や汗をどっとかき「指一本触れません、触れさせません」と約束させられた。
言った様にシュンをターゲットに誘拐しようものなら、ボディーガードと化した住人たちから袋叩きにあうという、残念な結果になった荒くれ者達の末路が所々見受けられ、これならシュンを一人で家から出しても大丈夫だろう、とレイルの悩みが一つ解決したのだった。
そして、雪が解けても死体はどこにも転がっておらず、無事に春を迎える事が出来た。
「失敗した」
「ぶはっ!」
「なんで自分で切った?」
ざっくばらんな前髪を披露したシュンにレイルは盛大に吹き出し、シンは呆れたように息を吐いた。
レイルとシュンが出会って一年、シュンは少し背が伸び髪も伸びた。
自分で前髪を切ろうとしたが見事に失敗したのだ。
「邪魔で」
「髪留めを買う選択肢は無かったのか?」
「それだ!」
「...」
「…」
普段、大人びた言動をしたり、普通は思いつかないような魔法の使い方をしたりとしっかりしているのかと思えば、時折見せる自分自身への無頓着ぶり。
今に始まった事では無いので二人は呆れ顔を見合わせた。
「じゃぁ雑貨屋さんに行ってくる!」
思い立ったが吉日と家から飛び出そうとするシュンの腕をがっちり掴んだレイルは
「取り敢えずその前髪は整えろ」
と引き止めた。
レイルに眉上でパッツンに切られたシュンは今度こそ家から飛び出した。
スラム街を出て商店街にある雑貨屋は、店の半分が洋服売り場になっており、服に合わせて小物もチョイス出来るようになっている。
スラム街の住人とはいえ、魔法で身なりを清潔にしているためそうとは見えず嫌な視線を投げつけられることもない。
「あら、お嬢ちゃん一人?」
「うん。髪留めを買いに来たの」
保護者の姿が見えないため女性店員が話しかけてきたが、しっかりとしたシュンの受け答えに一人で来たのだと判断した。
どれにしようかしらと、真剣に悩む姿は幼女と言えど女そのものである。
ふと、女性店員がシュンの着ているものに目を向けた。
何の変哲も無いシャツ、問題はその下だ。
スカートを履いているのかと思いきや股下が区切られており、ズボンの様になっている。
「ねぇ、お嬢ちゃん?」
「なーに?」
「このズボン?スカート?どこで買ったのかしら?」
「これ?自分で作ったの」
「え?」
「え?」
「作ったの?」
「作ったよ?」
女性店員の表情が怖い。
笑顔なのだけれど何か物言えぬ恐ろしさがある。
「ちょっとここで待っててね?」
「え?あ、はい…」
それだけ言うと女性店員はバタバタと店内の奥へと消えていき、そして直ぐさまもう一人別の人物を伴い戻ってきた。
「店長この子です!」
「!!?」
驚いたのはシュンの方だった。
店長と呼ばれた男性は、男性なのだが着ているのは女性物の服であった。
「あらやだ、可愛いお嬢ちゃん」
(オネェきたーーー!!?)
顎が割れた完全マッチョなオネェさんは、バチコン!という効果音が付くのではと言う程のウインクを飛ばしてきた。
そう言った性癖の人に対し嫌悪感は全く無いが、いかんせん圧とか存在感とかが凄く、内心ビビってしまった。
「ほんと、変わったスカートねぇ。触っても良いかしら?」
「は、はい…どうぞ…」
作った時には十分丈だった裾は、今は踝が見える位置になっており、オネェさんはそのデザインをマジマジと見ている。
「貴女が作ったのよね?」
「そう、ですけど…」
「どうしてこんな形にしようと思ったのかしら?」
「あぁ、それは、スカートより動きやすいからって言うのと、家族が女の子なんだからスカートを履けって...」
「あらやだ、男も女も関係ないじゃないのよねぇー。着たいものを着れば良いのよ」
シュンは目を瞬かせた。
そうだ、この世界は男だからとか女だからとかの差別的要素が多いのだ。
赤ちゃんでも、男の子ならぬいぐるみすら持たせてもらえない。
女が髪を肩より短くすれば、白い目で見られる。
そんな世界だ。
「本当に!何着ても良いと思うの!」
「ねぇ!そうよね!」
女はベストは着ないし、男はエプロンなんてつけない。
そんなのおかしいじゃないか!と五歳の幼女とオネェの店員が意気投合した瞬間だった。
「ズボンポイけど末広がりだからスカートにも見えるしこれなら文句言われないし、裾に紐を通して絞れる様にすれば作業にも邪魔にならないんだ」
「成る程。これは画期的だわね」
ガウチョはゆったりとしていて履き心地がよく、動きやすいという利点があり、南米のカウボーイ(ガウチョ)が元々使用していた物だ。
「これを作ってウチで販売したいって言ったら許してくれる?」
「え!?本気で?」
「本気で。勿論試験的にまずは数着置いてみて、お客様の反応を見てからだけどね」
そこでシュンはある事を閃いた。
逡巡した後、店で売るものは自分で用意したいと提案したのだ。
「私が用意するので、この店で買い取って貰えませんか?」
商売の話だと頭を切り替え、子供らしい口調から一気にガラリと雰囲気を変えた。
「買い取ったものをどうしようとそちらにお任せします。因みに金額は材料費、人件費、作業賃を提示させていただきます」
「え…」
「嫌なら無かったことにして下さい」
オネェさんが固まった理由は嫌とかそう言うことではない。
幼女がいきなり大人顔負けの交渉をし始めた事に驚きを隠せず固まっているのだ。
「如何されますか?」
「えっと...そうね。取り敢えず商品になりそうであれば買い取らせてもらうわ。勿論材料費、人件費、作業賃も含めてね。サンプルに一着あれば良いのだけれど...」
「分かりました。では、後日サンプルを持ってまた来ます。それを見て今後買い取るかどうか判断してください」
「分かったわ。契約書も用意しておくから。あ、でも一応保護者の方にもご挨拶をしておきたいのだけれど?」
「連れてきます」
では、そう言うことでと、突如行われた仮契約なるものは、二人の握手であっと言う間に終了し瞬時に店員と客へと戻った。
「おすすめの髪留めってある?」
「でしたらこちらなどどうでしょう?」
「…」
変わり身の早い二人に、置いてけぼり感を食らった女性店員は一人唖然としていた。
雑貨屋の帰りに寄ったのはいつもの反物屋だった。
早速ガウチョサンプルの材料を入手にやってきたのだ。
オネェさんにも説明した様に、裾も絞れる様にアレンジしたものも持っていこうとあれこれ購入していく。
そしてその足で向かった先は、自宅ではなくスラム街のある家。
大寒波避難所計画の時に「自分の家も魔法をかけて欲しい」と一番最初に言ってきた少年の家である。
妹と母親の三人で暮らしており、その母親の裁縫の腕前が凄いのだ。
子供達の着ている服は全て手作りであると言う。
足踏みミシンで何でも作るのだと言う。
このスラム街には割と器用な者が多い。
貧しいが故に自分たちで何でも出来ないといけないので、自然と身につくのだ。
家に入る前に、型紙代わりに見本を一着魔法で作り、扉をノックした。
出てきたのはシュンより少し背の高い、あの男の子だ。
「こんにちは、ルイ」
「シュン!よく来たな!」
大寒波避難所計画の際に炊き出しなんかも行ったせいもあり、割と関係は良好である。
「実はルイのお母さんにお願いがあるんだ」
「母さんに?」
「あら、いらっしゃい、シュンちゃん」
台所から誰が来たのかと顔を出したルイの母親アルマは笑顔でシュンを迎え入れてくれた。
「母さん頼みがあるって」
「私に?」
魔法で何でも出来てしまうシュンが自分に何用かと首をかしげる。
「お仕事しませんか?」
「え?私が?」
「はい!」
シュンは魔法で作ったガウチョをアルマに見せ、それと同じ物を作って欲しいと頼んだのだ。
魔法で作ればすぐだろ?とルイに言われてしまうがシュンはそうだが、と言葉を続けた。
「アルマさんが作った物を売ればアルマさんのお金になるじゃない」
魔法で作ってもそれはシュンのお金にはなるがそれでは意味がないのだ。
つまりこの家に収入源を作ろうと言うことなのだ。
「まだ試験段階だから売れないかもしれないけど、やってみませんか?成功すれば商店街のお洋服を取り扱っているお店で買い取ってくれるんです」
まだ幼い娘がいるアルマは働こうにも身動きできない状態であった。
なので自宅に居ながら仕事ができると言うのは非常にありがたいことである。
しかし、一つ疑問があった。
「どうしてうちに?他にもお裁縫が出来る人は沢山いるでしょう?」
確かにそうなのだが...
「私と遊んでくれるのルイだけだから!」
ただそれだけであった。
遊ぶというより、レイルの移動魔法で森まで行きポーションの材料を探すのをよく手伝ってもらっているのだ。
勿論お礼も渡している。
「他の子たちは魔法が使える私が怖いのか、なかなか遊んでくれなくて…」
自分から逃げる同年代の子供たちの姿を思い出し、遠い目をするシュンに苦笑いのアルマ。
「とても有難いわ。じゃぁ、やってみようかしら?」
「良かった!出来たら教えて下さい!一緒にお店に持っていきましょう!」
材料と、型紙とか作れないので見本のガウチョを手渡す。
初めてなので失敗を考慮し、多目に材料は用意してある。
一通り説明を終え、自宅に帰る時には一応ボディーガードに、とルイが付いてきてくれた。
「妹もいるし助かるよ」
「アルマさんが忙しくなるからルイがお家のこと頑張んないとね!」
「言われなくてもやるよ!」
そんな他愛もない話をしながら自宅まで送り届けられ、玄関からルイの姿が見えなくなるまで見送り家へと入った。
するとそこには今正に家から出ようとしていたシンの姿があった。
「どこまで髪留め買いに行ってたんだよ」
訳:遅いから心配しただろ
「ごめんごめん。ちょっと色々あって」
「色々?」
「あとでシンにもレイルにも話すよ。その前に晩御飯にしよう!お腹すいた!」
「ったく」
シュンの表情から良くないことがあったわけでもなく、髪に見慣れぬ赤い髪留めが着けられている事から、ちゃんと買い物には行ったことがわかり一先ずシンは息を吐いた。
夕食後に今日あったことを説明すると複雑そうに顔を見合わせる二人。
シュンはその表情が何を意味するのか分からず首を傾げた。
“いよいよ以て立つ瀬がないな”と肩を落とす男達の心境にシュンが気づく事はなかったのだった。
三日後、アルマは失敗なしで四着のガウチョを完璧に仕立てた。
それを持ってオネェさんの店へと向かった。
メンバーは言い出しっぺのシュン、その保護者のレイル、作成者のアルマの三人で、その際、アルマはスラム街では気にならないが、綺麗な身なりをした商店街の住人達に、自分の姿を引け目に感じたのか、店には入らないと言い出した。
そこでちょちょい、と魔法で綺麗に整え漸く入店となった。
前回と同じ女性の店員がシュンに気づき、すぐに店長のオネェさんを呼んでくれた。
レイルとアルマもオネェさんの圧に引いていたが、御構い無しにシュンはレイルとアルマを紹介した。
「私は店長のロイスよ。よろしくね!」
バチコン!とウインクが主にレイルへと飛び、レイルはサッと視線を逸らした。
「事務所へどうぞ」
そう言って通された店のおくは、煌びやかな店内と違い質素、という訳ではなく、店長ロイスの趣味がありありと反映された部屋だった。
窓にレースのカーテン、棚にはドライフラワーや小物がセンス良く並んでいる。
「おぉー…可愛い部屋」
普段あまり物欲を示さないシュンから思わぬセリフが出てきて、一番驚いたのは他でもないレイルだ。
「飾ればいいだろ?」
と普通にいうが、
「こんなにセンス良く飾れない」
とシュンは眉間に皺を寄せた。
それでは、とロイスが仕切り、早速ガウチョのサンプルを四着渡して見せた。
丈の違うもの、ポケットのデザインや位置が違っていたり、ウエストが普通にゴムのものもあれば、大きなベルトリボンで腰回りを細く見えるようになっているものもある。
「おぉー…やっぱりアルマさんに頼んで正解だった」
自分ではこんなに多種多様なデザインは考えつかなかっただろうと、シュンは目を輝かせた。
そして、この男...このオネェも爛々と黒く縁取られた瞳を輝かせていた。
「素敵〜!このリボンなんてかーわーいーいー!私が欲しいくらい!でもサイズが!!はっ!私のサイズも作ってくれないかしら!?」
買い取る店側が客になっているぞ、とレイルに突っ込まれロイスはハッと正気に戻り一つ咳払いをした。
「これならいけると思うわ!」
このデザインを何着、こっちのデザインを何着、と枚数を決め十日後に数を揃えてまた来店する事となった。
「うーん...」
「あら、シュンちゃんどおしたの?」
「デモンストレーション代わりに、店員さんにこのサンプルを着てもらうって言うのはどうでしょう?食いついたお客様には何日後に入荷しますって伝えればその人は買いに来てくれないですかね?」
「確かに。店員が着て動き易いなどのメリットを伝えれば興味は引けるわね」
あーだこーだと話を詰めていくシュンとロイスに、レイルとアルマはただ眺めているだけであった。
「なんて言うか...シュンちゃんてすごい子ですね」
「ん?あぁ、アレは規格外だ」
「え!?」
ボソリとレイルにしか聞こえない音量でアルマが呟くと、保護者とは思えない回答が返ってきた。
環境が環境なら国を支える魔導師にもなれる。その実、その才能を鼻歌交じりに乱用するくせに、国などより身近な者たちの幸せのために使う。
努力を惜しまないくせに、その努力の方向性を間違えていたりもする。
攻撃に使う火の玉を宙に浮かせ、明かりと暖取りに使ってみたり、敵を凍らせ身動きできなくするための魔法で氷菓子を作ってみたり、突風によるカマイタチの刃で庭の草刈りをやってみたりと、敵を屠る為の魔法が次から次へと家事へと変換され、もうある意味規格外なのだとレイルは諦めに似た眼差しで遠くを見た。
「…何というか…えっと…いい子ですね」
アルマ、精一杯の励ましであった。
「そうなんだ。いい子なんだよ。人を傷つけることを嫌う、良い子なんだ......」(このまま復讐に走る自分とシンのそばには置いておけないと思うほどに...)
「では、契約はこれで完了ですね」
「ええ!宜しくね、シュンちゃん」
「こちらこそ!」
「…」(頭では置いておけないと思っていても、居なくなると一番困るのは俺とシンなんだよな...)
生活力のない男二人では共倒れの未来しかない事を、レイルはよく理解していた。
契約では、アルマが自分で材料調達から店舗への卸まで全てこなせるようになるまで、シュンがサポートという形となり、それらが出来るようになればシュンはこの件から手を引くことになった。
後々、ガウチョはアルマのオリジナルブランドとなる。
「シュンちゃんはそれでいいの?」
「私もやる事あるから。ポーション作ったり身代わりくん作ったり。軌道に乗ったら周囲のお友達に手伝って貰うと良いと思うよ」
暗に、スラム街の主婦の皆さんの事を指している。
スラム街の女性のほとんどは娼婦である。
その事に関して偏見はない。
仕事もなく、売るものが自分しか無いのならば生きていく為に仕方のない事なのだ。
誇りをもってやっている者もいれば仕方なくやっている者もいる。
その仕方なくが少しでも無くなれば良いと、シュンは思っているのだ。
「では、早速ロイスさんの分や他の店員さんの足りない分も二、三日中に仕立てて持ってきますね」
「お願いね、アルマちゃん」
「はい!」
「ところでシュンちゃん」
「はい?」
「これってなんて言うの?」
そう、まだ“ガウチョ”という名は言っていない。
なぜその名なのか?と問われてもカウボーイなんちゃらの話をしたところで、カウボーイが居ないこの世界では説明できないのだ。
よって、答えは
「特に無いので適当に付けてください」
と言うものになってしまう。
ロイスとアルマは顔を見合わせてしばし考えた後、意見を出し合い出た答えは「ハルスカート」だった。
「ハル?」
なぜ季節を限定してしまうような名前を?首を傾げると
「春夏秋冬のシュンはハルって意味だから」
ロイスにそう言われて、自分の名前に因んでつけられた事を理解した。
「いいの?」
「もとはと言えば貴女発案なんだからいいのよ」
ロイスがはっきりとそう言い切り、アルマを見ればしっかりと頷いてくれた。
「じゃぁ、私もハルスカートが売れるように張り切らないと!」
「当然でしょ!」
ハルスカートの噂は瞬く間に街へと広がり、首都にまで飛び火。
更にはその噂を聞きつけた貴族たちまでもがこぞって自分だけのハルスカートを仕立て始める。
しかし、元祖というブランドだけはどうにも出来ず、最新作が真っ先に卸される商店街の雑貨屋は季節が変わる度に客で溢れかえる事になる。
スラム街はハルスカートの一大生産地となり、従業員は全員スラム街出身者。
ハルスカートを中心にアルマブランドに火がつき、女が仕立て、男はそれを持って国内外へと商売の手を広げるのだが、それはまだまだ数年後のお話である。
「...........」
「いやいや…ちょっとまて」
「どうしたの二人とも?」
三人の目の前には丸い数個の玉と、何かの筒。
シュンが作ったものである。
「え?何?爆発魔法に...なんだって?」
「だーかーらー!この玉の中には更に小さい爆発魔法のかかった玉が沢山入ってて、この筒で打ち上げて夜空に大きな花を咲かせるんだよ!」
この五歳児は花火を作ったようです。
この世界に花火は無く、そんなもの打ち上げようものなら戦争でも始まったのではと勘違いされる事間違いなしだ。
「玉の中は二重構造になってて、筒に掛けた魔法と連動してるの。魔法のかかった筒で打ち上げて初めて爆発するんだけど、地上に近い所で爆発すると危ないから三秒後に設定してる。外側の一回目の爆発の後、その衝撃を受けて内側が時間差で爆発するように仕掛けてあるんだ」
更に詳しい説明を受け、レイルは頭を抱え、シンは口元を引きつらせた。
「お前、その手法を悪用されたら完全に兵器にされるぞ?」
「えー?どこが?」
「この...はなび?...って言うのか?こいつは筒で発射して爆発っつーのと、一回目の爆発の後で二回目が爆発っつー“関連付け”がされてる。もしそれを“誰かが触れたり、踏んだりしたら”って言う“関連付け”に変えたらどうなると思う?」
「!!?」
レイルにそこまで言われシュンはハッとした。
完全に地雷の完成である。
自分がまさかそんな危険なものを作ったなどと言う意識は全くなかった。
ただ、“以前”を思い出し、こんなのあったら売れそうとか楽しそうと言う軽い気持ちだった。
「う〜...これは始末する」
「あぁ、そうしてくれ」
深い溜息を吐くレイルの横では、興味深げにシンが筒を覗き込んでいる。
「そもそも、なぜ“関連付け”などと言う魔法を作った?」
そう、作ったのだ。シュンが。
「本当は魔法陣をクッションの下に敷いて、お尻を乗せたらオナラの音がするって言うイタズラアイテムを作ってたんだけど、いつの間にかこうなってた」
「......」
「......」
何故イタズラアイテムが兵器になった、と言いたげなシンとレイルだが、もはやシュンの思考を理解しようとするのが労力の無駄になるだろうと「...そうか」と一言だけ返すのだった。
花火一式を始末するためにシュンがリビングを出るとほぼ同時に、シンはバシン!とレイルの二の腕を殴りつけた。
レイルがなんだよ、と睨むとシンもジロリと見返す。
「何教えてんだ」
「教えてねぇよ。あいつが勝手にやってんだよ」
「魔法の師匠ならちゃんと見張ってろ」
「自室まで行ってあれこれ穿鑿するわけにもいかねぇだろうが」
「ほっとくとまた無意識に兵器とか作るぞ」
「どうしろって言うんだよ」
「...師匠として自分で考えろ」
「あ、テメェ人に丸投げしやがったな」
自室で魔法によりきちんと花火を分解した後リビングへ戻ってきたシュン。
そこには何故か睨み合う男二人の姿があり、シュンは首を傾げるのであった。
「今度から何か作った時は相談するよ。また危ないもの作ってたら困るし」
「!」
「!」
男二人の思考を読んだかのような申し出に、この五歳児が一番ものを考えてるな、と苦い思いをするシンとレイルであった。
「それでなんだけど、この“関連付け”の魔法お家の中なら使っても良い?」
「何するんだ?」
「もう直ぐ暑くなるでしょ?だから、ジャジャン!これ使う!」
「?」
僅かに違う魔法陣が描かれた四枚の紙。
風の魔法の様にも見えるし、氷の魔法の様にも見えるがそれがなんなのか想像もつかない。
試しに使ってみせると部屋の四隅にそれぞれ一枚ずつ陣を置き、シュンはそのうちの一枚に魔法をかけた。
すると四枚の魔法陣から高さ一メートルくらいの氷の塊が出現した。
更にフワリと微弱な風が生まれ、その風は氷のある四隅をぐるぐる回る様にそよそよと吹き始める。
「!?」
一番最初の魔法陣が発動すると他三枚も発動すると言う“関連付け”、更に氷と風の魔法も組み込まれ一度に三つの魔法が同時に四箇所で発動した事にレイルは目眩を覚えるのであった。
「あぁ、涼しいな」
「でしょ!?」
考えることを放棄したシンは、無邪気に笑うシュンの頭を撫で、自分の部屋にも置いてくれと頼む始末であった。
通常魔法は、技術的な観点や属性同士の相性などから、一度に一属性しか使用できないと言われている。
それを鼻歌交じりに遊び感覚でやってのけるシュンに、手に負えない感を感じ始めていたレイル。
かと言って放置すれば何をするか分からないし、他者に預けたとしても国の魔導師として育てられるだろう事は火を見るよりも明らかだ。
そして、上に立つ者は自分の地位を守るために才能あるものを蹴落とす。自分の様に...。
「まぁ...これくらいなら良いか。後で俺の部屋にも頼む」
「分かった!」
自分の魔法が認められるといつも嬉しそうに破顔する。
こう言う分かりやすいところは子供なのに、頭の中はまるで未知数である。
復讐を考える自分の事は棚に上げ、レイルはシュンが道を踏み外さないことを切に願った。