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幸せにしたいのは主人公じゃない!  作者: いたちのしっぽ
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「ふぉおぉぉー!なんじゃこりゃぁ!?」

自室のベッドの上で今しがた読み終わった漫画を抱きしめながらゴロゴロと悶絶する女の名前は朝垣(あさがき)(しゅん)25歳=彼氏いない歴。

漫画が大好きすぎて初恋も漫画の主人公。

そしていま、絶賛片思い中の相手は、漫画のラスボス「シン」。

本編の「アスベル冒険譚」には冷酷な闇の魔法使いとして描かれているが、外伝である「闇の魔法使いシンの回想録」ではシンが闇の魔法使いになった過去や幼少期の話、仲間であるエクシャやマール、ニノ、レイルとの出会いなども描かれている。

子供の頃、生まれつき顔の左半分にわたる大きな痣が原因で、両親である国王夫妻に醜いと蔑まれてきたシン。

それは城中に蔓延し、臣下達からも憐れみや蔑みの眼差しで見られるようになった。

しかし、唯一弟のアスベルだけは文武両道の兄を慕い尊敬していた。

シンもアスベルには心を開き、自身の心の支えにしていたが、10歳という幼さで魔獣討伐の初陣だと少数の兵士と共に森にやられ、そこで兵士達に暗殺されそうになる。

命からがら逃げ延びたシンは、両親や国に復讐を誓い闇の魔法へと堕ちていくのだ。

外伝を読む前から気になっていた存在だが、これを読んでしまったらもうアウト。

シンのファンはみんな恋に落ち、シンを救う妄想に駆られる事だろう。

春もそんな一人だった。

なんならシンの子供の頃にトリップして、たっぷり愛を注ぎ幸せにしてあげたいという妄想を早速繰り広げていた。

「そしてそして!将来的にはシンとエクシャのラブラブをたっぷり堪能させて貰いたい!」

恋といっても、実際には自分ではなく好きなカプをくっつけるのも妄想の醍醐味である。

シンとシンを心底慕うエクシャの事も大好きになってしまった春は二人のハッピーエンド希望だった。

「私はみんなに慕われるお姉さんポジションがいいなー。でもレイルは子供のシンに出会う時20歳を既に過ぎてたから、お兄さんポジションか」

それでも良いなぁ、と妄想にふけっていると、自分を呼ぶ聞き慣れた声。

「しゅーん!ちょっといいー!?」

「ん?はーい!」

母親だ。

どうせお使いか何かだろう、と漫画をベッドに置き部屋を後にした。

「ちょっとお使い行って来てくれない?」

やっぱりか、と思いつつおやつ買ってもいいなら、とちゃっかり交渉してから家をでた。

因みに春はニートではない。

今日は日曜日で仕事は休みである。

街灯の明かりを頼りに妄想を膨らませながらコンビニで買い物を済ませ、その帰宅途中にお駄賃代わりに購入した飴玉の袋を開ける。勢いよく開いた袋から飴玉がいくつか飛びだしてしまった。

恥ずかしかったが時計は既に夜9時を回わっており、辺りに人はおらずあまり気にする事はない。

しゃがんでいそいそと散らばった飴を拾い集め、最後の一個を街灯の明かりから少しずれた場所で手に取った瞬間、聞こえた甲高いブレーキ音。

そして眩しいライトの明かり。

突然の事で春は動けず、体に衝撃を受け意識が途絶えた。




「...暗い。そして汚い」

春が、意識を取り戻し最初に見たのは月明かりに照らされ薄暗く、蜘蛛の巣が張り巡らされた埃っぽい天井だった。

確か車に跳ねられたはず、なのにここは病院ではない気がする、と体を起こすと体の所々に痛みが走った。

「っう!」

やはり車に轢かれたのだと思ったが、痛みの程度はそんなに重傷ではなさそうだ。

自分の両手には切り傷や痣が少しあるくらいだ。

しかし、傷や痣は問題では無かった。

それよりも視界に入ってはならないものが、今まさに自分の両目に映っていた。

「.........ん?!んんんんー?!」

動かすと思い通りに動く両手。

自分の両手なのだから当然だろう。

だが問題はその大きさだった。

3歳だか4歳だかくらいの子供の手なのだ。

「なんじゃこりゃぁぁぁ!」

夢か!夢なのか!?と頭を抱えているとガチャリとドアノブを回す音にハッと我にかえる春。

音の方を見ればランタンを片手に男が部屋に入ってきた。

ランタンは足元を照らしており、顔は見えなかったが、男がランタンをサイドテーブルに置いたところでその髭面が浮かんだ。

「っ!っっっ!?」(レイル!?)

声にならない驚きをもたらしたのは春も見知っており、漫画「アスベルの冒険譚」で闇の魔法使いシンを拾い育てた男だった。

「そんなに怯えなくともとって食いやしねぇよ」

春が驚いて声を失っているのを、どうやら自分に怯えていると勘違いしたらしいレイルは出来るだけ優しい声色で話しかけ、ベッドサイドの簡素な椅子に腰掛けた。

「おまえ、ウチの側に倒れてたんだ。あー...自分の家、分かるか?」

「...い、家?」

自分の家をイメージしようとしたときだ。

ズキリと頭に痛みが走り、そしてまるで走馬灯の様に次から次へと映像が頭の中に流れ込んできた。

それは今の自分というか、この子供の記憶だった。

少女の名前はリュカ。

年の近い友達と遊んでいる光景や優しかった母親が病で他界してしまった事、それがきっかけで優しかった父親が酒浸りになり少女に暴力を振るい始める。

更に、仕事も辞めてしまい酒代欲しさに父親は少女を奴隷商人に売ってしまったのだ。

金持ちに売り飛ばされる寸前、少女は逃げ出しスラム街へと迷い込んだ。

数日間迷った末、力尽き倒れた所が最後の記憶だった。

(こんなに小さいのになんつー酷い人生!)

「おい、大丈夫か?」

頭を抱えていたため、心配したレイルが背中をさすり落ち着かせようとしてくれていた。

頭痛はいつのまにか治まり、漸く自分の立ち位置を理解することができた。

(リュカちゃんには悪いけど、私の名前を名乗らせてもらおう。帰る家がない今、レイルにすがってみよう!)

そうと決まればと顔をあげレイルを見る表情に不安の色をのせてみた。

役者ではないので、ちゃんとできてるかなど分からないが。

「...あの、わたし...分からなくて...」

「分からない?家がか?名前はわかるか?」

小さく頷き

「シュン(春)」

と答え他の質問には全て分からないと答え、記憶喪失を装う事にしたのだ。

レイルはどうしたものかと蟀谷を押さえ俯いていた。

もしかしたら追い出されるかもしれないと、僅かながら思うが、シュンには勝算があった。

レイルは見ず知らずのシンを拾い育て上げたのだ。

ならば、自分もいけるのではないかと言う期待をもっていた。

「...」

しょんぼりと俯いて見せると、レイルはガリガリと頭を掻き毟りついに

「行くとこないならここに居ればいい」

と観念した様に言い放った。

(よっしゃ!さすがお人好し!)

悪役なのにとんだお人好しなのだ。

だから、優秀な魔導師であるにも拘わらず、城の神官に嵌められ追い出される事になり今こんなスラム街で生活するはめになっている。

「あ、ありがとうございます!あの、出来る事があればお手伝いします!」

「あぁ、そうしてくれ」

住む所をゲットした所で、まずはこの小さな体で何ができるか確認しなければ、とベッドを降りようとした瞬間ふらりと目眩に襲われて床にへたり込んでしまった。

「へ?あれ?」

立てないのだ。

「大丈夫か?大分弱ってるみてぇだからな。無理すんな」

ヒョイっと軽々抱きかかえられ、ベッドへもどされた。

「...ごめんなさい」

出鼻を挫かれ悲しいやら悔しいやらである。

「あぁ、俺の名前はレイルだ」

シュンが自己嫌悪に陥っていると、レイルはまるで気にしてない様に自己紹介を簡単に済ませる。

「あ、はい。お世話になります」

反射的にシュンは深々と頭を下げた。

日本人なら習慣化された行動だが、それがレイルには奇妙に映ったのだ。

この世界では頭を下げるのは王位や爵位のあるものに対してのみで、ましてやこのような子供がする行動では無い。

「...」

「?」

しかし怪訝な表情のレイルに小首を傾げるシュンは子供そのもので、考えすぎかとレイルはすぐに疑問を頭から放りやった。

「取り敢えず何か腹に入れねぇとな。大人しくしてろよ」

「う、うん」

部屋から退室するレイルを見送った後、シュンは大きく息を吐いた。

「ふぅー...やばいやばい。こちらの世界は頭を下げる習慣は無いんだった」

頭を下げてしまってから気付いた過ちに、レイルに何か突っ込まれるのではと少し焦ったが、子供っぽく首を傾げたのが効いたのか追求は免れた。

中身が大人なんて知られたら追い出される可能性もある。

そもそも見た目は子供、精神は大人などと言う話、信じて貰えるとは思えないが。

「ふぅー...」

体を起こしているのは思ったよりもこの子供の体に負担だったらしく、レイルが戻るまでしばらく横になることにした。

「...」(さて、私は元の世界で車に跳ねられて死んだって事でいいのかな?そしてこの子の体に魂が何故かのりうつった?じゃぁこの子の本当の魂はどこに行ったんだろう?自力じゃ立てないくらい弱ってたみたいだし死んだ、のかな...)



お腹すいた...


ケガがいたいよ...


つかれた...


もう歩けない...


お母さん...あいたいよ...


お母さん...


お母さん...


お母さん...!



「......寝てた?」

「少しの間な」

「!?」

独り言のつもりが返事が返ってきたことからシュンの心臓は飛び上がるほど驚いた。

「びっくりしたぁ」

ドッドッドッとなる心臓を押さえて声の方を見れば、レイルが椅子に腰掛けシュンをジッと見ていた。

「何か思い出したか?」

「...?」

「...お母さん、と言っていたぞ」

「...なんだろう?夢を見ていたのは覚えているのにどんな夢か、思い出せない...」

ただとても辛く、悲しい心が流れ込んできた感じがする。

それに、無性に母親に会いたい感情だけが残っていた。

体を起こし食事を持ってきてくれたであろうレイルに向き直れば、レイルは優しい手つきでそっとシュンの目元に触れた。

「!?...私、泣いてたの?」

「...みたいだな。飯だ。食えるか?」

差し出されたのは細かく刻まれた野菜が入ったスープ。

シュンの今の体力の落ちようからすれば有り難い食事だが、シュンは思い出した。

この食事がいつものレイルの食事なのだ。

スラムに住んでいては豪勢なものなど口にできない。

つまりシンもこの食事をずっと食べる事になる。

シュンの目的に食事改善もプラスされた所で、有り難くこのスープを頂く事にした。

「いただきます」

両手を合わせて食事前の挨拶をしたところで、またやらかしてしまったことにシュンは気付いた。

食前のいただきますも食後のご馳走さまも、この世界でやる習慣は無い。

言い訳を考えながら何食わぬ顔でスプーンを手にすれば、今度は逃がしてくれなかったレイルが興味深々に「なんだそれは」と問うてきた。

待ってまだ言い訳を考えてない、と言うシュンの心の叫びなど御構い無しに返答を待つレイル。

1.ちゃんとした意味を教える

2.とぼける

「えっと...それって?」

シュンは2を選択しとぼけた。

「いただきます、ってやつだ」

記憶が無い設定なのに、意味を説明なんてできないし、この世界では習慣の無い行動に説明は更に難しい。

よって、

「うーん...分かんない。多分ずっとやってきたんだと思う。自然とできたから」

と言うのがシュンのファイナルアンサーだ。

「ふーん。変な事を教える親もいるんだな」

「変...」

誤魔化せたのはいいが、さり気なく親を侮辱されたシュンの表情は引きつりを隠せないでいた。

「うんと、あのね、確か...」

「なんだ?」

思い出しかけてます感を出しながら、いただきますの意味を説明するとレイルの目が輝く。

「成る程。食料となる命や作物を作った人、食事を作った人に感謝する挨拶か。食べ終えたらご馳走さま...。悪く無いな」

良い親だな、とレイルはシュンの頭をひとなでした。

「えへへへ」

レイルに親に対する意識を変えてもらえたところでシュンはようやく食事に手をつけたのだった。

「...」(味うっす!)

素材本来の味しかしない(いや素材も細かすぎて殆ど味はない)スープに、取り敢えず食事は自分が作ろうと誓ったシュンだった。




シュンがレイルに拾われて一ヶ月、体はもう既に回復しており、掃除や洗濯、料理も幼いシュンの仕事になっている。

体が小さいためできる事は限られているが、届かないところはレイルに手伝って貰っている。

シュンがはじめに寝ていた部屋はそのままシュンの部屋になり蜘蛛の巣なども綺麗に掃除したのだが、その際レイルが見せた魔法が凄かった。

指パッチンで綺麗になったのだ。

思わず

「なんでこれまでやらなかったの?」

とドスの利いた声で問うたのは不可抗力だ。

アンサーは自分だけだと気にしないからだそうだ。

本日は物置の整理をしているが、やはり蜘蛛の巣と埃が凄まじく一度中の物を全て取り出し掃除をしてからまたしまう。

レイルの魔法でちゃちゃっとやってもらった方が早いのだが、それでは自分の存在意義が無くなってしまうので、敢えて全て手作業でやらせて貰っている。

よくわからない液体の入った容器や干からびた植物、乾燥した何かの生き物に虹色の粉。

これまで見たことのないものばかりだが、シュンはこれらが何かはよく知っていた。

闇の魔法に使う材料、人を呪う材料なのだ。

自分では使えないが、取り扱いには要注意なのは必須。

小さなもみじの片手で持つなんてしない。

持つなら両手でしっかりとだ。

と、気をつけていたのにも拘わらず、ピンクの液体が入った瓶は無情にもシュンの両手から滑り落ちた。

「あ」

と、思った時は既に遅く、パリンッと瓶の割れる音と共にピンクの液体は飛び散り、もうもうとピンクの蒸気へと化した。

「うわっ!なにこれ!?」

「どうした!?うわっ!これ!?」

割れ物の音とシュンの悲鳴にやってきたレイルはピンクの蒸気を魔法により一瞬で消し去った。

「シュン!大丈夫か!?吸い込んでねぇか!?」

「けほっけほっ!ちょっとだけ...」

「!?」

サッとレイルの顔色が変わった。

それ程までに危ないものなのかと、シュンの顔色も青くなっていく。

「体に変化はないか!?熱は!?熱かったりしねぇか!?」

「い、いいいいまのところなななななんともない!」

恐怖のあまりどもってしまったのは仕方のない事だろう。

自分はどうなってしまうのかと言う恐怖に震える手をギュッと握った。

レイルはシュンの両頬を両手で包み何かを探るように両目をジッと見つめてくる。

されるがままのシュンは、早く大丈夫だと言って欲しい一心でレイルを見つめ返した。

「...ムズムズするとか...体に異変はないか?」

「な、ない!」

はっきりそう伝えれば、レイルは大きくため息を吐いて膝を床についた。

「こいつは速効性のものだからな。なにもないなら大丈夫だ」

「ほ、本当!?」

レイルは大丈夫だとはっきりといい直し、安堵するシュンの頭を撫でた。

「あ!レイルごめんなさい!私がお掃除させてって言ったのに、瓶割ってしまって…」

今更だが、頭を下げないように俯く形で謝罪を述べると

「たいした薬じゃねぇから大丈夫だ」

とまた頭を撫でられた。

「でも、やっぱりごめんなさい!割れた瓶も直ぐに片付ける!」

もう一度謝罪すると箒と塵取りを取りに駆け足でその場から離れた。

「...ふぅー...。ガキだから効かなかったのか?」

割れた瓶の破片を拾いながら中に入っていたピンクの液体を思い出していた。

(シュンに媚薬が効かなくてマジで良かった)

効いてしまったらそれはそれは対応に困ったことだろう。

心の底から安堵するレイルだった。





「...レイル、本当に大丈夫?」

「問題ない。誰も住んでいない空き家だ」

今日は物資の調達、主にシュンの衣類を調達に来ていた。

場所は近隣の空き家。

つまり他人の家だ。

家の壁に子供の落書きがあることから、この家には以前子供が住んでいたのでは、という理由からやって来たのだがいくら既に住人がいない家だからと言って人様のものを勝手に持ち出すのは気がひけるのは良識ある人へと育てられた結果である。

レイル曰く、すぐに慣れる、だそうだ。

そうだ、レイルも良識ある大人だったのだ。

しかし、裏切りによりいまここにいる。

世話になるからには自分も郷に入っては郷に従がわなければ、と覚悟を決めて空き家に足を踏み入れた。

結果から言えば子供服はあった。

シュンにも着れそうなサイズやもう少し大きいサイズも。

子供は直ぐに成長するし持っていくことに決めたが、全て男の子のデザインだった。

スカートだと動き辛いし別にいいよ、とシュンは気にする様子はないが、女の子なのだからスカートの一つもあった方がとごねたのはレイルの方だった。

「レイル、しつこい」

「...」

4歳児にぴしゃりと言われ、レイルはもう何も言うまいと誓った。

このスラムで子供を育てようと言う者などいないせいか、子供服は残っていたが他はからっきしだった。

売れそうな調度品、食器やベッドのマットレスやシーツ、大人の衣類も既に誰かが持ちだした後だ。

「あ、紙があった」

くしゃくしゃになっていたが、まだ何も書かれていない紙を綺麗に伸ばしそれもカバンに入れる。

確かエピソードの一つで、書くものがなくて闇の魔法の勉強をするときにシンが床に書いていた事を思い出したのだ。

完璧な魔法陣や薬の配合計算式にレイルが驚いていたシーンだ。

そのシーンだけ再現してもらった後は、紙を渡して勉強してもらおうとニマニマと口元が緩むのを堪えて他に何か貰えるものが無いか散策を再開させた。

「いたっ!」

棚の扉を開けようとするがノブがなく、ノブが刺さっていたであろう剥き出しの釘を摘もうとして指を刺してしまい、僅かに血が滲んだ。

たいした事なかったので、血の滲んだ指を舐めてもう片方の手で扉を開ける。

「ん?レイル!これ何?」

隣の部屋で何か無いかと物色していたレイルを呼ぶとすぐ様顔を出すレイル。

「ああ?」

シュンが見つけたのは扉の内側に描かれた見るからに魔法陣。だが、何の魔法なのかさっぱり分からない。

子供が描いた落書きの様で、線や数式はふにゃふにゃに曲がっている。

「あぁ、回復魔法の陣だな。親が癒しの魔法の使い手で見よう見まねで書いたんだろう」

陣は正確でなければ魔法は発動しない。

レイルのような上級者になれば頭で陣をイメージしただけで使えるようになる。

「イメージ...」

こんな感じかな?と落書きの陣を参考に頭の中で修正を加えつつ陣をイメージしてみた。

すると先程釘を刺してしまい血が滲んだ指が淡く光り出した。

「えっ!?なに!?」

「なんだ!?」

見る見る傷が消えていき二人はシュンの指先とお互いの顔を交互に見やり数コマ後空き家中に悲鳴が響いた。

「どどどどう言う事だ!?」

「わわわ分からないよ!!」

二人の目の前で起きた事に混乱しながら状況を把握するために一旦床に腰を下ろしたが、言葉に動揺は隠せないでいる。

「そうだ!もう一度怪我して試してみる!」

「ダメに決まってんだろ!?」

もう一度釘に指を刺そうとするシュンを慌てて制止させたレイルは、そっとシュンの頭に手の平を乗せる。

「本当に魔力があるのか見てみる。少しじっとしていろ」

「わ、分かった」(あ、これあれだ)

漫画でレイルがシンにやっていた、魔力の大きさを感じることができる儀式のようなもの。

レイルが目を瞑り呪文を唱えると、その手の平が淡く光り始める。

数秒後レイルの手は離れていき、シュンはどうだったか窺うためその顔を仰ぎ見たが、レイルは目を見開きシュンを呆然と見ていた。

「...レイル?」

不安になりそう呼べばレイルは一度だけゆっくり瞬きして

「マジかー...」

と今度はショックを受けたように天を仰ぎ眉間を揉んだ。

「え?なになに?なんなの!?」

シュンの不安は膨らみレイルの衣服を掴み、結果を聞こうとグイグイひっぱる。

「あー...結果から言うと、シュンお前...」

「う、うん」

「ちょっと計測不能だわ」

「...うん?」

計測不能?とは、と首を傾げる。

「魔力が強すぎる。しかも成長中だ」

「成長、するの?」

「あぁ。制御の仕方を覚えねぇとそのうち暴走するぞ」

「暴走すると、どうなるの?」

ゴクリと唾を飲み良い予感はしないが回答は気になる。

レイルは頭をバリバリと掻きながら、短く説明した。

魔力の暴走、それは強い魔力に耐えられず体が崩壊してしまう事。

つまり、制御できなければ死ぬ。

「ど!どどどどどうしよう!?」

「落ち着け。直ぐにどうと言うことはない」

「でもでも!ほっといたら死んじゃうんだよね!?」

体をズイズイ乗り出すシュンの必死の剣幕に若干引きつつも、レイルは落ち着かせるように頭を撫でてやる。

「俺が制御の仕方や魔法を教えてやる。だから、落ち着け」

「!」

そうだ、レイルは貧乏で見窄らしい恰好だがお城に仕えていた大魔法使いなのだ。

自分が魔法を使える展開など予想だにしていなかったため、魔法を教わると言う発想がなかった。

「よよよよよろしくお願いします!!!」

壊れた人形のようにコクコクと頭を上下させていると、止めろ、と頭を撫でていた手で押さえつけられてしまった。


空き家で収穫した物を持ち帰り、翌日から早速魔法の制御を訓練する事になった。

先ずは魔力を感じ取れるようになり、それを体内で血液のように循環させるイメージをする、のだが、シュンは肝心の魔力を感じ取る事が出来ないでいた。

レイルが言うには体内を静かに水が流れているような感覚らしい。

しかし一向に感じ取れず、レイルは逡巡し、シュンの頭に手を翳した。

「一瞬だけ俺の魔力を流し込むからその一瞬で感覚を掴め」

と翳した手の平からレイルの魔力を流した。

それは本当にほんの一瞬で、僅かにサラサラと流れる小川の様な感覚が全身を巡った。

シュンははっとし、目を瞑り今感じた感覚を忘れないうちに体内に再現しようと小川をイメージする。

すると緩やかに流れる川に浸かっているかの様にサァ...と全身に魔力が巡った。

「これだ!」

とカッ!と目を見開くとそれは直ぐに分散してしまった。

途轍もない集中力が必要なのだと理解した。

「それが無意識にできるようになれば魔力の暴走の心配は無い」

「無意識...」

集中力など無い自分にできるのか?と若干不安になるが、レイルは無意識に出来なくとも日に数時間、途切れ途切れでもできれば問題ないと言ってくれた。

しかしそれでは習慣付けなくては、二、三日うっかり忘れた日にはお陀仏となるという。

それなら無意識にできるようになっていた方が安全ではないかと、シュンはちゃんと訓練しよう、と気合を入れるのであった。

一先ず朝晩それぞれ五分間できるようになったら六分、七分と少しずつ時間を増やすことにした。

同時進行で魔法の訓練も開始する。

初めは、簡単な水や火を出現させる魔法である。

水や火と言っても、“ウォーターなんちゃら!”や“ファイヤーなんちゃら!”ではなく洗面器に水を溜めるとか、竃に火を着けるとかそんな些細な魔法だ。

そう言った些細な魔法を応用することで“ウォーターなんちゃら!”や“ファイヤーなんちゃら!”が使えるようになるのだ。

ちなみに風を利用し物を浮かべる事が出来る様になると、それを応用し自分が空を飛べるようにもなる。

それを聞いたシュンは俄然やる気だ。

なぜならば、箒に跨り空を飛べたら誰もが一度は夢見る某魔女を再現できるのだ。やるしかないの一点である。

風を操るのは中々難しいとの事で、初めはやはり火と水の魔法から始まった。

レイルの持ち物である魔法陣の本を与えられ、言われた魔法陣をひたすら眺め書き写し正確に覚えると同時に、魔法陣に書かれた意味を理解する。

円は自分の体内から外へと魔力を放出するための出口。

五芒星や六芒星などの星の形は使う魔法の難易度。

角が少ない程難易度は低く、最上級魔法ともなると角が十以上あるものもあると言う。

最早星ではないと内心突っ込むが、自分では覚えられないだろう、とシュンは頭の隅においやる。

火を表す三角、水を表す逆三角、風は空気を表す三角に横線、土は逆三角に横線と三角一つにも様々な意味が込められている。

レイル曰く、「まぁ意味は覚えなくとも支障はないが、基礎を覚えておけば応用で役に立つし、興味が湧けば自分で魔法を作ることもできる」と言うことらしい。

自分で魔法を作るってなにそれ凄い。

集中力の無いシュンが集中力を発揮する時、それはいつも決まっている。

興味が湧いた時である。

漫画で出てきた大好きなキャラクターの名前が50文字を超える長いものや、錬金術師が使う錬成陣など真似したいが為に覚える。側から見れば実にくだらない事に集中できてしまう。

そして今回もその、空を飛びたい、魔法を作りたいと言う願望の為に集中力が発揮された。

毎日続ければ飽きてくると思うが10日経った今でもシュンは飽きることなく魔力の制御と魔法の訓練に勤しんでいる。

レイルとしては高々4歳そこらの幼女らしからぬ集中力を持つシュンに違和感しかないが、これはチャンスでは無いかとも思った。


自分を城から追いやった神官とその国王に復讐する為の協力者に、目の前の少女がなりえるのではと思ったのだ。

まだ幼い少女に自分が親だと刷り込み、国や神官に憎しみを持つ様に仕向けるのだ。


そんなドス黒い感情がレイルの心を支配しようとした時、

「できた!」

と嬉しそうにレイルに屈託の無い笑顔を向けるシュン。

シュンの目の前に置かれたペンはフワフワと浮かんでいた。

「ほう。中々なものだ」

訓練開始から三日目で水を洗面器に溜め、マッチに火を着けた。

五日目には浴槽にお湯が張られ、暖炉に炎を灯したのだ。

八日目は十センチ程の動きはしないが土人形を作り、そして今日はペンを浮かせた。

魔力の多さもさることながら、魔法のセンスも申し分無い。いや、天才と言っていい。

できたことに純粋に喜ぶ少女の笑顔に先ほどまでの黒い感情は粉砕されていた。

自分もそうであった。

魔力があると知り、魔法を一つ、また一つと出来るようになる事がとても嬉しかった。

魔力のある者はそう多くなく、将来は約束されたも同然であったし、実際に国の魔導師となったのだ。

しかし、最上級魔導師の神官に蹴落とされたのだ。

神官の座を奪われまいとした上司と、その上司の嘘に乗せられた国王に裏切られたのである。

再び渦巻きそうになる黒い感情。

それを抑えるかの様に

「レイル先生!見て!」

と空中でペンをクルクル回し喜ぶシュンに冷静になる。


この子を自分の様にしてはならない、と。


普段シュンはレイルと呼ぶが、メリハリをつけるために魔法を教えてもらっている時間は先生と呼ぶ事にしている。

レイルも最初は戸惑っていたが、今ではまんざらでも無い。

名実ともに師弟関係となった。

一月後、まだ魔力の制御に心配はあるが魔法自体は乾いたスポンジが水を吸う様にどんどん吸収していった。

物覚えの良いシュンが面白くレイルもどんどん魔法を教えていく。

二ヶ月後には魔法で家中をピカピカにし、小さな庭には野菜が植えられ、土魔法でどんどん成長を促し野菜だけで言えば、自給自足が成り立っていた。

野菜を買う金額より遥かに安価な種を購入すれば腹一杯に食べることができる。

その様な魔法の使い方をしてこなかった...考えもしなかったレイルには目から鱗であった。

しかし肉や調味料はそうはいかない。

そこでシュンはレイルに大きなマーケットや海に行きたいとねだり始めたのだ。

海はしょっぱい、つまり魔法で水分を飛ばせば塩が大量に手に入り、大きなマーケットに行けば胡椒の木の苗か種が手に入るかもと考えたのだ。

マーケットで庭で育てた野菜を売り、その金で買い物すればいいか、とレイルは了承した。

魔法で身なりを綺麗にし、瞬間移動の魔法で港町のマーケットへと飛んだ。

と言っても、瞬間移動の魔法陣はあまりにも複雑すぎてシュンは未習得なのでレイルに抱えてもらっている状態だ。

「うわー!海ー!!」

シュンのはしゃぎようにレイルは、シュンが初めて海を見たのだろうと微笑ましそうにその姿を見るが、実際は前世で何度も体験済みである。

就職してからは機会が無かったので数年振りと言える海をシュンは堤防から眺めた。

「レイル!見た!?魚が跳ねた!」

「あぁ、そうだな」

行き交う人々から温かい視線を向けられているとは知らず、シュンは「また跳ねた!」とはしゃいでいる。

「シュン、マーケットに行くんだろ?早くしないと日が暮れるぞ」

「は!?そうだ!お買い物お買い物!」

荷物になり得る塩は最後に収集する事にし、二人は親子のように手を繋ぎマーケットへと足を運んだ。

マーケットは人がごった返しているので迷子防止でもあるが、「早く早く!」と父親を急かし引っ張る娘、という親子にしか見えないのを二人は気づいていない。

自宅から持ってきた色とりどりの野菜を買ってくれる人を探し、あまり多くはないが金を入手する事が出来た二人は園芸店へと足を運んだ。

そこは港町というだけあり輸入品である種や苗が所狭しと並んでいた。

胡椒の種はないかと尋ねれば直ぐに出されたそれは、貴重なのだと他より値段は高かった。

しかし所詮は種なので手持ちで十分足りた。

レイルが会計している間に物珍しそうに店内をうろつくシュンはそこで乱雑に放置されたあるものを発見した。

「て、てんさいの苗....だと!?」

数個の苗は所々枯れかかっており、廃棄寸前である。

シュンはその苗を持ち店主に幾らか問うた。

「あぁ、そいつはもう売り物にならないから捨てるつもりだ。欲しかったら三日後に新しいのが入荷するぞ」

「捨てるなら貰ってもいいですか?」

「あぁ、構わんが...そいつはもう育たんぞ?」

店主の怪訝な表情からもう育つ見込みはないのだろう。しかしそれは普通に育てた場合である。

魔法でならばいけるのではないかとシュンは考えたのだ。

捨てる手間が省けると主人は快く枯れかけた苗を譲ってくれた。

そんな枯れた苗を欲しがるシュンに首を傾げるレイル。

上機嫌に店から出たシュンはこれが砂糖の原料になるのだと説明した。

「お前ガキのくせに変なこと知ってるな」

「へ!?」

ドキリとした。

それもそうだ。記憶喪失の4歳程度の子供が知っている知識ではない。

どうしたものかと一瞬悩み、レイルの本棚にあった本のタイトルを思い出した。

「植物大全集って言うのに載ってたの!」

「あぁ...どこかの空き家から拝借したやつか。まだ読んでなかったな」

シュンはその本をぱらぱらと手に取ってみたものの、じっくり読んだわけではない。

その中の1ページに辛うじてテンサイが記載されており、根菜の部分を煮ると甘いとあったのは確かだ。

「だから煮詰めると砂糖になるんじゃないかって思って」

成る程、とレイルは一応納得してくれてシュンはホッと息を吐いた。

因みに読み書きは魔法の本を読むのに必要なので割と序盤で教わっていたりもする。

「まだ少し金が余ってるぞ?何か欲しいものはあるか?」

と問われ直ぐに思い浮かんだのは

「お肉!」

であった。

「...まぁ、別に良いが」

「?」

レイルの予想と違う答えだったのか歯切れが悪い。

「まぁ、何だ...すれ違う女の子たちは可愛いワンピースとか着ているし...」

とそこまで言われてレイルが何を思っているのかすぐに分かった。

以前空き家で服を調達した時に言われた、スカートくらいあれば、と言うやつの続きである。

「洋服で腹は膨れないから要らない」

とキッパリと伝えればレイルは「あ...そう」と居心地悪く返した。

この年頃なんてあっと言う間に成長するのだから服など何でも良いのだ。

今買ったところで半年も着れはしないのだから。

肉屋へ行こう!と張り切って足を動かそうとした時、建物の間で何かが動いたのを視界の端で捉えた。

もしや野良ニャンコか!?もふもふか!?とバッとそちらを向けば幼い少年が崩れ落ちる瞬間だった。

そこでシュンはハッと思い出した。


レイルは港町のマーケットで、闇の魔法で使う材料を調達中にシンを拾うのだ、と。


(もしかしてシンなの!?)

「おい!こら!シュン!?」

そう思ったら無意識に足が駆け出していたシュンをレイルも慌てて追ってきた。

(!!?やっぱり!!)

見間違えるはずなかった。

黒い髪、痩せ細った身体、そして顔の痣。世界を脅かす存在になるとは思えない弱々しいその少年は幼き日のシンであった。

「レイル!男の子が!」

「あぁ!?」

ようやっと息をしている状態の少年シンにレイルは、初めて出会った日のシュンを思い出した。

ちらりと視線をシュンに向けたレイルはいつかのように頭をガリガリとかき、種と苗をシュンに預けるとシンを抱き抱えた。

「シュン、しっかり掴まってろ」

「う、うん!」

瞬間移動の魔法を使うから決して離すなと言うことである。

離したら一人置いてけぼりを食らうのでギュッとレイルの衣服を掴んだ。

それを確認したレイルは魔法を発動し一瞬で自宅へと戻った。

一先ずシュンの部屋にシンを寝かすと、シュンは魔法でシンの身なりを整えた。

そして起きたら直ぐに何か食べられる様にと、自分もレイルに作ってもらった細切れの野菜が入ったスープを作る。

勿論味付けには手を加えた。


ゴン!ガッシャン!バリーン!!


「なに!?」

突如響いた物が破壊される音に驚き思わず肩を震わせ、その音の正体が自分の部屋からだと理解したシュンはシンに何かあったのかと急いで部屋へと走った。

扉の向こうからは焦ったレイルの声が聞こえる。

「レイル!どうしたの!?」

ドアを開けた瞬間、自分を目掛け飛んできたそれに反応出来る訳も無く、ゴンと鈍い音と共に額にクリティカルヒットした。

「シュン!?」

「っ!!」

シュンのベッドの上では手負いの獣の様に敵意剥き出しのシンが、突然現れ、更には自分がレイルに向かって投げた、土でできた人形を自分より幼い少女の顔面にぶつけてしまった事に酷く狼狽していた。

「ふきゅ〜...」

と不思議な声と共に気を失ってしまったシュンを見て、レイルは子供だと手加減したシンに対し怒りを向けた。

「このクソガキが!」

レイルがパチンと指を鳴らすとシュンに当たった土人形がマッハとも言えるスピードでシンの鳩尾にヒットした。

「ぐぅ...ゲホッ!」

それでもまだ立ち上がる根性を見せるシンではあるが、シュンを早く診なければと、もう一度指を鳴らしシンをベッドシーツで硬く固定して床へと転がした。

「シュン!大丈夫か!?」

シンを放置しシュンの怪我の具合を診ようと額に視線をやると、大きなコブに痣ができており、僅かに切ったのか血も流れていた。

レイルは魔法で傷を癒すとシュンを抱き抱えて、机の足がおれ、窓が破られシュンの私物が散乱した状態の部屋へと足を踏み入れベッドへと寝かせた。

床に転がり、尚自分を睨みつけるシンをレイルは睨み返した。

「お前を助けた女の子に傷を負わすとはな」

「頼んでない」

ようやく発した言葉は生意気なもので、シュンを傷つけられ苛立ったレイルをさらにイラつかせるには多大なる効果を発揮させた。

「クソガキが」

締め上げてやろうかとも思ったが、こんな弱った子供直ぐに野垂れ死ぬと思い、シーツを剥がし

「とっととうせろ」

と冷たく言い放った。

「...言われなくとも」

先程の勢いは何処へやら、シンは覚束ない足取りで部屋を後にした。

それから数分としないうちにシュンは目を覚まし、レイルはホッと息を吐いた。

「あれ?し...あの男の子は?」

知らないはずのシンの名前を呼びそうになり慌てて言い換えた事にレイルは気付かず

「出て行った」

と気まずそうに言った。

「え!?あんな状態で!?危ないよ!死んじゃうよ!」

レイルもそんなことは分かっている。

寧ろシュンの居ないところでのたれ死んでくれと、追い出したのだ。

シュンはシンがあの状態ならまだそんなに遠くへ行っていないはずだと部屋を飛び出そうとしたが、レイルに腕を取られ止められた。

「アレは危険だ。お前も物を投げられ頭に当たって気を失ったんだぞ」

「私は大丈夫だよ!レイルが治してくれたんでしょう?流石先生だね!」

満面の笑みでまるで気にしていない様子に、レイルは溜息を吐いてその腕を離した。

「ありがとう!」

捜す許可が下り、シュンは部屋を後にしたのだが数秒もしないうちに再び部屋へと戻ってきた。

「どうした?捜さないのか?」

と首をかしげると

「あのね、」

とシュンは苦笑い気味で廊下を指した。

「そこに倒れてる」

と。

「...」

部屋から二メートルも離れていない所でシンは気を失っていたのであった。

「ハァーーーーーーーーー」

レイルは長い溜息の後、仕方なくシンをベッドへと運んだ。ただし今度は使っていない空き部屋でしかも埃まみれのベッドである。

レイルに大人気ないなぁ、と苦笑いを向ければ、シュンの考えを読み取ったのか気まずそうに目を逸らした。

シュンの部屋は魔法でいつもの部屋へと戻され、はじめて魔法で作った土人形も机へと飾られた。

次にシンが目を覚ましたら暴れない様に縛りの魔法で身動き取れなくしてやる、と看病と言う名の見張りをレイルは引き受けたのであった。


日も沈み辺りが暗くなると、シュンはランタンとレイルの夕食を持って現れた。

シンは魘されている様で時折呻き声を上げている。

レイルがサイドテーブルで夕食を取りはじめたのを確認し、シュンはそっとシンの顔を覗き込んだ。

目は固く閉じられ、眉間にこれでもかと皺がより、額には汗が滲んでいる。

「...」

シンはこのままでは21歳で実の弟、アスベルに殺されてしまうのだ。

こんなに痩せ細って今にも死んでしまいそうであるが、将来闇の魔法使いとなり、両親を殺しアスベルに兄とは知らず憎まれてしまう。

物心つく前より、痣が気持ち悪いと言われ罵られ続けたシンとは違い可愛がられて育ったアスベルにとってはいい両親であったのだ。

シンはアスベルの憎しみを一身に受け、殺される覚悟をするのだが、レイルを始めとしたシンに救われたエクシャ、マール、ニノはアスベルを止めようと旅の途中に何度も闘いを仕掛ける。

アスベルにも闇の魔法使い討伐隊と言う名目で仲間がいるのだが、正直シン達の足元にも及ばないのである。

しかし、アスベルを殺してしまうとシンが悲しむ事を知っていたため、常に非情になることが出来ずに今一歩の所で毎回敗退してしまうのだ。

(シンが両親を殺してしまうのは確か20歳の時。後10年もあるんだから何とか考えが変わる様に仕向けないと...)

「う、」

「!」

シンが気がついたのかと顔を覗き込むが瞼は閉じられたままで開く様子は無い。

「う、ぅぅ...な、ぜ...」

うなされている様で、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「と、さま...かあ...さ...ま」

「!?」

“なぜ?父様、母様”

シン自身理由は理解しているのだが、やはり実の両親に命を狙われたなど思いたくはないのだ。

「...大丈夫だよ...」

流れた涙をすくい、そっと頭を撫でた。

しばらくそうしていると眉間の皺がとれ、呻き声も無くなった。

それでもシュンはレイルの食事が済み、部屋から追い出されるまでそうしていた。


「レイル...」

「また暴れ出そうとしたから仕方なくだ」

翌朝シンは目を覚ましたのだが、レイルが視界に入った途端また暴れようとしたのでレイルが魔法でシーツを巻きつけたのだった。

また物を投げつけられても危ないので仕方ないかとベッドサイドのテーブルにスープを置いた。

「おはよう。スープは飲めそう?」

そう尋ねてもシンは鋭い目つきで睨むばかりだ。

「そう。自分じゃ無理か」

シンに反してニッコリと笑ったシュンは、シンが身動き取れない事を良いことに、無理矢理顎を掴みスプーンですくったスープを口の中に突っ込んだ。

「むぐっ!?」

咄嗟に吐き出そうとするシンであるが、口を押さえつけられ、更には鼻まで摘まれ窒息しかけ漸く口の中のスープを飲み下した。

「はい、次行くよ」

「は!?」

抵抗は許さんと言わんばかりに同じようにまたスープをすくったスプーンを口に突っ込んだ。

「...こわ...」

可愛くにこやかに笑っている4歳児の行動とは思えない強行策にレイルの顔も引きつっている。

その攻防はスープが無くなるまで続き、皿が空になる頃にはシンはぐったりしていた。

「体力が回復するまで朝昼晩続けるので自分で食べられるようになったら教えてね」

と実に清々しい笑顔で言ってのける少女に、シンは若干の恐怖すら覚えた。

「あと暴れないでね。そんな事に体力使ってるといつまで経っても回復しないから」

最後までニコニコとした笑顔で皿を片していったシュンに対し、恐怖と怯えの混じった声で

「...なんだ...あいつ...」

とシンはポロリと零した。

「...お前が昨日怪我させた相手だ」

わざと棘のある言い方をし、レイルはシンの注意を自分に向けると、レイルの言葉にシンは気まずそうに俯いた。

「...何で、助けた?」

この数週間、両親の命令で自国の兵士たちに命を狙われ続けた。

顔の痣のせいで国民の前に出る事のなかったシンの顔は誰にも周知されておらず、王子だと言っても信じるものは居ない。

更には国に害をなす存在として、たった10歳のシンに懸賞金がかけられたのだ。

他人に助けを求めても自分に危害が及ぶやもと素知らぬ顔をされ、はたまた懸賞金目当てで突き出されそうになったのを命からがら逃げ延び、隣国にまでやってきたのだ。

それらの経緯があり、そこでも他人は信用できずにようやっとの暮らしをしてきたがついに力尽きたのだ。

「お前を見つけたのはシュン...さっきの女の子だ。あいつも行き倒れてるところを俺が助けた。自分と重なってほっとけなかったんだろ」

「...」

懸賞金がかけられている自分を売ったりしていないのだろうかと不安になるが、一晩経っても役人が来る気配は無い。

昨日のうちに通報されていてもおかしくない状況である。

「おい」

「あぁ?」

「ちっ...躾のなってねぇガキだな。...もう暴れないなら解いてやる。だが暴れたら今度はロープで首から下はグルグル巻きだからな。あと逃げるなよ?出て行くときはしっかりと体力が戻ってからだ。じゃねぇとシュンがまた心配するからな」

「...分かった...」

拘束を解くと言うことは、一先ず信用して良いのだろうと考えシーツが取り払われても大人しくベッドへと倒れ込んだ。


昼食時に、シンが自分で食べるとシュンに告げると、非常につまらなそうにスープをよそった皿を手渡された。

今朝は気付かなかったが、中々に美味いスープだとシンは思った。

暫くまともな物を口にしていなかった所為もあるだろうが、それでも美味しいと感じた。

久しぶりに人心地ついた気がする。

「お代わりあるよ?」

ぼんやりと空になった皿を見つめていれば、横からそんな声が聞こえた。

「...俺を助けてもなんのメリットもないぞ」

と幼女に言ったところで理解しないだろうがと吐き捨てる。

「メリットならあるよ」

「!」

シュンの返しにシンは驚き視線を皿からシュンの顔に移した。

「あなたがちゃんと生きてるって安心できるよ」

見つけてしまったが故の責任と自己満足でしかないけどね、と笑うシュン。

シュンの言葉が果たして本音なのか、何か裏があるのか読めないシンはマジマジとシュンの顔を見る。

「そうだ。名前教えて?私シュンていうの。こっちのお兄さんはレイルだよ」

何勝手に教えてるんだと軽くシュンを睨むレイルだが、シュンはヘラリと笑って流す。

「...」

シンは暫く考える素振りを見せたのち短く「シンだ」と答えてくれた。

「宜しくね!シン!」

「ふん」

宜しくするつもりは無いのか、シンはシュンから視線を逸らし窓の外へと向けるのだった。


塩は入手し損ねたが多少は有るし、胡椒は魔法で一気に成長させ、ゲットすることができた。

更にテンサイから砂糖も作ることができ、この調子で調味料を増やすぞ、と意気込むシュン。

「あんなガキ助けてどうするんだ?」

シンが暴れないと分かったレイルは遅めの昼食をシュンとリビングでとっていた。

「どうもしないよ。レイルだって私を助けてくれたじゃない?どうかするつもりだったの?」

と、逆に問えば「いや、別に...」と言葉を濁した。

レイルも深く考えず、ただ少女を見捨てることが出来なかっただけなのだ。

漫画では悪役であったが、本来国や国民のためにと国の魔導師になった善良な人間だったのだ。

今は多少捻くれてしまったが根っこは然して変わっていない。

それを漫画を読んで知っていたシュンは、本気でレイルがシンを追い出そうとしない事は分かっている。

「そういう事だよ」

と言えば、諦めたようにレイルは溜息を吐いたのだった。




シンがやってきて一週間。

いつか空き家から調達した衣服を渡し、それを身にまとったシンは好き勝手に家の中を歩き回れる程に回復していた。

出て行く気は今の所ないらしい。

シュンがレイルを先生と呼び魔法の訓練をするのを物珍しそうに見ていると、「シンもやる?」とシュンが尋ねた。

「俺に魔力はない」

と素っ気なく答えたが、どれどれとレイルが乱雑にシンの頭に手を置くと、びくりと肩を震わせた。

逃げようとするシンだが、シュンがシンの腕をがっしり掴み動けないようにする。

力の差から簡単に振りほどけるが、シンは未だシュンに怪我をさせた事を気にしていたため、強く出られないでいる。

少ししてレイルが手を離すと目頭を揉みほぐし面倒臭そうに息を吐いた。

「最近のガキはなんなんだ」

「なんなんだよ?」

結果から言えばシンもシュンと同じであったのだ。

このままほっとけば魔力の暴走で死ぬ、という事だ。

「死...」

何もしなければ死ぬというレイルの話に愕然とした。

知り合いに魔法を教えてくれる者など勿論居るわけもなく、それは即ち目の前の男に頼らざるを得ないという事で有る。

シンの表情は見る見る険しくなり、はたから見れば何を考えているのか一目瞭然である。

「一緒にレイル先生に習おう!」

助け舟を出すか、とシュンが誘うがシンの表情は険しくなるばかりだ。

レイルはというと、どちらでも構わないと言った風だ。

教わりたいのならちゃんと自分で頼め、嫌ならシュンの居ないところで勝手に死んでくれ、と思っていた。

「シュンはちゃんと“宜しくお願いします”と礼儀正しく教えを乞うたぞ。歳上のお前にそれができるなら教えてやる。一人も二人も同じだしな」

レイルが未だシンに対し風当たりが強いのは、レイルもまたシュンがシンに怪我をさせられたのを根に持っていたからだ。

まだ謝ってないんだから許してねぇぞ、と態度で表している。

気にしていないのは怪我をした張本人のシュンのみだ。

シンは心底嫌そうに顔をしかめて見せたが、それも一瞬ですぐ様ギラリとした目で「宜しくお願いします」とあっさり言ってのけた。

知り合いに魔法使いが居るようにも見えず、どうせそのうち自分に教えを乞うだろうとレイルも思ってはいたがあまりにも早すぎて

「お、おう...」

と少し戸惑いもあった。

なぜシンがこうもあっさりとレイルに頼んだかというと、シュンも勿論理由は知っている。

復讐という利害の一致である。

シンはレイルから魔法を学び、その力で自分を殺そうとした両親や国への復讐を果たそうとし、レイルは自分より強い力を持つシンを利用し、自分を陥れその地位から追いやった神官と国王への復讐を考えたのだ。

レイルはシュンの力を利用しようと思わなくもないが、あまりに純粋に魔法を楽しむのでそうしきれなかった。

だが、シンに対しては自分と同じ恨む者を持つ目をしていたせいもあり、こいつならばと考えたのであった。


(俺はこいつを利用して復讐を果たしてやる)


(って二人とも考えてるんだろうな)

何も知らないという風を装いニコニコと2人を眺めるシュンは2人の目標を粉砕する算段を考えるのであった。

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