7 冒険の日1
冒険都市ナルガンズは、どの国の支配も受けない自治都市だ。
その成り立ちは、とある冒険者のグループが未開拓地域で半ば地に埋もれた古代の都市型遺跡を発見した事である。
ただその発見が古代都市のみならば、冒険者達は遺跡を探索して宝物を得たら、その存在を国に報告しただろう。
けれどもそこに在った価値ある物は、決して古代都市の宝物のみではなかった。
最初に古代都市に足を踏み入れた冒険者達が驚いたのは、その遺跡内に驚く程に多様な種類の魔物が居た事だ。
通常、この手の遺跡には死霊、アンデッドの類か、ガーディアンとして設置されたゴーレム等が主に出くわす魔物になる。
他には遺跡を住居として利用する知恵のある、ゴブリンやコボルト、オークやオーガ辺りが可能性としてはなくもない。
しかしその古代都市には、魔狼等の魔獣類、狂える精霊達、勿論死霊やゴーレムも居れば、ゴブリンにコボルトにオークにオーガ、果てはトロルまでもが勢揃いしていた。
他にもスライムやゴルゴーン、キマイラにマンティコアと、厄介な魔物や、上級の魔物すらもがうろついて、しかも互いに殺し合っていたのだ。
幾ら何でもこれはおかしいと、冒険者達も思ったのだろう。
彼等はこの事を国に報告せず、信頼のおける仲間、実力ある冒険者のみを密かに集めて、古代都市の攻略に取り掛かった。
その結果発見したのが、合計三つのダンジョンの入り口である。
古代都市内に溢れていた魔物等はこのダンジョンから外に出て、違うダンジョンから出て来た魔物と殺し合っていたのだ。
ダンジョンとは、世界を巡る魔力がぶつかり合ったり、引っ掛かったりする際に出来る澱みから生まれる、迷宮型の巨大な魔物の事をそう呼ぶ。
だが魔物と言っても自ら動いて人を襲う訳ではなく、ダンジョンは他の魔物と、そして宝を生み出す存在だった。
地上に口を開いたダンジョンは、自らの中に宝を生み、それを取りにやって来る人間を魔物に襲わせる。
人間は魔物を倒せば宝を得られ、殺されたならダンジョンの糧となってしまう。
更に長い間放置されたダンジョンからは増え過ぎた魔物が外へと溢れ出す為、大災害の原因となる事もあるのだ。
因みに魔物も倒せず、宝も必要としない場合のダンジョンへの対処は実に単純で、単に入り口を埋めて固めてしまえばそれで良い。
入り口を確りと埋めてしまえば、並の魔物ではダンジョンから這い出して来る事は出来ず、更にダンジョン自体も一年と経たずに何処かに消える。
死んでしまうのか、単に移動するだけなのかは定かでないが、不要なダンジョンは埋めてしまうのが一般的な対処だった。
尤も、宝を生むダンジョンを埋めるなんてもったいない事は、滅多に行われないのだけれども。
さて三つものダンジョンを発見した冒険者達は狂喜する。
ダンジョンが生み出す富は莫大で、国に報告して、その国が所有を宣言したとしても、対価は充分に支払われるだろう。
或いは、貴族位すら与えられる者だって出るかも知れない。
しかしその時、集まった冒険者達の中心人物、最初に古代都市を発見した冒険者グループのリーダーはこう言った。
「これはチャンスだ」
……と。
実力ある冒険者であるリーダーは、これまでも他のダンジョンで得た宝の数割を税として持って行かれたり、発見した魔法の武器を強引に買い取られたりした経験があった。
過剰な力を持つ武器は国が管理すべきだとの言い分も、まあ尤もである事はわかる。
だが頭で理解するのと感情が納得するのは全くの別で、リーダーは冒険者が不当に搾取されない場所を作りたいと、その時集まった仲間達に語ったのだ。
その場に集まった冒険者の多くは大なり小なりに多様な経験をしていたので、リーダーの話に共感したのだろう。
団結した冒険者達は、三つものダンジョンから出る宝を餌に、多くの冒険者と商人を集め、遺跡となっていた古代都市を整備して、冒険都市ナルガンズを作り上げた。
今現在、ナルガンズ内では冒険者達が税を取られる事はない。
ダンジョン内から得た宝や、魔物の素材を目当てに集まった商人や、冒険者の落とす金を目当てに行われる商売、酒場や宿や娼館や鍛冶屋や武器屋、防具屋に道具屋辺りからの税金で町の運営は賄われている。
と言ってもそれも決して法外な額ではなく、商人達の利益は充分以上に確保されていた。
ただ冒険者達にも唯一つだけ義務があり、それは冒険都市ナルガンズを荒らす者、定められた法を犯す者や、攻め込もうとする周辺国に対しては、一致団結して立ち向かう事だ。
要するに冒険者の居場所は冒険者が自分で守るのが、冒険都市ナルガンズの理念である。
……とまぁ、ナルガンズの説明が長くなってしまったけれど、僕は週に一回、この冒険都市で冒険者としての活動をしていた。
「じゃあ何時も通り夜に迎えに来るからの」
そう言って、町の外れまで僕を連れて来てくれた爺ちゃんの姿は消えてしまう。
一応僕も遠距離への転移魔術は使えるが、爺ちゃんのそれは移動可能距離が段違いだ。
遠距離の転移魔術は距離が遠くなればなるほど、術の発動に必要な魔力が増え、術の制御も困難になる。
僕が転移魔術を使っても、町から町、或いは小国なら端から端までの移動が、魔力は兎も角として術の制御が精一杯だった。
でも爺ちゃんはその十倍以上、大国を幾つも跨ぐ距離の転移を軽々とこなす。
だからこそ、広大な魔の森の中央からたった一度の転移で望む場所へとやって来れるのだろう。
何時かは僕も、あんな風に軽々と大魔術をこなせるようになるだろうか?
「やっぱり骨になるまで魔術に励まないと無理かなぁ……」
大魔術を操る自分も、骨になって魔術の研鑽に励む自分も、今は想像すら出来ないが。
まぁ兎に角、今は目の前の事をこなそう。
僕は懐から自分の冒険者としての証明を取り出して門番に見せ、門を潜って町の中央、冒険者組合の本部を目指した。