62 僕の戦い5
攻め手を率いていたリーダーであるガーネロットを失っても、魔族達は館への攻撃を諦めなかった。
或いはそれは、罠にはまって分断されたとしてもガーネロットなら無事に切り抜けるだろうとの魔族達の信頼かも知れないが、彼等は先に進む事を選択する。
でもその選択は、覚悟を決めて前に進む魔族達には悪いが、間違いだと言わざるを得ない。
だって魔族の部隊は、本格的に館を調べる前から既に半壊してるのだ。
確かに館の中には、外の様に大量のゴーレムを並べるスペースなんてないけれど、その分罠の数や工夫は外とは比較にならない程に揃えているし、練ってもいる。
故に魔族達が先に進んだ結果は、もう火を見るよりも明らかだった。
実の所、僕は攻め寄せて来ている魔族の一人、ザックイハを高く評価している。
以前に彼と遭遇した時は、僕は目的こそ達成したものの、戦い自体は完全に敗北していた。
そしてそれ以降、再戦に備えて技を磨いて対抗策を練り……、訓練相手である爺ちゃんの召喚獣を除けば、これ程にどうやって戦うべきかを考え抜いた敵は居ない。
だから何となく、そう、本当に何となくなのだけれども、僕は思い込んで居たのだ。
館には多くの罠があるけれど、ザックイハだけはその罠では殺されずに切り抜ける。
最終的には、僕がこの手でザックイハと決着を付ける事になるだろう……、なんて風に。
だがどうやら、それは果たされない妄想だったらしい。
「若君、決着ですね」
僕の腕の中で、爺ちゃんの召喚獣であるクーデリアの生首が、遠見の水晶球を見ながらそんな風に言い放つ。
魔族達は、大分と健闘したと思う。
ザックイハと長い曲刀の剣士を中心に、下手に手分けをして探索しようとはせず、かと言って安易に大勢でも動かずに、前を進み罠を処理する前衛、万一前衛が罠にはまっても巻き込まれ無い位置から支援を行う中衛、更に距離を置いて後方の警戒を行う後衛に分かれ、堅実に館を攻略しようとしていた。
僕は参加した事がないけれど、大規模なチームが時間を掛けてダンジョンに挑む際には、そんな風な構成で攻略を行うと聞いた事がある。
そんなやり方に倣う程、今の魔族達はこの館を警戒しているのだ。
けれども残念ながら、そのやり方もこの館には通用しない。
何故ならこの館に仕掛けられた罠には、ダンジョンの様に感圧等の方法で侵入者を探知して発動する物じゃなく、遠見の水晶球で目視した僕の意思で発動する物が多く混じっているからだ。
故に前衛が罠の位置を通り過ぎた後、中衛を狙って作動させるなんて真似も出来てしまう。
少しでも強い戦力を残す為、ザックイハと長い曲刀の剣士を庇って魔族の下級兵は次々と数を減らして行く。
そうして数を減らしながら彼等が辿り着いたのは、館の深層部に近い大きな部屋だった。
部屋の守護者は大きな両手剣を手にした首なしの鎧騎士。
ダンジョンに例えて言うならば、ゲートキーパーの役割を背負ってこの部屋を守る、クーデリアの身体である。
真っ当な戦いなら負けはしないと、クーデリアに挑む魔族達。
しかしクーデリアはあの爺ちゃんの召喚獣だ。
並のゲートキーパーとは訳が違う。
それにクーデリアの弱点である頭部は、あの部屋でなく僕の腕の中に在る。
クーデリアにとって弱点の消失は、遠見の水晶球を通した、俯瞰的な視界で戦わねばならないデメリットを遥かに上回るメリットらしい。
普段は片手で扱っている大剣を、両手で握ったクーデリアの斬撃は、魔族の中でも高い技量を誇る筈のザックイハと剣士をも寄せ付けなかった。
そしてクーデリアの頭があの部屋でなく、僕の腕の中に在る事には、彼女が両手で武器を握って弱点を気にせず戦えるって他に、もう一つ大きな意味があるのだ。
まず最初に、その異変が現れたのは長い曲刀を武器とする、魔族の剣士。
先程振るった一撃が、自らが思い描いた軌跡からずれた事を不審に思ったのか眉を顰めた次の瞬間、彼の膝は力を失い崩れ落ちてしまう。
ザックイハは仲間の姿に何が起きたのかを察し、慌てて口元を覆い隠すが、でも今頃気付いても既に遅い。
アレだけ派手に動き回って戦えば、少しずつ部屋に散布された無味無臭無色の毒を、既にたっぷりと吸い込んでいる。
先に剣士が倒れたにも関わらずザックイハが動けている理由は、恐らく暗殺者である彼は毒への抵抗訓練を行って耐性を身に付けているのだろう。
だがばら撒かれた毒は一種類じゃなく複数だ。
それも魔の森の深層部で採取した毒物を加工した物ばかりだから、その効果は折り紙付きだった。
そう、もしもクーデリアの頭部があの部屋にあれば、デュラハンであるクーデリアにすら影響のある毒すらその中には混じってる。
だからこそクーデリアの頭部は僕が抱え、遠見の水晶球を使用して視界を確保しており、やがてはザックイハにも毒の効果はあらわれて……。
クーデリアの生首は、僕に向かって勝利を告げたのだ。
大きく、大きく息を吐く。
胸の内にこみあげた吐き気を身体の外に追い出す様に。
……別に攻め寄せて来た魔族を殲滅、否、虐殺した事に後悔がある訳じゃない。
いつの日にか人間をやめてそれ以上の何かになろうって考えるような魔術師に、まともな倫理観なんてないのだから。
ただ、あそこに居たのが自分だったらと、そんな風に思ってしまっただけだ。
攻め寄せて来た魔族達は、きっと誰一人として弱くはなかっただろう。
中にはガーネロットの様に、僕より強い者すら居た。
けれどもその須らくが骸となって転がっている。
あぁ、ガーネロットはもしかすればまだ生きて居るかもしれないが、だからと言って大差はない。
では彼等は何が足りずに死んだのか。
死んで行った魔族達を見て、僕はそれを視野の広さだと思う。
そしてそれは、きっと僕にも足りない物なのだろう。
魔族達は種としての強者に生まれたが故に、爺ちゃんの様な超越者以外をまともに敵として見ていなかった。
だから爺ちゃんが不在と言うだけでその棲み処に踏み込み、こうして骸になったのだ。
僕も、多少は外の世界に出て行きはしても、基本的にはこの森で、爺ちゃんの背中だけを見て追い続けてる。
視野の狭さと言う意味では、僕も骸になった魔族達と、そう大きくは変わらない。
ならば何時か、運が悪ければ僕もこうして彼等と同じ様に骸を晒す事になるのだろうか。
勿論、考えすぎと言えば考えすぎであろう。
あまりに多くの数の命を奪ったから、少し感傷的になっているのもある。
でも僕はこの時、はっきりと心の中で未来を決めた。
館を、魔の森を、爺ちゃんの庇護の下を、離れて世界を旅しようと。
この大陸だけじゃなく別の大陸も、素晴らしい物も怖い物も下らない物も、余さずこの目で見て識るのだ。
ここ一年程は魔族と関わり戦って、僕は色々な経験を得たが、爺ちゃんが魔将を倒せば魔族との因縁も恐らく落ち着くだろう。
変な言い方で、嫌な言い方かもしれないが、もう魔族達がやって来て、僕の成長の糧となる事は多分ない。
だったら自分から糧を得る為に外の世界を見て回るのは、僕の高い目標に手を届かせる為にはきっと必要な筈だった。
と言っても、別に今すぐ館を出るって訳じゃない。
爺ちゃんの帰りを待って、それから僕が誕生日を迎えて16歳、一人前とされる年になるまではここに居る。
その間は、爺ちゃんから与えられる愛情に目一杯に甘えよう。
広い世界に羽ばたく力を蓄える為にも。
心の内を定めれば、吐き気は何時しか治まっていた。
僕は腕の中の生首、何も言わずに僕を待っててくれた、幼い頃からずっと面倒を見てくれていた爺ちゃんの召喚獣を抱え直す。
「……さぁ、後片付け、しようか。このままだと帰って来た爺ちゃんを出迎えれないしね」




