59 僕の戦い2
爺ちゃんが西の大陸に向かってから五日間は何事も起きず時間が過ぎた。
僕はその間、何時もと然して変わらぬ生活を送っている。
雑用や虹の相手をして、爺ちゃんが置いて行った課題と訓練をこなす。
……普段と違うのは、爺ちゃんが居ないから食事の準備も自分でしてる事位だろうか。
準備はしているけれど、実際に魔族が何時攻めて来るかはわからない。
もしかしたら僕や爺ちゃんが彼等を過大評価しているだけで、実際には爺ちゃんの不在を察知してない可能性だってある。
攻めて来ないなら攻めて来ないで、それは別に構わなかった。
爺ちゃんが夜の王との共闘を終えて帰ってくれば、館の守りは再び万全となり、魔将を失った魔族の勢いは大きく減じるだろう。
少しばかり肩透かしではあるけれど、そうなってくれても損は一つもしないのだ。
だが六日目、僕は庭から空を眺めて思う。
やはり魔族は、僕や爺ちゃんの思う通りに優秀らしい。
空に浮かぶ小さな影。
けれどもそれは、鳥ではなかった。
魔の森の魔物達が縄張りとする高度よりもずっと高い場所を飛んでいるから小さく見えるだけで、実際にはそれなりの大きさがある。
空に浮かぶあの影は恐らくグリフォンだろう。
グリフォンは鷲獅子とも呼ばれる、鷲の上半身と獅子の下半身を持つ魔物だ。
この魔物と召喚契約を結んだり、雛から育てて手懐ければ、その背に騎乗出来る事で良く知られていた。
グリフォンの背を許された者、グリフォンライダーは貴重だけれど、物凄く珍しい存在って訳ではない。
何せ雛の頃から、キチンとした飼育法で育てたならばグリフォンは人に懐くのだ。
とある国などは『魔物使い協会』から、グリフォンの雛や卵を買い上げて育て、グリフォンライダーの部隊すら有してると言う。
しかし魔の森の上空を飛べるグリフォンライダーとなると、全く話は別である。
乗り手が特別で補助魔術を扱うのか、乗騎が上位種なのか、或いはその両方か。
何れにせよあの高さを飛べるグリフォンライダーはそうそう居るものではなかった。
このタイミングでそんな物が上空を飛ぶならば、まず間違いなく魔族の斥候と考えて良い。
仮に何処かの国が凄腕のグリフォンライダーを抱えていたとしても、そんな貴重な存在に魔の森の上空を飛行させるなんて危険な真似はしないから。
どうやら魔族は爺ちゃんの不在を何らかの手段で感知し、その真偽の確認と更なる情報を得る為にああやって上空から館を観察しているのだろう。
多少目障りなので出来れば叩き落としてしまいたいが、向こうは万一爺ちゃんが居ても逃げれる様にとあんな高度から覗いているのだ。
僕が手出しをした所で、手の内の幾つかを晒すだけに終わりかねない。
それに慌てる必要は何も無かった。
奴等が爺ちゃんの不在を確信すれば、数日のうちに戦力を整えて乗り込んで来るだろう。
それを待ち、館に引き込んでから相手をすれば、もう逃げる事は不可能だ。
爺ちゃんと一緒に魔族でも避けれない様な罠を追加したこの館は、並のダンジョンでは及びもつかない位に防衛能力と殺意が高い。
以前に挑んだグランザースの王宮よりも遥かに防御が硬いので、僕なら依頼されたってお断りだけれども、魔族達にはこの館に挑まないと言う選択肢は恐らく存在しないから。
僅かばかりの哀れみを感じなくもないけれど、僕は彼等を待ち受ける。
そして魔族達が館に襲撃を掛けて来たのは、僕が空飛ぶグリフォンを目撃してから三日後の夜であった。
真夜中、僕は防衛機能の一つである感知の結界が作動した事で目を覚ます。
と言っても爺ちゃんの仕掛けた感知の結界は二種類あり、一つはごく単純にこの館の周囲、爺ちゃんの領域内に許可なく侵入した者が居た際に働く結界。
もう一つは、この館から徒歩で一日程の範囲内に、何者かが転移で移動して来た際に感知して報せる物だ。
そして今回作動したのは後者だった。
位置は館から北に徒歩で半日程行った場所で、人数は約五十名。
結構な団体での出現なので森の魔物も騒ぐだろうが、人なら兎も角相手は魔族である。
恐らく魔物が動き出す前に森を走破し、一時間か二時間もすれば館に攻め込んで来るだろう。
だったら彼等を手荒に歓迎するのが、爺ちゃんの代理として館の責任者となった僕の仕事だ。
僕は漏れる欠伸を噛み殺し、ベッドを這い出て大きく一つ伸びをした。




