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58 僕の戦い1



 夜の王、爺ちゃんに魔族との共闘を持ち掛けて来たもう一人のノーライフキングが帰ってから、二ヶ月が経った。

 僕と爺ちゃんは魔族の襲撃に対する備えを行う。

 まずは当然館の防衛機能を十全に使える様に管理者として僕を登録する。

 その上で防衛計画を練り、その為に必要な機能を更に追加して行く。


 爺ちゃんと共に魔将との戦いに行く召喚獣、防衛の為に残す召喚獣も決めねばならない。

 幾らもう一人のノーライフキング、夜の王と共闘するとは言え、爺ちゃんが戦う相手は魔将だった。

 魔将は魔王の欠片、地上に最後まで残った神の力を宿す相手なのだから、確実を期す為に出来る限り多くの戦力を連れて行く必要はある。

 しかし館に封印してある魔王の欠片を魔族に奪われれば、新たな魔将が誕生してしまう。

 すると今回の攻撃が、無意味とまでは言わなくても大きく意義を薄れさせてしまうのだ。


 なので留守番をする僕の責任も結構重大であった。

 と言っても実の所、僕はそんなに防衛戦に関しての心配はしていない。

 何故なら、待ち構える事に於いて最大の力を発揮するのが魔術師だからだ。


 夜の王がくれた情報には、この大陸で動いているだろう魔族の事も含まれていたから、攻め寄せて来るであろう戦力もおおよその見当は付く。

 当然それをそのまま鵜呑みにする訳ではないけれど、特に注意を払うべき相手をあらかじめ知れるなら、対策も事前に準備が可能である。

 特に注意を払うべき相手は、この大陸で活動する魔族のリーダーである上級兵、ガーネロット・ジーグァ・サラーシェ・マサラマ。

 以前に森の東の主に傷を付けて暴走させた実力者であり、もし魔王の欠片が奪われた際の魔将候補なんだとか。

 凄腕の剣士であり熟練の魔術師でもあるガーネロットは、魔の森の深部までやって来た事があるから、多分魔族達が攻め寄せる際は彼女の転移魔術で館の近くまで来るだろう。


 次点は最近中級兵から上級兵に上がったらしいザックイハ・ミュートツシガ・ジェロマーニャ・ヴァーミット。

 暗殺者にして紋様魔法の使い手だ。

 彼の実力は僕が身をもって知っているが、前回の仕事に失敗した筈なのに上級兵へと昇格している辺り、或いは別の能力を習得した可能性もある。


 他には中級兵が二人いて、一人は魔術は全く扱えないが、剣の腕はガーネロットに匹敵するとされる剣士。

 そしてもう一人が、死者を操る死霊魔法と呪術の使い手だそうだ。

 下級兵も五十名ほど居るそうだが、……思ったよりもずっと魔族の数は少ない。

 あぁ、多分魔王復活派は、強者としての奢りを捨てられない魔族達は、本当に追い詰められているのだろう。

 その数倍が攻めて来ても寄せ付けないだけの準備はしているけれど、実際には想定を越える数が来る事はまずないと思われた。



 夜の王と合流する為に西の大陸へと向かう日、爺ちゃんは僕に手を伸ばし、少し迷ってから肩に置く。

「ラビよ、後は任せるからの」

 そんな風に言う爺ちゃんは、頭を撫でるか迷ったのだろう。

 僕はどちらでも気にしないのだけれど、子供扱いを避けたらしい。

 こんな時位は、そんな事を気にしなくても良いのにと僕は思う。


 だって爺ちゃんは、今日から最低でも二週間はこの館に帰って来れない。

 西の大陸に渡って夜の王と、彼の配下の精鋭吸血鬼部隊と合流し、そこから更に別の大陸へと移動して、魔王復活派の魔族のアジトへと攻め込むのだ。

 幾ら人間の魔術師では遠く及ばない転移距離を出せる爺ちゃんでも、別の大陸への移動は容易な事では無いし、ましてや少数精鋭であろうとも部隊と行動を共にするなら、時間は掛かって当然だった。


 勿論不安がないと言えば嘘になる。

 ほぼ確実に魔族の襲撃はあるだろうが、そちらは充分な備えをしているからさて置いて、……では何が不安なのかと言えば、そんなにも長い時間爺ちゃんと離れ離れになる事だ。

 物凄く情けない話だとは思うが、本当の意味で爺ちゃんの庇護下から離れた事が殆ど無い。

 何故なら、この大陸の中なら、どこにいようとも爺ちゃんは転移が可能だから。


 物語では、どうしようもない窮地に陥った時、どこからともなく現れて助けてくれる英雄がいる。

 なので本当に窮地に陥った時、来ないとは知りつつも、そんな英雄を思い描きながら『誰か助けて』と乞う人は結構いるらしい。

 僕にとっての爺ちゃんはそんな英雄に近い存在だった。

 但し爺ちゃんは実在して、どんな状況でも実際に現れる可能性があるって点だけが違う。

 魔の森で迷っても、迷宮の奥底で困難に陥ろうとも、爺ちゃんが来ないのはまだ自分で何とか出来る可能性があるからだって思うのだ。


 否、実際にはそうじゃないって事はわかってる。

 爺ちゃんだって万能じゃないし、常に僕を見てる訳でも無い。

 単に爺ちゃんの存在自体を僕が心の支えにしていて、僕が甘えてるってだけの話だろう。

 でもそう、流石の爺ちゃんも別の大陸へと行っていたなら、僕がどんな状況に陥ろうとも決して助けには来れないって事はハッキリとわかる。

 故に僕は何となくの、漠然とした不安を覚えるのだ。


 ……まぁこんな不安を抱えてるって事を誰かに知られれば、そろそろ一人前の大人になるんだから自立しろって言われるだけだし、今回の件がそんな精神的に自立する良い機会なのも確かだった。

「行ってらっしゃい、爺ちゃん」

 だから僕は手を振って、爺ちゃんを送り出す。


 転移魔術で消えてしまった爺ちゃんを見送って、大きく一つ息を吐く。

 さぁ、切り替えよう。

 例え多くの準備はしていても、これから起きるだろう戦いは、間違いなく僕にとっては一つの試練だ。

 心を落ち着かせて、僕自身も万全の状態に仕上げておかなきゃいけない。




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