57 夜を統べる王3
成る程、夜の王が爺ちゃんを訪ねて来た理由は実にわかり易い。
だがそれでも、唯一つだけ疑問が残る。
夜の王はノーライフキングと言う個の力と、ヴァンパイアの国の王であると言う集団の力、軍事力の両方を兼ね備えた存在だ。
なのにそんな夜の王が、更に爺ちゃんの力まで借りようと思う程に、魔将と言うのは強力な存在なのだろうか?
超越者である夜の王が他人を頼るって事に、僕はどうしても内心で首を捻ってしまう。
勿論その疑問は口に出来ないし、顔に出すのだって拙い。
完全に夜の王に対する侮辱となる。
でも爺ちゃんは、そんな疑問を僕が抱いた事を察したのだろう。
「魔王は最後まで地上に残った神だからの。その欠片であっても宿した者は、儂等と言えど決して油断出来ん相手じゃ。共に挑む必要は確かにあろう」
夜の王の申し出に同意する様に頷きながら、僕の疑問に答えてくれる。
まあ正直な所、神の欠片とか言われても話の規模が大きくなっただけで、納得出来たと言うよりは理解を諦めただけなのだが、夜の王が魔将を警戒する理由は一応わかった。
僕と爺ちゃんの間のやり取りに気付いたのだろうか、夜の王が一度チラリとこちらに興味深そうな視線を向けて来たので、心を強くして先程よりも強力な魅了を弾く。
問題なく弾けてるから実際の被害はないけれど、出来ればこちらを見ないで欲しいと、そう思う。
話し合い自体は順調に進んでる。
爺ちゃんも魔王復活を目論む魔族に関してはどうにかしたいと思っていたらしく、夜の王との共闘にも積極的だ。
本当は欠片自体を消し去ってしまうのが一番手っ取り早いのだろうけれど、魔王が神であったなら、その一部であっても扱いは決して容易ではなかった。
欠片を消し去ろうとした結果、他の欠片に力が流れ込んだり、或いは宿った力の暴発でこの大陸が吹き飛んだりと、致命的な事が起きかねない。
世界の外に廃棄した場合も同じで、何が起きるかの想像が全くつかないから、結局は狙って来る魔族に対処する方が安全で現実的だろう。
ただ残念な事に、僕は爺ちゃんと夜の王の共闘には付いて行けない事はハッキリしている。
実力的にも、立場的にもだ。
僕は多分、夜の王が連れている御付きの二人よりは強い。
二人同時に相手をすると苦戦するだろうが、一人ずつなら勝てる確信があった。
しかしだからって爺ちゃんと夜の王が魔将と戦う現場に加われるかって言えばそんな事は決してなく、戦いの余波で確実に死ぬ。
では夜の王の配下、ヴァンパイア達の軍隊に混じって魔族兵と戦うかと言えば、それも真っ平ごめんである。
食欲混じりの視線で見て来る味方に囲まれたくはないし、向こうだって僕に死なれたら爺ちゃんとの関係が悪化するから気を遣う。
要するに僕が付いて行っても、誰も得をしないのだ。
だから僕が付いて行く事を主張し、力を証明する為に御付きの二人と戦うなんて展開はない。
それにもう一つ。
夜の王が討とうとしているのは、自分が魔王にならんとする魔将なのだが、残念な事にこの大陸で活動していた魔族は別派閥である。
そしてそいつ等は何とか爺ちゃんをこの森、つまりは魔王の欠片の封印から引き剥がそうと工作をしていた。
はたしてそいつ等が、爺ちゃんがこの大陸を離れると言う好機を見逃すだろうか?
魔将が討たれれば魔王復活派の魔族全体の勢いが弱まり、もう一人の魔将も戦力を手元に集めて守りに入る、つまりはこの大陸から魔族が撤退する可能性はかなり高い。
だがその前に、爺ちゃんの不在を突いてこの館が襲われる可能性も、また高いのだ。
爺ちゃんもそのリスクは承知の上で、夜の王の提案に積極的になっている。
攻勢に出るには、リスクは当然付き物だから。
勿論爺ちゃんは防衛の為に召喚獣を何体か残して行くだろう。
でもそこにこの館の防衛機能を引き継ぎ、指示を出せる魔術師が加われば、単に召喚獣達だけで守るよりもずっと備えは硬くなる。
超越者の戦いを自分の目で見れ無い事を残念に思う気持ちはあるけれど、それでも僕が守るべきはこの館だった。
だってここは爺ちゃんと僕の家なのだから、爺ちゃんが不在の時は僕が守るのが当然だ。
それに爺ちゃんが何も言わずに夜の王と共闘する方向で話を進めているのは、僕にこの館を任せる心算で居るからだろう。
わざわざ口に出さなくても僕が役割を理解していると思って任せてくれる。
横に並べなくても、頼られなくても、今はそれで充分だった。
話を終えての夕食後、夜の王と御付きの二人は転移魔術で帰還する。
幾ら夜の王と言えど、別の大陸まで一気に転移するのは不可能らしく、転移の中継点となる位置に魔術強化された船が停船しているらしい。
流石はノーライフキングに至る魔術の腕と、一国の王たる財力を持つ夜の王だ。
やる事が豪快で贅沢だった。
でも彼を持て成す為に出された夕食は、僕と爺ちゃんが魔の森で集めた取って置きの食材と、虹から採れたスパイスを用いた物だから、どんなに財力があろうともそう容易く口に出来る物ではない。
と言うよりも、虹の存在を考えればここ以外では食べれないだろう。
夜の王はエプロン姿の爺ちゃんに笑いを溢し、上機嫌で食事を平らげて、更に彼自身が持って来た土産のワインを一本空けて帰って行く。
何と言うか、夜の王って立場を含めて考えると面倒な事この上ない客人だったが、個人的として見る分には面白そうな人だったと思う。
爺ちゃんと同じ位置に立ってるってだけでも、僕から見れば尊敬に値する人物なのだ。
帰り際、夜の王は僕に、
「賢者の孫は歳の割りに出来が良い。……だが物分かりが良過ぎて物足りん。人を越えた存在になるには、人の枠に納まれない愚かさも必要だ」
そんな事を言う。
揶揄う風でなく、貶す風でもなく、諭す様な面持ちで。
だからそれは今の僕を否定する言葉だったけれど、不思議と反発心は湧かなかった。
「今回の件が片付けば、一度我が国、フォールナにも来るが良い。我等の同類を目指す心算があるのなら」
そんな言葉を残して、御付きの二人と一緒に夜の王は、僕が初めて目の当たりにした、爺ちゃん以外の高い山は転移魔術で姿を消す。




