56 夜を統べる王2
この大陸でノーライフキングという言葉を聞けば、多くの人が想像するのは骨と化した身体の強力な魔術師、リッチだ。
多分それは爺ちゃんの存在があるせいだと考えて間違いが無い。
五百年と言う時間の間に、爺ちゃんと関わった多くの人達から、特に魔術を志す人を中心に大陸中へと話が広まったのだろう。
人である事を捨てるに至った極みの魔術師。
一部の神の信徒からは忌み嫌われているが、多くの人間が救われたと言う逸話から、単なるアンデッドや魔物とは全く別の存在と受け止められているのがノーライフキング、エルダーリッチである。
……と言っても、魔術師以外の一般人には、御伽噺の存在として知られる程度らしいけれども。
だがそれはこの大陸の中だけの話だ。
全ての大陸にって訳ではないけれど、他の大陸にはまた別のノーライフキングが存在していると言う話は、以前に爺ちゃんから聞いた事があった。
その中でも最も知名度の高いノーライフキングは、遥か西方にあるクローギス大陸に存在する。
夜の王。
そう、そのノーライフキングは王だった。
クローギス大陸で最も軍事力の高いと言われる夜の国、フォールナの国土は然程広くない。
従って人口も決して多くはないのだが、それでもフォールナがクローギス大陸で最強の国である理由は、そこがヴァンパイアの国だからだ。
尤も国民の全てがヴァンパイアと言う訳ではないのだが、貴族階級と戦士階級の多くはヴァンパイアが占めている。
そしてそのヴァンパイアが絶対の忠誠を捧げるのが、フォールナの国王であり、吸血鬼達の祖である夜の王。
人間やその他の種族は金銭を税として納めるか、或いは血液を税として納めるかを選んで、安全を保障されていると言う話だった。
勿論吸血鬼による人間の支配を認めないと敵対する国家や宗教組織は幾つもあるが、フォールナに戦争で勝利した事のある国はクローギス大陸には存在しないと言う。
そんな西の大陸で最も強い軍事力と、ノーライフキングとしての個の力を併せ持った存在が、今僕の目の前に居る。
とてつもない怪物である事は、疑う余地もない。
例えば先程、ちらりと視線を向けられただけで、僕の身体を貫く様に陶酔感が走った。
吸血鬼の視線に宿る魅了の力だ。
勿論咄嗟に抵抗したからこそ、未だに意識を保って立ってられるのだが、多分爺ちゃんが今の僕なら多分大丈夫と言ったのは、この魅了の視線に抗えるかどうかを判断したのだろう。
しかし何が恐ろしいかと言えば、夜の王は別に僕を魅了しようと思って視線を向けた訳じゃない。
彼が力を使う心算なんて欠片もなくても、意図的に抑えなければ只人はチラリと一瞬視線を向けられただけで意思を砕かれ下僕に成り下がるのだ。
……であるならば、もしも夜の王が本気で相手を魅了しようと思って視線を放てば、一体どれ程の精神力の持ち主ならそれに抗えると言うのだろうか。
実は爺ちゃん、エルダーリッチも夜の王の魅了と同じ様に、意図的に抑えねば溢れ出す瘴気と言う能力を持っていた。
瘴気を纏うエルダーリッチを目の当たりにすれば、余程に意思の強い者でなければ恐怖に心を挫かれる。
ただ爺ちゃんは普段その瘴気が漏れ出さない様に完全に遮断しているけれど、夜の王は自分の力を抑える気が無いらしい。
でもそんなとんでもない化け物であるノーライフキング、吸血鬼の真祖である夜の王を間近に見れた事は僕にとって大きな収穫だろう。
何故なら普段は全く分からない爺ちゃんと僕との差が、爺ちゃんと近しい存在である彼を通せば何となく見えて来るからだ。
確かにノーライフキングは途轍もない、巨大な山の様な存在ではあるけれど、決して隔絶した存在では無い風に思えた。
夜空に浮かぶ星は掴めないが、山ならば歩みを止めねば何れは山頂に辿り着く。
例えどんなに高くて険しくても、諦めさえしなければ。
それを初めて目の当たりにした爺ちゃんの同類、夜の王は教えてくれたのだ。
まぁそんな風に僕が考えてる事を悟られれば、また御付きのヴァンパイア達が怒りを向けて来るだろうから表情には出さないが。
そんな僕の内心はさて置いて、爺ちゃんと夜の王は話を進めて行く。
最初は久しぶりに会った友人がする様な近況報告や当り障りのない談笑が続いていたが、二人の会話は次第に本題、……魔王復活を目的とする魔族の動向へと移る。
どうやら夜の王は、かなり力を入れて魔族に関しての情報を集めているらしい。
夜の王の話によると魔王復活を目的とする魔族達は、実は大分と焦った状態にあると言う。
その理由は三つあり、一つ目は爺ちゃんや夜の王と言った超越的な力を持つ者達が、魔族の活動の妨害を積極的に行い出した事。
魔族は確かに力ある種族の様だが、それでも超越者には程遠い。
何せ爺ちゃんの召喚獣達からはまだ未熟だと言われる僕ですら、ある程度は戦えるのだ。
魔王の欠片を宿すと言う魔将は超越者の域にあるのかも知れないが、その一部の例外達には動かない、否、簡単には動けない理由がある。
二つ目の理由は、魔王復活を目的とする魔族は多数派ではなく少数派で、それ以外の多数派の魔族達とは敵対関係にある事だった。
要するに一部の少数派が魔王復活を目指して破壊活動に勤しめば、魔族その物を敵と見做す相手が増えてしまう、つまり魔族の生き難い世界になってしまう。
故に多数派の魔王復活を目的としない魔族は、魔王を復活させて過去の栄光を取り戻そうとする少数派とは敵対関係にあるそうだ。
と言っても多数派は少数派に比べて戦い自体を厭う気質の者が多く、戦士の数は少ないのだとか。
更に魔将が少数派に属しているのだから、戦力としては多数派の方が大分と低いらしい。
そして三つ目、或いは此れが最も大きな理由なのかも知れないが、それは魔王復活を目指す少数派の魔族達が、更に一枚岩ではないからだ。
彼等の目的は魔王と言う存在を復活させて栄光を取り戻す事で一致していた。
だがその復活のさせ方に関しての意見は、二人いる魔将の間で意見は真っ二つに割れている。
即ち一人の魔将は嘗ての魔王を復活させようと考え、もう一人の魔将は己が新たな魔王となる事で魔族に栄光を取り戻そうと考えていると言う。
別に後者が野心溢れる不忠義者、とも安易には言い難い。
何せ嘗ての魔王を復活させるには、一度取り込んだ欠片を己の命と共に差し出さなければならないのだから。
命を捧げて一度敗れた魔王を復活させるよりも、己が全ての欠片を集めて魔王を目指すって考え方は、寧ろ出て来て自然だろう。
現在いる魔将以外の魔族には、魔王を求めずとも八つの欠片を揃え、八人の魔将が生み出されればそれだけで魔族の世界は創れると考える一派も居ると言う。
勿論その考え方を持つのは、己が魔将になりたくて、尚且つ魔王復活の為に命を捧げたいとは思わない魔族達だ。
つまりはそう、考え方の違いからくる内輪揉めである。
元々少数派の彼等は、更に細かく分かれて他の派閥に魔王の欠片が渡る事を警戒していると言う訳だった。
だからこそ魔将は安易に欠片の獲得に動けない。
顔も知らない敵対者よりも意見の異なる隣人の方が反目し易いのは、人も魔族も変わらないのだろう。
……この三つの理由により、魔王復活派の魔族は多くの大陸で活動が妨害され、不利な状況にあるそうだ。
尤もあまりに追い詰められれば内輪揉めをやめて二人の魔将も動き出すだろうが、それよりも早くにこちらから動き、魔族に大きなダメージを与えてしまいたいと言うのが夜の王の考えだった。
具体的には片方の魔将を仕留める位のダメージを。
夜の王はその動きに爺ちゃんを誘う為に、わざわざ館を訪れたのだと言う。




