52 森の依頼2
ファイアドレイクのつがいを観察を始めて今日で二日目だ。
と言っても数千年生きた大樹の樹精、エルダーエントからの依頼が厄介な敵であるファイアドレイク達を狩ってくれって話だった訳じゃない。
寧ろエルダーエントからの頼みはその真逆で、丁度繁殖を終えて産んだばかりの彼等の卵を守って欲しいと言う物だった。
下位とは言え、竜種の端くれであるファイアドレイクの卵が秘める生命力はとても強く、他の魔物から見れば魅力的な餌となるだろう。
仮に中層部の魔物がそれを食せば、或いは深層部で通用する魔物に進化する事すら叶うかも知れない。
故に竜種の卵は多くの魔物から狙われる。
勿論卵の守り手たる親竜は強力な存在だが、雌は出産で大きく体力を消耗しているし、雄は餌を狩る為に狩りに出ねばならないから、付け入る隙は無くもないのだ。
一方の卵を狙われる親竜は、雌は出産後でピリピリと緊張しているが、雄は日向ぼっこの様子からもわかる様に実にのんびりとした物だった。
竜種は、例えそれが下位の飛竜、ファイアドレイクであったとしても基本的には強者である為、他者から狙われると言う感覚にはとても鈍い。
けれども、仮に実際に卵を奪われ、食されてしまったならば彼等の怒りに火は付くだろう。
ファイアドレイクはその名の通りに火の属性を纏う飛竜である為、元々の気性は苛烈なのだ。
一度彼等が怒りに我を忘れたならば、二匹の強力な魔物が周辺を焼き尽くして大暴れする事は間違いなかった。
そうなるとつがいのファイアドレイクを止める為、中層部の主であるエルダーエントが動く事態になるだろうけれど、残念ながらエルダーエントはファイアドレイクの持つ火の属性を苦手とする。
まあそれでも最終的には主であるエルダーエントが勝利はするだろうが、周囲に及ぼす被害は、恐らくとても大きい。
だからこそエルダーエントは出来るだけ穏便に事を済ませる為、己の眷属であるエント達をファイアドレイクの縄張りの周囲に密かに集めて、卵に近付く魔物の排除を行っていた。
そして僕とミュースがクイーンアルラウネを通してエルダーエントに接触したのは、丁度そんな状況の最中だったと言う訳だ。
……多分。
いや、幾ら念話の魔術が使えると言っても魔物である彼等は、人同士が話す程明確には己の意思を伝えてくれない。
なので先程の話は状況から見た僕の推察がそれなりに含まれている。
彼等と僕等は全く違う生き物だから、話に齟齬が出るのは仕方の無い話だった。
でも大筋が間違ってるって事はまず無いので、細かな所は気にしないのが魔物と上手く付き合うコツだと思う。
その時、視界の先でファイアドレイクの、雄の個体が動く。
どうやら日向ぼっこは終わりにして、狩りに出かける気になったらしい。
つまり巣が手薄になる、卵を狙う魔物達が動き出す時間になったと言う事だ。
雄のファイアドレイクが飛び立ったのを見たであろう卵を狙う魔物達は、きっとすぐさま動き出す。
僕は下に居るミュースに手で合図を送ると、彼女は近くの木、正しくはファイアドレイクの卵を守る為に派遣されてる樹人の身体に触れて、念話の魔術で警戒を伝えてる。
すると風が吹いた訳でも無いのに、ザァッと樹人の葉が音を立て、それはまるで波の様に周囲にも広がって行く。
……はてさて、一体どれ程の数の樹人がファイアドレイクの卵を守る為に集まっているのか、僕にもさっぱりわからない。
それなりの距離で注意深く観察すれば、普通の木と樹人の違いは見分けられるだろう。
だが遠目で木々に紛れた樹人の数を数えるなんて芸当は、僕には到底不可能だった。
何れにせよ、樹人達とのやり取りと指揮は、今回はミュースの役目である。
この依頼の間に樹人と縁を結ぶ事で、始めてミュースが望む様な友好的な、双方が望む召喚契約となるのだから。
森の気配が少し荒々しくなって来た。
恐らく、ファイアドレイクの雄が巣を離れた事に気付いた魔物と、樹人の戦いがどこかで始まったのだろう。
しかし力押しで来る魔物に関しては樹人に任せておけば問題ない。
僕が警戒し、止めなければならないのは、ミュースと樹人の警戒網をすり抜けれる能力を持った魔物に対してである。
地を、染みの様な影がスルスルと移動して、木々の間を抜けて岩場へと近づく。
陽光に照らされても消えない影。
影とは本来ならば陽光を何かが遮る事で始めて生まれる物なのだけれど、その染みの様な影はそんな理はお構いなしに存在し、自らの意思で動いている。
空飛ぶ鳥の影でもなくて、当然ながらファイアドレイクの卵を狙う魔物の仕業だった。
シャドウウルフと言う名前の狼の魔物が居る。
そいつは自らの影に潜って身を隠したり、更にそのままの状態で移動する事も出来る、隠密行動に長けた狡猾な魔物だ。
仮に暗いダンジョンの中で遭遇すれば、余程に熟練した手練れの冒険者達でなければ、ほぼ確実に奇襲を受けて後衛に被害が出てしまう。
そう、奇襲をかけるならば後衛から狙うと言う知恵すらも、シャドウウルフは持ち合わせている厄介な魔物だった。
けれども残念ながらここは暗いダンジョンではないし、ましてや今は夜ですらない。
僕の投げたナイフは狙い違わず動き回る影へと突き刺さり、更に弱い電撃の魔術がそのナイフに命中する。
苦痛の悲鳴を上げたシャドウウルフが弾かれた様に影の中から飛び出すが、すかさず上から飛び付いた僕が押さえ込む。
何せここは既にファイアドレイクの縄張りの中なのだ。
雌は卵の傍を離れないとは思うけれども、下手に縄張りの中で暴れて神経質になっている所を刺激したくはなかった。
シャドウウルフは狡猾ではあるけれど、中層部の魔物としては戦闘能力自体は低い。
僕に抑え込まれたシャドウウルフは実力の差を感じ取ったのだろう。
それ以上は暴れず、吠えもせず、クゥと小さく喉を鳴らす。
僕は小声で詠唱を終えて、降伏したシャドウウルフごと短い距離を転移し、ミュース達の居るファイアドレイクの縄張りの外へと戻る。
この森で、シャドウウルフが真に力を発揮するなら夜を待つべきだった。
しかし夜になると、狩りを終えた雄のファイアドレイクが戻って来て、巣の警戒は厳しくなるだろう。
シャドウウルフは闇夜に紛れるよりも、一つでも大きな障害が少なくなる方を選んだのだ。
ファイアドレイクとシャドウウルフの戦闘力の差を考えればわからなくはないけれど、ファイアドレイクの卵を狙うと言う大きな欲の割りには、勇敢さも狡猾さも、己の能力への自身も全てが足りない。
もし僕が捕らえなくても、このシャドウウルフは雌のファイアドレイクに焼き殺されて終わったと思う。
そうして、僕はシャドウウルフを逃がしてやった。
アレだけ完全に屈服した以上、もうあの個体はファイアドレイクの卵を狙いやしないだろう。
望むなら、僕やミュースが召喚契約を結ぶ事だって可能だったし。
尤も、今のあのシャドウウルフでは、僕もミュースも必要とはしない。
勿論、ダンジョンではなく魔の森に生きる魔物なのだから、シャドウウルフがこの先大きく成長する可能性はあるけれども。




