51 森の依頼1
気配を消して木に登り、鷹の様に遠くを見通せる視力を魔術で付与して、僕は遠方からじぃとそれを観察する。
皮膜の付いた翼を広げ、ソイツはゴルゴルと喉を鳴らす。
恐らくは日向ぼっこでもしてる心算なのだろう。
陽光を硬い鱗が反射して、キラキラと輝いていた。
森の中にあるちょっとした小山程もある岩場を縄張りとしているのは、ファイアドレイクのつがいだ。
飛竜と呼ばれる下位の竜種である彼等は、魔の森の北側にある中層部でも上位に位置する魔物である。
その実力は深層部の魔物と比べても然程引けは取らない。
では何故このファイアドレイク達が深層部に棲まないのかと言えば、縄張りの確保の問題であった。
このファイアドレイクや、ディープフォレストジャイアントであるケトーも同じだが、身体のサイズが大きかったり、特殊な住処を必要とするタイプの魔物は深層部には棲み難いのだ。
無論深層部に適した場所がない訳ではないが、そう言った場所は縄張り争いも苛烈になる。
故に深層部でも通用する程度の実力の魔物では、広い縄張りや特殊な住処を確保する事は困難だ。
だからファイアドレイク達やケトーは、魔力の濃い深層部ではなく、敢えて難敵の少ない中層部に棲んでいるのだろう。
まあ彼等の事情はさて置いて、今回僕がこうやってファイアドレイクの観察を行っているのは、依頼をこなす為だった。
と言っても冒険都市ナルガンズで受けた依頼ではなく、個人的に頼み込まれた物から派生した、少しややこしい依頼である。
下に視線を向ければ、幻狐のクオンを胸に抱いたミュース・ヴィヴラースと目が合う。
そう、彼女が最初に僕に依頼を持ち込んだ相手であり、そこから派生した依頼を共にこなすパートナーだ。
クオンが幻を操って辺り一帯を隠蔽しているから、森歩きに不慣れなミュースを連れ歩いても他の魔物に見付かる心配は然程ない。
尤も今は頼もしい護衛が周囲に沢山潜んでいるから、別に見付かった所でどうって事もないだろうけれども。
さて事の起こりは三日前、冒険都市ナルガンズを訪れていた僕を見付けたミュースが、
「先生、召喚獣との契約を手伝って戴けないでしょうか?」
そんな風に頼み込んで来た事だ。
何でも僕の様に、友好的に魔物と召喚契約を結びたいとの話である。
確かに僕はクオン、ケトーの両者ともに、友好的に召喚契約を結び、今も良い関係を維持出来ていると思う。
だが魔の森に暮らす僕は兎も角、外の世界ではそんな風に友好的に召喚契約を結べる例は結構珍しいそうだ。
多くの場合、魔物側の都合を無視して人間側が強引に契約を迫る事が殆どらしい。
その中でも真っ当なのは、魔術師が目的の魔物の棲み処に踏み込み、実力を見せ付けて屈服させるやり方だ。
この場合は見せ付けられた実力、つまりは魔力が契約によって得られる為、魔物側も比較的納得した契約だろう。
強者への敬意と、魔力を得られると言う利が、魔物を魔術師に従わせる。
けれども真っ当なやり方があるなら、当然真っ当でないやり方も存在した。
例えば捕獲した魔物を金銭で取引する組織も存在する。
闘技場で戦う魔物の手配や、時には国に対してグリフォンの雛やワイヴァーンの卵を売りつける事もあるその組織、『魔物使い協会』の活動の一つに、魔術師に対する召喚契約用の魔物の売買があるのだ。
薬物と調教の技で一時的に従順になった魔物は、持ち掛けられた召喚契約を断れない。
勿論薬物や調教の影響から抜け出した魔物が反抗できない様に、契約内容には完全な従属が盛り込まれる事になる。
魔の森に暮らし、比較的魔物に近しい位置に居る僕からすれば呆れや嫌悪を覚える所業だが、それがまかり通るのが人間の世界だ。
しかしミュースは僕からクオンやケトーとの契約の経緯を聞き、自分もそんな風に魔物と友好的な契約を結びたいと思ったのだと言う。
うん、確かに僕は館に遊びに来たミュースに対し、大分自慢げにその話をした覚えがあった。
であるならば僕は、生徒であり、友人でもある彼女に対し、些かの責任は取るべきだろう。
そんな風に考えて僕はミュースを館に、否、今回は魔の森に彼女を招待すると決める。
とは言うものの、魔物との召喚契約を結ぶのは、そう簡単な話じゃない。
何せ魔の森の中でずっと暮らしてる僕だって、そんな機会には数度しか巡り合った事がないのだ。
幾ら僕が案内人に付いた所で、短い期間でミュースが友好的に召喚契約出来る魔物に巡り合う可能性は、かなり低いと言わざるを得なかった。
なら一体どうすればミュースの望む様な友好的な契約が結べるのか。
その答えは至ってシンプルで、魔物の事は魔物に尋ねれば良いのだ。
爺ちゃんなら兎も角、流石に僕は深部の主との伝手はないけれど、それに次ぐ高位の魔物には幾らかの知り合いがいる。
そう、例えば北側深層部の高位魔物であるクイーンアルラウネとか。
折角だからミュースに彼女を紹介してみたかった僕は、クイーンアルラウネの下へと向かい、その伝手を辿って貰えるようお願いをした。
勿論その対価に、何時も通り血の譲渡は行ったけれども。
そしてクイーンアルラウネが辿ってくれた伝手はくれたのは、北側中層部の主である数千年生きた大樹の樹精、エルダーエント。
恐らく植物の魔物には独自の連絡手段があるのだろう。
クイーンアルラウネは僕等の目の前でエルダーエントと連絡を取って話を纏め、ミュースに若くて好奇心旺盛な、外の世界を見てみたいと考えている樹人、若いエントを紹介してくれる様に取りまとめてくれた。
但しそれには一つ条件があって、今現在北側中層部で起きつつある一つの問題の解決に協力する事を僕等は要請されたのだ。




