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50 備える事


 ある日の訓練中、僕の訓練相手を務める爺ちゃんの召喚獣、デュラハンのクーデリアが不意にこう言った。

「私が思うに若君は、転移による回避に些か頼り過ぎですね」

 相手を殺傷しかねない攻撃は禁止とした模擬戦とは言え、ボコボコに負けて地に這い蹲った僕に掛ける言葉としては、説得力に満ちている。

 因みに殺傷しかねない攻撃の禁止ってルールは、確かに僕の攻撃魔術の一部を縛るが、クーデリアも魔技の使用を控えてくれるので別にハンデにはなってない。

 つまり純粋に僕は実力で彼女に手も足も出ないのだ。

 尤も武器のみでなく魔術を使用しての模擬戦にも付き合ってくれる様になったのは、僕が去年よりも成長し、自分を制御出来る様になったからで、そこは誇りたいと思う。


「確かに転移での回避は相手の虚を突けますが、そればかりに頼る様では、手の内を知られた相手には通じません。虚の技だけでなく、実の技を磨いて下さい」

 クーデリアの言葉は少し抽象的だったが、言いたい事は何となくわかる。

 確かに僕は、強敵との戦いだと瞬間転移での回避と、そこからの連携技に頼りがちになる癖があった。

 彼女の言う虚の技とは、影の刃や瞬間転移からの連続攻撃等、使うと露見してしまえば脆い技の事だろう。

 そして実の技とは、これは単純に純粋な実力の事だ。

 真に優れた剣士、達人の一撃は、来るとわかっていても防げないとさえ言われる。

 勿論、魔術師である僕がそこまでを望む訳じゃないが、実が足りなければ虚は活きないし、実が足りれば虚により更に実力は引き上げられるって話だった。


 瞬間転移で虚を突く戦い方ばかりに頼っている様では、キュービス家の暗殺者と大差がない。

 魔族の暗殺者であるザックイハには、あちらの戦い方も観察出来たが、僕の戦い方も知られてる。

 それもあって、クーデリアは僕にそんな言葉を投げかけたのだろう。


 僕が言葉の意味を理解すると、小脇に抱えられたクーデリアの顔が優しく笑みを浮かべた。

 でも彼女がこんな笑みを浮かべるって事は、

「わかって戴けたようですね。では実を磨く為、今度は魔術無しで一本参りましょう」

 まあ、うん、こうなる。

 ちょっとまだ少し動けそうにはないのだが、嬉しそうに剣を構えるクーデリアを見て、僕は渋々身を起こす。

 午前の訓練が終わるまでは後もう少し、何とか逃げ回って体力を回復させるとしよう。

 やる気満々のクーデリアには悪いが、ここで体力を使い切ってしまうと午後の活動に差し支えるのだ。




 昼食を終えた僕は、爺ちゃんから鍵を借りて石塔の書庫へと向かう。

 本来なら爺ちゃんから魔術の講義を受ける時間なのだが、今は出された課題を消化中だった。

 一般的な魔術の本は館の書斎にもあるけれど、石塔の書庫には古くて珍しい本や、或いはページを開くのも危ない本の数々が収納されてる。

 と言っても勿論僕の用事は古くて珍しい本の方で、『悪魔王グヴェルドス』ってタイトルだ。

 この本は悪魔王グヴェルドスと、配下の有名な悪魔に関して記された本で、別に書物自体は力を持っていない。

 悪魔に付いて記された書の中には、ページを開くだけで所持者を乗っ取り、悪魔に有利な形での召喚を行わせようとする本もあるので注意が必要なんだとか。

 召喚魔術を取得してる魔術師なんて今の世の中では数少ないが、この様に召喚に関わる書や魔術具は、極稀にだが見つかる事があった。


 さて話を戻すが、悪魔王グヴェルドスと言うのは、悪魔の王って割りに、二つ名は『刻印の伯爵』である。

 何でも悪魔を統べる王と言うのは沢山いるらしく、互いに勢力争いを繰り広げてるらしい。

 そんな話を聞くと悪魔も人間と大して変わらないんだなと思ってしまうが、取り敢えずグヴェルドスは契約者に印を刻み、力を与えてくれる悪魔だった。

 そしてその性質はグヴェルドスの配下の悪魔達も同じで、三体の高位悪魔を始め、数百体の中位悪魔の誰かと契約すれば、その悪魔を象徴する紋様が身体に刻みこまれると言う。

 そう、その紋様を通して悪魔の力を借り受けるのが、魔族の暗殺者であるザックイハも使っていた紋様魔法の正体だ。

 因みにこの紋様は対価を支払えば契約者から子へ、子から孫へと引き継げる為、紋様魔法は代々伝えられて行く事になる。


 記憶にあるザックイハが使っていた紋様の形とその能力から、右手の紋様、手を金属の如く硬くして刃と打ち合えた力は、中位悪魔のバラーズから与えられた物だと判断した。

 紋様の名前は『殺戮の手』。

 肘から先、指の一本一本に至るまでが鋼の如き硬質を備え、しかも自由に動かせるので速度を乗せれば手刀で肉を断ち切ったり、掴んだ相手を引き裂いたりする事が可能になる紋様魔法らしい。

 ただし代償として、一日一度は紋様に血を吸わさなければならないそうだ。

 もしそれを怠れば、自身の血でそれを贖わねばならなくなり、一度や二度なら兎も角、長く続けば紋様に吸い殺されてしまうだろう。

 しかし与えられた能力の価値から考えるなら、比較的安い代償にも思える。


 左手の紋様は未だ調べてる最中だが、相手の能力を詳しく知り、具体的な対策を複数個考える事が爺ちゃんから与えられた課題だった。

 紋様魔法を使う魔族がザックイハ一人とは限らないし、他の紋様の特性も意識しながら書を読み進めて行く。

 備えを怠った魔術師は弱い。

 どんなに実力のある魔術師でも、その実力に慢心し、備えを怠れば足元をすくわれる。

 偉大な魔術師と呼ばれた者は須らく、我が身に起こり得る脅威に対して準備を怠らなかった者だ。

 爺ちゃんと肩を並べて魔族と戦うなら、足手纏いにならない、危険には自分で対処が可能だと納得させれるだけの準備をして見せる必要があった。



 本当は、爺ちゃんだけでも魔族の相手は充分なのかも知れない。

 僕が戦うって事は爺ちゃんに余計な心配をかけるだけなのかも知れない。

 でもそれでも、僕は事態を知った以上は関わりたかった。

 魔族が何人居るかは知らないが、ザックイハ並や、或いはそれ以上の実力者がゴロゴロと居るなら、纏めて相手にすれば爺ちゃんとて不覚を取る事は、……まぁ万に一つ位はあるだろう。

 だとしたら背後を狙う暗殺者位は、僕が排除した方がきっと良い筈だ。


 まあその為には、この分厚い本の内容を精査する事が必須なんだけれど、しかし本当に量が多い。

 悪魔王グヴェルドス、ちょっと配下が多過ぎである。

 丁度キリの良い所まで進んでるから、今日はここまでにするとしよう。

 そろそろ夕食前の雑用の時間だし。

 僕は大きく溜息を一つ吐いて、栞を挟んで書を閉じた。




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