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5 自由日1


 一巡り、七日のうち二日ある自由日の早朝、僕はベッドへの闖入者によってやや不本意な起床を余儀なくされていた。

 まだ薄暗い時間から僕を起こしにやって来たのは、一匹の子狐、否、より正確に言えば狐型の魔獣である。

 本来この辺りには魔物避けの結界が張ってあるから、魔獣の類は近寄る事も出来ない筈だが、この子はちょっと特別なのだ。

 と言うのもこの子は僕と契約した召喚獣である為、魔物避けの結界にも弾き出されない。

 勿論僕や爺ちゃんへの害意もないから、洗浄さえ済ませれば館の出入りも可能だった。


 流石に石塔の防犯機能はこの子にも容赦なく作用するだろうけれど、石塔には近寄らないように言い含めてある。

 それにこの子も何かを感じるのか、自分から石塔に近寄る様な真似はしない。


 僕は薄目を空けてカーテンの外を確認し、まだ薄暗い時間である事に溜息を吐く。

「ちょっとクオン、まだ暗いじゃないか。勘弁してよ。今日は自由日なんだから、別にゆっくり寝てても良いのに」

 起こされた事に少し不機嫌な僕が首を摘まんで吊り上げれば、狐、クオンはまるで抗議するかの様にジタバタと手足をばたつかせる。

 でも僕は知っていた。

 クオンがその気になれば、別に摘ままれてる状態から抜け出す位は訳も無い事を。

 欠伸を一つ噛み殺し、まだ十分に眠気の残っている僕は、クオンを懐に抱え込んでもう一度ベッドに横になる。


 うん、大丈夫。

 抱えたクオンもあったかいし、まだもう少しは寝れるだろう。




 僕とクオンが契約したのは、もう二年程前の事だった。

 森の中を探索していた僕は、傷だらけになって息絶えそうになっているクオンを見付ける。

 まだ幼かったクオンは好奇心に任せて遊び回り、うっかり親と逸れた所を別種の魔物に襲われてしまったのだ。

 魔の森に棲む多尾の狐型魔獣、幻狐は、幻による惑わせや、高度な隠身の技を駆使して他の魔物に見付からない様に生きているが、子供であったクオンには未だその能力は備わっていなかった。

 生まれ持った身軽さで、何とか相手の魔物から逃れたは良いが、重い怪我に身動きも取れず、死を待つばかりとなってしまう。

 本当に、後少し僕の発見が遅ければ、僕が見付けたのはきっと骸だった筈。


 当時の僕は既に治癒の魔術は身に付けていたので、慎重に傷を癒してから、逸れた親を一緒に探す事にする。

 クオンも最初は怯えていたが、治癒の魔術が心地良かったらしく、次第に僕に懐いてくれたのだ。

 でもちょっとその時に、懐いてくれた子狐を、おいとか、お前とか、君とか呼ぶのも何だと思って、うっかり名前を付けてしまった。

 出会った時、か弱い声で『クォンクォン』と鳴いていたからクオンと名付けてしまう位に単純に、何気なく。

 仮に鳴き声が『きゅーきゅー』と言っていたら、間違いなくキューとか名付けていただろう。


 因みに召喚獣との契約で非常に簡易な方法の一つに、自らの魔力を分け与え、その後に名前を付けて、受け入れられれば成立と言うのがある。

 そう、僕もクオンも、お互いに意識はしていなかったが、その条件を満たしてしまっていたのだ。

 しかし互いに意識をしていなかったからこそ、結ばれた契約は不完全だった。

 だからそれに気付かぬままに僕とクオンは逸れた親を探し、少し時間は掛かったが、何とか日の暮れる前に見つけ出す。

 だが問題はそれからだ。


 当然ながら、我が子と逸れた親も必死にクオンを探していて、漸く会えたと思ったら、妙な人間に召喚獣としての契約を結ばれていた。

 ……まぁ、うん、そりゃあ親としては怒るだろう。

 けれども僕は何でクオンの親が凄い剣幕で吠えて来るのかさっぱりわからず、しかもクオンを渡して帰ろうとしても何故かそれも許されず、途方に暮れた僕は仕方なく爺ちゃんを呼ぶ。

 困った時の爺ちゃん頼みである。

 何せ呼べば大体はサッと来てくれるのだ。


 そして現れた爺ちゃんは僕から事情を聞くと、カカと大きく笑いながら、

「この考え無しの馬鹿もんめ」

 と骨の手で拳骨をくれた。

 魔術師たる者、自分の行動の結果がどうなるか位は考えておけ、名付けの重要さ位は知っておけ、って事らしい。

 特に契約に関しては、知らなかったでは済まず、身の破滅に繋がるケースだって決して稀ではないのだから。

 そう言う意味では、僕は安全な状況で失敗し、それを知れたのだからきっと幸運なのだろう。


 その後、爺ちゃんの登場に滅茶苦茶怯えてたクオンの親と話し合い、僕とクオンはもう少しちゃんとした形で契約を交わして、まあ今に至ると言う訳だ。

 相手にその気と知能があるなら、念話の魔術を使って喋れない生き物とも意思疎通がはかれると言うのは、その時初めて知った事である。

 それまで念話の魔術は遠くの相手、僕の場合は大体が爺ちゃんと、話が出来るだけの魔術だと思っていた。

 爺ちゃんはクオンの親に、僕がクオンを助けた事や、悪意があって契約をした訳じゃない事、キチンと交わした契約は魔力を分け与えられる為、成長し易くなる等の召喚獣側にもメリットがある事等を説明し、召喚契約の許しを得たらしい。

 本来それ等は契約主、つまり僕が果たすべき責任だったのだろうけれど、

「まぁ教えて無かった儂も悪いからの。今回だけは特別じゃよ。しかし一度失敗したからには同じ失敗は許されん。帰ったらまずは書庫で召喚魔法に付いて調べるが良い」

 そんな風に言って、僕の頭を撫でてくれたのだ。




 結局二度寝をした僕は寝過ごし、あわや朝食に間に合わない所だったが、爺ちゃんはそんな僕にもカタカタと笑うだけで特に叱りはしなかった。

 食事は僕と爺ちゃんの分以外に、クオンが食べ易い物も用意されてて、何だかやっぱり爺ちゃんは凄いな、かなわないなって思う。

 そうそう、実に面白い事なのだが、骨の身体の爺ちゃんも食事は取る。

 恐らく僕が一人で食べても寂しいだろうからと付き合ってくれてるのだろうが、ちゃんと味覚もあるらしい。

 スケルトンやらと違い、エルダーリッチである爺ちゃんの骨格の中は空洞ではなく、見通せない闇が満ちていた。

 多分あそこから声が出て、食べた物も吸い込まれてるんだろうと思うけれど、爺ちゃんは謎の多い存在だ。


 でも爺ちゃんは爺ちゃんだから、僕は別に其れで良い。


 クオンはわざわざ僕の自由日を狙って朝早くから遊びに来たのに、直ぐには遊べなかった事を僕にケンケンと文句を言う様に鳴いている。

 だけどベッドに入った途端にクオンも寝ていたし、本当は眠かったんだろうから別に良いじゃないかと思う。

 まあ折角来てくれたのだから、今日はクオンと遊ぶとしようか。



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