49 師を求めて3
そして僕に問われてアーレスが選んだ道は、
「私はまだ、今も鍛えて貰ってる恩をリーダーに返してません。いずれガイアの戦士団を離れる時が来るとしても、この様にではなく、胸を張って出れる様になりたいと思います」
やはりと言うべきだろうか、一番面倒臭い道を選んで来た。
他の道を選んでくれれば、僕は相談を受けただけで終われたのだが。
……まぁ仕方ない。
さてしかしどうするべきだろうか。
実はこの問題は、冒険都市ナルガンズが抱える問題と直結している。
前回新人魔術師達の指導を僕に頼らざる得なかった事もそうであるが、このナルガンズでは魔術を学べる環境が極端に少ないのが原因だった。
具体的に言えば他の国にはある様な、魔術学院、賢者の塔と言った魔術師が集まる互助や教育を目的とした組織がない。
だからアーレス以外にも、個人的に師を持たない魔術師は伸び悩む事になる筈なのだ。
その理由は三つあって、一つは周辺国家が独立自治をしてる冒険都市ナルガンズにこれ以上の力を持たせたくなかった事。
ナルガンズの抱える武力は即ち冒険者で、冒険者に力のある魔術師が増えれば、ナルガンズの武力も跳ね上がる。
だから周辺国家はナルガンズに魔術学院や賢者の塔が誘致されない様、政治的に働き掛けて来た。
二つ目の理由はその働きを受ける側、つまり魔術師だ。
少し前に僅かばかり改善されたが、冒険都市ナルガンズでは魔術師の、特に新人、駆け出しとされるレベルの魔術師の扱いが非常に悪かった。
故無き事ではないとは言え、魔術師がそれを面白く見る筈はないし、故があるからこそ、冒険都市ナルガンズのダンジョンは魔術師の育成に有益でないと判断されたのだろう。
他の場所だとダンジョンは国が管理をしてる為、調査の段階から魔術師が絡んだりもするのだけれど、ナルガンズのダンジョン調査は密かに行われて冒険者が独占をしている。
ナルガンズの成立時に冒険者として加わっていた魔術師は、個人的に弟子は残したが、組織の運営等には関わりはしなかったらしい。
最後に冒険都市ナルガンズ側の都合も絡む。
ナルガンズの独立自治は、ダンジョンの生み出す利と、冒険者の持つ武で強引に勝ち取った物だ。
だからこそ立場は不安定で、利か武のどちらかが失われれば、独立自治もまた容易に失われる。
周辺国家も今はダンジョンから流れて来る産物や、集まった冒険者を厄介事の解決に利用する事に利を見ているが、隙を見せればナルガンズの全てを手中にしようと動き出すだろう。
そしてそんな状況であるが故に、ナルガンズは大きな組織の受け入れには否定的だった。
人は集まれば発言力を持つ。
政治的な基盤が然して強くないナルガンズに大勢の魔術師がやって来て組織を作ったなら、魔術と言う力も相俟って大きな発言力を持ちかねないのだ。
まあ本当に、人の世界はややこしい。
ではここからは、僕に出来る事を考えよう。
まず僕が直接アーレスを教えるのは論外だった。
僕は一応転移魔術を扱える魔術師だが、短期的なら兎も角、長期的に誰かを教えている時間はない。
と言うより、僕に限った事じゃ無いけれど、冒険都市ナルガンズに来ている魔術師は、大体が自分の鍛錬か稼ぎの為に来ている筈。
特に僕は週に一度しか来ないのだから、ラドゥ達と都合が合えば出来ればダンジョンに潜りたいのだ。
なら爺ちゃんに教師役をお願いする?
それもあり得ない。
爺ちゃんは骨の姿じゃなくても、その魔術の腕だけで充分以上に目立ってしまう。
もしこんな場所に来て魔術を教えてる事が広まれば、厄介事を招き寄せるだろうし、或いは魔族が教え子を害する可能性も皆無じゃなかった。
当然、冒険者組合に教師役の魔術師招致を頼んだ所で、上の三つの理由が邪魔をする。
となれば八方塞がりでどうしようもないって事になるが、……実は一つだけ僕は可能性を思い付く。
要するに大きな野心がなく、周辺諸国との繋がりもなくて、尚且つアーレスを含む魔術師達を教えられる実力の持ち主を招けば良いのだ。
だが勿論そんな都合の良い人材は普通は滅多に見つからない。
実力のある魔術師は、引退してもある程度は国との繋がりがあるし、長年住んだ場所から離れようとはしないだろう。
しかしこれが冒険都市ナルガンズの周囲から離れ、更に大陸東部からも離れて、北部に目を向けたらどうだろうか?
今現在、大陸北部は大国グランザースが滅び、戦乱の風が吹き始めている最中だ。
どの国も戦力拡充には必死になっているだろうし、そんな流れを厭う魔術師も大勢いる。
大陸北部の魔術師なら、遠く離れた地である冒険都市ナルガンズの周辺国家と繋がりがあろう筈は無い。
住み慣れた地を離れたがらない魔術師はきっと多いが、同じ様に荒れる故郷を離れ、新天地でのんびり弟子を取りたいと考える魔術師だってきっと居る筈だ。
実際に魔術師を見付けてくれば、冒険者組合と交渉してそれなりの待遇を引き出す事も出来るだろう。
多分爺ちゃんなら、良さげな魔術師の数人位はきっと心当たりがある筈だった。
結局爺ちゃんに少しは頼るのだけれど、誰も不幸にならず、寧ろ助かる人が多いなら、きっとこれはやる価値のある事だ。
僕の言葉にアーレスは喜色を顔に浮かべ、ミュースはどこか少し残念そうにする。
きっと彼女は、僕か爺ちゃんが教える事になるのなら、そこに混ざろうと考えていたんだと思う。
でもミュースに関しては、そんなに爺ちゃんに習いたいなら、ヴァルキュリアが休みを取ってる週とかに、家に来れば良いだけなのだが。
僕はある程度の話を通しておくために、冒険者組合受付嬢のカトレーゼの下へと向かった。
ある程度の考えを話したら、軽くソロでダンジョンに潜って、その間に出た結論を持ち帰えれば、運が良ければ来週までには目処も立つ。
最近、僕は少しずつ色んな事に関わってる。
この話が一体どんな風に転がって行くかは未だ不明だが、明るい結果になれば良いと、心の底からそう思う。




