48 師を求めて2
ガイアの戦士団と言うのは、この冒険都市ナルガンズでも最大規模の勢力を誇る冒険者グループだった。
尤も攻略階層が深いグループって意味じゃ無く、所属人数と稼ぎの量が多いグループって意味である。
と言うのもガイアの戦士団は、元は傭兵団がそのまま冒険者に鞍替えしたグループだからだ。
元傭兵団長であるガイアの戦士団のリーダーは、昔軍人をしていた事もあるらしい。
故に通常の冒険者グループと違って所属人数が多く、尚且つグループ内の上下関係も比較的明確だとか。
通常の冒険者グループとは段違いに高度な連携を誇るし、人数も多いので依頼遂行力も高く、中には冒険者組合を通さずに直接ガイアの戦士団に依頼を持ち込む人だっていると言う。
新たに冒険者としてグループに参入した者に対しても、傭兵時代から培った独自の訓練内容を施すそうだ。
元傭兵と言う事で、冒険者の役割に当て嵌めれば戦士に属する者が多く、尚且つ見た目の厳つさも相俟って脳筋集団だと思われがちだが、そんな風に単純に判断して良い相手ではなかった。
……が、脳筋的な所がある事は、まあ僕も否定しないけれども。
さてそんなガイアの戦士団に、噂で聞く限りではアーレスは良く馴染んでいる様だったのだが、今はグループを追い出されるかも知れないと不安そうにしている。
一体何があったのだろうかと思い、話を聞き進めて行くと、しかしまぁ何ともし難いすれ違いがそこにはあった。
アーレスがガイアの戦士団に受け入れられた当初、彼は非常に歓迎されたらしい。
補助魔法で仲間を支援してから自身も斬り合いに加わると言う確立したスタイルは、元より戦士の多いガイアの戦士団にピタリと噛み合う。
更にガイアの戦士団の訓練にもアーレスは怯まずに挑む。
そうしてアーレスはガイアの戦士団に受け入れられた。
実際の話、アーレス以外の魔術師が訓練内容について行ける可能性は非常に低かったので、やはり相性が良かったのだろう。
しかしそうやって順調に仲間として受け入れられたアーレスだったが、ある日ガイアの戦士団のリーダーは気付く。
『あれ、コイツ戦士としては成長してるが、魔術師としては全然成長が見られないんじゃないか?』……と。
実際問題当たり前の話である。
ガイアの戦士団での生活に馴染み、訓練とダンジョン探索、それが終われば仲間と酒場に繰り出す生活で、何時魔術の研鑽を積めると言うのか。
でもだからと言って、ガイアの戦士団に魔術師を育成するノウハウはない。
間違いなく、アーレスの存在はガイアの戦士団にとって有益であった。
けれどもそもそも最初の目的は、『転移魔術が扱える魔術師』を育てる事だ。
僕も知らなかったのだが、実は今現在、アーレスが師事している魔術の師は居ないと言う。
何やら商家の三男坊で、家を継げないからとある国の魔術学院に入学し、卒後は生きる為の金を稼ぐ為に冒険者となって冒険都市ナルガンズまで流れて来たのだとか。
成る程、であるのなら、魔術師としての育成の場が整っていないナルガンズで転移魔術の習得を目指すのは些か以上に厳しい。
しかもそこに絡んだのがミュースの存在である。
ミュースの受け入れ先であるヴァルキュリアは、ガイアの戦士団と規模は比べ物にならないが、それでも実力のある冒険者グループの一つだ。
尚且つ女性ばかりの冒険者グループと言うのもあって、ヴァルキュリアと言うのはナルガンズでも中々に目立つ存在だった。
そしてこのヴァルキュリアとガイアの戦士団は、実はリーダー同士が割と喧嘩する。
尤も仲が悪いが故の殴り合い何かではなく、僕から見れば二人は寧ろ仲が良い。
多分喧嘩するほど何とやらって奴だろう。
ヴァルキュリアのリーダーは女性ばかりのメンバーを自分が守らねばと気張っているのだが、多分ベテランであるガイアの戦士団のリーダーは、それを心配して揶揄うのだ。
まあその様な感じの二人なのだが、どうやら今回はヴァルキュリアのリーダーが、ガイアの戦士団のリーダーにミュースの成長を自慢したらしい。
ミュースも現在はアーレスと同じく師を持たないが、それでも魔術師の家系に生まれた彼女は知識の増やし方を良く知っている。
それに少し前に僕の爺ちゃんから手解きを受けた事で、知識を蓄える中で生じた疑問が解消され、グッと実力を上げたんだそうだ。
だがそうなると面白くなく、更に悩んでしまったのがガイアの戦士団側だった。
ガイアの戦士団のやり方ではアーレスは魔術師として成長せず、一方ヴァルキュリアではミュースが成長している。
このままでは、引き取ったアーレスの魔術師としての未来を、ガイアの戦士団が潰してしまうのではとすら考える様になったらしい。
うん、まぁ、実際にそうなんだろう。
僕からしたら当人が幸せならそれでも良いと思うのだけれど、だがガイアの戦士団のリーダーはそう考えずに、アーレスを託せる他の冒険者グループを探し始めたと言う話なのだ。
……正直僕にどうしろって話なのだが、まず何よりも大事なのは本人の希望だ。
選択肢は幾つかあるが、選ぶ権利はアーレスにある。
でも僕の言葉を聞いて首を傾げるアーレスには、少しばかり不安になった。
仮にも商家の出なのに、こんなに察しが悪くて、彼は本当に大丈夫なのだろうか。
とは言え、アーレスが理解して道を選んでくれない事には何も始まらない。
「今貴方が選べる道は、大雑把に言って三つだと思うよ。勿論他の道だって僕が思い付かないだけでない訳じゃないだろうけれど」
そんな風に前置きしてから、僕はアーレスに説明を始める。
一つ目は単純に魔術の腕を向上させる事だ。
別に今すぐ転移魔術を身に付けるって話では無いけれど、アーレスが魔術師として少しずつでも前に進める方法を見付け、実際に少しばかり成長してガイアの戦士団のリーダーを納得させれば良い。
二つ目はガイアの戦士団のリーダーが見付けて来るグループに、一度実際に所属してしまう事。
これも実は悪い選択ではないと思う。
だって今の環境で魔術師として成長出来ないのが問題で、それを解消する為に見付けて来るグループに所属なら、少なくとも今よりは確実に状況が良くなる筈だから。
ガイアの戦士団のリーダーだって馬鹿じゃないのだ。
アーレスの為に、最適と思えるグループを見付けて来る。
最後に三つ目は、いっそ自分で別のグループを探す事だった。
一つ目も二つ目も、アーレスが魔術師として成長して行くのが前提の選択肢なので、もし彼が魔術は余技として、戦士として身を立てたいと思うなら自分で新しい居場所を見付けねばならない。
アーレスが戦士としての自分を気に入ってるなら、それもアリじゃないだろうか。
今の彼なら、いっその事自分のグループを立ち上げたとしても、やっていけない事はない。
ガイアの戦士団のリーダーも、それ位の覚悟を見せれば、戦士として生きて行くアーレスを祝福するだろう。
そして一番大事な事だが、こうやって選択肢を選べるのは、アーレスが以前よりも大幅に成長したからだ。
だからガイアの戦士団のリーダーも彼に目を掛けているし、ガイアの戦士団を離れるなんて選択肢すら生まれた。
好きな道を望んで選ぶ自由は、今現在の実力か、或いは見込みのある者にしか与えられない物である。




