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45 グランザースの滅亡7


「ははははっ、成る程、そうですか。あぁ、しかし残念だ。この場所でキュービス家の生き残りに出会った事に、私は運命を感じるのですが、どうやら君は共感してくれないらしい」

 互いの名乗りを終えた後、魔族、ザックイハ・ミュートツシガ・ジェロマーニャ・ヴァーミットは不意にそんな事を言い出した。

 あぁ、成る程。

 魔族の年齢は良くわからないが、周辺諸国を戦争へ扇動したり、王宮に簡単に攻め込んで来れる辺り、ザックイハはこの地で活動して長い魔族なのだろう。

 だとすれば、この国、グランザースの暗部であったキュービス家を壊滅に追い込んだのがザックイハであっても何ら不思議はない。

 そして彼の言う通り、だからと言って今の僕にはどうでも良い話なのもまた正解だ。


 ただ唯一つ大事なのは、ザックイハがキュービス家の技を知っていると言う事だった。

 多分僕が爺ちゃん、『大魔導士』バラーゼ・キュービスの弟子であると明かしたから、その返礼に一つ情報を晒したのだろう。

 恐らくは暗殺者の癖に、妙に遊びっ気があって、尚且つ律儀な奴である。

 もし別の所で、違う形で出会っていれば、意気投合したかもしれない。


 だがしかし、

「でも君があの骨の老人の弟子であるなら、魔王様の欠片を渡せば見逃すって交渉は無意味でしょうね。なら互いに為すべき事は一つだけ」

 今の僕とザックイハは相容れない敵同士。

 両手を広げるザックイハに、僕も姿勢を低くして短剣を構え直した。


 次の瞬間、互いに一足で間合いを詰めた僕の短剣を、何とザックイハは右の手刀で受ける。

 ギィンと、硬質な金属同士のぶつかる音が再び響く。

 義手か、或いは以前の魔族と同じく特殊な呪いを自らに施しているのかは不明だが、どうやら彼の手は肉の塊ではないらしい。

「闇を纏う」

「虚を纏う」

 一合を交わして距離を取った僕達が次に取った行動は、奇しくも非常に似通ったものだった。

 僕は闇を身体に纏い、ザックイハは幻を纏って周囲に溶け込む。


 ……いやいや、確かに似た系統の魔技だけれど、性能は彼の方が大分と上っぽい。

 魔技は経験と卓越した技術で魔力を操る技法だから、魔力視をすればザックイハの位置は掴めるけれど、細かな動きは魔力に覆われて隠れてしまう。

 まあそれはあちらも同じ事だから、別にこちらが一方的に不利って訳じゃないけれど、仮に僕が魔術師でなければ、魔力視が使えなければ、きっと勝負は一方的になっていた。


 不意にザックイハを覆う魔力の中から飛んで来た三本の投げナイフを、僕も同じく投げナイフで迎撃して叩き落とす。

 相手の視線もモーションも見えないので、本当に不意に飛び出して来るから心臓に悪い。

 気配と直感を頼りに相手の攻撃を察知し、避けては逆に斬り付ける。

「悪くない。否、寧ろ良いですね。ここまで私と渡り合えた人間は、キュービス家の当主以来居なかった」

 偽りなく喜びの感情を込めて、ザックイハはそう言った。

 しかしキュービス家の当主は魔術師でもないのに、ザックイハと渡り合ったらしい。


 ……うぅん、やるじゃないか顔も忘れた僕の父。

 グランザースの暗部だの、周辺諸国に恐れられていただのと聞いてもピンとは来なかったが、ザックイハと渡り合えると言われれば、素直に凄いと認められる。 

 ただ恐らくはその父が持っていて、ザックイハも持っている物を僕は持っていない。

 だからこのままの形で戦いを続ければ、間違いなく僕が先に致命傷を喰らうだろう。


 ザックイハの圧、攻撃の勢いに押される形で、僕は大きく後ろに飛び退る。

 やはりどうにも、このままでは勝てそうになかった。

 今の戦いは互いに相手の動きが見えないから、相手の気配を読み、更に自分の直感を信じて、敵の攻撃を避けたり、こちらの攻撃を繰り出す形だ。

 だが気配察知はさて置き、信じるべき直感の裏付けとなるのは、積み重ねてきた経験である。

 僕は訓練や魔物相手の実戦なら兎も角、対人戦闘、それも殺し合いともなると極端に経験が少ない。


 勿論それは決して恥ずべき事じゃ無く、この世界、この時代に於いては誇るべき幸せだろう。

 ただし今の戦いでは、その経験の浅さはザックイハと僕の大きな差となっていた。

 僕もそれなりに相手の攻撃を察知し、攻撃の癖を読み進めているが、ザックイハはもう既に僕の動きを読み終えつつある。

 このままの形で戦えば、後数合で彼の刃は僕に届く。

 だから今この時点からは、僕は戦い方を変えねばならない。

 本当は相手がまだ隠している手札を先に切らせてしまいたかったのだが、そう上手くは行かない様だ。



 僕は大きく息を吸い、魔術の詠唱を開始する。

「ハッ、させると思いますか?」

 一瞬で間合いを詰めて腕を振うザックイハ。

 詠唱に意識を少し割り振った事で遅れた僕の反応は間に合わず、けれどもザックイハの腕が切り裂いたのは、その場に残した闇のみだ。

 瞬間転移で五歩分下がった位置に出た僕は、すかさず残った五本のナイフを、全て闇の中に包まれたザックイハに向かって投擲した。

 闇の中で、五本のナイフが叩き落とされて床に転がる音がする。

 虚を突かれ、更に闇に包まれて見えぬ状態でありながらも全ての投げナイフを叩き落とせた事は、驚嘆するより他に無い。

 まさに神がかった技量の持ち主とすら言えるだろう。


 ザックイハの暗殺者としての技量が僕より上である事はわかっていたが、考えていた以上に差は大きそうだ。

 だけどそれでも、今から放つこの魔術は、暗殺者じゃ躱せない。

 僕は地に手を突いて、ナイフ投擲で稼いだ時間を使って完成させた魔術を発動させる。

「囲め炎の蛇よ」

 僕の言葉に、ザックイハの周囲を囲む様に炎が蛇の様に渦巻き、包み込む。

 上も、右も、左も前も後ろも、すり抜ける隙間は一つも無い。


 優れた戦士ならば力技と耐久力で、優れた司祭ならば神の奇跡で、そして優れた魔術師ならば同じく魔術で対抗して、難を逃れる事はあるだろう。

 しかしいかに技量に優れていようと暗殺者では、全方位からの面での攻撃には対処が出来ないのだ。

 僕の意に従い、炎は囲みを狭めて行って、最後にザックイハを飲み込む……、筈だった。



 けれども、その瞬間に風が吹き荒れる。

 僕が魔技で生み出した闇を吹き飛ばし、炎を切り裂いて通り道を生み出す、魔力をたっぷりと含んだ風が。

 詠唱をしていた様子はない。

 だとすればこれは魔術ではなく、ましてや暗殺者の魔技ではこんな真似は出来ない筈だから、残る可能性は魔法しかなかった。

 思えば刃物と打ち合えたザックイハの手、正確には右手のみだが、あれも義手や呪いの効果でなく、魔法の効果だったのだろう。


 右手の魔法は硬質化。

 刃物とすら打ち合える、金属の如き力を与える。

 そして今、ザックイハの左手には強い風が宿っていた。

 薄っすらと、彼の手の甲には紋様が光ってる。

 紋様魔法とはまた、本当に古くて、珍しい魔法だ。


 うろ覚えの知識だが、何とかって悪魔の軍王が支配する派閥の悪魔と契約をすれば、その悪魔に応じた紋様と異能を与えられるんだとか。

 悪魔との契約は途轍もなく大変だが、紋様自体は子孫に引き継げると言う。

 そりゃあザックイハは父母と家に誇りを持ってる訳である。


 ザックイハは恐らく、普段は紋様の上に幻を重ねて消しているのだろう。

 だが今はその余裕がなくなって紋様が露出した。

 僕はそこまでザックイハを追い詰めた事を誇れば良いのか、或いは風が開いた炎の道を突っ切って突っ込んで来る彼を迎撃する魔術が間に合わない。

 つまりは完敗を嘆けば良いのか、少し判断に悩む。



 ただこの戦いはもう完全に僕の負けだけれども、だからと言ってザックイハに魔王の欠片は渡せない。

 故に僕は迫るザックイハを前に最後の悪あがきを敢行する。

「来て、ケトー!」

 それはこの戦いの前提を、全てぶち壊しにする反則技だ。



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