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44 グランザースの滅亡6


 クオンを送り還した僕は、今は使われていない物置のような場所に潜んで小まめに休息を取りながら、床下や天井裏の空間、或いはあまり女官の出入りしない場所等を重点的に探りを入れる。

 その間の食事は持ち込んだ干し肉等の携帯食のみだから、流石にクオンを付き合わせるのは気が引けたのだ。


 実の所、グランザースの国としての宝物庫は、行政施設としての王宮側の地下にあった。

 でもそれは国が長年溜め込んだ財貨を仕舞い込んでる場所の事で、僕の目的はそこじゃない。

 魔王の欠片の半分は、恐らく建国した初代国王、英雄と呼ばれた男の遺産のみを保管した、王家に伝わる隠し宝物庫にある筈なのだ。


 隠し宝物庫を探す途中、王族が王宮の外へ逃げ出す為の隠し通路等も見つけたが、今の僕には用がないので見なかった事にして置く。

 あまり使われていないとある部屋の暖炉、上の部屋には煙を排出する為のスペースがなく、使い物にならない偽物の中を覗けば、奥の壁がスライド式の扉になっていた。

 罠が無い事を確認してから扉を開けば、その奥には下に降りる階段がある。

 恐らくここが正解だろう。

 僕は階段を下りながら、壁面に刻まれたレリーフに目を通す。


 あぁ、成る程、良く考えてみれば当然の事だ。

 僕は階段を降り切った先にある石壁の、その真ん中にある手形に左手を重ね、

「我が手に太陽の鍵あり、務めを果たして開かれよ」

 定められた文言を唱えた。

 すると石壁は真ん中から左右に割れてスライドし、僕の前に通路を開く。


 この場所を作ったのは、当時のグランザースで一番腕の立った魔術師。

 そう、つまりはまだ人間だった、若かりし頃の爺ちゃんが作った場所だったのだ。

 しかし文言のセンスは、若い頃から変わってないのかと思うと、何だか少し面白い。

 僕はここを王家に伝わる隠し宝物庫だと思っていたけれど、あのレリーフに書かれていた内容は少し違った。

 ここは英雄、聖女、影の刃、大魔導士が、邪神の欠片を含む、処分に困った品々を隠匿して置く為の場所だと言う。

 例えば呪いの武具とか、強力過ぎて平和になった時代には不要だと考えた魔導具だとか。


 だから先程の扉を開けれるのはグランザース王家の人間だけでなく、英雄、聖女、影の刃、大魔導士の誰かの血を引く者なのだ。

 呪いの武具は兎も角、僕は明らかに危険だと思われる魔導具に関しては、封印ごと背嚢に仕舞い込む。

 多分これまで放置されてたのだから、グランザース王家にはこれらの魔導具の使い方は理解出来なかったのだろうけれど、王宮が陥落する際にヤケクソで使われたり、ここが暴かれた後に他国に持ち帰られて研究されても困る。

 そして最も大事な、僕がここに来た目的である魔王の欠片は、最奥にあった小さな女神像の中に埋め込んで隠されていた。


 見た感じ女神像の素材は聖別された希少金属、ミスリルとアダマンタイト、オリハルコンにスターシルバーを一定の比率で混ぜ合わせた、アンオブタニウムと呼ばれる合金だろう。

 女神像の大きさは手で掴める位、あまり良い例えではないが小さめの棍棒位だ。

 剣一本打つには足りないだろうが、それでもこれだけの量のアンオブタニウムなら、それこそ国が買える位の価値がある。

 それを封印のみに用いてると言うのだから途轍もなく贅沢な話であるが、にも拘らず女神像の奥深くからは、何とも恐ろしい気配が完全に遮断されずに漏れ出していた。


 僕は深呼吸を繰り返して息を整えると、魔王の欠片を女神像ごと回収し、隠し宝物庫からさっさと抜け出す。

 これは駄目だ。

 思ってた以上にずっと拙い。

 早く持ち帰って、石塔なりなんなりに封印すべきだろう。

 少なくとも決して長々と持ち歩いて良い物ではなかった。




 すっかり構造も把握した後宮を抜け出し、再び罠だらけの回廊を今度は逆向きに抜ける。

 前回よりは短いが、それでもそれなりの時間は掛かって、僕は行政施設としての王宮側へと入り込む。

 後はここを抜けて宿に戻り、町を出ると告げればこの王都ミューレですべき事は全て終わりだ。

 実際は前金で宿代は十日分支払っている為、何も言わずに待ちを出ても問題ないと言えばないのだが……、礼儀の問題ではあるし、そろそろ避難せねば危険が大きいから、出来れば東に逃げるべきだと位は教えたい。

 ずっと出掛けていて宿に居る時間は短かったが、それでも一週間近くは世話になった。

 勝手な言い草ではあるだろうが、出来れば逃げ延びて欲しいと思う。


 だがその時、王宮へと一歩足を踏み入れた僕は、違和感に足を止める。

 王宮は例え夜中だろうと光が絶やされる事はなく、それなりの数の人間が詰めている筈なのだが……。

 辺りには人影が一つもなく、代わりに濃密な血の匂いが漂う。

 だから僕は短剣を抜き、頭上へと掲げた。


 ギィンと金属同士のぶつかる音がし、重い衝撃と共に人影が眼前に現れ、僕の蹴りを避けて大きく跳び退る。

 その動きだけでわかってしまう位に、奇襲を掛けてきた相手は手練れだ。

 特にさっきの姿を消していた技、恐らくは幻を身に纏っていたのだろうけれど、であるならば幻覚の扱いは僕よりずっと上手い。

 或いはクオン並だろうか。


「……まさか防がれてしまうとは思いませんでしたよ。やはり見た目で侮ってはいけませんね」

 なんて風に、距離を取った青い肌の男は言う。

 まさかここで魔族に出くわすとは、少しばかり迂闊だった。

 周辺国を戦争へと扇動していたから、てっきりそのどこかに居るだろうと勝手に思い込んでしまっていたが、どうやらこの国のどこかに潜んでいたらしい。

 僕が隠し宝物庫から持ち出した事で魔王の欠片の気配を感じ取って、異常を察して王宮に乗り込んで来たのだ。

 そして僕が罠の回廊を抜けてる間に王宮の人間を排除して、じっと待ち受けていたのだろう。


 僕は呼吸を細く整えて、短剣を構える。

 出来れば詠唱、魔術の準備も行ってしまいたい所だが、相手の手の内がまだ読めない。

 先程僕が防いだのは明らかに刃物による斬撃だったのに、今眼前に居る魔族は無手に見えた

 以前戦った魔族は圧倒的な詠唱速度に優れた身体能力、剣の腕等を持っていたが、戦い方自体はわかり易かったし、手の内を隠そうとはしていなかったが、今回の相手は何をして来るかわからない恐ろしさを感じる。

 目の前の魔族が、爺ちゃんの言う分類で中級兵になるのか上級兵になるのかはわからないが、……以前戦った魔族よりは格上だろう。



「ふふ、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。私はザックイハ・ミュートツシガ・ジェロマーニャ・ヴァーミット、以後お見知り置きを」

 そんな風に随分と古い形の名乗りを上げて、一礼をして見せる魔族の男。

 先程の名乗りの意味は、父ミュートツシガと母ジェロマーニャの間に生まれたヴァーミット家のザックイハって意味になる。

 通常は名のみか、礼儀正しく名乗る場合でも名と家名のみで良い。

 この様に父と母の名も一緒に名乗るのは、受け継ぐ血に誇りを持つ者にとっては最上位の挨拶だった。

 まあその名乗りの間にも、こちらを探る様な気配は出ていたけれど。


 しかし、そこまで丁寧に名乗られてしまっては仕方がない。

 生憎と血と父母には誇りを持ってはいないから同じ名乗りはあげられないけれど、

「僕はラビック・キュービス。誇りを抱いて名乗るなら、『大魔導士』バラーゼ・キュービスの弟子のラビックだよ」

 代わりに何よりも誇りを抱ける、爺ちゃんの弟子である事を明かす。

 多分それは魔族、ザックイハにも伝わったのだろう。

 同じ名乗りは返せなかったが、彼の目に、こちらを称賛する色が浮かんだ。


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