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43 グランザースの滅亡5


 僕がグランザースの王都ミューレに入ってから、五日が経った。

 二日目は昼間に王宮への出入りを見張り、目星をつけた人間の後を付け、夜中に忍び込んで許可証を入手する。

 幸い複製は僕の技量でも作れそうだったので、結局その日は王宮へは行かず、許可証の複製に時間を費やす。

 許可証を元の持ち主の元へと帰す頃には、既に空は白み始めていたので宿へと戻って睡眠を取った。


 三日目は複製した許可証を使い、実際に王宮へと忍び込む。

 複製した許可証はキチンと効力を発揮して、警報が発動した様子はない。

 それに警報なんて便利な物に頼っているからだろうか、王宮の警備は実にレベルが低かった。

 多分これでも、戦時の体制と言う事で普段よりは警戒している筈だから、……つまり普段はもっと警備の質が低いって事になる。

 まあ別に王宮の警備がスカスカであっても、僕は困らないし寧ろ助かる。

 その日は念の為に王宮の構造を探る事に専念し、いざと言う時の逃走経路を頭に叩き込む。


 四日目、要するに昨日だが、僕は漸く王宮の深部、王族のプライベートエリアに挑んだ。

 王宮と一言で呼んでいるが実際には複数の建造物の集合体で、一番手前には行政施設としての役割を持つ公的な意味での王宮があり、その左右には警備の兵の宿舎等の、王宮で働く者達が住まう場所がある。

 そして王族のプライベートエリアとは、王や王妃、或いは側妃の住まう後宮と、他の王族が住まう離宮を言う。

 王宮や後宮、離宮は回廊で繋がっており、その回廊が罠だらけだった。

 いやまあ、離宮側は大した事がないのだが、後宮に向かう回廊は随所に罠が仕込まれていて、多分だけれど回廊の外はもっと酷い。

 結局罠の位置を確かめながら1/4程回廊を進み、そこで時間が尽きて引き返す事にする。


 流石は爺ちゃんの仕掛けた罠と言うべきか、隠し方が巧妙で、癖を考えればそこに絶対にある筈だとわかって探しても、中々見つからなかったりしたのだ。

 多分今のままでは、罠の確認だけでも大量の時間が必要になる。

 それにもし全ての罠の位置を確認出来たとしても、あの回廊を通り抜けて後宮に辿り着き、更に魔王の欠片を探し出して、次は逆に回廊を抜けるなんて真似は……、一晩の間に行うのは流石に些か厳しい様に思う。

 後宮内に隠れ潜んで一晩を過ごす事位はやってやれなくはないが、タイムリミットを考えるならば、罠の確認はもう少し手早く済ませたい。



 だから五日目の今日はアプローチを変える為、敢えて危険を冒して昼間の間から王宮へと忍び込む事にした。

 多少のリスクはあったとしても、実際に後宮に人が出入りする所を見たかったから。

 例えトラップの対象に除外登録されている人でも、トラップのトリガー自体は作用する。

 具体的な手順を言えば、トラップのトリガーを誰かが引く、センサーが働いてトリガーを引いた個体を調べ、除外対象ならトラップは発動せずに待機状態へ戻るのだ。

 つまり除外対象であっても、トラップトリガーを引く度にセンサーが動く。

 その様子を魔力を視て観察する事で、おおよそのトラップの位置を割り出そうって考えだった。


 長時間の潜入になる為、僕は許可証をもう一つ複製し、そして召喚獣であるクオンを呼び出す。

 隠身に長けたクオンなら潜入の邪魔にはならないし、更に隠れ潜んで回廊を観察する際、幻で姿を覆い隠してくれる。

 僕も一応幻覚の魔術は扱えるが、それでも幻の扱いはクオンには遠く及ばない。

 何せクオンは力でなく、隠身と幻で魔の森の深層部に暮らす幻狐なのだ。

 幻を纏う事はクオンにとっては前脚を動かすのと何ら変わりない、持って生まれた機能だから。


「おいで、クオン」

 潜入の為の準備を終え、僕は宿の一室でクオンを呼ぶ。

 中空から勢いよく飛び出したクオンが、僕の腕の中に納まった。

 暫く館を留守にしていたからだろうか、クオンは僕に自分の身体を一生懸命に擦り付けて来る。

 ずっと張り詰めていた気持ちが思わず緩み、僕はクオンを撫で回す。

 そしてその時、クオンが前脚に何かを巻き付けている事に気付く。


 僕に巻いた覚えはないから、だったら間違いなく爺ちゃんだろう。

 クオンの前脚からそれ、布切れを外して広げてみたら、

『己の思う事を成して、早目に戻れ』

 ……と書かれていた。

 あぁ、うん、本当にそうだ。

 こんな事は早めに終わらせて、早く森での暮らしに戻ろう。

 勿論焦りは禁物だけれど、やる気と元気が湧いて来た。



 王宮に忍び込んだ僕は、クオンを懐に抱えて、一日ずぅっと回廊を見続ける。

 後宮に出入りできる人間は限られているが、それでも一日中見て居れば色んな人間が通って行く。

 王族とその護衛や、女官達。

 人の本性は、切羽詰まった時に現れると言うけれど、人の血は死んで流さずとも、受け継いでいく間にも腐るのだなと強く感じた。


 仮にもこの国の始祖は、邪竜を倒して大国を建国した英雄だ。

 爺ちゃん程は突き抜けていないだろうが、それでも人間って生き物の限界に近付いた偉人だろう。

 なのに子孫である今の王族、特に現国王は、実に醜悪な生き物だった。

 今この国が滅びかけているのは、魔族が動いたせいでもあるが、グランザースって国自体が既に腐りかけている事が最も大きな理由である。

 つまり国の指導者である王や貴族達に責任はあるのだ。

 しかし王は周辺国家の軍相手に前線で持ち堪えている将兵等が軟弱であるからだと罵り、良い報告を持って来れない文官は無能だと罵り、更に助けに来ない爺ちゃんを化け物だと罵りながら歩いて行く。

 それも周囲に居る女官達に八つ当たりをしながら。


 僕はそれを見て聞いた時、不思議と怒りを感じなかった。

 怒りだけでなく、哀れみも、蔑みも、僕はグランザースの王に対して一切何も感じない。

 一応は、今はコレのせいでこんな所にいるし、僕の人生も大分と引っ掻き回されたらしいのだけれども。

 まあその結果今の生活があるのだから、別に良いやって感じなのだろうか。 


 僕は人が通った時の魔力の流れを読み取り続け、仕掛けられたトラップのトリガーの位置を割り出して行く。

 そうして夜が更け、僕はトラップの位置を再確認しながら数時間掛けてゆるゆると歩を進め、後宮の入り口へと辿り着いた。

 一度後宮に潜り込んでしまえば、そこは人が生活する場となるので、罠の類が仕掛けられて居る可能性は大きく減る。

 だが勿論油断は出来ないし、一日中回廊を観察し、更に罠を突破して来た事で、僕もそれなりに疲労が重い。

 まずはどこか、潜んで身体を休められる、後宮探索の拠点となる場所を探すとしよう。

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