42 グランザースの滅亡4
グランザースの王都、ミューレに辿り着いた僕は、まずは宿を求めて町をうろつく。
王都の名前であるミューレとは、初代国王の妻である王妃、聖女ミューレイヒの愛称だそうだ。
だが聖女の名前を冠した都市の住人たちは今、不安と恐怖に震えていた。
攻め寄せる国が一国、或いは二国でも、大国であるグランザースは然程大きく揺るがない。
敗北したとしても、領土の一部が削られる程度で、王都の民の生活には、大きくは影響しないだろう。
あったとしても、精々が戦争の為の臨時税を取られる程度だ。
そりゃあ勿論臨時の税を取られれば困るだろうが、戦火を被る事とは比べるべくもない。
しかし今回の他国からの侵攻は違う。
四方八方から攻められてるとは言ったが、比喩でなく、実際に八方向から八つの国にグランザースは攻められていた。
まず間違いなくグランザースは滅ぶし、王都まで敵国の軍が攻めて来る。
国の民とて避難したくても、全方位の国が敵なのだから、逃げれる方向が一つも無い。
まあ王都と共に焼け死ぬよりも、敢えてどこかに逃げる道を選ぶなら、僕は東に逃げる事を勧めるだろう。
東から攻めて来ているヴァーミス公国は、大軍は持たないが、精強でモラルの高い騎士団を主力としている。
そんな騎士団なら、持てるだけの財産を持って逃げる民衆を、敢えて見逃す位はする筈だ。
尤もヴァーミス公国に大量の難民を受け入れる国力はないので、更にその先、もっと東へと流れて行かなければならないが。
逆に最悪なのが西である。
西のカルロッサ共和国に雇われた傭兵達からしてみれば、財産を抱えて逃げる民衆なんて格好の獲物だ。
そんな連中が迫って来る西方に逃げるのは、身体にラードを塗って狼の群れに飛び込む事と、何ら危険性は変わらない。
けれども他国を知らぬ一般の民が、このまま王都に居ればどうなるか、どちらに逃げるのがマシなのかを、正しく判断出来るとは思わなかった。
ただ彼等は実感も理解も出来ない恐怖に怯え、身を寄せあっては不安と国への不満をひそひそと囁き合うだけである。
……と、今のミューレはそんな状況なので、宿は直ぐに取る事が出来た。
何せ僕以外の客は誰も居ない状況だったので、宿側も変わり者を見る目で見つつも、暫く泊まると言う僕をそれなりには歓迎をしてくれたのだ。
正直、少しだけ気が重い。
王都の人達は、多分大勢が死ぬ。
何故なら僕が、爺ちゃんがこの国を救わねばならない理由を奪うから。
別に責任を感じる事じゃ無いと頭では理解しているけれど、そりゃあ見捨てると決めた相手を目の当たりに眺めながら、気分良く過ごせる筈は無かった。
でも勿論、僕の行動は変わらない。
少し眠って体力を回復したら、宿を抜け出し、姿を消して王宮を目指す。
今日は忍び込まないが、忍び込む為のルートを探したり、外観からの大きさの把握は日が昇る前にやってしまおう。
この都市ミューレで、王宮以外の一番高い建物は大教会にある、時知らせの鐘楼だ。
大教会もそれなりに警戒の厳しい施設だけれども、そりゃあこれから忍び込む王宮とは比べるべくもないのだから、こんな所では躓かない。
警備の隙を突いて塀を飛び越え、気配を殺しながら鐘楼へと駆ける。
そして鐘楼の外壁に取り付いて、レンガを組んで積まれた塔を登攀して上を目指す。
しかしそれにしても幸いと言うべきだろうか、今の王都ミューレには、警戒しなければならない実力者が極端に少なかった。
体制が停滞し切って色々と膿んでいるグランザースだが、それでも大国だけあって人口は多く、人口が多ければ優秀な人間もそれなりに出て来るのだ。
ただ優秀な人間が必ずしも上の立場に居る訳じゃ無いのがこの国の問題で、僕が警戒しなければならないと思う様な相手の多くは、今は既に前線へと出向いているだろう。
鐘楼の天辺、鐘がある場所よりも更に上の、屋根に上がって、僕は王宮へと目を向ける。
目に宿すは魔術の力。
暗闇を見通し、遥か遠方までをも見通せる超常の視覚。
最初にまず、王宮全体を観察する。
外観も見るが、それ以上に見て読み解くべきは、魔術的な防御だ。
時折発せられる魔力の質と流れから、どこからどこまで、どんな効果の防御が仕掛けられているのかを読む。
と言っても外側から見てわかるのは、一番外側、つまり全体に仕掛けられてる防御のみだが。
まあ想定通りと言うかなんと言うか、転移封じと、許可証を持たない者が侵入した場合に警備担当者に通報が行く魔術が防御として施されてた。
この場合侵入方法として考えられるのは、許可証を手に入れるか、防御に干渉して警報に引っ掛からずに侵入するか、誤作動を何度も起こしてそのうちの一回に紛れて侵入するかだ。
うーん、まあ普通に許可証を手に入れるのが一番楽だろう。
許可証の紛失が問題とされる可能性はあるから、ちゃんと返却もした方が良い。
王宮に予備があるなら予備の入手、なければ複製を作ってしまうって手もあるが、まずは実物を手に入れてからの話になる。
……王宮に出入りしていて、尚且つ王宮の外に住む人は、まず間違いなく許可証を所持している筈だった。
例えばそう、王宮勤めをしている法服貴族、つまり役人としての貴族なら、王都に自分の屋敷を構えているだろう。
昼間に王宮への出入りを見張っていれば、そう言った許可証持ちの人間を見付けるのは、そんなに難しい事じゃ無い。
以前の王都ならそう言った行為、今の僕の様に鐘楼の上から王宮を観察している人間なんて、間違いなく暗部であるキュービス家が狩りに来てただろうけれど、もう彼等はいないのだ。
明日からは本格的に、王宮の攻略を開始しよう。




