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4 鍛錬の日2


 一巡り、七日のうち、四日は僕は館や塔で雑用をしたり、この様に鍛錬をして過ごす。

 午前中の雑事が終われば、昼までは隠身術や短剣術の訓練を、模擬戦等も交えて行う。

 その際に、模擬戦の相手を務めてくれるのは、爺ちゃんが契約した召喚獣達だ。

 食事は爺ちゃんが作ってくれるから、昼食後は後片付けをしてから、夕方手前までは爺ちゃんに魔術を教えて貰い、そこから午後の雑事を済ませる。

 夕食とその後片付けの後は、爺ちゃんの魔術研究を手伝ってから、入浴などを済ませて就寝と言うのがおおまかな一日の流れだった。

 残りの三日は、一日は小遣いを稼ぐ為に迷宮都市に行って冒険者と一緒に迷宮に潜ったり、後の二日は他の町や、魔の森の中で過ごす自由日だ。


 さてそんな模擬戦の相手を務めてくれる召喚獣達の中でも、生真面目な性格のクーデリアの模擬戦は何時もそれなりにハードな物となる。

 様子見にと、踏み込みから軽く振るわれる大剣を、僕は姿勢を低くして、後ろに飛んで躱す。

 防御の魔術は貰っているから即死はしないし、即死さえしなければ大抵の怪我は爺ちゃんが直ぐに癒してくれるだろう。

 でもだからって、クーデリアの扱う大剣は訓練で使って良いものじゃないと毎回思うのだ。


 僕は更に姿勢を低くしながら、左手を地に突き、右手で短剣を構えた。

 クーデリアの身に纏う鎧に比して、僕の短剣は如何にも頼りない。

 これで相手を殺すには、多少の工夫が必要だ。

 攻撃を一度回避した事で、僕も気持ちが切り替わる。

 獲物を仕留める獣の様に、標的を仕留める暗殺者の様に。


 狙うべきは鎧の関節だった。

 しかしただ鎧の関節を攻撃しても、相手を仕留めるには至らない。

 通常の人間が相手なら、手首の内側、肘の内側、膝裏辺りを狙えば、走る動脈を切り裂ける。

 普通はそれで致命傷だ。

 だがデュラハンであるクーデリアが相手では、それ等の損傷では多少のダメージにしかならないだろう。


 ならばどうするか。

 脇に抱えた顔を狙うと言う手がある。

 綺麗なクーデリアの顔に刃を入れるのは心が痛むが、戦いならばしょうがない。

 けれども彼女とて、自分の顔が狙われ易い弱点である事は百も承知している筈だ。

 で、あるならば……。



「闇を纏う」

 僕は呟き、身体に漆黒の闇を纏う。

 これは魔術でなく魔技である。

 本来はもっと、隠身術を極めた先に秘伝として伝えられる筈の『闇纏い』だが、魔術師として魔力の扱いに長けた僕は、爺ちゃんの手助けもあってこの技の再現に成功していた。

 魔技も結局は魔力の利用をする技なのだから、魔術師としての訓練は技の習得にも役立つのだ。

 無論、敢えて魔技を習得する為に隠身術やら戦闘術を学ぼうとする魔術師なんて、滅多にいないのだけれども。


 とは言っても、昼間に闇を纏った所で隠れるどころか、逆に目立つだけだろう。

 でもそれでも、攻撃の為の予備動作や、武器の長さを闇で隠す事は出来る。

 ある程度以上の使い手同士の戦いでは、予備動作やリーチを隠せるのは、大きく有利な要素だ。


 僕が闇を纏ったのを見たクーデリアは、それ以上は待たなかった。

 空を割いて振るわれる大剣を、僕は掻い潜る。

 しかし僕が避けるや否や、ピタリと止まった大剣。

 どんな握力と、どんな腕力をしていれば、あんな思い切り振った剣をピタリと止められるのだろうか。

 すぐさま逆向きに振るわれた大剣を、矢張り僕は身を翻して避けた。

 だがすぐさま大剣は僕を追い掛けて振るわれる。

 まるで小枝のように軽々と大剣は振り回されて、嵐の如き連続した斬撃に、僕は次第に追い詰められていく。


 武器で受ける事は出来ない。

 こんなに頼りない短剣では、あの大剣を一度も受け止められずに、僕ごと切られてしまうだろう。

 だから避ける。

 必死に、無様に、紙一重で、ギリギリの所で、でも捕まらずに、凌ぐ、凌ぐ、凌ぐ。

 けれどもそれにも限界が来て、次の一撃はもう避けれない。



 故にそう、僕に残された勝機は、次の一撃を放たれる前に最後のあがきをするしかなくなった。

 僕は闇に隠した短剣を、同じく闇に隠れて見えない手首の動きだけでクーデリアの頭へと投擲する。

 でもそんな事、僕が最後に足掻くしか無い事はクーデリアにも当然わかっていて、投擲した短剣は、頭を庇った彼女の鎧の肩口に弾かれた。

 ……僕の狙い通りに。

 短剣を鎧で弾く為、クーデリアの動きは剣を振り上げたまま一瞬だけ遅れる。


 僕はそのクーデリアの腕の下に潜り込み、纏った闇を手に集めて刃と成し、脇の下、鎧の隙間へと突き出す。

 魔力で生んだ闇で武器を隠して戦い、更に武器が尽きたと思わせてからの、闇の武器化。

 初見の相手では先ず防げない、キュービス家に伝わる魔技の一つ、開祖の異名でもあった『影の刃』。

 脇の下から突き入れた闇は、肺と心臓を潰すだろう。

 そうなれば流石のデュラハンとてただでは済まない筈だった。


 だが尤も、確かに影の刃は初見ではほぼ防げやしない技だが、問題は僕の訓練相手を幾度となく務めるクーデリアは、当然この技の存在を知っていると言う事だ。

 ゴスリと、剣を手放して振り下ろされた拳が僕の頭部へとめり込む。

 めっちゃ痛い、と思いきや痛くない。

 爺ちゃんに掛けられた防御魔術が働いたからだ。

 しかし本来なら頭部を叩き割られてもおかしくない一撃を入れられた以上は、僕の負けだった。



 一撃を喰らったついでに地面に転がり、不貞腐れる僕。

 まあ何と言うか、身体能力がずっと上で、手の内も知られてしまっている相手に勝とうと言うのが無理なのだ。

 せめて魔術を使わせてくれれば、もう少し何とかなると思うのだけれど、と言うかもっと冷静に戦える筈なのだけれども。


「そうは仰いますが、半年前の若君ではそもそも最後の攻防にも持ち込めませんでしたし、成長は著しいと思いますよ」

 そんな僕に、首の上に頭を置き直して、見た目は単なる美人騎士になったクーデリアが言う。

 起き上がれとばかりに手を差し出して来る彼女を、拒める程に僕は心が強くないし、多分捻くれてもない。

 引き起こされる僕にクーデリアは、

「ただ、そうですね。若君は刃を握ると、人が変わったかの様に殺す事ばかりに意識を傾けられますから、……人同士での戦いならば決して間違いとは言いませんが、私の様な者からすれば隙も見えます」

 そう、少し言葉を選ぶ様に言った。


 ああ、わかってる。

 わかってはいるのだ。

 多分爺ちゃんが技術は道具でしかないと言ったのも、敢えて暗殺者としての技を鍛錬させるのも、全ては教え込まれた技術に使われる僕に、それを克服させる為だとも。

 でも五年、たった五年仕込まれただけの技術、暗殺者としての本能に、僕は九年掛けても使われるままだった。


「大丈夫ですよ、若君。以前の若君ならひたすらに弱点である私の顔を狙って来たでしょう? でも今は大きな損傷を与える為に、身体を狙う工夫をしてます」

 クーデリアの慰めの言葉を聞いて思うのは、以前の僕って本当に酷い奴だなって事だ。

 いや今も大きくは変わらない気がするのが少し悲しい。

 しかしクーデリアはそんな僕に笑い掛け、

「もう一度言います。大丈夫ですよ、若君。若君の優しさはこのクーデリアが存じております。だから落ち込む暇があるのならもう一本参りましょう。昼にはまだ時間がありますから」

 肩に大剣を担ぎ直しながらそう言う。


 まぁ、うん、知ってた。

 クーデリアは優しいが、それ以上にスパルタなのだ。

 けれども確かに、落ち込む暇があるのなら身体を動かし、少しでも自分を鍛えた方がずっと前向きで良い。

 彼女の言葉に頷いた僕は、短剣を拾って、構えを取る。

 殺す為じゃなく、せめてクーデリアに一泡吹かせてやる為に。



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