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37 落雷と共に2


「私は悲しく思います。小さき頃から見守って来たラビック様が悪魔の手で堕落していたなんて!」

 次の日、眠る前の僕の予想通り、厄介事がやって来た。

 爺ちゃんと契約してる天使、アールターニエル、悪魔と同じく契約者以外が名前を呼ぶのは良くないので、僕がアニーと呼ぶ彼女が召喚されたのだ。

 アニーは添い寝で移った、悪魔のデュールグシア、デュシアの匂いを敏感に察知し、色々と想像した挙句、僕が堕落したと騒いでいる。

 否、騒いでるだけなら良いのだけれど、

「やはりここは僧院に入り、自らの行いを見詰め直し……、いえ、もういっそ去勢してしまえばもう悪魔の誘惑も届かないのでは!」

 放置すると身の危険を感じる方向にその思考が飛ぶので、面倒臭くても放っては置けなかった。

 そもそもアニーは、実はデュシアもそうだが、爺ちゃんがノーライフキング、エルダーリッチと化す前からの召喚獣であり、爺ちゃんが不死者になった事を良く思ってはいない。

 だから爺ちゃんの後継者だと見做してる僕に対しては余計に、同じ道を辿らぬ様にと過干渉気味に色々と言って来る。

 正直かなり面倒臭い相手なのだ。


「ん、別に寝てるベッドにデュシアが潜り込んで来ただけで、アニーが思う様な事は何も無いよ」

 爺ちゃんとの契約があるから危害を加えられる事はないだろうけれど、流石に少し怖いので僕は慌てて弁解をする。

 デュシアはこうなる事がわかってて、僕に匂いを擦り付けて行ったのだろう。

 多分今頃は、何処かからこっそりこっちを覗いてキシキシと笑って居る筈だ。


「本当ですか? 嘘を吐いていませんか? 嘘は罪ですよ?」

 僕の目をじっと見て、問いかけて来るアニー。

 本当に、一体何で爺ちゃんの召喚獣に、僕が気遣わなければならないのか。

 でもアニーもデュシアと同じく、僕がこの館に来た頃からの知り合いで、この発言も彼女なりに僕を思っての事であると知っているから。

 嫌いじゃないし、嫌いになれない。


「うん、僕がアニーに嘘吐く訳ないでしょう」

 アニーに向かって僕は言い切る。

 だってアニーに嘘がばれると、もっと面倒臭い事になるから。

 僕はそこまで無謀じゃない。

「ふふ、ふふふ。そうですね。ラビック様が私に嘘を吐く訳ありませんもの。ああ、なら貴方は悪魔の誘惑を退けたのですね。素晴らしい、やはりラビック様には素質が…………」

 まあ嘘を吐かなくても充分面倒臭いけれども。



 さてでは何故、こんな面倒臭い悪魔のデュールグシアと天使のアールターニエルを爺ちゃんが呼び出したのかと言えば、彼女達の力を借りねばならない位の厄介事が魔の森で起きるからだ。

 雨季とか乾季って言葉なら多分聞いた事があると思うけれど、それと似た様な物で、魔の森には雷季がある。

 簡単に言えば雨の様に雷が降り注ぐ季節であった。


 魔の森はこの大陸でも有数に魔力が溜まり易い場所であり、それ故に多くの魔物が棲み、木々も他では中々見れない特殊な物が生えている。

 だが年に二度、森に溜まり過ぎた魔力が噴き出して発散、世界へと散って戻る時期があり、その発散方法こそが天より降り注ぐ雷の雨なのだ。

 天の雷を地に滞った魔力が吸い寄せて、砕かれて世界を巡る魔力循環の流れに戻るって現象が起きるらしい。


 この現象、雷季が起きるのは深層部でも中心に近い部分のみだが、主やそれに次ぐ様な高位の魔物は兎も角、深層部でも中堅以下の魔物は雷に打たれて死ぬ事がある。

 雷季は魔の森でも最も危険な出来事の一つと言えるだろう。

 そして爺ちゃんの領域があるのは魔の森の中心部、つまり雨の様な雷が最も激しく降り注ぐ場所だった。

 魔物達は地に潜ったり、雷が降り注ぐ範囲から逃れたりと必死に雷季をやり過ごそうとするが、僕や爺ちゃんはそうはいかない。

 館や石塔は足を生やして逃げてくれないから、生活の拠点を守らねばならないのだ。

 だからこそ爺ちゃんはこの時期、年に二度の雷季の間は、いかに彼女達が面倒臭くても、天使と悪魔を揃って呼び出すのである。


 しかし雷季が来るとなれば、暫くはエルフの村にも、冒険都市ナルガンズにも、その他の人間の町にも行けなくなってしまう。

 ほんの数週間の間だが、荒れ狂う魔力と雷が、転移魔術の結果も狂わせるからだ。

 だから雷季が来る前に、爺ちゃんはグランザースの結界を強化しに行くだろうし、僕はラドゥ達やミュースに暫く冒険には行けない事を伝えねばならない。

 他にも食料を買い込んで貯蔵もしなきゃいけないし、雷季の前は結構忙しい。

 実際に雷季に入ってしまえば、今度は全く身動きが取れなくなるから暇になるのだけれど、こればかりは自然現象が相手なので仕方がなかった。




 僕は昔、雷がとても苦手だった時期がある。

 言い訳をさせて貰うなら、別に僕が臆病だったからって訳じゃなくて、キュービス家で受けた訓練が中途半端だったからだろう。

 具体的に言えば、光や音に敏感になる訓練は受けていたが、不意の強い光や大きな音に耐える訓練は、まだ受けていなかったせいだ。

 この館に移ったばかりで、まだ環境に慣れておらず、常に不安を抱えていた僕の心を、初めての雷季は大いに脅かせた。

 途切れる事ない雷光と雷鳴は、部屋に閉じこもって毛布を被っていても、僕の心を少しずつ削って行く。


 そんな僕を一生懸命に宥め、不安を和らげようとしてくれたのが爺ちゃんと、そしてデュシアとアニーだった。

 デュシアとアニーは仲が悪い。

 それはもうずっと昔からで、悪魔と天使である以上は仕方ない事なのだろう。

 もし爺ちゃんとの契約がなければ、出会った途端に殺し合いになってもおかしくない、寧ろそうならないのがおかしいのが、悪魔と天使って存在なのだから。

 降り注ぐ雷から領域を守る為に呼ばれるデュシアとアニーだが、それでも彼女達は決して協力なんてせず、各々が別々に結界を張って雷を防いでいたらしい。


 だがそんなデュシアとアニーは、不安に閉じこもった僕に対して、あーだこーだと言い合いをしながらも二人して一生懸命に励ましてくれた。

 爺ちゃん曰く、幾ら悪魔と天使でも、否、悪魔と天使だからこそ不安に震える子供の相手なんてした事がないから、互いに喧嘩する余裕もなかったのだろうと言う。

 そして遂には、僕の不安を少しでも和らげる為に、個々で結界を張るのでなく、二人が協力して強固な結界を張るに至ったそうだ。

 しかしどうやらその時の僕は本当に余裕がなかったらしく、実はその事をあまり詳しく覚えていない。

 でも二人の僕に対する態度はその頃からずっと変わらないから、面倒臭いとはぼやきながらも、雷季の終わりには寂しく思う。


 ただ二人は興が乗るとすぐに僕が小さい頃の話をしたがるので、それは本当に本気でやめて欲しいから、僕は彼女達を邪険にするのだ。

 顔を合わせれば喧嘩ばかりする癖に、そんな所だけ一致しないで欲しい。


 まあ何にせよ、僕が15歳になって一度目の雷季は、もうすぐそこに迫っていた。


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