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36 落雷と共に1


 召喚魔法とは、魔物や精霊等の人以外の存在と契約を結び、その結んだ縁を手繰り寄せて対象を呼び出し、力を借りる神秘の技である。


 召喚魔法に必要となる、召喚主と召喚獣の契約はかなり大雑把な物が多く、大体の場合は召喚獣は呼ばれれば力を貸し、召喚主は呼び出した召喚獣に魔力を与える。

 ……程度にしか取り決めを行わない。

 簡単に言えば双方の信頼関係に依って成り立つ場合が多いそうだ。

 しかし多いと言う事は、逆に言えば少ないけれど他のパターンもあると言う事で、例えば知能の高い魔物を倒し、命を奪う代わりに召喚契約を結んだ場合等は、信頼関係など最初は当然存在しないだろう。

 故にその場合は幾つかの条件、契約期間中は召喚主の命令以外で人間を襲わない等が付け加えられる事になる。


 他にも捕獲した魔物を魔術で隷属させ、その上で召喚契約を結ぶ何て場合もあるらしい。

 隷属させた魔物を、本来魔物を従えるだけの実力は持たないが、金だけは持ってる魔術師と召喚契約を結ばせる、奴隷商紛いの召喚獣斡旋を行う術者も居るんだとか。



 だがそう言った普通の召喚魔法とは別に、別の世界や異界から、この世界の生物とは全く別の存在を呼び出す術、召喚魔術と呼ぶべき物がかつて存在した。

 因みに別の世界と言うのは、この世界と同じ様に一つの完成された世界であり、異界と言うのはそれ以外の、世界と世界の狭間や、世界の外側に広がる空間を言うらしい。

 けれども別の世界や異界から呼び出される存在は、価値観や思考の形が全く違う事も少なくない為、制御がとてつもなく困難だったとされる。

 別の世界や異界から呼び出される存在が如何に強力であろうとも、制御出来ねば身の破滅に繋がるだけだ。

 やがてゆっくりと召喚魔術の使い手は減って行き、今ではごく一部の魔術師だけが過去の文献を頼りに修得するのみだと言う。 


 そしてそんなごく一部の一人が、エルダーリッチと化した爺ちゃんだった。

 爺ちゃんは天使と悪魔、更に虹を召喚魔術で呼び出し、色々と条件付きの契約を交わしたらしい。

 と言っても虹に関してはイレギュラーで、向こうが勝手にやって来てしまったと言う話だが……。


 まあさて置き、今回問題となるのは虹じゃなく、天使と悪魔の方である。




 真夜中、僕は不意に強い視線を感じ、枕の下に隠したナイフを引き抜いて身体を起こす。

 投げはしない。

 寝ていた状態からのナイフ投擲は不意打ちになるかも知れないが、多少不意を突いた程度で仕留めれる相手は、そもそもこの館に忍んで来れる筈がないのだ。

 だったら手の内にナイフの一本でも握っていた方が未だマシである。

 僕はナイフの切っ先に殺意を込めて、真夜中の侵入者を見据えた。


「キヒヒヒッ、良い殺気だぜ、坊ちゃん。でも駄目だなぁ、前に会った時より随分と丸くなってやがる。坊ちゃんにはこうさ、こんな田舎の森じゃなくて、もっと殺伐とした人間の世界で殺し殺されて腐って行って欲しいね!」

 僕の視線の先でそんなふざけた言葉を発するのは、暗闇の中でもなお濃い闇の塊。

 ……腹立たしいが、知り合いだ。

 まあ知り合いでなければこの館に忍んで来れる様な相手、つまり格上が敵として現れたって事だから命の危機なのだけれど……、だからこそ決めた覚悟の分だけ腹も立つ。

 僕はナイフを鞘に納めて枕の下に戻すと、溜息を吐いてもう一度ベッドに横になる。


「あれ、おーい坊ちゃんよー。怒ったのかよぉ。怒るなよぅ。折角久しぶりに会ったんだからアタイとちょっと話そうぜ」

 闇の塊はぬるりと姿を変えて、褐色の肌をした女になり、流石にその姿のままでは宙には浮かんでられないのか、スタッと音を立てて床に降りた。

 眠りを邪魔されたせいで少し頭がぼんやりするのに、褐色の女は馴れ馴れしく寄って来てベッドの端に腰掛ける。

 そう言えば、もうコイツが来る時期になったんだなぁと、僕は大きく溜息を吐く。


 彼女は、……多分彼女は、爺ちゃんが契約してる悪魔のデュールグシア。

 ただ悪魔の名前を契約者以外がそのまま呼ぶのはあまり良くないので、僕はデュシアと呼んでいた。

「ねぇデュシア。今はね、夜なの。夜は人間は寝るものなんだよ。用事があるなら明日にして」

 僕は寝っ転がったまま、面倒臭げに手を振って追い払う。

 普通の精神をしていたら、これだけ邪険に扱われれば、大抵は引き下がる物だ。

 だが悪魔である彼女は決して普通何かじゃなくて、追い払おうとしてる僕の手を確りと握って捕まえる。


「いーやーだー! 構えよ坊ちゃん。日が昇ったらあの腐れ天使も来るんだぜ。そうなったら絶対邪魔されるんだから今がチャンスじゃん。そうだよ眠気が吹っ飛ぶ位のイイコトを、アタイと一緒にしようぜ?」

 決して力を込めて握ってる風には見えないのに、どう言った技を使ってるのか、その手が全く振り解けない。

 おのれ、爺ちゃんめ!

 悪魔は夜、天使は昼に呼び出し易いらしいけれど、だからってデュシアを先に自由にすればこうなる事はわかってる筈なのに。

 ……まあ天使が先に現れても其れは其れで凄く面倒臭いのだけれども。


 もう良いや。

 手位は好きにしてくれたら良い。

 僕の手で遊ぶデュシアを放置して、目を閉じて眠りの姿勢に入る。

 爺ちゃんと契約してるデュシアは、その身内である僕に対して、本気で嫌がる事は了承なしには行えないのだ。

 例えば、仮に僕が『仕方ないな。少しだけ遊んであげるけれど、そしたら静かに出てってね』何て言えば、その言葉を拡大解釈して色々と仕掛けて来るだろう。

 了承したって事実があれば、踏み込んで来るのがこの悪魔だ。


 この館に来たばかりの頃からの知り合いなので、邪険にはしてても僕はデュシアが嫌いじゃないし、彼女だって同じだと思う。

 デュシアから僕に向けられるのは、何時だって親愛の情である。

 でも悪意がなくても、騙して堕落させようって気もなくても、寧ろ気に入った相手だからこそちょっかいを出して惑わそうとするのが、この悪魔って存在だった。

 因みに爺ちゃんを揶揄わないのは、付き合いが長すぎるからと、枯れた骨と遊んでも楽しくも何ともないからだとか。


 寝入る僕を懸命に起こそうとアレコレ言ってたデュシアだけれど、やがて諦めたのかモゾモゾと僕の隣に入って来る。

 どうやら添い寝をする事に決めたらしい。

 あー……、成る程、実に面倒な嫌がらせに出て来た。

 このまま寝ると、明日は確実に厄介な事になるだろう。

 だけれど追い出すのも眠すぎて面倒臭いから、まあもう良いや。

 くっついて来たデュシアの身体は熱くもなく冷たくもなく、心地良い眠りに僕を誘った。



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