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35 友人を家に招く事4


 昼食後は爺ちゃんによる魔術の授業だが、こちらは別にミュースが居るからと言って特別な事は行われない。

 ひたすらに紙に魔術の術式を書き、それを爺ちゃんにチェックされて、アドバイスを貰うって内容が続く。

 ただミュースはこんな風に紙を贅沢使いした経験がないらしく、少し戸惑いと遠慮をしている様だったが、慣れたら直ぐに夢中になって術式を紙に書いている。

 彼女曰く、

「凄いですよ先生! こうやって紙に書き写す事で自分の術式構成をキチンと確認し、癖だらけな事がはっきりと見えました。しかもバラ……、お爺様から指摘が戴ける事で足りない部分が目で見て理解出来ます!」

 なんて風に言うけれど、僕はずっとこうやって来たから、いまいちその凄さは理解出来なかった。

 因みにバラーゼ様と呼ばれるのを爺ちゃんが嫌がった結果、ミュースは爺ちゃんの事をお爺様なんて呼んでいる。

 ミュースには隠しているが、呼ばれる度に少し照れてる爺ちゃんが面白い。


 今週の予定は、二日訓練日を入れたらその次の日は自由日で、また二日の訓練日が入って自由日が来て、そして冒険の日、つまりはミュースを冒険都市ナルガンズに連れて行く日となる。

 恐らく未だヴァルキュリアは帰って来て居ないだろうから、もうもう一週泊まるかどうかは、ミュースがそれを望むかどうかだろう。

 流石に三年とか五年も居られるとミュースも年頃の女性になってしまうから少し扱いに困るけれど、数ヶ月程度なら好きに居てくれて良いと言うのが僕と爺ちゃんの考えだ。

 当然その場合は今の様に単なるお客様扱いではなく、雑用の手伝いとかはして貰う事になるだろうけれど、ミュースと言う新しい要素が生活に齎す変化は、僕も爺ちゃんも歓迎していた。

 何せ戦闘訓練で爺ちゃんの召喚獣と模擬戦をしなくて良いってだけで、僕は客として来てくれたミュースに感謝の気持ちで一杯なのだから。



 二日間の訓練日が終わり、ミュースが館に来てから最初に訪れた自由日に、僕はミュースをクオンを連れての散歩へと連れ出す。

 散歩するのは当然魔の森なのだが、初日の今日は、浅層部を散歩しようと思う。

 ミュースは魔の森って聞いただけでも驚いてた位だから、本当は深層部を見せて歩けばどんな反応をするのかを見てみたい。

 でも森に慣れておらず、気配も消せないミュースを連れて歩くには、深層部は流石に危険過ぎた。

 僕が魔術で音と臭いを遮断し、クオンが幻で姿を覆い隠しても、深層部の魔物は多分難なくミュースを見付ける。

 勿論その場合は僕が戦う事になるだろうけれど、ミュースを巻き込まずに何とかするのは不可能だ。


 故に残念ながら、何とかならぬ物かとは考えたけれど、結局は危険を避けて妥協した。

 だって妥協しなければ、それで危険な目に合うのは僕じゃなくてミュースだもの。

 冒険者ならダンジョンでの危険は自己責任だが、ミュースが魔の森で危険な目に合えば、それは連れて来た僕の責任だろう。

 まあそれに、浅層部の探索をする場合は出発地点はいずれかのエルフの村からだ。

 物珍しさで言うならば、エルフの村は深層部にだってそう引けは取らない。


 この森のエルフは外の人間を厭うけれども、爺ちゃんが転移魔術で連れて来た相手だけは別である。

 何故なら爺ちゃんの転移魔術を用いての出入りなら村の場所がばれる事はないし、仮に見つける手段を持っていたとしても、否、持っているからこそ爺ちゃんの恐ろしさがわかる筈で、そんな相手と敵対してまでエルフに手を出そうって人は居ないと知っているから。


 そして実際に爺ちゃんの転移魔術で連れて来られ、目を丸くして驚きに固まるミュースを、エルフ達は笑みを浮かべながら出迎えてくれた。

 爺ちゃんが村でエルフ達と話をしてる間に、僕はミュースと、呼び出したクオンを連れて村を出る。

 エルフの村の周辺は、と言ってもごくごく狭い範囲の事だけれど、少しだけ整備されてて森も歩き易い。

 だから僕は先ずエルフの村の周りをぐるっと一周して、ミュースがある程度歩けるのを確認してから、森の中へと踏み入った。 


 先導して歩く事で安定する足場を教え、根が張り出してデコボコとした地面では手を貸して、僕はミュースと森を行く。

 普段から森で生活してるクオンは歩くペースも当然早く、少し先行しては遅いとばかりに戻って来て、グルグルと僕等の周囲を回ってからまた先行する。

 けれどもクオンのこの仕草は、ペースの遅さが不満なのではなく、単に早く歩ける自分をアピールしてるだけだ。

 僕等の周りをグルグルする時、実に得意気に胸を反らして気取って歩いてるから間違いない。

 その仕草は微笑ましく可愛らしいけれど、でもちょっと生意気でもあるから、僕はクオンが戻ってきたタイミングで首元を摘まんで持ち上げた。


 突然摘まみ上げられた事にビクリと固まったクオンだが、直ぐに扱いの悪さに抗議するかの様にケンケンと鳴き出す。

 そんな僕等のやり取りに、ミュースの口元にも笑みが浮かんだ。

「あ、アレ、見える? あそこの木の周囲に生えてる草ね、緑の迷宮の6階層でも採取出来る薬草なんだけど、需要が高くて何時も買い取りしてるから覚えとくと良いよ」

 クオンをちゃんと抱え直してから周りを見渡せば、丁度良い所に薬草の群生地があったので、特徴と採取の仕方をミュースに伝える。

 採取の仕方を教える為にミュースと少しばかり採取をしたが、この薬草はエルフも良く使うから、村への土産に丁度良い。



 だがそんな風に森歩きをしていると、不意に森の奥から怒声が聞こえた。

 そう、間違いなく怒声だ。

 言葉はこの辺りで使われる人の言語ではないが、その声には間違いなく怒りが含まれている事がわかる。

 僕はミュースと顔を見合わせた後、互いに一つ頷き、音と臭いを魔術で改めて遮断してからそちらへと向かう。


 そうして辿り着いたそこは、人型の魔物同士が争う場だった。

 森の中に開けた洞窟を、オークの群れが攻めている。

 そして洞窟を守るのは、何とオーガだ。

 本来オークとオーガでは、かなりの力量差がある為に戦いは起きない。

 具体的に言うとオーク四~六体掛かりで、漸くオーガ一体と互角に戦える位の計算だろう。

 だからオークは、大体の場合はオーガに喰われるだけになるので、遭遇したら逃げ惑う筈。

 ましてや自分から攻める等、本当にそうある事ではなかった。


 でも僕は、何故こうなっているかに関しては少し心当たりがある。

 少し前まで、森の東の中層部にはハイオーガキングが主争いで優勢な位置に居たのだ。

 ハイオーガキングの支配力は浅層部に棲むオーガ達にも届き、彼等は自分の王の為、急速に勢力を拡大した。

 数を増やす為に巣穴を増やし、増えた数を養う為に縄張りも広げて。

 オークは恐らく、増えたオーガ達の餌としてうってつけだったのだろう。

 オーガに仲間を喰われても、敵わぬからと逃げ惑っていたオーク達。


 しかしついこの間、ハイオーガキングは敗れて主争いから脱落する。

 多くの魔物の恨みを買っていたハイオーガキングは、他の魔物に屠られた。

 すると当然、王を得た事で調子付いていた中層部のハイオーガ、浅層部のオーガ等も、他の魔物の逆襲を喰らう。

 だからこのオーク達も、今まで自分達を餌にしていたオーガの失墜を悟って、今が好機とばかりに数を集めて襲い掛かったのである。

 オーガ一体に対して十体近い数のオークが群がり、硬い外皮に弾かれながらも石や木の武器を叩きつけていた。

 地力に勝る筈のオーガもオーク達の勢いに怯んで、押し倒されてしまえば後はされるがままに嬲り殺しだ。


 まさかよりにもよって、ミュースと居る時にこんな光景に出くわすとは思わなかった。

 驚きに目を見開くミュースの動揺は激しい。

 無理もない、オークがオーガを狩るだなんて光景は、僕だって初めて見る。

 僕はミュースの手を引いて、ゆっくりとその場から退いて行く。

 オークは人、エルフ、動物を問わず、他種の雌の匂いに敏感だ。

 戦闘が終わる前に、この場を離れた方が良いだろう。


 それにこれは、ちょっと少しだけ困った事態になるかも知れない。

 本来天敵であるオーガを、数を頼みに下したオークが調子付き、更に数の力で敵を攻める事を学習していたならば、普段は手を出さないエルフの村を狙う可能性も、決して皆無ではなかった。

 オークは所詮浅層部の魔物に過ぎないけれど、集まった数次第では村の防備が突破される事だって十分にあり得る。

 爺ちゃんやエルフの村の村長には、見た内容をちゃんと話しておかねばならない。


 本当はミュースに少し森を見せるだけの心算だったのに思わぬ発見をしてしまったが、だがこんな風に予測しない出来事が起きるのが魔の森なのだ。

 魔の森らしさを見せられたのだから、今日の所はまぁ良しと言う事にしておこう。




 そんなトラブルもあったせいで、ミュースが僕の家で過ごす一週間はあっと言う間に過ぎ去った。

 五日目の夜、ミュースからはヴァルキュリアが帰還するまで、多分二週間くらいの滞在延長のお願いがあったので、僕も爺ちゃんも問題なく引き受けたけれど、滞在を延長したい理由はもう少しここで訓練を積みたいからだとか。

 つまり彼女は自分に絡んで来た少年達に対する怯えの感情は、もう殆ど持っていないらしい。

 あの後、僕とミュースはエルフの村の見回り警備に参加して、斥候らしきオークの群れと数度交戦している。

 その際にミュースは攻撃魔術で一体、魔術で仕留め損ねて近寄られた相手を剣で一体、合計二体のオークを倒した。


 ダンジョンの魔物とは違い、不利になれば逃げだす知恵を持つ、しかも人型の相手を自分の手で屠った事は、僕が行った訓練以上にミュースに度胸を付けたらしい。

 死ぬか殺すかの戦いを体験すれば、たかが暴力的な態度を取って来る程度の相手に対して恐れる必要なんて無いと気付ける。

 勿論ミュースは元々ダンジョンでの実戦経験はあるけれど、ヴァルキュリアは貴重な魔術師としてミュースを大事に育てようとしたのだろう。

 冒険者組合との契約で、見習いを引き連れてはある程度猶予のある階層の攻略しか許されないと言うルールもあった。

 それは勿論良い事なのだが、必然的に強い暴力や死の危険からは遠ざかる。

 だからこそ未だダンジョンにも入れぬ程度の、多少暴力を振う事に慣れている程度の少年達に、浸け込まれる隙があったのだ。


 でもそれもお終いだった。

 今日ミュースは僕と一緒に冒険都市ナルガンズに行き、僕がダンジョンに潜る間は、一人で町で雑用依頼をこなすらしい。

 当然、以前の知り合い達、あの少年等は目敏く彼女を見付けるだろうが、しかしその時は彼等が思い知る事になる。 

 ミュースと少年達の明確な違い、何故彼女はダンジョンに潜れて、今の彼等にはそれが許されないのか。

 勿論幸運に恵まれたって事もあるけれど、その幸運を物にしたのは、ミュース自身の力なのだ。


 だから僕は、ミュースをほったらかして本当に大丈夫なのかと何度も繰り返す仲間、ラドゥ達と一緒にダンジョンへ向かった。

 彼女は僕を先生と呼ぶから、僕は彼女を見守って、そしてその成長を誰よりも信じようと、そう思う。




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