34 友人を家に招く事3
そんな訳で少しの間我が家へ泊まる事になったミュースだったが、ラドゥ達が滅茶苦茶に羨ましそうにしていた。
どうやら彼等も僕の生活環境に興味津々だったらしい。
でも明日から既に町の外で依頼の予定が入ってるらしく、非常に悔しそうにしながら諦めた。
しかしミュースはミュースで何故かガチガチに緊張しており、爺ちゃんがトントンと足を踏み鳴らしただけで転移した事に驚き、ここが既に魔の森だと聞いて驚き、転移距離を計算して更に驚く。
まぁ一番驚いたのは、我が家に帰ってリラックスした姿の爺ちゃん、つまりは骨となった爺ちゃんを見た時だったけれども。
咄嗟に構えを取り、驚きつつも呪文の詠唱をしながら様子見をしようとした辺り、割と成長が見えたと思う。
戦力差は蟻と人間並に差があるから、爺ちゃん相手だと失礼なだけで全く意味はないが。
「なんじゃ、教えとらんかったのか」
けれども爺ちゃんはそんなミュースの反応にもカラカラと笑っただけで、特に気にした風もなく、館に彼女を案内する。
僕が爺ちゃんは魔術を極めて不死者となったエルダーリッチで、名前はバラーゼ・キュービスだって教えたら、ミュースは目を白黒させて可哀想な位に爺ちゃんに謝り倒してた。
別に爺ちゃんが気にしてないならミュースも気にする必要はないのだけれど、どうやら爺ちゃんの名前は、古くからある魔術の名家等では割と知られた名前らしい。
そして驚き過ぎて疲れたのだろう。
夕食と入浴を済ませたら、直ぐに泥の様に寝入ってしまった。
或いは夕食に使われていた謎の粉、虹から採取出来る石を削った、魔力を増やす効果のある調味料を食べたせいで、増えた魔力を受け止めれる様に拡張する為、身体が眠りを欲したのかも知れない。
「で、預かったのは良いがどうする心算なんじゃ? あの町で暮らしとるなら、ヴィヴラースの小僧の家とは既に距離を置いてそうじゃが」
ソファーに腰掛けてお茶を飲みながら問うて来る爺ちゃんに、僕は首を捻って考える。
匿う必要がありそうだったから匿っただけで、特に深い考えがあった訳じゃないのだ。
ミュースが自分で付いて来ると決めたのだから、多分大丈夫なのだろう。
「うーん、取り敢えず一緒に訓練をする心算だけど、今あの子には先生って呼ばれてるから、普段の僕を見て幻滅されないかが心配な位かなぁ」
僕の返事に、爺ちゃんが面白そうに笑う。
ミュースの家庭環境を詳しく聞いた事はないが、家から放り出されたと考えるには些か優秀で、尚且つ家名も普通に名乗っているから良くわからない。
妾の子供が本妻の子供よりも優秀だったから疎まれて、当主は庇おうとしたが結局家を出たとでも考えれば納得出来なくもないが、所詮は勝手な想像だ。
彼女の家に興味はないから、別に聞き出す心算もなかった。
「なら明日から暫くは、戦闘訓練に召喚獣は出さんからちゃんと面倒を見てやりなさい。あの子にとってここの生活が有意義な物になるかどうかは、ラビよ、お前次第じゃ」
爺ちゃんの言葉に僕は頷く。
勿論その心算ではあったのだけれど、改めて問い、僕の考えが纏まる手伝いをしてくれた爺ちゃんには、かなわないなぁとそう思う。
翌日、朝食を食べ、片付け等の雑用を終えてから、僕とミュースは庭へと出る。
今日の訓練は、ミュースにはひたすらに僕に対して打ち掛かって貰う心算だった。
元の実力は遥かに上のミュースが、少年達に侮られている理由は、顔見知りである事以上に、人に対しての攻撃が出来ないであろうからだ。
まあ当たり前の話だが、法の下で文化的な生活を送っていれば、他人を傷付けたり殺したりする可能性のある行為、つまり攻撃は、まともな神経をしていたら気持ちの上で躊躇う様に育つ。
だからこそ僕は五歳になるまで、ただひたすらに相手を殺す事ばかりに特化する訓練を積まされたのだが……。
それはさて置き、ミュースが他人への攻撃を躊躇うのは、その先に傷付けてしまうと言う結果が待つからだ。
自在に手加減が出来る程に武に習熟すると話はまた変わるだろうけれど、魔術師であるミュースにそんな武が必要かどうかは謎だし、そもそもそれを身に付ける時間も足りない。
故にミュースには木剣を持たせ、彼女の実力では攻撃しても僕を傷付けられないと理解出来るまでは、躊躇いながらでも攻撃を繰り返させ、理解出来た後は本気で攻撃を繰り返させる。
そうしてまずは他人に対して、相手が魔物でなくとも攻撃する事に慣れて貰おうと思ってた。
当然そんなに簡単にはいかないと思うけれども、多分無駄にはならない訓練だろう。
革手袋を付けただけで武器を持たない、無手の僕を前に、自分の手の中の木剣を見て躊躇うミュース。
何度も声を掛けた後に漸く、躊躇いがちの、例え何の心得がない相手でも避けられる、否、正確には避けて貰えるであろう一撃が飛んで来たので、軽く払ってからミュースの手元に手刀を落とす。
充分に加減はしているが、それでも驚きと痛みにミュースは木剣を取り落とした。
でも訓練は始まったばかりだ。
木剣を拾ってもう一度打ち掛かって来るようにと指示を出して、僕は彼女の動きを待つ。
次に放たれた一撃は、先程よりも少しだけ躊躇いが薄れている。
けれどもやはり、僕は軽くその一撃を払ってから、ミュースの手元を手刀で打った。
まだまだ足りない。
痛い思いをしたくなければ、躊躇いの無い攻撃をせねばならないと、そろそろ彼女も理解しただろう。
徐々にミュースが放つ攻撃からは躊躇いの色が消え、代わりに鋭さを増して行く。
そこで漸く僕は、手で払うのではなく体捌きで彼女の攻撃を避け出した。
仮にもミュースは、ダンジョンに潜り、浅い階層ではあっても剣を振って魔物を殺した経験がある。
例え革手袋を付けていたとしても、そんな彼女の本気の攻撃を何度も無手で払うのは、実は結構手が痛い。
しかし痛みを顔に出せば、ミュースの攻撃に躊躇いが戻ってしまうだろう。
だから僕は手の痛みを噛み殺し、体捌きのみで彼女の攻撃を避け続けた。
どれくらいそれを続けただろうか。
次第に躊躇いではなく、動き続けて、剣を振り続けた疲労によってミュースの剣は鈍って行き、やがて切っ先が地に触れて持ち上がらなくなる。
もしミュースが戦士を志望しているなら、一振りでも良いので、限界を迎えた後の一撃を要求するが、魔術師である彼女にその手の根性は必ずしも必要ではないだろう。
何故か僕は爺ちゃんの召喚獣達、近接戦闘の訓練相手からその根性を要求されるが。
……まぁ良いや。
ミュースは暫く動けないだろうから、後は体操でもして身体を解して、午前中の訓練はもう切り上げよう。
明日は僕が防具を付けて、ミュースの攻撃を防具で受け止めて、他人に攻撃を当てる事に慣れさせたい。
後は同じ事の繰り返しと、余裕があれば無手の組み打ちの練習を少ししておけば、元々ダンジョンに潜って魔物とは戦えてる彼女の事だ、多少の気構え位は出来る筈。




