33 友人を家に招く事2
手を離してやれば、慌てて逃げ出す少年達。
安堵からかミュースは蹲ってしまうし、周囲の冒険者達は、ラドゥ達も含めて興味深げに事の成り行きを眺めている。
僕の顔はナルガンズの冒険者達にはそれなりに知られているから、さぞや面白い見世物なのだろう。
うーん、どうやって収拾付けようかな、これ。
取り敢えず僕はミュースを宥めて立ち上がらせて、ラドゥ達に許可を取り、得た財貨の分配を相談する為の個室に、彼女も付き添わせる事にした。
まあ分配と言っても僕等は得た収穫をザックリ山分けにするだけだし、端数はシーラの矢代にしたり、薬等の消耗品に使ったりと適当に処理してる。
他のグループは分配で結構揉める事がある様だが、ラドゥのグループは最初から山分け、必要な物があるならば相談って形を最初から決めているので、分配で揉め事が起きた試しはない。
今回得た物の中には、僕は特に欲しい物がなかったが、カーイルは宝箱から出たナイフを欲しがった。
カーイルは、実はナイフや短剣類のコレクターなので、僕が時折使う短剣にも熱い視線を注いでる。
ザックリと調べたが、呪われてる様子はなく、多少の魔力は感じたが、どうやら切れ味が落ちない様に保護の魔術がかけられている程度だ。
一応は魔術武器の類なので、価格的にはまぁまぁと言った所。
厳密な金額は冒険者組合に査定を頼まねばわからないが、まあ好きにしたら良いんじゃないだろうか。
宝箱から出た財貨に関しては分配が終わり、後は組合に買取を頼んだ魔物素材の試算が終わるまで、皆が雑談に興じ始める。
なので僕はこの間に、ミュースから事情を聴き出す事にした。
ミュースは僕の指導の後、ベテランの冒険者グループに加わって更なる経験を積む過程に進んだ。
その際にミュースは、僕が推薦した女性だけで構成されたグループ『ヴァルキュリア』に加わり、自分の性別を隠す事を止めたらしい。
元々ミュースは、僕が指導している時から優秀だったと思う。
最初こそ怯えや焦りが強く、そして自分の強い魔力に魔術の制御をしくじり、何度も失敗を繰り返した。
でも彼女は一つ一つの問題を指摘すれば、それに真っ直ぐに取り組んで解決し、すぐに自信に変えたから、あまり指導に手間取った覚えがない。
そんな彼女だからこそ、ヴァルキュリアのメンバーが求める水準にも徐々に追い付き、このまま組合の定めた教育期間が終われば、ヴァルキュリアに正式所属して欲しいとすら言われてるそうだ。
因みに組合の定めた教育期間は半年で、『訓練中の魔術師を加えたメンバーでダンジョンに入る場合、最高攻略階層よりも五層以上低い階層までしか立ち入れない』って制限がくっついている。
つまり余裕を持って見守れる範囲で経験を積ませる様にってルールらしい。
だがそんな時、ヴァルキュリア達にある依頼が入った。
とある高貴な身分の女性を護衛する依頼で、女性のみで構成されたヴァルキュリアはうってつけだったのだろう。
けれどもそんな高貴な身分の女性を護衛する依頼に、まだ見習い期間中のミュースは連れて行けない。
必然的に彼女はナルガンズでの留守番となってしまったのだが、そこでトラブルが発生したのだ。
先程の少年達は、以前ダンジョンに入れなかった頃、僕が指導を行う前のミュースと、町中での雑用依頼で顔見知りだった子達らしい。
彼等は自分達と同じ境遇だった筈のミュースが、何時の間にかダンジョンに潜り、しかも女性ばかりで目立つ冒険者グループであるヴァルキュリアに加わってると知って、まぁ仕方の無い事かも知れないが激しく嫉妬する。
しかも性別を隠す事を止め、髪を伸ばし始めたミュースを見て、自分達を騙していたとも思ってしまった。
そして少年達はヴァルキュリア達と離れて一人になったミュースに接触し、自分達もダンジョンに入れるようにしろ、ヴァルキュリアに入れるように口を利け等の好き勝手な要求をぶつけ、それを拒否されると暴力的な嫌がらせを彼女に行う様になったと言う。
冷静に考えればダンジョンへの立ち入りも、ヴァルキュリアへの加入も、見習いに過ぎないミュースに権限がある筈がないとわかるだろうに、どうにも少年達の視野はとても狭くなってるらしい。
そもそもダンジョンに入れない少年達は、見習いとは言えヴァルキュリアに認められつつあるミュースとは、猫と虎程に実力が違う。
勿論ミュースが虎側だ。
ミュースには前衛としての動き方も基礎だけは教えたので、木剣の一本もあればあの少年達を這い蹲らせる位は出来る筈だった。
……が、魔物相手に武器を振えても、人間相手、しかも顔見知りの少年が相手となると話は変わる。
冒険者であるならば例え人間が相手でも、敵対するなら命を奪う覚悟を持つべきだが、まだまだミュースには経験と覚悟が足りない。
少年達もそんなミュースの弱さを見抜き、後は顔見知りだからと侮って、自分より遥かに強い彼女を食い物にしようとしているのだ。
さて、しかしどうしようか。
この問題、どうやって解決すべきか悩ましい。
一番良いのはミュースが彼等を叩きのめせる度胸を身に付ける事だが、こればかりは魔物相手の時の様に簡単に経験を積ませる事は難しかった。
もういっそ先程の少年達を捕まえて来て魔術で縛り、ミュースに度胸が付くまで殴らせようかとも思ったが、これは流石に乱暴すぎる手段だろう。
本当に何らかの被害が出たなら兎も角、まだ行われているのは冒険者にとっては嫌がらせの範疇だし、逆に被害が出てからでは遅いのだ。
冒険者組合もこの件では味方になってくれそうにはない。
何故なら、普通に考えて明らかに弱者は少年達の方なので、弱者に絡まれて困ってますなんて訴えても組合からすれば何を言ってるんだって話になる。
受付嬢のカトレーゼは個人的には理解を示してくれるかも知れないが、彼女一人を味方にしても少年達に何らかの処分を下す事は不可能だろう。
僕が額に皺を刻み込んで唸っていると、何とはなしに話を聞いていたのだろうカーイルが、
「何で悩んでんだよ。要はヴァルキュリアが帰って来るまで何事もなきゃ良いんだろう? 暫くラビが匿ってやりゃ良いじゃねぇか」
不意にそんな事を口にした。
……成る程、そうかもしれない。
別に僕が全てを解決してやる必要は無いのだ。
ミュースを預かる立場であるヴァルキュリアが戻って来て状況を把握すれば、事態は大きく解決に向かう。
訓練に差し障りがあると組合に報告すれば、組合から少年達への注意が行くかもしれないし、そうでなくてもヴァルキュリアが直接少年達と話を付ける事も出来る。
そしてミュースに対人を行う度胸を付けるのは、預かっている、或いは仲間にする予定であるヴァルキュリアの役割だった。
「そうそう、だから友達だってんなら、ラビの家に泊めてやれば良いだろ。友達なら泊まりに行くとか普通だよな。普通」
何故かちょっとニヤついて、普通を連呼するカーイル。
うーん、しかし普通の家ではそうなのか。
当たり前の話だが、魔の森にある館に友達が泊まりに来た経験は……、召喚獣のクオンが勝手に遊びに来るくらいだ。
でもクオンもミュースも似た様な物だと考えたら、まあ大丈夫かも知れない。
「ん、そうだね。誰かを家に泊めた事とかないけれど、ミュースがそれで良いならちょっと爺ちゃんに聞いてみるよ」
どうせそろそろ、爺ちゃんが僕を迎えに来る時間だ。
僕は少しの間ミュースをラドゥに預け、爺ちゃんに許可を得る為に待ち合わせ場所へと向かう。
そしてやって来た爺ちゃんは、話を半分聞いただけで簡単に許可を出してくれて、ミュースは正式に、魔の森にある我が家の客人となった。
僕が知る限りでは初めての人間の客人である。




