32 友人を家に招く事1
僕が15歳になってから一月ほどが過ぎた。
少し大人に近付いた僕だが、だからって普段の生活に大きな変化が出た訳じゃない。
週に四日は鍛錬したり魔術の勉強で、二日は自由日、そして一日は冒険都市ナルガンズで冒険者活動を行うと言うのも今まで通りだ。
「ラビック、フォローお願い!」
エルフの弓手にして精霊魔法使い、シーラ・シーラの言葉に僕は頷く。
この状況は予測してて、魔術の発動準備、詠唱は既に済んでいた。
「地よ、喰らえ」
僕の魔術が発動し、交戦中のこちらを後ろから挟み撃ちにしようとしていたキマイラは、不意に噛み付いて来る石の牙、虎バサミもどきに挟まれてその足を止める。
キマイラは獅子と山羊と竜の頭と、毒蛇の尻尾を持つ四足の魔物だ。
噛み付きにブレスに毒にと、近付かれるとかなり厄介な敵だけれども、動きさえ止めてしまえば後は単なる的に過ぎない。
足の止まったキマイラの、その顔の一つ一つをシーラの放つ矢が次々に刺さって潰して行く。
相変わらず、何故シーラの腕力でその威力が出せて、しかも速射が出来るのか、さっぱりわからない弓の腕だ。
負ったダメージの重さに、キマイラの膝が折れて倒れ伏した。
息の根が止まったかどうかの確認は未だだが、あの拘束、虎バサミもどきを引き千切る力は恐らく残ってないだろう。
それから間もなく、前衛達が交戦中だった敵を蹴散らし終えて、僕とシーラはパンと一つハイタッチを交わす。
僕のダンジョン探索仲間である、ラドゥ達のグループもナルガンズに戻って来ていた。
無事にローヴォード王国とゴルドアガレン帝国の戦争は回避されたらしい。
突如出現した巨人の情報は両国に大きな動揺を与え、人間同士での戦争をしてる場合ではないとの方向に意見が纏まったんだとか。
巨人出現の真実を知るファースビュー伯爵、その娘で、一応命を救った形になる伯爵令嬢ミューレースが改めて僕に直接礼を伝えたいとか言ってたらしいけれど、それはラドゥ達が上手く断ってくれたそうだ。
正直とても助かった。
別にファースビュー伯爵は頑張ってる領主だと思うし、個人としても決して嫌いではないけれど、お礼を言われる為にわざわざ遠出をしなければならないなんて事はごめんである。
勿論その為に爺ちゃんに送り迎えして貰うのも論外だ。
まぁ貴族とのお付き合いは、僕には到底出来そうにない。
「ハハッ、やっぱ外での依頼よりこっちの方が儲かるな!」
堪え切れずと言った感じに歓声を上げたのは、戦闘終了後に残された宝箱を弄っていたカーイル。
恐らく想定以上に中身が良かったのだろう。
そりゃまぁ、ダンジョン並に稼げる依頼はそうはない。
尤も、ダンジョン並に連続して戦わなければいけない危険な依頼もそうはないが。
「お金も勿論大事ですが、私は皆さんと一緒に戦ってるこの感じが好きですね」
カーイルの歓声に答えたのはディシェーン。
ディシェーンの事を良く知らぬ相手がその言葉を聞けば、何を綺麗ごとをと思うかも知れないが、彼女を良く知る者が聞けば意味は全く違って来る。
単純にディシェーンは、遠慮なしに倒してしまえる魔物と戦うのが楽しいのだろう。
人に対しては怒らせない限り心優しいディシェーンではあるけれど、彼女は司祭ではなく神官戦士の道を選んだ事からもわかる様に、実は戦う事がとても好きだ。
ましてや肩を並べて戦う相手が想い人であり、自分よりも腕の立つ戦士のラドゥなのだから、ディシェーンにとって楽しくない筈がない。
とは言え今日の探索はそろそろ終わりだろう。
充分な稼ぎを得たし、連戦による疲労も溜まりつつある。
後は下の階層に向かう階段を見付けたら、そこを記憶して町へと引き返す。
僕の視線の意味を理解したのか、ラドゥも一つ頷いた。
どうやら考える事は同じだったらしい。
言葉に出さずとも理解が得られる。
そう言った意味でも、仲間達とのダンジョン探索は、僕にとっても楽しい物だった。
今日の得た財貨の査定、分配を行う為に冒険者組合へやって来た僕は、ふと気になる物を目にする。
以前に冒険者組合からの依頼で指導を行った新人魔術師の一人で、最年少だったミュース・ヴィヴラースが、三人程の少年に囲まれ、何やら詰め寄られてるのが見えたのだ。
どうにもあまり和やかな雰囲気には見えなかった為、僕はラドゥ達に一言断り、ミュースに向かって声を掛けた。
「やぁ、ミュース、お久しぶり。アレから元気にしてた?」
僕が声を掛ければミュースの表情には明らかな安堵が浮かび、周囲の少年達は不快気にこちらを睨もうとして、でも明らかにダンジョン帰りと言った風の僕やラドゥ達を見て固まる。
どうやらこの少年達は、ダンジョンに入れない冒険者らしい。
冒険都市ナルガンズの売りはダンジョンだが、そのダンジョンに潜る為には二つの資格が必要だ。
一つは単純に冒険者資格。
これは他所の町なら兎も角、ナルガンズでなら取得は容易で、十歳以上の年齢と最低限の常識があり、更に犯罪歴、特にこの町での犯罪歴が無ければ冒険者資格は取得出来る。
何故こんなに低い年齢から冒険者資格が取れるのかと言えば、裕福でない家庭の子供や、或いは孤児等が己の食い扶持を稼げる、町中での雑用依頼を受ける為だった。
10歳以上の子供達が己の食い扶持を自分で稼げば、それ以下の年齢の子供に割り振れる食料は多くなるし、更に犯罪を犯してしまえば二度と冒険者資格を取得出来ない為、ひったくりやスリ等の犯罪に安易に走る可能性も減るだろう。
すると当然ながら、将来的にならず者になる子供が減り、町の治安の悪化を防げるのだ。
それに冒険者組合が雑用依頼の窓口を一括化すれば、文字の読み書きが出来ない事で不当な労働条件で働かされる子供を減らす等、まあ冒険都市ナルガンズとしての施作である。
しかし冒険者資格を取ったからと言って安易にダンジョンに入れてしまうと、一攫千金を夢見て無謀なダンジョンへの突入を行う子供も出るだろう。
そうなると当然冒険者の死亡率は上がり、子を失った親は冒険者組合、或いは冒険者という職業事態に恨みを持ちかねなかった。
それが積み重なれば、冒険者を中心として成り立つナルガンズで、冒険者とそれ以外の住人に溝が生まれてしまう原因になりかねない。
故に冒険者組合は、無謀な行動も自己責任だと見做される16歳以上か、或いは組合がダンジョン探索に有効だと判断する技能を一定以上の実力で保有する者にしか、ダンジョンへの立ち入りを認めていないのだ。
例えば今目の前に居るミュースがその後者、魔術師としての実力を認められたが為に、ダンジョンへの立ち入り許可を持つ一人である。
因みに勿論僕も同じくで、ナルガンズに来た最初の日に、組合職員等の前で魔術を使って許可を得た。
「あの、先生……!」
ミュースが僕に返事をしようとした途端、慌てた様に少年達がミュースを引っ張って何処かへ連れて行こうとするので、僕は彼等の襟首を掴まえる。
何と言うか、まるで後ろ暗い事があると自分から言ったかのような少年達の行動に、僕は彼等の目を覗き込み、
「君達は何? ミュースの知り合いかな。でも今は僕が話そうとしてるんだから、邪魔しないで」
殺意を込めて邪魔だと告げた。
多少やり過ぎ気味の脅しだが、このままミュースを連れて行かせると、一体どうなるかがわからない。
以前のミュースは自分を男だと偽っていたが、今は髪を伸ばし始めたり、それなりに身綺麗にしてる事もあって、もう少年と言って誤魔化せる容姿はしていなかったから。




