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31 海4


 外側から見てもわからなかったが、切られて肉、身のみとなった魚は種類によって色が違ってとても綺麗で……、

「爺ちゃんこれ生じゃない! 生だよ生! 料理されてない!!!」

 でもそれがわかるって事は、そう、生だった。

 野菜や果実なら生で齧りもするけれど、魚は動く生き物で、つまり肉と同じだ。

 肉と同じなら、焼いたり煮たりして、火を通して食べるのが当然だと思う。


 なのに爺ちゃんは平然と、エルフの村で分けて貰ってる黒いソースに付けて生魚の身をパクリと食べる。

「うむ、美味い。これはこうして食べるもんなんじゃ。まぁ苦手ならしょうがないからの、こちらの魚と貝は焼いてあるで、こちらを食べなさい」

 そう言って、次々にパクパクと生魚を食べて行く爺ちゃん。

 確かに苦手なら避ければ良いってのはわかるけれど、目の前でそうやって爺ちゃんが食べてるのに、食べもせずに避けるってのは何だかとても悔しかった。

 だから僕は勇気を出して、魚の身を摘まみ、じぃっと観察して行き成り動き出したりしない事を確認してから、サッと黒いソースに付けて口の中に放り込む。


 もぐ、もぐ、と咀嚼してから飲み込んでみれば……。

 あれ、思ったほど臭くない?

 寧ろ、つるりと入り、硬く無くて僅かな歯ごたえで噛み切れ、じゅわっと口の中に旨みが広がる。

 ん、肉とは大分違う。

 勿論肉を生で食べたりしてないから、正しく比べるなんて出来ないのだけれど、うーん、なんだろうこれ。


 先程食べたのは赤い身だったが、次は白い身を取って、やはり黒いソースにサッとつけて食べる。

 うわ、これもさっきのと全然違う。

 歯ごたえはこちらの方があるだろう。

 でも硬いって事は無くて、大人しい味だ。

 なのに確りと自己主張はしていて、力強く、黒いソースの強い味と喧嘩せずに引き立て合ってた。

 うーん、あれ、これってもしかして爺ちゃんの言う通り、本当に美味しいかも。


 焼いた魚と貝もフォークを使って食べてみるが、こちらは本当に濃厚だ。

 熱と共に身の旨みと塩気がガツンと舌を殴り付けて来る。

 貝はぱかっと開いた口の、中の身だけを食べるらしく、上には溶けたバターが掛かってた。

 ああ、僕はこれが一番好きだと思う。


 焼いた魚も悪くはないのだが、口いっぱいに頬張るとチクチクと違和感のある小骨が出て来て鬱陶しい。

 生魚も美味しかったが、食べる身ごとに味が違うから、正直どれが好きとか言い難いのだ。

 その点、貝はとてもわかり易くて、兎に角味が濃くて美味しいから安心して食べれる。


 爺ちゃんは僕のそんな感想を聞いて面白そうに笑い、

「まぁ貝にも色々あるがの。今回は大きめで食べ易いのばかり選んだからじゃよ」

 なんて風に言った。

 その後に出された透明な魚の汁物は、これが吃驚する位に美味しかった。

 透明なのに、こんなにしっかり味がして美味しいって何だろう。


 僕は次々と出て来る初めての味にお腹がはち切れそうになる位に食べてしまい、動きたくても動けなくなってしまう。

 料理は爺ちゃんがしてくれるけれど、後片付けは僕の役目なのに、

「今日は構わんよ。食べ過ぎで苦しいならそこに寝とれ」

 と言って爺ちゃんが片付けもしてくれた。


 美味しい物を山ほど食べ、片付けもせずに寝てる僕。

 ……うん、堕落しそうで怖い。

 爺ちゃんは何時も優しいけれど、何故だろうか。

 今日は特に僕に対して甘い気がする。




 まあ幾ら動けなくても、食べ過ぎは所詮食べ過ぎだ。

 食休みのついでに昼寝をすれば、二時間程で問題なく動ける様にお腹も引っ込む。

 どうやら僕が寝てる間に、壺に残った魚も爺ちゃんが館まで運んだらしい。

 これから暫くの間は、我が家の食卓には海魚が並ぶだろう。

 爺ちゃんは結構料理が好きだから、今日食べた以外の色んな魚料理も出て来る筈で、僕は今からそれが楽しみだった。


「爺ちゃん、そろそろケトー呼んで良い?」

 とは言え、家で魚が食べれると言っても、海で遊べる時間は今日の日が落ちるまで。

 昼食も遅かったし、それから昼寝もしたので、日が沈み始めるまではもうそんなに時間がない。

 僕はケトーを呼び出して遊ぶ為、保護の魔術を掛けてくれると言ってた爺ちゃんに問う。

 因みに植物が塩水でダメージを受けるのは、塩気が水を引っ張り出して奪うからなんだそうだ。

 塩水なのに、更に水を奪うって理屈はちょっと理解しがたい物があるが、塩漬け肉が生に比べると水気を奪われてる様な物だろうか?


 起き上がった僕の言葉に頷く爺ちゃん。

 つまり爺ちゃんがケトーにかけてくれる保護とは、彼の身体に生えた苔が海水に触れない様に完全遮断するって事だ。

「うむ、何時でも構わんよ」

 人間サイズなら兎も角、大きな巨人であるケトーの全身を保護するのは大変な作業であろう筈なのに、爺ちゃんは何時も通りに平然としてる。

 僕も魔術師としての腕は日々成長してると思うのだけれど、腕を上げれば上げる程、爺ちゃんの領域の遠さに茫然としてしまう。


 ずしんと現れたケトーの身体が、一瞬だけ光輝く。

 爺ちゃんの保護魔術が掛かったらしい。

 ケトーは少し驚いた様だが、爺ちゃんが保護の魔術だと説明すると納得した様に頷き、膝を突いて僕等の前に手の平を差し伸べる。

 僕と爺ちゃんが手の平に乗っかり、落ちないようにしがみ付けば、ケトーは自身の肩へと僕等を導いてくれた。


「ふむ、流石に巨人は賢い。ラビは良い召喚獣を見付けたのぅ」

 僕等を肩に乗せてから、ゆっくり立ち上がるケトーに、爺ちゃんは機嫌よくカラカラと笑う。

 そして海に踏み込むケトー。

 暫くの間は膝にも届かない程の水深だったが、そこから先は一気に巨人であるケトーでも頭まで沈んでしまう程に深くなるらしく、その縁をザブザブと陸に沿って進む。


 風がとても気持ち良い。

 森に吹く涼やかな風とも、平原を吹く爽やかな風とも違う、水気と熱気と塩気を含む、なのに何故か心地良い風だ。

 ケトーが歩を進める度に、大きな波が発生している。

 踏み出す時に伴う大きな揺れや、足が地に付いた時の振動すらも、何故だかとても面白い。


 どれだけそうして海を楽しんでいただろうか。

 既に空は朱くなり、日が海の向こうに沈み始めた。

「まだまだ子供っぽい所はあるが、ラビも随分と成長しとる」

 僕の隣で海を見ていた爺ちゃんが、不意にそう呟く。


 一体どうしたのだろうかと振り返れば、爺ちゃんも此方を向き、

「どうやらすっかり忘れておる様じゃから言うが、ラビよ。今日はお前の誕生日じゃよ」

 そう言った。

 あぁ、成る程。

 だから今日は海に連れて来てくれて、爺ちゃんは僕にあんなに甘かったのだ。

 そうか、僕は15歳になったのか。


 大体の国では、16歳になれば一人前として、自分の道を決める。

 当然もっと早くから働いて、僕と同じ年齢でも自分の力で生きてる人は、特に冒険者には沢山居るし、逆に貴族は16歳から18歳までに貴族院と言う学校に通ったりもするが、慣習的には16歳までが子供として扱われる事が多い。

 つまり僕が子供扱いをして貰えるのも、後一年だった。


 16歳になった後、森を出て暮らすのか、或いは今まで通り魔の森で暮らすのか、それに関しての予定は何も決めていないけれど、今までの様に爺ちゃんに送り迎えをして貰うような事は出来なくなるだろう。

 それは少し寂しいけれど、同時に楽しみでもある。

 爺ちゃんに庇護される僕じゃなく、爺ちゃんと対等の僕になれるのだから。

 勿論弟子と師匠って立場は変わらないだろうけれども、一人前と認めて貰えるか、そうでないかの違いは大きい。

 でもその為には、後一年で一杯準備をしなくちゃならない。


「ラビ、誕生日おめでとう」

 僕は爺ちゃんの言葉に、胸にこみ上げる熱い物を飲み込んで、大きく頷く。

  

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― 新着の感想 ―
[一言] なんて素敵な一日だったんだろう。
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