30 海3
まぁ前置きが長くなってしまったが、僕は行われている海戦への介入を決める。
多分移動の足場である三枚の渡し板を何とかして、ついでに海賊側の船を少しばかり損傷させれば、襲われてる船も逃げれるだろう。
そしてその為の方法だが、単純に魔術攻撃を行うには些か船までの距離が遠い。
やってやれない事はないのだが、あの距離に届くような大魔術を使えば、今襲われてる側の船まで巻き込む可能性は高かった。
だからそう、こういう時に頼るのは、やはりケトーが良いだろう。
彼の身体を覆う苔が塩水に弱いかも知れないと言うのは聞いたから、海に入って戦って貰う心算はない。
こんな言い方をすると何だけれど、襲われてる船よりもケトーの方が僕には大事だ。
尤も爺ちゃんが海水からの保護を掛けてくれた後には、僕等を乗せて海に入って貰うのだけれども。
海賊達も水夫達も目の前の戦いに必死なのか、少し離れたこの島にケトーが、大きな巨人が現れた事には気付いていない。
「じゃあケトー、僕が魔術で大きな氷の塊を出すから、あっちの船に投げつけて。そうそう、そっちそっち。もう片方には当てちゃダメだよ」
コクコクと頷くケトーに、僕は次々に魔術で巨大な氷塊を創り出して行く。
人の身の丈を数倍した様な巨石サイズの氷塊でも、ケトーの手にはすっぽり収まる。
ケトーの投石の威力は、まあ今の場合は投げ様としているのは氷塊だが、普通の投石機とは比べ物にならない。
当然飛距離も同じくだ。
大きく振り被って投げられた巨大な氷塊、ケトーの第一投目は、惜しくも海賊船のマストを掠めて遥か先の海へと着弾した。
掠めた、とは言っても投げられたサイズがサイズである。
あんな物が飛んでくれば音と風で誰もが気付く。
更に着弾した箇所に上がった水柱は何が起きたかを知らせてくれるには充分で、戦っていた海賊、そしてその相手の襲われていた船の水夫達もが、一斉にこちらを見て騒ぎ出す。
多分海賊達も水夫達も、こんな所で戦ってる場合じゃないと思ったのだろう。
何せケトーは、先程争っていた二隻の船と然して変わらない、或いはそれよりも大きなサイズをしているのだから。
渡し板や互いの船を繋ぎ止めていたフック付きの縄が切られ、二隻の船は離れてバラバラの方向に動き出す。
たった一投。
しかも命中した訳でも無い、威嚇程度の一撃で、僕の目的は半ば達成されてしまったのだ。
……でも後で、この島を離れた場所でもう一度逃げた船が襲われても寝ざめが悪い。
ここは初志貫徹と言う事で、一発位は海賊船に命中させよう。
それに二隻がバラバラになってくれたなら、間違って襲われていた側の船に命中させてしまう恐れも無くなった。
そして先程の一投でコツを掴んでいたらしい。
次にケトーが放り投げた氷塊は狙い違わず海賊船のマストを圧し折り、ついでに甲板を粉砕しながら着弾し、船を大きく揺るがせる。
マストを失って船足は鈍り、大きな損傷を受けた海賊船は、上手く当てればもう一発で沈むだろう。
でも次はどうするのかと目で問うケトーに、僕は首を横に振った。
襲われていた船は無事に逃げたし、海賊達も怖い思いをした筈。
昼食が出来上がるまでの時間を潰す、単なる気紛れでの介入ならばここ等辺で充分だ。
僕はケトーに礼を言い、また後で呼び出す事を告げてから送り還す。
突然消えた巨人の姿に、損傷した船の上でやっぱり海賊達が騒いでいるが、もう僕の興味は彼等にない。
そろそろ出来上がってるであろう昼食を食べる為、僕は転移魔術で爺ちゃんの待つ浜辺に戻る。
「遅かったのぅ、巨人まで呼び出して何をしとったんじゃ?」
帰って来た僕に、問う爺ちゃん。
島で呼び出したケトーの姿は、この浜辺からでもハッキリと見えたらしい。
僕は少し興奮気味に先程あった出来事、海賊を見掛けた事を伝えると、爺ちゃんは溜息を一つ吐く。
「海賊はのぅ……。まあ海では善悪の判断が難しいからの、あまり関わらん方が無難じゃ。しかし魔術師殺しとはまた珍しい」
何でも爺ちゃん曰く、海に出る人間の倫理観や価値観は、陸の人間と少し違う為、安易に関わらない方が良いと言う。
例えばある国に税金を納め、その国の船以外を襲って良いとの許可、私掠許可を持ってる海賊が、その国で買われた奴隷を積んだ船を襲っていたとしよう。
奴隷は救われるだろうし、ある国は税金として略奪された財貨の一部が入るので、その行為を善き物として褒め称える。
しかし奴隷や財貨を奪われた商人や、商人が所属する国家からしたら、海賊の行為は憎むべき物だ。
こうなると海賊や海洋の貿易を取り巻く環境は、国同士の小競り合いと変わらない。
仮に国に属しない海賊だったとしても、襲われる側が真っ当であるとは限らないだろう。
禁輸品を密輸する船だったりと、色々後ろ暗い事をしてる船は山ほどあった。
危険な海に出て航海すると言う事は、陸での商売を行うよりもずっと野心的な行為なんだそうだ。
海賊側も普段は漁をしている漁師だったり、或いは普段は交易船だけれど、都合の良い時だけ海賊船になったりと混沌としている。
勿論陸の賊、例えば山賊だって食い詰めた傭兵だった場合もあれば、税の重さに喰うに困った村人が旅人を襲う場合だってあるだろう。
でもそれ等以上に海の状況は複雑怪奇なので、理解出来ない余所者は成るべく関わらない方が良いのだとか。
「まぁ海賊達も魔術師殺しを使ってた以上、魔術師から攻撃は当然じゃ。知らんかったではすまん。……さてこの話は終わりにして、そろそろ昼食にするかのぅ」
そう、海賊なんて終わった事は、別にもうどうでも良いのだ。
今の僕にとって大事なのは、爺ちゃんが川魚とは全然違うと言い切って、尚且つクオンがあんなに貪り付いた海魚の味である。




