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29 海2


 そうして始まった海釣りは、何と言うか滅茶苦茶釣れる。

 竿を投げ込む傍からアタリが来ると言っても過言では無い位、次々に海魚が釣り上がった。

 爺ちゃんが連れて来てくれた海が魚の豊富な場所だったと言うのもあるだろうけれど、多分用意した餌も爆釣の原因の一つだろう。

 そう、今回釣り餌として用意したのは、魔の森で狩った魔物の肉だ。

 当然だけれど、肉となったのは深層部に生息する魔物である。


 小さく切った魔物の肉を岩場から海に撒くだけで、どこから来たのか不思議な位に大量の海魚が、バシャバシャと辺りに集まって来た。

 そこにもう少し大きめの魔物肉を針に付けて海に垂らすのだから、寧ろ釣れない方がおかしい。

 釣り上げた魚は魔術で凍らせ、ポイポイと大壺に放り込む。

 この壺は爺ちゃんのお手製で、中に入れた物を低温で保ってくれるから、凍らせた魚は暫く溶けやしないだろう。


 あまりに簡単に釣れるので、僕は壺が一杯になった後、クオンを呼び出して小さめの魚を一匹与えてみる。

 爺ちゃん曰く、魚に付いた小さな虫は一度凍らせれば死ぬそうなので、クオンに与える前に凍らせてから溶かし、更に真水で綺麗に洗った。

 呼び出して直ぐは潮風が気に入らないのか、少し不機嫌そうなクオンだったが、魚を与えてやれば機嫌を直してパクリとそれを丸呑みにし、未だ少し残っていたらしい塩にケヘケヘと咽てしまう。

 慌てて僕の手の平に魔術で水を出し、それをクオンに飲ませてやれば、水を飲み終わったクオンは凍った魚の入った壺をてしてしと手で叩き始める。


 ……どうやらさっきは咽た癖に、実は海魚を気に入ったらしい。

 獣としての狐は兎も角、クオンは幻狐、つまりは魔物なので、気に入った物なら食べる量は見た目以上だ。

 次に釣り上げた魚は先程よりもかなり大きかったが、冷凍、解凍、洗浄後に与えてやれば、今度は丸呑みでなくムシャムシャと貪り食い始めた。

 成る程、爺ちゃんが言ってた通り、海魚は川魚と大分違う様だった。

 今までも川で釣り上げた魚をクオンに食べさせはしたが、ここまで喰い付きが良かった事はない。

 となると少し期待は高まって来る。



 貝集めから戻った爺ちゃんは、大壺一杯になった海魚に満足気に頷き、

「じゃあ調理に入るから、少し遊んどると良い」

 そう言ってから魔術で、調理台や竈らしき物を一瞬で創り出す。

 普通ならあり得ない魔術行使の光景なのだろうけれど、爺ちゃんだから仕方ない。

 爺ちゃんを見ていると、『理を理解し、働きかける式を編め、更に必要とされる魔力を用意出来るなら、おおよそどんな事でも可能にするのが魔術だ』って言葉が建前でなく事実だと本当に思う。


 遊んでいて良いと言われても、海で何をして良いのかは少し困る。

 クオンは魚を食べ終わった後は、毛に潮風や砂が絡むのがどうしても不快だったらしく、既に送り還した。

 となれば今の僕に出来るのは、辺りの探検位だろう。

 でも普通に辺りを見て回るだけじゃ、折角海まで来てるのに面白みが足りない。


 だから僕は靴を脱ぎ、魔術を一つ発動させてから、水の上をトントンと跳ねる様に歩く。

 泳ぐ気にはならないが、水の上を歩くのなら、波は丁度良いアクセントだ。

 水の上を歩く魔術は、足の裏に水に対する反発力を生むので、実はこけると普通に水に沈む。

 故にまるで僕の足を掬おうとするかの様に動く海面は、探検に程良い緊張感を与えてくれる。

 コツはベタ足で歩くのではなく、高く跳ぶのでもなく、リズム良く短い時間だけ足を突き、波に足を運ばれない様にする事だった。

 取り敢えず、少し遠いが、向こうの方に見える島までは行ってみよう。

 この場所は覚えたから、どうせ帰りは転移魔術で帰れるし。



 遠目に見えた島は思ったよりも遠く、島に辿り着くまでに小一時間程掛かってしまった。

 日頃、こんなにも間に障害物がなく、真っ直ぐ見通せる場所に出くわす事なんて滅多にない為、どうやら距離を軽く見積もり過ぎたらしい。

 普通に見えるのだから近いだろうと思ったが、思った以上に遠かった様だ。

 爺ちゃんが食事の用意を済ませるまでに、もう然程時間は残っていないだろう。

 魔の森に慣れた僕にとって、この島の植生は全く違う珍しい物で、のんびりと見て回れないのは少し残念である。

 良く探せば面白い薬草とかも見つかりそうな気はするのだが……、とそんな風に考えながら軽く島を見て回っていると、不意に風に乗って何やら怒声や耳慣れない物音が聞こえた気がした。


 興味を惹かれた僕が風上、島の反対側へと走ってみれば、その更に沖合に二隻の船が並び、どうやら海戦の真っ最中の様である。

 詳しい状況を知る為に、魔術で視力を強化して観察すれば、どうやら海賊が他の船を襲っているらしい。

 既に接舷はされており、渡し板から相手の船に乗り込もうとする海賊と、乗り込ませまいとする水夫の間で激しい斬り合いが行われていた。

 戦う海賊も水夫も、どちらも荒くれ者と言った感じだが、片方の船には海賊旗、『停船して降伏せねば皆殺しにする』と脅しを掛ける為の旗が掲げられているので、多分海賊で間違いないだろう。

 まさか生まれて初めて海に来た日に、爺ちゃんから話に聞いたばかりの海賊を見られるなんて、僕はある意味で運が良い。


 とは言え、襲われてる船は今にも乗り込まれそうになっており、あまり余裕はなさそうだ。

 しかも良く観察してみれば、海賊側は少し珍しい武器を使用している。

 火晶石、火山等で採取出来る衝撃で爆発する鉱石、を粉末状にした物を鉄の筒の中に入れ、中で爆発させる事によって鉛の球を飛ばす武器。

 本来の名前は鉄砲や火砲と言うらしいが、多分知ってる人には『魔術師殺し』の名前の方が知られているだろう。

 何でも素人が扱っても魔術師を殺せる武器って意味でそう呼ばれてるらしい。


 それだけ聞くと何やら凄そう武器に思えるかもしれないが、結構昔に開発された武器にも拘らず、実際はあまり世に出回ってはいなかった。

 その理由は三つあり、一つ目は弾を正確に真っ直ぐ飛ばせるだけの綺麗な鉄筒を作れる職人が少ないから。

 二つ目は火晶石の価値が高く、わざわざ粉末状に加工するなんて勿体ない事があまりなされない為。

 そして最後の三つ目が一番大きな理由だろうけれど、『魔術師殺し』の名前に怒った魔術師達により、あの武器の使用者が徹底的に抹殺されたからだ。


 そもそもあの武器で殺される程度の魔術師は、町中で後ろから背中をナイフで刺されただけでも死ぬ。

 剣で切り掛かられても対処出来ないだろうし、何なら投石され続けても死ぬかもしれない。

 その程度の見習いと、全ての魔術師を一括りにしたと、多くの魔術師が『魔術師殺し』の名前を不快に思ったと言う。


 つまり結局は何が言いたいかと言えば、あの海賊達が鉄砲、『魔術師殺し』を使う以上、例え本当は海賊じゃなかったとしても、僕には彼等を攻撃する名分が一応はあるって事だ。

 勿論冷静に考えれば単なる言いがかりみたいな物だけれど、魔術師にとっては充分な攻撃理由になるとされている。

 この話を教えてくれた爺ちゃんは、

「最初にアレを見た魔術師は、今は兎も角この武器を元に更に優れた武器が生み出されれば、或いは『魔術師殺し』は現実なってしまうと思って消し去りたかったんじゃなかろうかの」

 なんて風にも言っていた。


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