表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/63

28 海1


 それは爺ちゃんのある一言が始まりだった。


 ある日の午後、僕が出された課題をこなしていると、しきりに何度も首を傾げてた爺ちゃんがこう言う。

「ふぅむ、なんじゃろうなぁ。何だかこう、魚が食いたいのぅ」

 随分と行き成りな発言である。

 骨になった爺ちゃんは娯楽として食事をするけれど、食べたいって言葉は大体の場合、自分が食べたいじゃなくて僕に食べさせたいって意味である。

 いずれにせよ、爺ちゃんが口にした以上、何らかの考えがあるのだろう。


 まぁ紙の上に術式を書き続けるのにも少し飽きたし、釣りをするのも気分転換には悪くない。

「釣ってこようか? 爺ちゃんが浅層部まで送ってくれるならだけど」

 残念ながら僕が自分で転移出来る範囲、深層部には魚釣りが出来る様な水辺は存在しなかった。

 正確には釣れない事もないのだが、でも釣り上がるのは水棲の魔物だ。

 普通の魚を釣る為には、最低でも浅層部にまで出る必要がある。


 でも爺ちゃんは、首を横に振り、

「違う違う、儂が食いたいのは川魚じゃなく、海の魚なんじゃ」

 ……と、意味の分からない事を言い出す。


 海にも魚が棲んでいるらしいとは知っているが、海だろうと川だろうと魚は魚じゃないだろうか。

 そんな風に言ってみたが、爺ちゃんはフルフルと首を振り、

「川魚と海魚は全く別物じゃ。ふぅむ、そう言えばラビを海に連れて行った事はなかったか。……よし、じゃあ行くとするかの」

 なんて事を突然言い出したので、そう言う事になった。

 うん、正直全く違うなんて言われたら、どれだけ違うのかが気になったし、何より話に聞いただけの海がどんな物かは、正直興味があったのだ。




 そして次の日、爺ちゃんの転移魔術で連れて来られた大陸の東の端、生まれて初めて見る海は、何と言うかもう凄かった。

 何処までも途切れなる事なく水が続く。

 いや、途切れる事ない大量の水は、魔の森の東にある、水の精霊達が住む湖で一度見ている。

 でもあちらは清浄で穏やかなイメージだったが、海は全く違って、荒々しくて力強くて果てがない。

 このもっとずっと向こうには、爺ちゃんですら知らない世界が広がっているのだ。

 それは僕にとって、途轍もなく凄い事だった。

 

「ほぅ、海を見ただけでこんなにはしゃぐとは、大分と大きくなったと思っておったが、ラビにもまだまだ子供らしい所があるのぅ」

 とか爺ちゃんが言ってるけれど、いやいや、こんなに凄くて雄大な海を見れば、はしゃぐの何て当たり前である。

 そもそも僕の知ってる人で、海を実際に見た事があるのは多分爺ちゃんだけだった。

 爺ちゃんはもう何て言うか爺ちゃんだから、爺ちゃんの常識がどれだけ非常識なのかを忘れているだけだと思う。

 僕は他の人にくらべれば色んな物を見慣れている分、反応はまだ大人し目である筈なのだ。


 しかしまぁ海に対する感動はさて置いて、取り敢えず為すべきは海魚の確保である。

 僕がごそごそと持って来た荷物から釣竿を取り出していると、

「ラビよ、海で溺れて居る者を見掛けたらどうするかはわかっておるか?」

 と聞いて来た。


 昨日は午後の魔術講義を中断して、爺ちゃんから海に潜む危険、特に魔物に関しての知識を習ったが、どうやらその復習らしい。

 海には、上半身は女性の姿で、下半身は肉食の犬と言う姿をしたスキュラと言う魔物が居る。

 上半身の女性の姿で人を魅了し、近付いて来た人間を食べてしまう魔物だそうだ。

 海に入って近付いてしまえば、人は水棲の魔物に比べれば、水の中での動きは鈍く、逃げる事は出来ないと言う。

 正直やってる事はアルラウネと変わらないので、今更僕が引っ掛かる事はないだろうけれど、スキュラの中には稀に、海で溺れているフリをする知恵のある個体も居るらしい。


 確かに溺れてるフリをされたら咄嗟に助けなきゃって思うかも知れないが、

「勿論、ケトーを召喚して助けるよ。こんなに波のある所で泳いだ経験って、あんまりないしね」

 その時はケトーに頼る気満々であった。

 普通の水場でなら泳げない訳じゃ無いのだが、かと言って別に物凄く得意って事もない。

 釣りの最中に、水場に落ちても一応泳げるって程度だ。


「……一応慌てて助けに行ってはいかん事はわかってる様じゃが、でも森巨人は塩水で苔が痛むからやめなさい」

 でも爺ちゃんは僕の言葉に眉を顰めて、そんな風に僕に対して忠告をして来る。

 どうやら塩水は、一部の例外を除けば植物に対してあまり良い物では無いらしい。

 ちょっとばかり残念であった。

 釣りをして、食べる分の海魚を確保した後は、ケトーを呼んで肩に乗って、海を歩いて貰おうと思っていたのに。


 けれども僕がそんな風に言えば、爺ちゃんは少し考えた後、

「ああ、それはまた楽しそうじゃの。ふぅむ、ならば塩水からの保護は魔術で何とするから、儂も森巨人に乗せてくれんか?」

 ウンウン、と何度も頷いてそんな風に言う。

 想像してみて、どうやら自分も乗りたくなったらしい。

 こんな風に僕と一緒にはしゃいでくれようとする辺りが、爺ちゃんの素敵な所である。


 まあしかし、そのお楽しみは後にして、今は海魚を集めよう。

 因みに爺ちゃんは僕に魚釣りを任せて、その間に貝を集めるそうだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ