24 助けを求めた仲間達1
週に一度の冒険の日、と言っても未だにラドゥ達が帰って来ないので、最近はずっと冒険者組合に頼まれて他の魔術師への指導や、町中での依頼を主にこなしてる。
本当ならこれだけ帰って来ないと、流石に何かあったんじゃないかと心配するところだが、毎週組合に手紙が届いているから彼等の近況は知っているのだ。
まあ当然、依頼内容は手紙なんかじゃ漏らせないが、無事がわかれば充分だろう。
彼等が僕に対して申し訳なく思ってる事、それなりに元気でやっていて、そろそろダンジョンに潜りたくて仕方ないとカーイルがぼやいてるとか、依頼主である貴族の娘がラドゥに懐き、ディシェーンが不機嫌になったりした事等が、彼等の手紙には記されていた。
貴族の依頼をこなすのは、冒険者の誰もが夢見るサクセスストーリーには欠かせない物だから、是非やり遂げて欲しいと思う。
例えば貴族の依頼をこなして認められれば、騎士への道だって開けるかも知れない。
騎士には二種類あって、国に仕える騎士と、貴族の家に仕える騎士だ。
厳密には前者、国に忠誠を誓って国王に認められ、騎士爵を与えられた者が騎士なのだが、国王の権力が然程強くない国では貴族が任命した騎士と言うのが居る。
貴族家に忠誠を誓い、禄を与えられた彼等を、誰かが郷士とは呼ばずに貴族騎士と呼び始めたのが始まりらしい。
大貴族等はそう言った貴族騎士を大量に抱えて騎士団等も持ってたりするから、正規の騎士と貴族騎士の間に大きな差はないと僕は個人的に思う。
騎士は誉れ高い身分で、貴族が勝手に己の配下に騎士を称させる事は不遜だと言う人も居るが、だって正規の騎士よりも貴族騎士の方が待遇が良い場合も多々あるのだから仕方ない。
さて置き、ラドゥは将来故郷に帰り、己の部族を率いる立場になるだろうから騎士にはならないだろうけれど、他の皆にだって貴族とのコネは大事な筈だ。
だからまあ、無事に帰って来てくれればそれで良いかなと思い、土産話を楽しみにしているのが今の僕の状態だった。
最近は他の魔術師への指導も、僕じゃなくて実際にベテランの冒険者グループに混じって行う段階に移行したし、そうなるとベテラン冒険者のグループも僕をダンジョンに誘いに来ない。
尚且つ今日は町中の依頼も特にないそうなので、僕は組合の受付嬢、カトレーゼとの雑談を終え、ソロで無色の迷宮に潜ろうかと決めて立ち上がる。
けれどもその時だ。
冒険者組合の扉が開かれ、一人の男が入って来る。
きょろきょろと、まるで何かを探してる風なその男は、
「あれ、ラドゥ? 何で一人なの。依頼は終わった?」
そう、先程読んでいた手紙の送り主の一人、何故かとても疲労の濃い顔をしたラドゥだった。
こちらを振り向いた彼は、僕を見て安堵の表情を浮かべた後、直ぐに顔を引き締め直して、
「行き成りだがすまない。ラビ、どうか助けてくれ!」
本当に行き成りな事を言い、僕に向かって頭を下げる。
……うぬ?
全く状況が掴めない。
状況が掴めないけれど、今の状態はあまり良くないだろう。
だって滅茶苦茶目立ってる。
僕は取り敢えずラドゥに手の平を向けて頭を上げさせ、
「カトレーゼさん、相談部屋貸して貰えますか?」
受付嬢のカトレーゼに、相談用の個室の利用を願い出た。
組合から借りた相談部屋で、コップ一杯の水を飲ませて、少し落ち着いたラドゥから話を聞き出せば、成る程、中々に厄介な状況らしい。
話は、ラドゥ達が受けていた依頼の内容にも及ぶ。
ラドゥ達が貴族から受けていた依頼とは、大きな言い方をすればとある国同士の戦争を防ぐ事だった。
この冒険都市ナルガンズから北に向かえば、ローヴォード王国と、ゴルドアガレン帝国と言う二つの国がある。
いや本当はもっと沢山あるんだけれど、今関係あるのはこの二か国だけだ。
ラドゥ達が雇われていたのは、このローヴォード王国のファースビュー伯爵。
ローヴォード王国とゴルドアガレン帝国は、まあ正直あまり仲の良くない、幾度となく戦火を交えた関係らしい。
今は休戦し、互いに国交もあるけれど、つい数年前までは戦争状態にあったと言う。
ファースビュー伯爵は親ゴルドアガレン帝国派、と言うか、休戦状態、国交の維持派に属する貴族である。
と言う事は当然その逆、反ゴルドアガレン帝国派、開戦派が居ると言う事でもあった。
今回ラドゥ達が受けた依頼は、その開戦派が行う工作の阻止だったそうだ。
具体的には開戦派が雇った冒険者達が、ゴルドアガレン帝国の村を焼き、その跡にローヴォード王国で使われている剣を折って残して来ると言う物。
それ自体が明らかな証拠になる物ではないが、元々仲の良くない両国だ。
ローヴォード王国の仕業であると思い込むのは、そしてある意味事実なのだから、間違いはないだろう。
例え国が証拠不十分だと判断しても、民衆に反ローヴォード王国の気風が興るのは間違いが無かった。
そんな仕事に雇われる冒険者も真っ当でないが、依頼する貴族はもっと頭がおかしいと思う。
実は、国交維持派にはゴルドアガレン帝国と隣接する貴族が多く、開戦派には逆に少し離れた貴族が多いらしい。
何でも隣接地域の貴族は開戦すれば攻め込まれ、村を焼かれたり防衛に多量の出血をせねばならないから、内心ではゴルドアガレン帝国を嫌っていても停戦していたいのだとか。
逆に領地が隣接していない貴族は、防衛費が掛からない上、ゴルドアガレン帝国に攻め込んで村や町から略奪、或いは貴人を捕虜と出来れば、戦費よりも収益が上回る為に開戦したいと言う。
何と言うか溜息が出そうになる話だが、戦争阻止の為ならばとラドゥ達はこの話を引き受けた。
と言っても勿論、その手の工作が一度だけで済むはずはない。
でも永遠に開戦派の工作を防ぎ続けろと言う訳でなく、期限はあったそうだ。
開戦派の中で工作を主導していたのは、リンメース子爵。
幸いローヴォード王国内では国交維持派の方が政治的に優勢なので、ファースビュー伯爵が働きかけてリンメース子爵を失脚、或いは力を奪う間、ラドゥ達が工作を防ぐと言う話だった。
まあそりゃあ、手紙で僕に知らせる訳には行かなかったであろう内容である。
実際この手の工作は、防ぐ側の方が圧倒的に不利だ。
例えば、実行犯がゴルドアガレン帝国側で捕まってしまえば、それはそれで問題になるだろう。
雇い主のリンメース子爵は知らぬ存ぜぬで通すだろうが、ゴルドアガレン帝国側がそれを信じる筈もない。
しかしローヴォード王国とて、完全に証拠が出揃ってるなら兎も角、あやふやな状態では自国の貴族を庇わざるを得ないのだ。
つまり結局両国の関係は悪化する。
ラドゥ達はフットワークの軽い冒険者である事を活かし、配達依頼を装って何度もローヴォード王国とゴルドアガレン帝国の国境を行き来してリンメース子爵の工作を防いだらしい。
その手の働きは、目端が利いて知恵の回るカーイルの得意分野だから、きっと彼は大活躍したのだろう。
だがファースビュー伯爵の働きかけにリンメース子爵は執拗に抵抗し、思った以上に依頼に掛かる時間は長引いた。
と言っても矢張りローヴォード王国で優勢なのは国交維持派。
ジワジワとリンメース子爵は追い詰められて後が無くなって、そこでそれは起きてしまったと言う。
ファースビュー伯爵の娘、ミューレースが何者かの襲撃を受けたのだ。
その時ラドゥ達はゴルドアガレン帝国に居て、その襲撃は防げなかった。
勿論ファースビュー伯爵は貴族なのだから、護衛のアテがラドゥ達のみの筈は無く、伯爵家に仕える騎士達の奮闘で襲撃者は撃退される。
しかし引き際に投げつけられた小袋の、中身を吸い込んでしまった伯爵令嬢ミューレースと御付きの侍女が、昏倒して目覚めなくなってしまう。
すぐさまファースビュー伯爵は医者に見せるも、処置の方法はなく、ゴルドアガレン帝国から戻ったディシェーンが解毒、病からの快癒の神聖魔法を施すも、目を覚まさない。
そんな時、リンメース子爵がある席で会ったファースビュー伯爵に、難病も癒せる薬を手に入れたとこっそり囁いたそうだ。
貴族の言葉は回りくどいが、訳すと『娘の命が惜しければ手を引け』になる。
まあなんとも、実にわかり易い要求だった。
ファースビュー伯爵が娘の命と戦争の回避、どちらを選ぶかは未だわからない。
しかしラドゥ達は一縷の望みを込めて、僕に頼る事を思い付く。
草原の民の出で、馬の扱いに長けたラドゥが早馬を飛ばし、本来は馬を使っても五日以上かかる道のりを三日足らずで辿り着いた。
そう、僕がこの町、冒険都市ナルガンズにやって来る日に間に合わせる為にだ。




