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21 東部中層にて3


 ディープフォレストジャイアントは、地に満ちた魔力と、身体に生えた苔から栄養を受け取って生きている。

 故に寝起きで小腹が空いたから、何故か枕元に居た人間で腹を満たそうとはならないだろう。


 しかしだ。

 それでも寝床に勝手に入り込んだ人間に、怒りを抱く可能性は低くない。

 特に自分の命が尽きようとしている時なら、尚更神経質になって当然である。

 けれどもディープフォレストジャイアントが僕に向けたのは、とても理知的な瞳だった。

 話す余地はあると、僕は自然にそう思えて念話の魔術を彼にと使う。


『悪しき物を取り出します。暴れないで』

 そんな風に伝えたが返事はなく、ディープフォレストジャイアントから僕に向けられた感情は、戸惑いだ。

 まあそれはそうだろう。

 死の間際にふと気付けば、見知らぬ相手から治療すると言われたら、そりゃあ戸惑うのも当然である。

 でも今はそれでも良い。

 まずは呪物をディープフォレストジャイアントの体内から排除する事が先決だった。


 切開して痛みを与えれば、きっとディープフォレストジャイアントは死に抗う為暴れるだろう。

 だから与える痛みは最小限にしなければならない。

 魔術は理を理解し、働きかける式を編め、更に必要とされる魔力を用意出来るなら、おおよそどんな事でも可能にする。

 どす黒く変色したディープフォレストジャイアントの肩へ右手を翳し、体内に在る呪物を、魔術で生み出した見えざる手で掴んで引き摺り出す。

 そして同時に痛みを消す為、同じく肩へ翳した左手で治癒の魔術を行い、体内を呪物が移動する事によって生まれる傷を、付くと同時に癒してしまう。

 治癒の感覚に誤魔化され、ディープフォレストジャイアントが感じる痛みは、多分最小限になってる筈だ。


 グジグジと呪物から出て来る悪しき魔力が、僕の見えざる手を浸食して壊そうとするが、別に破壊されても構わない。

 用事が済むまで持てば良い。

 持たなければ、もう一度新たな手を生み出すだけだ。

 そうして引き摺り出した呪物、血に染まった矢じりの様な物を、僕は魔術で強化した布で包み、同じく強化した袋へと仕舞い込む。

 これで封印は終了した。


 僕が魔術で生み出した手を破壊しようとする辺り、中々に攻撃的な呪物だったが、この二重の封は破れない。

 だってこの布と袋は、石塔の地下室の主、虹が生み出す石を回収する為の物なのだ。

 アレに比べれば、そこらの呪物なんて可愛らしい物である。

 僕はディープフォレストジャイアントの肩に残る魔力をもう一度押し流し、ついでに彼の負った大きな傷のみを治癒魔術で癒して行く。

 主争いに、何らかの手出しがなされた証拠は手に入れたのだから、これ位のサービスは許される筈。



 大雑把ではあるが治癒を終えて、ふぅっと大きく息を吐く。

 ディープフォレストジャイアントは僕をじぃっと見ているが、その顔色は大分と良い。

 呪いの影響を脱し、持ち前の生命力が仕事を始めたのだろう。

 まだ動けやしないだろうが、死んでしまう様な事はもうない筈だ。

 ディープフォレストジャイアントの全身を見る為に少し離れた僕が、その様子に満足して笑みを浮かべた、その時だった。


 キャンキャンと、まるで悲鳴の様な鳴き声をあげて警告を飛ばすクオン。

 僕が即座に身を翻し、地面を転がってその場を逃げれば、先程まで立っていた位置が炎に包まれ吹き飛ばされる。

「ハッ、避けたか。反応が途絶えたから漸く死んだかと思い回収に来て見れば、何だぁこの状況は?」

 恐らく転移魔術だろう。

 不意に現れた何者かは憤懣やる方ないと言った様子で顔を青黒くしてい……、青黒い?

 いやいや、青黒いって何だろうか。

 日焼けして黒い人間はみた事があるし、怒って顔を真っ赤にした人間も見た事がある。

 ついでに酒に焼けた顔をした人は赤黒い。

 けれども青黒い顔をした人間なんて見たのは、これが初めてだ。


 一瞬呆気にとられそうになるが、そんな場合じゃないだろう。

 吐いた言葉を信じるならば、青黒い顔の男、彼がこの件の犯人の様だが、……それを信じるかどうかはさて置き、敵である事だけは間違いが無かった。

「あー、クソッ、死んでねえどころか解呪されてるじゃねえか。おぉぃクソガキ、てめぇかよ。こんなクソ面倒な事しやがったのはぁ」

 殺意と共に、荒れた魔力が叩きつけられる。

 僕はこっそりと減った魔力を補う為に、爺ちゃん特製の魔力回復薬、苦い丸薬を口に含む。


 相手の年齢はわからなかった。

 肌の色が特殊過ぎて、色々と情報が判別し辛い。

 身に付けている物は、今は被っていないがフード付きのマント。

 ゆったりとした服を着ているが、少し不自然に厚みがあるから、多分あの下には鎖帷子を着込んでいるのだろう。

 腰には剣を履いてるが、マントも少し重そうなので、多分何か仕込んでる。

 ちょっとした動きや、纏う雰囲気から判断する限り、格好だけでなく実際にかなり強い。

 更に転移魔術を使用したであろう事や、先程の炎の魔術攻撃から考えれば、魔術師としても腕が立つ。

 つまりコイツは強敵だった。



「チッ、面倒くせぇ。今更状況は変わらねえと思うが、もう一回ちんたら仕込んで待つなんて御免だしな。……まあ、もう殺すか」

 そんな風にいって青黒い男は殺意をディープフォレストジャイアントに向けたから、僕も観察はそろそろ終わりにして短剣を抜く。

 まぁ見て取れる事はもう大体分かった。

 後は実際に戦うしかない。


「クオン、離れてて」

 少なくとも、戦う力に乏しいクオンを抱えて勝てる相手じゃ無い事は確かだ。

 僕の傍を離れたクオンは、ディープフォレストジャイアントの影へと駆けて行く。

 どうやらクオンも、ディープフォレストジャイアントは敵ではないと認識しているのだろう。


 短剣を抜いて前に出た僕を見て、青黒い男は嗤う。

「何だぁ、クソガキ。別に前に出て来なくても後でちゃんと殺してやるぜ?」

 なのにコイツは、欠片も僕を侮っていない。

 多分とても手強いだろう相手だった。

 でも一つだけ、確信を持って言える事もある。

 今回の件、中層部の有力な魔物を呪いで弱らせ、ハイオーガキングを中層部の主に据えようとしたのはコイツだとしても、以前に深層部でグランドワームを傷付けたのは別の誰かだ。

 だって深層部の主は、僕に力量を推察される程度の相手に傷付けられる存在じゃない。


「後も先もないよ。出来もしない事ばかり言ってないでさ。ほら、さっさと始めよう」

 僕はそう言って開戦を告げると、体勢を低くして地を駆けた。


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