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2 プロローグ2


 井戸から汲んだ水で大壺を良く洗い、魔術で風を起こしてざっと水気を乾かしてから、僕は館へと戻った。

 生活スペースである館には、流石に石塔の様な面倒臭い手続きをしなくても入る事が出来る。

 と言ってもこの周辺一帯には魔物避けの、館には悪意を持った者の立ち入りを禁じる結界がそれぞれ張られているので、安全には問題がない。

 単に石塔の護りが厳重過ぎるだけなのだ。


 館に戻った僕は先ず厨房へと向かう。

 今日は地下室の主の食餌が少し遅かったから、思ったよりも時間を喰ってしまった。

「ごめん爺ちゃん、ちょっと『虹』が食べるの遅くてさ。何だか遊んで欲しかったみたいだよ」

 厨房に入った僕は、椅子に腰かけていたローブを纏った骸骨に声を掛ける。

 そう、そこに居るのは骸骨だった。

 肉の無い剥き出しになった白い骨の集まりを、僕は爺ちゃんと呼ぶ。


 とは言え別に僕は、祖父の死を受け入れられずに骨だけの骸となっても一緒に生活している可哀想な子、……では無い。

「おお、そうかい。ラビ、ご苦労様じゃったの。なら近いうちに運動させてやらんといかんなぁ」

 その骸骨、爺ちゃんは歯の剥き出しになった口を開くと、震わせる声帯もないのに声を発し、僕をねぎらってくれる。

 僕が袋を手渡せば、中から虹色の石を摘まみ出した爺ちゃんは、コツコツと指で突っついて石の持つ異界の気を中和、無害化を行う。

 虹色の石は、この工程を得る事で初めて秘薬の材料や、或いは料理の調味料として使えるようになるのだ。


 でもさらりと行われた無害化だけど、実はとっても高度な魔術の応用なので、僕にはまだ到底手の届かない技だった。

 ちゃんと手本となる様に、爺ちゃんは毎回目の前でやって見せてくれるが、それでも僕はあの術の、良くて八割ほどしか理解出来ていないだろう。

 そう、こんな高度な魔術を使いこなす爺ちゃんは、ただの動く骸骨では決してない。

 まあ只の骸骨は動かない物なんだけど、そう言う事じゃ無くって、爺ちゃんはノーライフキングと称され畏れられる存在、エルダーリッチなのだ。

 因みにノーライフキングとは、始祖吸血鬼やリッチの様な、極めた魔術を以って不死化を行った元人間の総称である。


 爺ちゃんがリッチになったのはおよそ五百年程前、長い歴史を持つこの国が建国されて数十年が経った頃らしい。

 そこから三百年ほどして単なるリッチだった爺ちゃんは、更に魔術を極めてエルダー種に至り、今はエンシェント種を目指して更なる研鑽の最中だと言う。

 なので当たり前なのだけれど、爺ちゃんは僕、ラビック・キュービスの本当の祖父ではなかった。



 大国グランザースは、この地域を支配して人々を苦しめていた強大な邪竜を討伐した英雄によって建国されたと言うのが、グランザースに住む者なら誰もが知る昔話である。

 けれども英雄は単独で邪竜の討伐を成し遂げたのではなく、強力な癒しの術を施す女神官『聖女』と、英雄の背中を守った女盗賊『影の刃』と、空飛ぶ竜を撃ち落とす魔術を自在に操った『大魔導士』が、英雄と共に邪竜を打ち果たしたのだ。

 その後英雄と聖女、影の刃と大魔導士はそれぞれに結ばれ、英雄を王としてこの国を建国すると言う所までが、昔話として広く知られている部分だった。


 影の刃と大魔導士が一緒になった事で国より与えられた性がキュービスで、爵位は伯爵。

 そう、僕は影の刃と大魔導士の子孫である。

 でも影の刃と大魔導士は、その後に道を違えてしまう。

 生まれた子を、自分と同じくグランザースを影から守る暗部として育てる心算の影の刃と、ドロドロとした闇の世界に我が子を関わらせる事を望まなかった大魔導士の間で争いが起きたのだ。

 だが影の刃の意思は固く、大魔導士は向けられる本気の殺意と刃に、愛する女との殺し合いを拒み、人の寄り付かない危険地帯である魔の森へと移り住む。

 最後に、我が子の窮地を救える様、一つだけ魔術を施してから。


 それからおよそ五百年、キュービス家はグランザース国王に仕える影として、周辺国の暗部や貴族等の陰謀と戦って来た。

 でも如何に影の刃と大魔導士の血を受け継いでいても、無敵にして不可侵の存在と言う訳では決してない。

 勿論それでも他の国の暗部よりも数段優れた技を持つとはされていたが、それが故に、影の世界に生きる者達が、束になってキュービス家を滅ぼそうとしたのだ。

 有象無象ではなく、一流達が絶え間なく襲って来る状況に、最も高い実力を持っていたキュービス家の当主が倒れてしまう。

 そこから崩壊まではあっと言う間だった。

 キュービス家の者達は皆殺しにされ、当時五歳だった僕、ラビック・キュービスにも暗殺者の刃は振り下ろされようとする。


 しかしその時、赤子の時からお守りとして持たされていた古い指輪が光を放って砕け散り、振り下ろされた刃を骨の手が受け止めたのだ。

 そう、それが僕と爺ちゃん、『大魔導士』バラーゼ・キュービスとの出会いだった。


 その時まで、誰も未だに大魔導士が生きているだなんて知りもしなかっただろう。

 否、エルダーリッチになった爺ちゃんが生きているのかどうかは、ちょっと生きてるって事の定義が難しいけれども。

 窮地を救ってくれた爺ちゃんは、そのまま僕を弟子として引き取ってくれた。

 僕を引き取る際、爺ちゃんとグランザース王家との間には話し合いがされたそうだ。

 多分影の守り手たるキュービス家を失った王家が、その代わりの守りを爺ちゃんに求めたんだと思うけれど、詳しい事は教えてくれない。


「良いか、ラビよ。肉を焼く極意は火加減と塩加減……、いや謎の粉加減じゃ!」

 そんな風に言いながら、肘を直角に曲げた妙なポーズで、虹の石を削った粉をパラパラと焼いてる豚肉に振りかける爺ちゃん。


 アレから九年、多分僕は、そう、それまでの五年よりも、きっと幸せに生きている。



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