18 月に一度の何時も通り
文化的な生活を送るには食料だけでなく、様々な物資を消耗して生きねばならない。
例えばランプに光を灯す油……、は別に魔術で代用出来るから要らないけれど、衣服や布団やカーテンや、紙にペンにインクにと、必要な物は数え上げればキリがないだろう。
そう言ったものの大半と、穀物類や肉類の食料に関しては、人間の町で購入して賄っている。
だが購入するには当然対価が必要で、対価となる金銭は稼がねばならない。
僕は冒険都市ナルガンズでダンジョンに潜っているから、実はそれなりに収入があるのだけれど、それはあくまで僕の小遣いであり、家計とは別のお金だった。
否、僕が家にお金を入れるのが嫌なんじゃなくて、爺ちゃんが受け取ってくれないのだ。
ではどうやって我が家はお金を稼いでいるのか。
それは魔の森の深部で採れた素材を売ったり、或いはそれを調薬や、錬金術で作った薬を売ったりして稼いでいる。
爺ちゃんは半年に一回、グランザースの王宮に守護の魔術を掛けに行ってるけれど、それで対価を受け取ったりはしてないそうだ。
何でも向こうの言い分としては、暗部の家であるキュービス家の生き残り、つまり僕を働かせずに爺ちゃんに預けてるのだから、その間は爺ちゃんが守護するのは当然の義務だと言ってるらしい。
後何故かは知らないけれど、僕が成長した後は、あの国に僕が戻ると思い込んでるとの話だった。
うーん。
本当に良くわからない。
僕が嫌いな国のNo1はグランザースだし、爺ちゃんが守護の魔術を掛けに行ってる事すら本当は嫌なのだけれど……。
爺ちゃんには爺ちゃんの考えがあるのだろう。
まあ爺ちゃんが対価を受け取っていないのなら、僕はあの国に対する義理を一切感じなくて済むから、そればかりは有り難い話である。
さて話を戻すが、魔の森の深部で採れる素材はとても貴重だ。
同じ物を採取しようと思えば魔の森と同等の危険地帯か、或いは緑の迷宮の様な自然環境型ダンジョンで、それもかなり深い階層まで潜らねば入手が出来ない。
勿論入手が難しいだけでなく、魔力の集まり易い場所にのみ存在する素材の多くは、薬にした時に高い効能を発揮する物ばかりだった。
でも爺ちゃんはそんな素材や生み出した薬を、本来の価値から考えれば破格と言って良い値段で、密かに薬剤師組合や錬金術師組合に売っている。
何でも貴重な薬も値段が高すぎて必要な人が買えなければ意味がないからって考えと、薬剤師組合や錬金術師組合を支援する為でもあると言う。
実の所、薬剤師組合も錬金術師組合も、決して勢力のある組織じゃない。
理由はとても簡単で、神聖魔法の存在があるからだった。
崇める神によって多少の違いはあるが、傷の治癒や病気の快癒等は神聖魔法の得意分野だ。
同じ傷を治すのでも、苦い薬を飲んだり、傷口に薬を塗って治すよりも、神の与えた小さな奇跡と称する神聖魔法で癒す方が、何となく有り難く感じるのが人間である。
一部の特殊な効果のある物を除いては、薬は神の奇跡を買えない人の為の物、なんて風に思われているのが現状だろう。
本当は決して、薬の効果は神聖魔法に劣る物では無いのに。
そして薬が神聖魔法に劣ると考えられたままなら、新しい薬の研究をしようと言う者は減り、或いは以前あった薬の製法が途絶え、人はますます神聖魔法に頼り切りになって行く。
だからこそ、爺ちゃんは薬剤師組合や錬金術師組合を応援していると言う。
……まあ人間の世界で最も大きな勢力を持つ光の神を崇める教会は、ノーライフキングを忌むべき存在として説いているから、彼等に対する嫌がらせって意味も少しはあるのだろうけれど。
と言う事で、そんな訳で僕はノーライフキングからの光の神を崇める教会に対する嫌がらせを手伝っている。
普通に家の御手伝いだって思うよりは、教会に対する嫌がらせの片棒を担いでるって考えた方がやる気が出るのだ。
尤もやってる事は単なる採取作業だが。
手首にナイフを滑らせて、滴り落ちる血に魔力を乗せて、彼女の花弁の根元にたらりと垂らす。
歓喜の声が辺りに響くが、彼女にとっては一ヶ月ぶりの嗜好品になるのだから無理もない。
今僕の眼前に居るのは、妖花の女王とされるクィーンアルラウネ。
彼女は魔の森の北部でも上位に位置する魔物で、性質は温厚かつ、北の主とも、そして爺ちゃんとも友好的な関係を築いてた。
だから対価を支払えば、爺ちゃんの眷属だと認識されてる僕には、彼女自身からの採取も許してくれるのだ。
本来のアルラウネは花弁から出た美しい女性の姿で人を惑わし、近付いてきた所を襲って食べてしまう魔物である。
しかし魔力の濃い魔の森でなら、別に土地から吸い上げる栄養のみで足りる為、この森のクィーンアルラウネは温厚なのだろう。
但しそれでもアルラウネの本能として人を欲する本能はある為に、こうして僕の血液は、彼女の素材の対価となり得た。
僕は静かに魔力を込めながら血液を垂らし続けるが、彼女の蔓が伸びて来て僕の手首をするりと撫でると、ナイフで付けた傷は粘性の分泌物に埋められ、出血が止まる。
彼女は人が血を流し過ぎれば命に関わると知っているから、もう十分だと気遣ってくれたのだ。
『感謝します』
念話の魔術を使い、彼女に向かって気持ちを伝えた。
向こうからの返事はないが、笑顔を向けてくれたから、僕の感謝は伝わっただろう。
そうして持って来た壺を彼女に渡せば、暫く後、壺は蜜に満たされて僕の手に戻って来る。
アルラウネの蜜はポーション、即座に効果を発する魔法薬に少量混ぜれば、その効果を倍化させる代物だ。
ましてやクィーンアルラウネの蜜ともなれば、その効果は倍では効かない。
尤もポーションに混ぜるなどせず、直接その蜜を舐めてしまった場合は、たちまちその至上の甘さに心を蕩かされ、蜜の事しか考えられない中毒者となってしまう。
ある意味で超の付く危険物でもあった。
僕は壺にしっかりと蓋をし、零れないように封印を掛ける。
蜜のお礼に頭を下げれば、彼女も同じく頭を下げた。
もしここで僕が彼女に名前を付けて、仮にそれを受け入れてくれれば、このクィーンアルラウネとは召喚契約が結べるだろう。
多分僕が名前を付けたなら、彼女は受け入れてくれる様な気はしている。
でもそれは何となく違うのだ。
この森でも数少ない友好関係を結べている魔物であるクィーンアルラウネ。
爺ちゃんの眷属扱いだからってだけでなく、僕自身の事も彼女は受け入れてくれていると思うけれど、今の僕が彼女の召喚主として相応しいとは思えない。
それに何より、何時来ても変わらぬ態度で出迎えてくれる彼女とは、今はそう言う関係で居たかった。
何と言うか、そう、多分妙な表現だけれど、このクィーンアルラウネは僕にとって近所に住んでるお姉さんなのだ。
何かの会話をするでもなく僕は彼女と少しの間を過ごして、やがて空が赤く染まる頃、壺を抱えて館へ帰る。
月に一度の何時も通り。




