16 新人魔術師達と僕3
無色の迷宮は、オーソドックスな石造りの通路と玄室の組み合わせが続くダンジョンだった。
魔物は玄室の中で待ち構えている事が多いが、通路に魔物が居ない訳じゃない。
第一層に出現する魔物は、犬程のサイズがある大ネズミと、両翼のサイズが人が両手を広げた程もあるオオコウモリ、そして人型の魔物であるゴブリンだ。
成り立ての冒険者が経験を積むには、実に良い場所だと僕は思う。
地を駆けまわる獣の類への対処、自分より高所から襲って来る敵への対処、殺すのに心理的抵抗の大きい人型の魔物への戦いと、積んでおくべき経験を三つも提供してくれる。
どう言った隊列で踏み込むかも、僕は新人魔術師達自身に考えて貰った。
最前列は前衛役の二人で、片方は松明を持つ。
次に続くのは一人で、彼は道に迷わぬ様にマッピングをする役割だ。
その更に次には魔術師役が続き、僕も万一の場合に備えてこの位置にいる。
最後尾は後方からの奇襲を警戒する前衛役で、こちらも松明を持っていた。
ちゃんと考えて決めており、大変良いと思う。
勿論この手の隊列はメンバーによって変化するから、絶対の正解はないのだ。
例えばソロでダンジョンに潜るなら、隊列も何もあった物じゃないし、照明もマッピングも前方警戒も後方警戒も、全て自分でやらねばならない。
盗賊が居るなら罠の発見や索敵の為に、敢えて少し先行する隊列を組む場合だってある。
だから今回の目的を踏まえた上で、自分達の出来る事を考えて出せる彼等は、やはり理知的な魔術師だった。
これが本当に単なる初心者冒険者なら、前衛は前、後衛は後ろ、以上! みたいな決め方をする事も決して少なくはないのだから。
さて、でもだからと言って実際的と戦闘になった時まで、冷静に理知的に動けるかと言えば決してそうじゃない。
僕の魔術支援があるから大ネズミに噛まれたり、オオコウモリに引っ掛かれたりしたところで大した痛みもダメージもないのだが、しかし攻撃を受ければやはり怖いのだろう。
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら武器を振り回し、ちょっとしたパニックに陥りそうになっていた。
見てる分には多少面白い光景だけれど、こんな所で躓いてトラウマになられても困る。
僕は慌てた魔術師役が、前衛の背中に放ってしまった炎の矢を対抗呪文で消してから、
「慌てなくて良いから、倒そうと思わなくて良いから、まずは盾や鎧で相手の攻撃を受ける事に専念して!」
と、声に強い気を込めて、前衛達に言葉を届けると同時に、襲って来ている魔物を威圧し、その動きを一瞬止めた。
別に稼ぎに来てる訳じゃないのだから、敵を倒す事に躍起になる必要は全くない。
寧ろ大事な訓練相手なのだから、多少大切に扱ってやっても罰は当たらないだろう。
前衛達が僅かに落ち着き、敵の攻撃を無事に受け止めれた事に思わず声を上げているのを聞きながら、
「じゃあ次は君だ。火の矢を仲間の背中に撃ち込みそうになった。近接戦闘状態だと距離は近いから、時たまあるね。いやいや、別に良いんだよ。今は訓練中なんだから失敗しても。それに暴走しなかったのは良かったと思う」
仲間の背中に火の矢を放ってしまった瞬間から真っ青になってた彼の顔に、僅かに血の気が戻って来る。
暴発させてから指導しても良かったが、これはこれで充分為になる失敗だ。
「次は味方なら当たっても平気で、敵にあたると効果のある魔術を使ってみよう。例えば水塊をぶつけてやれば、オオコウモリの翼が重くなって飛ぶ動きが鈍ったり、もしくは落ちるかも知れない。そうすれば前衛が仕留め易いね」
まあ或いは驚いて落ちる可能性もあるし、コウモリが相手なら、他には音をぶつけるのも有効である。
前衛役、魔術役、双方ともにもう少し落ち着けば、次は魔術を放つ際に声を掛けて、一歩下がって貰う事も試してみよう。
一戦終わったら役割を変えて、ローテーションして先に進む。
魔術師役が、もう少し今の役割を続けたいと思うのは当然だろうが、何故か前衛として敵と戦って居た二人が、まだ前衛をやっていたそうだったのは意外だった。
どうやら実際に敵を自分の手で倒し、気分が高揚してるらしい。
もし剣で倒す事に喜びを覚えてしまった彼等が、魔術を扱う戦士である魔戦士を目指すとか言い始めたらどうしようか。
そんな少しずれた心配をしてしまうが、今の所は指導は順調だと言って良いだろう。
だがまあ当然、魔術の暴発は出た。
最初に魔術を暴発させたのはミュース・ヴィヴラース。
人型の魔物であるゴブリンが流した血に驚き焦り、ミュースはありったけの魔力を込めた魔術で敵を消し飛ばそうとしてしまう。
異変を感じた前衛達も一斉に道を空け、ゴブリンへの射線を開いたが、残念ながら制御の出来ていないあのままの状態で魔術を撃てば、前方の全てが範囲内になる。
すると当然、ゴブリン諸共前衛達も消し飛ぶ。
しかしまぁ、どうやらミュースは随分と魔力量が豊富らしい。
ちゃっちゃと暴発しかけた魔術を打ち消すが、他の新人魔術師達に比べれば魔術に込められた魔力が圧倒的に多かった。
ミュースは年下だから少し偉そうな事を言うが、中々将来有望な魔術師と言える。
まあ今は今にも死にそうな顔をしているが、暴走させたってショックもあるし、魔力が底をついて意識が朦朧としてるのもあるだろう。
でも残念ながら、気を失って楽にしてあげる訳には行かない。
僕は懐から爺ちゃん特製の魔力回復薬、物凄く苦い丸薬をミュースの口に放り込む。
「苦いと思うけど吐き出さないで、噛まないで、飲み込まないで、暫く舐めてて。少しずつ魔力が回復するから」
この苦みは、気付け代わりにもなる筈だ。
気を失えば楽だろうけど、それでは今回の件は後悔を生んだだけで、何の糧にもならずに終わる。
でもそれじゃあ意味がない。
僕が思うに、ミュースの問題は三つある。
「一つ目の問題は、ゴブリンの血を見た程度でパニックを起こした精神力の弱さ。もし仲間が傷付いた時、治癒出来るのが魔術師の君しか居なかったら、パニックになったら仲間は死ぬね」
回復薬の効果が出たのだろう。
顔色は悪いままだが、呼吸は少し整って来た。
魔力は空っぽだと意識が飛びそうになるが、少しでも戻ってくればその状態は脱する。
「二つ目の問題は、身の丈に合わない強い魔術が使えてしまう事かな。多分随分と勉強したんだろうね。でも状況に応じて使いこなせない魔術は、子供が刃物を持ってるのと同じで怖いよ」
例え魔術を制御出来ていても、前衛達が気付かなければやはり巻き込んでしまった筈だ。
魔術を使うのでなく、魔術に使われているのでは、使いこなせているとは到底言えない。
……暗殺者としての技術に使われてしまう僕は、言ってて自分の耳が痛いが。
「三つ目の問題は、ミュースが自分の魔力を持て余してる事。あんな量の魔力を注げば、そりゃあ魔術が暴発して当然だ」
焦りは勿論あったのだろうけれど、そもそも持ってる魔力が大きいから、ついつい魔術を使う際に魔力を多く使いがちなのだろう。
自分の魔力に振り回されてる状態だと言えた。
そして結局それ等を全て総合すれば、
「ミュースって個人の器に対して、持ってる魔術師としての才能が大き過ぎるんだね。良い事だよ。器が才能に追い付けば優秀な魔術師だ。そうなれる様に、少しばかりは僕も手伝うからさ」
決してミュースの評価は低くない。
問題があるのは構わないのだ。
その問題を、克服出来るように指導して行けば良いだけの話なのだから。
結局僕等は、無色の迷宮第一層をゆっくりと時間をかけて一周して、町へと戻った。
僕の帰る時間が迫って来たからである。
次に僕が彼等に会うのは一週間後だ。
それまでに行って置いて欲しい課題を、紙に記してそれぞれに渡す。
例えばミュースは魔術の制御訓練と、冒険者組合で魔物の解体作業に従事する事。
他に者にも似た様な課題を出している。
変わった内容の物としては、冒険者組合で初心者用の剣術講習を受けるってのも出した。
来週の探索の時、彼等が今日の出来事をどう捉え、どんな風に変化があるのか、今からとても楽しみだ。




