15 新人魔術師達と僕2
集まった新人魔術師達は五人で、大体が僕より1、2歳上だが、一人だけ12歳の少年……、と資料には書いてるけれど少女が居た。
上手く隠そうとはしてるのだが、歩き方から骨格は察せるし、骨格には性別で違いが出る。
僕はあくまで魔術師であってそちら側は素人なので、相手がプロの隠密であるならば性別を誤魔化されるかも知れないが、姿形を多少変えた程度なら見抜けるのだ。
と言ってもだからどうするって事はない。
屈強な冒険者達に混じって生きるのは様々な危険があるから、多分自己防衛の為にそうしているのだろう。
取り敢えず確認した名前は、ミュース・ヴィヴラース。
家名持ちだった。
別に家名持ちが全て王侯貴族であると言う訳ではなく、有力な商家や、手柄を立てた軍人も家名を授かる事は多い。
そしてそれ等を祖先に持てば、例え現在は家が没落し、貧しい暮らしを送っていても家名だけは名乗れるのだ。
ただヴィヴラースって家名には、僕は少しだけ覚えがある。
確か爺ちゃんの持ってた蔵書の一冊が、確か著者がなんとかヴィヴラースだった筈。
つまり彼女、ミュースは魔術師の家系の出だと推察が出来た。
何で研究室に閉じこもらずに、こんな場所に居るのかはとても不思議だが、それこそ何らかの事情があるのだろう。
偶々ちょっとした指導をする事になっただけの、僕が関わって良い話じゃない。
さて五人の魔術師を確認し終わったが、幸い現状で僕を侮ったり疑ったりしてる者は居ない様だ。
冒険者には見た目や年齢で僕を侮る人が決して少なくないけれど、彼等は組合での僕の扱いを見ているか、或いは冒険者組合からきつく言い含められていると思われた。
「今日から暫く、と言っても週に一度ですが、皆さんを指導するラビック・キュービスです。皆さんは僕に指導を受けると言う事で良いですか? 僕は無駄は嫌いなので一度始まったら途中で抜けると言っても逃がしませんが」
これから行う指導は、多分彼等の想定の範囲外である為、先に意思を問うておく。
冒険者組合も認めた以上は、効果を期待出来る指導にはなると思うが、多分純粋に魔術師を志している者には多少キツイ内容だ。
だからと言って途中で逃げられると、僕がつまらないし、それに寂しい。
どうせやるなら最後までやり切って欲しいし、そうでないなら情が湧く前に消えて欲しいと思って、僕は彼等に問い掛けている。
でも誰一人として、周りの顔色を窺う事もなく、この場を離れはしなかった。
恐らく、僕が想像する以上に、この町での新人冒険者の扱いは悪いのだろう。
ならばきっと大丈夫。
「皆さんの意思は確認しました。じゃあそろそろ指導に入りますので、全員、冒険者組合が用意した装備を身に付けてからもう一度ここに集まって下さい」
今回、僕が冒険者組合に用意して貰った装備は、体力のない魔術師でも着て動ける軽めの革鎧に、体力のない魔術師でも振り回せる軽めのショートソードに、同じくスモールシールドだ。
それ等を身に付ける事で、ローブ姿の新人魔術師だった彼等は、装備を整えるのが精一杯な、田舎から出て来たばかりの冒険者見習いと言った風体になっていた。
と言っても本当に田舎から出て来たばかりの冒険者なら、鎧なんて到底手が出ないので、町中で配達等の雑事依頼をこなして装備を整えて行く所から始めるのだが。
さて今回の僕の指導は極単純である。
「じゃあこれから、皆さんには無色の迷宮の第一層に潜って貰います。魔術の発動を助ける杖は僕が一本だけ用意したので、魔術師役は一戦ごとに交代して下さい」
そう、新人魔術師を入れてくれるグループがないのなら、自分達で前衛をこなし、持ち回りで魔術師としての経験を積めば良いと言う物だ。
と言っても勿論、今まで前に出て戦った事のない彼等では、下手をすると第一層でも死にかねない。
しかしそれを補助する為に僕が居るので、攻撃力と防御力を増す魔術の付与は行うし、怪我をした場合は治癒もする。
これならある程度安全に、持ち回りで魔術師役を体験出来るだろう。
そして何より実際に自分達で体験する事で、前衛達が何を感じて敵と相対するのか、どの様に魔術師が動けば助かって、どの様に魔術師が動けば邪魔に感じるのかを、身をもって知る筈だ。
すると、最年少の彼女、否、隠したがってるのなら一応は彼と言う事にして、ミュースが質問の為に手を上げた。
「先生、このやり方で経験を詰める事は理解しました。ですが、あの、このままだと魔術師役が暴発を起こす危険性はありませんか?」
……先生、実に良い響きだと思う。
でもまあ一寸置いといて、実に良い質問だし、実際皆それは不安に思う事だ。
何せ今回の指導の目的は、暴発を起こさせないようにする為の物なのに、何も教えずにダンジョンに放り込まれれば、それは不安になって当然である。
「え、良いよ、暴発させても。でも暴発させたら、何処で制御を失敗してそうなったのか、どんな心境がそれを引き起こしたのかは覚えて理解して、ゆっくりで良いから克服してね。例え暴発でも、今の君達の魔術なら僕が消せるから」
多分これが、この指導を受ける魔術師達にとって一番辛い事だろう。
魔術の中には、他人の魔術を打ち消せる『対抗呪文』と呼ばれる物がある。
但しこれは、魔力消費の効率も悪く、更に相手とある程度の実力差がないと成立しない魔術である。
例えば火球の呪文を防ぐなら、対抗呪文でなく、水の壁でも出した方がずっと手っ取り早い。
だが暴発した魔術は何が起こるかわからない為、それ自体を対抗呪文で打ち消すしかないと僕は考えたのだ。
勿論、魔術師にとって自分の魔術が対抗呪文で打ち消されるのがどれ程屈辱的であるかは理解した上で。
まあ当然だったが、やはりこの発言には反発があり、五人のうち三人は、実際に僕が自分達の魔術を消せるか試させろと言い出した。
プライドが高くて実に良い。
魔術師のみじゃないだろうけれど、プライドも自分が成長する為の原動力である。
けれどもそのプライドが足を引っ張る事態もあるから、僕は丁寧にその三人の渾身の魔術を打ち消して、今はそのプライドを引っ込めて貰う。
そうしてから新人魔術師五人と僕は、無色の迷宮第一層へと踏み込んだ。




