12 エルフの村で1
魔の森は様々な素材の宝庫だが、でも我が家で使用する食材は外で購入して持って来る物が多い。
当たり前の話だが、ちょっと肉が食べたくなったからと言って、わざわざ深層部の魔物を狩るのは一寸ばかり面倒臭いのだ。
勿論何らかのお祝い等、特別な時ばかりは蛇系や牛系の味の良い魔物を狙って狩りに行くけれど、普段からそう言った贅沢をしている訳ではなかった。
王侯貴族じゃあるまいし、至上の美味なんて物は偶に味わえば十分だろう。
普通の美味しい物を、美味しいと感じられる事は幸せなのだと言うのが、爺ちゃんの言葉である。
まあ普通の王侯貴族は深層部の魔物なんて食べれないし、そもそも虹が生む石を調味料として使って魔力を増やしてるのがとてつもない贅沢なんだけれども。
では僕等が何処で食材を買うのかと言えば、穀物や畜産動物、つまり肉類は人間の町で買うけれど、野菜に関しては付き合いのある、魔の森でも浅層部にあるエルフの村で購入していた。
森を飛び出した変わり者は兎も角、森の中で暮らすエルフ達はあまり肉を食べる習慣を持たない。
だがそれ故に、彼等の育てる野菜は上質で、尚且つその食べ方も様々な研究がなされている。
豆と塩から作られたエルフ特製のソースは旨みが濃く、野菜を保存が出来るように加工した漬物もまた味が良いのだ。
僕がエルフと取引する時、彼等は金銭の類をあまり必要としないので、代わりに人間の町で仕入れて来た物品を対価としている。
エルフ達は何故か爺ちゃんの事を森の賢者として敬うので、対価を受け取って貰うまでに毎回長いやり取りがあるが、こちらとしても偶になら兎も角、毎回対価も無しに物を受け取っては美味しいご飯も美味しく食べられない。
爺ちゃんも人間の町に行く時は一応幻覚の魔術を纏うが、エルフの村に行く時は骨の姿のままなので、エルフに対しては結構気を許してる風に僕には見えた。
なのでエルフ達は、僕にとってはちょっと離れたご近所さんって感覚なのだ。
しかしある日訪れたエルフの村は、何故だか妙に慌ただしく、空気は物々しい。
そう、まるで今から戦争でもするかのような雰囲気に、僕と爺ちゃんは不思議に思いながらも、エルフの村長の家を訪ねた。
尤も村長とは言っても、エルフの価値観は人間と大きく違うので、取り立てて何かの権力を持つ訳でなく、単に一番年嵩で周囲から尊敬されてるエルフってだけだ。
それも寿命が長くて老化を知らないエルフだから、一番年嵩のエルフでも見た目は単なる青年である。
「おぉ、森の賢者様に若様、ようこそおいでくださいました。村が騒がしくて申し訳ありません」
そう言って僕等を歓迎してくれるエルフの村長。
その物腰は穏やかで、確かに重ねた年月を感じさせる物だった。
そして爺ちゃんが村の様子がおかしい理由を尋ねると、村長は僕等に薬草茶を振る舞ってくれながら、その理由を口にする。
この村は魔の森の浅層部に存在する、エルフ達の暮らす集落の一つだ。
浅層部とは言え、魔物の多い魔の森には危険も多い。
では何故そんな魔の森でわざわざエルフ達が暮らすのかと言えば、欲深な人間の手を逃れる為だと言う。
森で暮らすエルフ達は人間の国に税金を納めている訳ではない為、その国の法律で保護される存在ではなかった。
いっそ森を出てしまったエルフ、例えばシーラ・シーラは冒険者としての身分があるから、彼女は冒険都市ナルガンズの法に保護される存在だ。
でも森のエルフを保護する法はなく、つまり彼等には何をしても法で裁かれる事はない。
だからエルフを奴隷とする為に、エルフ狩りを行う組織なんて物も人間の世界には存在する。
何故なら見目の美しいエルフの奴隷は、非常な高値で取引されるから。
そう言った強欲な人間に襲われる事を考えたなら、魔の森で魔物の相手をしながら暮らした方が未だ安全だと、この地に暮らすエルフ達は考えた。
だがそんなエルフ達でも、大きなリスクなく相手に出来る魔物は、浅層部に出現する魔物のみだ。
中層部の魔物を倒すなら、村の戦士が総出で、しかも幾人かの犠牲者を覚悟して臨まねばならないだろう。
そう、今の村が正にその状況である。
何でも、この村で使用している水場の水源に、中層部から流れ出て来た魔物が棲み付いてしまったらしい。
そうなると何時その魔物が、水の流れに乗ってこの村を襲いに来てもおかしくはなかった。
故にエルフ達は、戦える者を集めて先手を打って魔物の排除をしてしまおうと考え、あの様な雰囲気となっているそうだ。
「フゥム……」
その話を聞いた爺ちゃんは、骨だからわかり難いが、難しい顔をして考え込む。
多分どうにかして、エルフ達を助けてやりたいと思っているのだろう。
けれどもエルフ達に助けを請われたのなら兎も角、爺ちゃんの方から手助けを申し出るのは、彼等に対する過干渉にもなりかねない。
何故なら、エルフ達は爺ちゃんの実力を知っていて、それでも今回は爺ちゃんに頼って来て居ないのだ。
勿論エルフ達とて、どうしようもない、村が滅びかねない危機ならば、必死に爺ちゃんに助けを求めるだろう。
しかし今回は、犠牲者は出たとしても、自分達で何とか出来てしまう程度の危機である。
エルフ達の価値観からすれば、自分で出来る事は自分で何とかしなければならないのが、当たり前の考えであった。
彼等にとって、幾人かの犠牲者は村として許容出来てしまう範囲なのだ。
でも自分が動けばエルフに犠牲は出ないのに、わざわざそれを見過ごしてしまうのも、知人として爺ちゃんは嫌なのだろう。
そしてそれは、僕だって同じ事だった。
「あー、水の魔物かぁ。僕水の魔物の相手って苦手だから、練習しなきゃなって思ってたんだよね」
だから僕は、わざとらしくそんな言葉を言ってみる。
爺ちゃんは僕の言葉に顔を上げ、僕の目をじぃっと覗いてから、一つ頷く。
僕の意図は伝わったらしい。
多分、苦笑いを浮かべている村長にも。
「なぁ村長殿、一つお願いがあるのじゃ。村で狩ろうとしているその魔物、この子の修行の為に譲って貰えんじゃろうか?」
結局爺ちゃんのお願いはエルフ達に受け入れられ、僕は籠に一杯の野菜と引き換えに、魔物退治を引き受ける事になった。




